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(6)調査官による調査
 調査官が調査するのは、船舶所有者から報告された海難(Marine accidents)、災害(Casualties)、法規違反(Violations of Law)、違法行為(Misconduct)、過失(Negligence)及び無資格(Incompetence)等についてである。
 また、調査官による調査は、調査官と海難関係人との対面・対峙方式で行われるが、海難関係人が弁護士の同席を要求した場合は、これを許可しなければならない。ただし、弁護士が調査の席にくるまでに相当の調査を進めているのが通例である。
 海難事故が発生すると、調査官は、調査官には海難を調査する義務があるとともに、調査に際して宣誓をさせたり、証人を喚問する等の権限を有していることを宣言する一方、証人尋問や反対尋問について弁護士に代理させることができる旨を告げることによって調査を開始する。
 先ず、事実に関する情報(WHO、WHAT、WHEN、WHERE)の収集に努めるが、その際アルコールの飲用やドラッグ使用の痕跡が時間の経過とともに薄れていくことから、人間に関する調査分野のうち生理的要因となり得る海難関係者のアルコールやドラッグの調査を行う。これには呼気や小水、血液、唾液の検査があるが、呼気検査は、事故発生後2時間以内、採尿検査は4時間以内が望ましい。しかし、事故発生後8〜12時間以内ならば信頼できるとみられている。なお、船舶所有者も、血液検査や呼気検査を行い、その結果を提出するように求められている。
 もちろん必要と考えられる場合は、注意力や思考力といった心理的要因、家族関係や文化的な相違といった心理社会的要因、身体能力や知覚制限などの身体的要因も調査するうえ、病気や疲労等の生理的要因も調査する。
 次いで、時間の経過とともに記憶が薄れていくことから、調査官は、海難関係者からの事情聴取を速やかに行うことになる。その際、活用するのが「Stages in the Development of a Casualty or Incident」(資料1)で、この手順で各海難関係人に対して適用し、ヒューマンファクターを調査する。ヒューマンファクターに基づく調査手法として、事故の出発点となった初期事象(Initiating Event)の調査から入り、その後一連の出来事を一つのプロセスとしてEvent Treeによって追跡調査する。
 たとえば、Initiating Eventの前段階の生産活動(Production)とそれに対応する防禦策(Defenses)を調査する。そして、Productionに潜在している不安定行動(Unsafe Act)又は不安定意思表示(Unsafe Decision)がDefensesの欠陥によってInitiating Eventに繋がったと考えられることから、Production Factorにヒューマンファクターの焦点を当てるとともに、Defensesの欠陥をSHELモデルを使用して分析する。その中でL−Lとあるのは、人と人との関係を指している。
 そして、必要に応じて、その先の前提条件(Pre-Conditions)とDefensesも調査し、それによって不安全と考えられる行動についてヒューマンファクター分析を行う。このようにして得られた情報を行動(Action 人がとった行動、人が下した意思決定)事象(Event 発生した事象)、状態(Condition 存在した状態や状況)に分類し、タイムライン(Time Line)が分かるようにEvent Treeによって順序よく整理する。そしてタイムラインを作成した段階で原因分析(HOW、WHY)に移る。
 ただし、重要性の高い、或いは社会的に影響の大きい事故については、調査の巾を広げ、深度を深くして調査していくが、余り重要でない事故については、調査範囲を拡大あるいは深度化して調査することはしない。
 最後にすべての事故についてサマリーレポートを作成するが、事故によっては、調査報告書を作成せずサマリーレポートで済ませることがある。また、データシステムにデータをインプットすることになっているので、本部はいつでもこれを取り出せることになっている。
 更に、調査において、ヒューマンファクターに見落としがないかを確認するために、データーエントリーシステムを採用し、データをインプットするときに上記資料1「Stages in the Development of a Casualty or Incident」に列記されている要素についてインプットが求められ、それを毎日チェックする体制が採られている。
 USCGにおける海難調査の手法は、概略以上のとおりであるが、海難事故は、事案によって調査の範囲や深度が異なるので、調査手法をパターン化するのは困難である。しかしながら、USCGとNTSBがそれぞれに調査を行い、ほぼ同一の内容の報告書を出している、下記2件の事故の結論と勧告を吟味することによって、海難事故の調査がどこまで広げられ、どこまで掘り下げて行われているのかの参考になると思われるので、その概略を記載する。
 なお、この2件は、同一事故を二つの政府機関が独自に調査し、ほぼ同一内容の報告書を提出したため、時間とコストの浪費だとして議会から調査の分担化、効率化を求められる契機となったもので、その後USCGとNTSBとの話し合いが行われ、改めて重大事故はNTSBが調査する旨の覚書き(Memorandum of Understandings MOU)が確認されたという曰く付きの事故である。
 詳細は、資料22−12−2及び資料33−13−2のとおりである。
 
*水陸両用客船MISS MAJESTIC号沈没事故
概要(Summary)
 本件は、1999年5月1日水陸両用客船Miss Majesticが、定期周遊ツアーのため、船長1人が乗り組み、船客20人を乗せ、アーカンサス州ホットスプリングス近くのハミルトン湖に入ったところ、その7分後に船体が左舷に傾き、その後急速に船尾から水没を始め、船客1人は沈没前に脱出したが、船長と残余の船客は船体の天蓋(Canopy Roof)に遮られて湖中に引き込まれ、同船長と6人の船客は船体が沈下している間に脱出し、浮上して付近のプレジャーボートに救助されたが、子供3人を含む船客13人は、約18メートルの湖底で死亡した事故である。
 
