B 利用国の観点
現在、日本の中東原油依存度は85.3%(2002年)であり、そのほぼ全量がマ・シ海峡を経由して日本に輸入されます。この事実から、マ・シ海峡は「日本の生命線」とも喩えられます。また、日本に到着する貨物の中には、マ・シ海峡を経由して輸送されてくるものがたくさんあります。これまで、日本はマ・シ海峡を海上交通路として利用する主要な国である、と認識されていましたが、最近においては、中国や韓国の利用度が高くなっていると考えられます。
⇒マ・シ海峡を経由して日本に輸入
■日本は米国に次ぐ世界第2位の原油輸入国であり、2002年度は241,898千キロリットルの原油を輸入している(日本は、原油輸入に加え、年間37,719千キロリットルの製品油をシンガポール、韓国などの製油所から輸入している)。このうち、中東地域からの輸入比率は約85.3%である(経済産業省「エネルギー生産・需給統計年報」)。日本は1970年代の2度のオイルショック以降、原油輸入先の多様化、分散化を図り、一時は、中国、インドネシア、メキシコなどの国への切り替えを行ってきたが(1987年には67.9%に減少)、近年、当該国における自国需要の増加に伴い当該国の輸出量が減少したため、再度、中東地域への依存度が上昇し、1996年以降、80%台の高水準が続いている。
⇒中国の利用度
■中東発中国行きの原油がどの程度あるのかについては明確な資料はないが、British Petroleumの「世界エネルギー統計」(2003)によると、38.9百万トン(2002年)の原油が中東から中国へ輸出されている。一方、日本への輸出量は195.4百万トン(2002年)となっている。
注:経済産業省の統計では、日本の年間原油輸入量は、241,898千キロリットル(241.9百万キロリットル)、このうち、85.3%にあたる206.3百万キロリットルが中東発となる。これに原油の比重をかけると、おおよそ195.4百万トンとなる。
■中国の中東原油への依存度は不明であるが、前にも述べたとおり、量的には年間38.9百万トン(41.1百万キロリットル)(2002年)であり、日本の約5分の1である(British Petroleum「世界エネルギー統計」(2003))。また、中国はインドネシアからも原油を輸入しており、その量は年間28.4百万トン(30.0百万キロリットル)(2002年)である。中国の1日あたりの原油生産量は、3,415千バレル(年間198.2百万キロリットル)(2003年)である。このうち輸出にまわされる量はわずかであると考えられる(中国が日本に輸出する原油はわずか387千キロリットル(2002)である)。従って、それらの合計は、269.3百万キロリットルとなる。一方、中国の年間石油消費は、5,362千バレル(311.2百万キロリットル)(2002年)である(Oil and Gas Journal 2003、British Petroleum「世界エネルギー統計」(2003))。この差の約40百万キロリットルについては、おそらく、製品油として、シンガポールなどから輸入していると考えられる。非常に大雑把な計算であるが、インドネシアの中東向け原油がスマトラ原油とすると、年間、最大で約110百万キロリットルの原油及び製品油がマ・シ海峡経由で中国に輸送されていることになる。これは日本の約半分に相当する。
■今後、中国の中東原油依存度がどのように変化するかであるが、現在の経済成長率が見込まれるとする場合、ここ数年のうちに依存度は格段に上昇すると考えられる。その大きな理由は、中国の石油埋蔵量である。Oil and Gas Journal 2003によると、中国の確認埋蔵量は18,250百万バレルであり、現在の日産原油生産量3,415千バレルを維持すると、約14.6年で枯渇することになる。この中国の確認埋蔵量は、サウジアラビアの261,900百万バレル、イランの125,800百万バレル、イラクの115,500百万バレル、クウェートの99,000百万バレルといった中東産油国に比べ、かなり低いものである。中国が抱える莫大な人口を考慮すると、今後、中国は超石油輸入国になると考えられる。なお、中国の一次エネルギー消費構成比は、石油が24.6%、石炭が66.5%であり、石油については他の主要国に比べると若干少なくなっている(日本:47.6%、米国:39.0%、ロシア:19.2%、英仏独:30%代)。
先ほど、船舶が航行ルートを決めるに際し考慮する要素として、安全性、経済性、通航許容性、代替性があると述べましたが、順にマ・シ海峡が海上交通路として優れている、つまり、重要である、ということについて見ていくことにします。
1. 安全性
安全性とは、自然環境的または社会環境的な航行環境はどうか、必要な航行安全対策や海上治安対策などの安全対策が実施されているか、という観点です。
