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(7)海事調査委員会
 海事調査委員会(Marine Board of Investigation)は、詳細な正式調査(a detailed formal investigation)を行う機関である。その設置は、事故の程度と公益に対する重要性を考慮して、長官の自由裁量で決定されるが、現場の調査官と長官との間には三段階の職域があり、そのいずれの段階の職員も同委員会の設置を進言できることになっている。
 また、委員会のメンバーは、その都度長官によってUSCGの各分野から2人ないし3人の士官が選出されて構成されるが、通常は3人で、開催実績は年間平均1回以下となっている。
 調査手続きは、証人尋問や反対尋問について、弁護士に代理させることができる旨の通知など調査官による調査とほぼ同一であり、また、調査方式も、調査官による調査方式と同様に、調査官と海難関係人(又は/そして)その弁護士との対面・対峙方式で行われる。
 また、委員会は、事故が発生した地域の体育館やホテルの会議室など、必要なサービスが提供できるところであれば場所を問わず、公開で行われる。
 
(8)勧告
 USCGは、NTSBと同様に組織や機構、団体に対して勧告(Recommendation)を行い、個人に対しては行わない。それは個人に対する勧告ではその人だけに留まるのであり、組織や機構、団体全体に対する海難防止の呼び掛けにはならないからである。
 なお、勧告は、海難事故を引き起こした船社のみならず、海難事故を引き起こす蓋然性のある場合には、その船社の系列会社に対しても出されることがあるが、そのときには、学識者や専門家の意見を採り入れたり、代替テストを行ったりして蓋然性を補完するなどの措置をとることもある。
 ただし、重要性の高い事故などでは決定的(Solid、Hard)な証拠が必要になる。
 勧告するに当たっては、事実関係のみならず、結論や勧告の案が関係者に根回し的に回わされることがあるが、意見がまとまらない場合は、USCG長官にアピールされ、それでも決着がつかなければNTSBに移管される。
 このように、USCGは、原因が特定できれば必要に応じて安全勧告を出すことになるが、その対象には法律を修正したり、新たな法律を提議したりすることも含まれており、たとえ海難の原因に法律の不備・不具合が認められ、USCGの責任が問われかねない場合でも、それは行われる。
 ただし、海難の原因に法律の不備・不具合が認められる場合は、USCGが更に調査を行うか、NTSBに管轄権があれば、調査はNTSBに委ねられることになる。
 なお、USCGの勧告に対する実施率は60%程度であり、勧告が実施されなくてもそれ以上の措置はとられない。また、USCGの内部に対する勧告の実施率は、60%強という。
 
(9)懲戒処分
 USCGは、調査官の調査段階において、海難関係者が軽い法規違反でかつ初犯の場合は警告文書を出すことによって処理したり、再教育を勧めたり、また、仮にアルコールや麻薬が絡んでいる場合は療養を勧めたりすることがあるが、前科や再犯で懲戒が必要な場合は、事故の原因究明とは別のプロセスによって調査を行う。
 すなわち、調査官は、懲戒が必要と認めらえる海難関係人を行政法判事室(Office of Administrative Law Judge)に告訴(Complaint)し、そこで聴聞が行われて免許の停止や取消の命令が下されるのであるが、そこでは調査官の調査が懲戒処分のための証拠とされる。そして、それとともに行政法判事による聴聞が、調査官と海難関係人(及び/又は)その弁護人との間の攻撃・防御を、同判事が聴取する対審方式で行われる。
 一方、免許証の停止(suspend with or without probation)又は取消(Revocation)が行われるのは、船長や水先人の違法行為、過失、法規違反、不適格、危険薬物法令違反に対する有罪判決、或いは危険薬物の使用、常用に対する有罪判決の場合であるが、行政法判事の免許停止の命令には、執行猶予が付くこともある。
 また、DrugなどではなくCasualtyの場合は、調査官が告訴状を出したのち、海難関係者とのSettlementによって告訴を取り下げることもあるが、Settlementの同意が得られない場合は、行政法判事の審理を待つことになる。
 因みに、行政法判事が免許の停止又は取消をした事例は、海難事故に関係したものは少なく、ほとんどは麻薬関係といい、その件数は多いという。また、調査官の告訴から行政法判事の命令までの期間は、不確かではあるが、90日以内という。
 なお、このような懲戒権について、USCGは、懲戒が、「海上における人命及び財産の安全を促進するための適切な措置」として自認しており、IMOが採択した決議に対して有効に機能していると自己評価している。
 また、行政、民事、刑事各処分の関係については、それぞれ別途に行われるのであり、刑事罰又は民事罰を受けた者が必然的に行政罰を免れることはない。
 