結論(Conclusions)
 USCGは、事故の根本原因(Root Causes)を、本船が水上航行を開始するときに、船尾のShaft HousingのBoot Sealと称される防水設備が脱落したことによる浸水にあるとし、Boot Sealの整備不良、船体の構造上の欠陥、乗組員配乗の不適切、Bilge Pumpの不稼動、Bilge警報機の不設置、耐水性区画や浮揚性材料の不採用などを寄与原因(contributing cause)として指摘している。
 また、NTSBは、本件発生の推定原因(Probable Cause)を船舶所有者の修理、及び保守の不適切としている。
 
勧告(Recommendations)
 USCGは、自らに対して、検査に対する船主責任の明確化、船主及び海事検査担当官(Officer in Charge, Marine Inspection OCMI)の技術マニュアル所有の義務化、水陸両用船修理時の水中検査の励行、検査時の乗組員立会い、Bilge Pumpの試用検査の実施、乗組員配乗の再検討、水陸両用船のベストプラクティス集(a Compilation of Best Practices with DUKWs)、及びCanopies(天蓋)使用方針の策定の作成などを勧告している。
 ただし、勧告の対象は、USCGとなっているが、USCGを介して水陸両用船運航会社等に働きかける内容の勧告もある。
 また、NTSBは、本件に関し、推定原因として、修理と保守の不適切を挙げ、寄与原因として客船転用時の設計瑕疵、USCGの監督不十分等を指摘し、USCG及びニューヨーク州知事とウイスコンシン州知事に、予備浮力装置の整備及び救命胴衣の着用を義務付けるよう勧告している。
 
*ばら積み貨物船 BRIGHT FIELD号岸壁衝突事故
概要(Abstract)
 本件は、1996年12月14日ルイジアナ州ニューオリンズで、満載状態で出航中のバルクキャリアーが、一時的に推進力を失ったため、市街地の岸壁に衝突し、岸壁に係留中のカジノ船等の船客等のうち4人が重傷、58人が軽傷を負った事故である。
 
結論(Conclusions)
 USCGは、本件発生の直接原因(Proximate cause)を主軸受けに通じている主機関潤滑油の圧力が喪失したため、主機関がトリップしたことにあるとし、寄与原因(Contributing cause)は、主機関の保守、整備が不十分で潤滑油に大量の微粒子が含まれ、気泡が混入したこと、第2潤滑油ポンプが待機モードになっていなかったこと、潤滑油ポンプの油圧センサーの調整が不適切であったこと、規格不適格な潤滑油を使用していたこと、主機関サンプに潤滑油が少なくなっていたこと、などを挙げている。
 また、NTSBは、本件発生の推定原因(Probable cause)を機関装置の保守を十分に管理、監督しなかったことであるとし、また、人的、物的損害の寄与原因(Contributing cause)を船舶の衝突に脆弱な地域に無防備な営利企業を設置することのリスクを適切に評価、管理、低減化しなかったことであるとしている。
 
勧告(Recommendations)
 USCGは、IMO、USCG、リベリア共和国、ノルウエー船級協会、船舶所有者・船舶運航者、各港長、ニューオリンズ海事安全事務所、全米水先人協会、ミシシッピー川各水先人協会、ニューオリンズ港湾委員会、陸軍工兵隊及び舶用工業会等に対して、総合オートメーション機器の標準仕様手順書及び検査手帳の備え付け、制限水域航行時の船首及び機関室の適切な乗組員配置、本船の免許受有者及び前機関長に対する懲戒の要否、オートメーションシステムに情報を送る温度センサーや圧力センサーの調整確認の義務化、オートメーションシステムの保守と検査プログラムの整備などを勧告している。
 また、NTSBは、USCG、米国陸軍技術部隊、ルイジアナ州政府、ニューオリンズ港湾委員会、国際河川センター、本船所有者、カジノ船及び周遊船所有者ニューオリンズバトンルージュ水先人会、ルイジアナ州連邦水先人、ドックマスター連盟に対して、海上及び陸上のすべての活動を対象にした総合危機評価、人と財産の安全を確保するための危機管理と危機緩和、本船機関装置の安全と信頼確保のための試験、保守、修理、監督プログラムの設定、ブリッジ・リソース・マネージメント(Bridge Resource Management, BRM)の訓練実施、非常事態及び防災訓練の実施等を勧告している。
 
 ところで、USCGは、1996年にISMコードが採択されたころ、船舶機器の改良や交通法規の整備などによって交通環境が改善されているにも関わらず、海難事故が減少しないことに疑念を抱き、その理由はヒューマンファクターが事故の最大原因であろうという認識が深まったため、以来人間が犯す誤りと事故防止の安全性をどのようにリンクさせていくかに腐心し、今なお調査研究に努めている、と述懐している。
 更に、ヒューマンファクターを導入したことの効果は、テロの影響もあって比較するデータがないので良く分からないという。
 また、USCGは、懲戒権を持っているが、原因調査と懲戒処分は別個の部署と異なったプロセスで行われるうえ、仮に、海難関係者が懲戒をおそれて偽証したとしても、民事訴訟で偽証したことが明らかになれば、高額な損害賠償にもつながることになるので、なんの得にもならず、従って懲戒権の有無は事実関係や原因の究明に全く関係がない、これは、上記Miss Majestic沈没事故やBright Field岸壁衝突事故のUSCGとNTSB双方の報告書を比較すれば懲戒権を有するUSCGの原因調査の結果と懲戒権のないNTSBの原因調査の結果とがほぼ同じであることから明らかであるという。
 因みに、調査官が司法省に送致する事件は、故意の漏油と免許証申請書不実記載を除けば、年間平均1件である。







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