(1)自然環境
マ・シ海峡の自然環境については、第II章 マラッカ・シンガポールの概要において詳しく述べましたが、要約すると、マ・シ海峡は長さ約500m、最狭幅が4600mの狭隘な海峡であり、VLCCの通航に影響を及ぼす水深23mの浅瀬、岩礁等が多数存在しています。また、マ・シ海峡ではスコール、ヘイズなどによる視界不良が発生し、場所によっては強い潮流が観測されるなど、大型船舶にとっては航海の難所となっています。
(2)社会環境
マ・シ海峡の社会環境、とりわけ、治安状況については、第II章 マラッカ・シンガポールの概要において詳しく述べましたが、要約すると、海賊事件などが頻発するとともに、船舶などを対象とした海上テロの危険性も指摘されています。また、海峡沿岸地域には、スマトラ島北部のナングロ・アチェ州、タイ南部パタニ県周辺地域のように、政治的不安定要素を抱える地域があり、海峡通航船舶に与える影響について懸念されています。このような沿岸国または寄港港の社会的環境は、時として、海上保険の保険料に反映されることがあります。2002年10月のバリ島での爆破事件以降、一時的にインドネシアに寄港する船舶の保険料にインドネシア・プレミアムが付くのではという懸念が広がりました。このような要素は海運会社にとって非常に大きなものと言えます。
国際航行に使用されている海峡における通航船舶の通航利益に鑑み、当該海峡を国際海峡と位置づけ、当該海峡における通過通航権(right of transit passage)を認めるなど、国際海峡通航制度に係る規定が海洋法条約第3部において整備されています。船舶の通航に関しては、領海に比べ、通航船舶に対する海峡沿岸国の干渉は観念的には制限されています(詳細は 第VII章、 第VIII章参照)。
(3)各種安全対策
以上のような環境を改善するため、マ・シ海峡では、水路測量、航路標識の設置、航路啓開、分離通航帯の設置、各種航行規則の採用、船舶通報制度の運用、VTIS、DGPS局、AIS局の設置・運用など、様々な航行安全対策が採られています(詳細は、 第V章「航行安全対策」を参照)。一方、マ・シ海峡では、治安状況を改善するため、海峡沿岸国海上法令執行機関による巡視活動などが行われていますが、海域が広大であること、インドネシアのように海上法令執行活動を実施するために必要となる資材を十分保有していない国があることなど、決して安全とは言えない状況にあります(詳細は、 第VI章「海上治安対策」を参照)。
2. 経済性
経済性とは、専ら、船舶による輸送経費の観点であり、輸送地点間の最短ルートを航行することによりできるだけ輸送経費を少なくおさえる必要性から生じるものです。例えば、中東原油のほぼ全量がマ・シ海峡を経由して日本に輸送されていますが、マ・シ海峡が最短ルートであることがその大きな理由です。
⇒中東原油のほぼ全量がマ・シ海峡を経由して日本に輸送
■中東原油の日本への輸送ルートとしては、マ・シ海峡経由の他に、現在、スマトラ島とジャワ島との間にあるスンダ海峡(Sumda Strait)経由(現実的にはあり得ない)、バリ島とロンボク島との間にあるロンボク海峡(Lombok Strait)経由の2ルートがある。30万積貨重量トンをはるかに超えるULCC: Ultra Large Crude Carrierは、水深の関係上、ロンボク海峡を経由しなければならなかったが、現在では、中東原油輸送の主役はマ・シ海峡を通航可能な30万積貨重量トンの原油タンカーであり、ほぼ、全量がマ・シ海峡を経由している。
IV-3 中東からの原油ルート
■スンダ海峡の通航量については、2001年5月に実施された日本海難防止協会と日本航路標識協会の合同調査によると、連続する48時間内に、合計108隻の船舶(漁船を含む)が通過し、また、629隻の漁業に従事する漁船が視認されている(The Study for the Maritime Traffic Safety System Development Plan in the Republic of Indonesia, Progress Report No.1, The Japan Association of Marine Safety (JAMS), Japan Aids to Navigation Association (JANA), July 2001 p.2-4-7〜2-4-14)
■ロンボク海峡の通航量については、同様の調査によると、連続する48時間以内に、合計74隻の船舶(漁船を含む)が通過している。
IV-4 スンダ海峡
IV-5 ロンボク海峡
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