(10)海難調査の報告書
 調査官は、海難調査が終了したとき、認定事実(The Facts as determined by Investigation)並びに結論(Conclusion)或は意見(Opinion)及び勧告(Recommendation)を内容とする報告書を作成し、船舶検査担当官(the Officer in Charge, Marine Inspection)及び管区司令官(the District Commander)を介して長官(Commandant)に提出する。
 その際、船舶検査担当官及び管区司令官は、内容承認の可否及び勧告に関連して提起された訴訟の有無について、裏書き(Endorsement Stating)を添付する。
 調査官が作成する報告書は、事故を説明し、必要な分析を提供し、事故の結論や安全勧告を出すという性格を持っていて、現在は重要なケースのみホームページに掲載されているが、要すればどのような報告書も入手可能である。
 報告書が公表されているのは、「報告書は国民に提供されなければならない。」という規則に則ったもので、これを読んだ人はすべて、そこから教訓を学び、海上の安全に寄与できることになる。
 因みに、現在USCGのホームページに掲載されている「The Loss of The Commercial Fishing Vessel Cape Fear Feb. 15, 2001」は、調査官の報告書の全文が載せられているが、USCGに関する法律・規則が定める重大海難事件及び重大インシデントなど、重要性を持つ事故はすべて、このような詳細な報告書になるものの、重要性の低い事故については、簡単な報告書になる。
 また、海事調査委員会の報告書も、調査官の報告書と基本的には同じであるが、海事調査委員会には、業界やUSCG、又は連邦政府に勧告を出すため、より詳細な調査を行い、事件に関するすべての事実を発見するように努め、すべての何気なく見過ごされがちなヒューマンファクターを決定することが義務づけられているので、より深度の深いものとなる。ただし、同委員会から報告書が出されるのは、年に1回以下という。
 なお、調査委員会の報告書も、すべて公表され、ホームページに掲載されることになっている。
 
(11)行政法判事
 行政法判事(Administrative Law Judge)は、行政手続法に則り長官によって指名された者であり、司法資格を持った者に限られている。
 行政法判事の命令については、上訴(Appeals)して長官による審査(Review by the Commandant)を求めることができ、更に、長官の決定に対してはNTSBへの上訴(Appeals)が認められている。
 2002年11月現在、行政法判事は、総勢6名で、全国数箇所に配属されていて、聴聞が行われる地域に適宜移動する体制が採られている。
 
(12)NTSBの調査に関連する調査
 重大海難(Major marine casualty)は、NTSBが調査することになっているが、その場合も、USCGは予備調査を行い、その事故が、重大な海難、公用船及び非公用船が関わり、少なくとも1人の死者又は75,000ドルの財産の損害が生じた海難、沿岸警備隊の船舶及び非公用船が関わり、少なくとも1人の死者又は75,000ドルの財産の損害が生じた海難及び沿岸警備隊の安全機能、例えば、捜索及び救助、航路標識等、船舶通航システム、商船の安全等に関わる顕著な安全問題を含む海難の場合は、それをNTSBに通知し、NTSBが調査を行うことになっている。
 ただし、NTSBによる調査が都合で行われないときは、USCGは引き続いて調査をすることができることになっている。
 
(13)海難調査官の研修
 調査官は、バージニア州にある海難調査官訓練センターで、IMO決議を反映させたUSCG特有のトレーニングを受けている。これには、2週間の調査官コース(Investigating Officer's Course, IOC)と3週間の上級調査官コース(Advanced Investigating Officer's Course, AIOC)とがあり、教科過程は、ヒューマンファクターエンジニアリングや国際安全管埋コース等に分かれている。
 訓練センターのインストラクターは、USCG所属の専門家やUSCGが雇用した教授達で、テキストには、James Reason著「ヒューマンエラー認知科学的アプローチ(原書Human Error)」や「組織事故 起こるべくして起こる事故からの脱出(原書 Managing the Risk of Organization Accidents)」のほかに、USCG独自の教材(Student Note Book 生徒用ノート)が使用されている。また、俳優による面接技術の訓練も行われている。
 
(14)研究
 USCGは、特異な事故が続発した場合、問題点をピックアップして調査・研究し、これをホームページなどで公表することによって改めて全体の注意を喚起する方策をとっている。
 
(15)海上インシデントに関する現状
 USCGは、米国運輸省海事局(MARAD)との共同プロジェクトとして、国際海事情報安全システム(International Maritime Information Safety System IMISS)を設立してニアミスやインシデント情報について任意の提供を受け、これを収集、整理、分析したのち、海難防止情報として広く提供する構想を立てたが、国家予算を含む運営資金の問題や監督権、処罰権を所有するUSCGの参画を嫌う海運業界の反対もあって、未だ稼動するには至っていない。
 なお、IMISSは、当初USCGがシステム全体を管理監督する方向で動いていたが、匿名性等の問題が出てきたため、例えば、インシデント情報を第三者が摘出して、それをUSCGが分析するという案が考えられている。
 ただし、民間に任せるべきだという議会の考え方や予算化の難しさもあり、実現に至るまでには、早くても4年はかかると見られている。







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