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中高齢者への注意・配慮事項について
I.中高齢者の災害事例と特徴
 平成元年以後の船舶製造修理業における中高齢者の労働災害を統計的にみると、死亡災害で70%を占めている。
 人は年をとるにしたがって確実に身体機能が低下する。しかし、筋力、視力、敏捷性などの身体機能の低下は、ある日から突然目に見えて低下するというものではない。そのため身体機能が低下したことをなかなか認識できないことが大きな潜在要因となって中高齢者の災害が多発することになると考えられる。ただ、40代から50代更には60代と高齢になるにしたがって身体機能の衰えを実感する機会を多く経験し、その結果として災害件数がいくぶん減少していく傾向がみられる。
 今回取り上げた災害事例には中高齢者だから起こったとは言えないものもあるが、全般的傾向としては、長い経験から来る“慣れ”と同時に、身体機能が低下しているにもかかわらず、“体力の過信”が潜在要因として作用し災害に至ったケースも多いように考えられる。このことから、中高齢者の災害防止を図るには、加齢による身体機能面の低下を考慮した対策はもちろん必要であるが、同時に身体機能の低下を正しく認識させることも災害を未然に防止するうえで重要なポイントであると考えられる。
1.災害事例に見る心理的要因
(1)挟まれ・巻き込まれ
 「通常は機械を止めて清掃作業をしていたのだが、その日は“機械を止めるのを忘れ”そのまま作業を行った」ことによる災害や、鋸の使用において「通常は木で押えてカットするのに、そのまま手で押さえてカットしたため、指を切断」などの事例は、慣れた作業において手順を忘れたり省略したために災害になった事例である。
 
 
 これらは、中高齢者が決められた作業手順を省略したり、忘れたりしていることを認識せず、若いときに成功した成果やいつも事故が起こったことがないことを根拠に漫然と作業を行ったことが一因と考えられる。
 
(2)転倒・飛来・落下
「作業を急いで行う際に、つまずいて転倒」した、あるいは「物の取り落しによる飛来・落下災害」、また、「機械に物がつまるなどのトラブル時に慌てて“物を取り落とす”」「行動を起こそうとして転倒する」などの災害も多く見受けられる事例である。
 
 参照事例:事例3.事例13
 
 これらは、中高齢者が急いで作業を行ったり、類似のトラブル時の対応に気をとられ身体がついていかない状況から災害に至ったものと見られる。
 中高齢者が漫然と作業を行い、手順の省略や忘れ、トラブル時の慌て等の心理的な要因があると考えられる。
2.感覚・認知の衰えに起因するもの
(1)挟まれ・巻き込まれ
 視覚や聴力の衰えに起因すると見られるケースとしては、「定規を当てて板の切断中鋸刃に触れた」「合図が聞こえなかった」などの事例が典型であるが、主要因は別にあり、直接的に視力、聴力の低下が災害要因という訳ではない。「鋸盤上に手を置いたままフットスイッチを踏んだ」「手元を誤り鋸の刃に指がふれた」などの事例をはじめとして、周囲の状況に対する危険の認知が不十分であったと考えられる事例が多い。これらは、加齢による感覚・認知の衰えが主因であるとは必ずしも特定できないものの、筋力、握力、敏捷性の低下といった体力の低下が副次的要因となって起こった可能性も否定できない。
 
 
 作業に慣れてくると、自己の作業領域にのみ気をとられ、周囲の状況に対する危険の認知が不十分になる場合があるので注意が必要である。
 
(2)墜落・転落
 「バランスを崩して墜落」したケースのように平衡機能の衰えが災害要因となった墜落・転落災害が数多く発生している。同じく「足を置く位置を踏み間違えた」などの感覚機能の衰えや動作特性に関連する災害も見られる。「はしごの使用あるいは機械設備の準備中に足場板からバランスを崩したり、機械設備から墜落した」などの災害はこの典型的な事例といえよう。
 
 参照事例:平成12年度墜落・転落編参照
 
 加齢による足の筋力低下や平衡感覚の衰えをよく認識し十分注意する必要がある。
 
(3)転倒
 「物を引っ張るとき足がもつれて転倒」「出入り口の床が少し濡れていたため足が滑り転倒」「作業床のタイルが水で濡れていたので滑って転倒」「物を移動中に置いてあった品物に足が引っかかり転倒」などは中高齢者の災害で最も特徴的な災害である。通常の通路や作業場などにおける水濡れや材料物等によって転倒に至るケースも少なくない。今回事例では、転倒して死亡に至ったケースは少ないが、周囲の状況しだいで重大災害となるので充分な対策をとる必要がある。
 
 参照事例:No3
 
 これら、中高齢者の転倒は、作業場や通路等における材料や製品等のわずかの障害あるいは水や油漏れによる滑りやすさが転倒の直接原因であるが、それに加齢に伴う筋力低下が加担している。
 このことから、作業環境は整理・整頓に努めるとともに、滑りやすい状況を作らないためのキメ細かい対策を講じることが必要である。
3.敏捷性などの低下によるもの
(1)崩壊・倒壊
 「クレーンで吊り揚げ中、製品がはずれ、製品が右足つま先に倒れ負傷」「酸素ボンベを移設中にボンベが転倒し負傷」等の災害、「玉掛けロープが型枠に引っかかり型枠が倒れその下敷きになった」「玉掛けロープが切れ、架台が倒れその下敷きになった」などは崩壊・倒壊の典型的な災害事例である。
 
 
 物の崩壊あるいは倒壊のとき、若年者であれば反射動作が俊敏で回避可能な場合でも、中高齢者の場合は回避できず災害に至ったケースが多く、中高齢者ほど重篤災害となる可能性が高い。
 また、崩壊・倒壊災害はクレーン等による重量物の取り扱い時に多く発生している。重量物取扱い時における物の落下や転倒を防ぐ対策も重要と考えられる。
 
(2)飛来・落下等
 飛来・落下災害は「材木を切断中に材料がカッターから跳ね返り、右手で止め負傷」「ギャングソー作業で割り落とし材が反発して当たり負傷」「パレットを2人で抱えているとき、1人が落として右足負傷」「サンダーのエアーホースが抜け、つかみ損ねて目に当たり負傷」など機械・器具の取扱い中に起こった事例も多く、体力低下が潜在要因として作用しているケースも多いのではないかと考えられる。
 
 参照事例:事例13.事例14.事例26
 
 反射動作の敏捷性の衰えに関係する災害である。
 飛来・落下災害や崩壊・倒壊災害などは、行為者自身が被災するケースだけに止まらず、物を掴み損ねたり、取り落としたりして他人に被害を与える可能性もあるので注意を要する。
4.体力・筋力の衰えに起因するもの
 
 体力・筋力の衰えに主として関係する事故の形態は転倒・墜落・転落・飛来・落下及び動作の反動等である。
 
 転倒・墜落・転落の災害については中高齢者の体力・筋力の衰えの影響を最も受けやすい災害形態である。
 なお、飛来・落下に関しては中高齢者と若年者を比較した場合の差はそれほどないが、繰り返し作業中の製品や材料の取り落とし災害のように、継続作業における物の取り落としによる災害などは中高齢者の災害として多く見られる事例である。更に、中高齢者の災害割合が作業時間とともに増加する傾向があり、12時や午後3時の休憩後に多少の災害度数が減少することを勘案すれば、継続作業における筋力等の低下が災害の一因となっていると考えられる。
 従って、中高齢者の災害防止対策として転倒等の防止対策はもちろんであるが継続作業の減少等の対応も重視すべきであろう。








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