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3. 通航許容性
 
 通航許容性とは、たくさんの船舶が通航できるだけの幅や水深があるか、事故発生時などの緊急事態の際、迂回するルート、一時退避する水域などがあるか、という観点です。マ・シ海峡が優れた海上交通路であるためには、海峡沿岸国や利用国の需要を満たすだけの船舶が通航できるに十分な容量が確保されている必要があります。通航許容性は、先ほどの安全性と密接な関係があり、許容性を超える船舶が通航し海峡が混雑しだすと安全性は著しく低下することになります。現在、マ・シ海峡の年間通航船舶は約6万2千隻、これに、小型船舶、横切り船舶、操業漁船などを加えると、特にシンガポール海峡のように物理的可航域が狭い海峡では、現状の安全対策のままでは、ほぼ限界に近づいているとの見方もあります。
 
4. 代替性
 
 代替性とは、大規模海難事故などにより海峡の通航に支障をきたす場合、代わりになる航路が存在しているか、という観点です。当然のことながら、代替航路となり得るか否かについての検討においても、これまで述べてきな安全性、経済性などの要素が考慮される必要があります。
 
 マ・シ海峡の代替航路(中東から原油を日本に輸送する場合)については、2. 経済性でも述べましたが、代替ルートとして、スンダ海峡及びロンボク海峡があります。ここでは、この二つの代替航路について比較してみます。なお、スンダ海峡を中東原油を積載した日本向けの大型タンカーが通航することは現実的には考えられませんが、1万トン級の貨物船クラスの通航に関しては全く支障がありません。
 
IV-6 スンダ海峡及びロンボク海峡の代替性比較
スンダ海峡 ロンボク海峡
安全性 自然環境 海峡の中央部の水深に関しては問題ないが、海峡北側入口付近では、水深10m代の浅い海域や岩礁地帯が広がっており、また、石油掘削プラットフォームも点在するなど、注意が必要である。また、激しい潮浪も観測されている。 ロンボク海峡は、最も浅い海域でも水深が69mあり、どのような大型船でも通航可能である。
社会環境 海賊頻発地域である。 海賊事件はほとんど発生していない。なお、2002年10月に爆破事件が起きたバリ島に極めて至近である。
群島航路帯(Archipelagic Sea Lanes)が設置されており、外国船舶は群島航路帯通航権(Right of Archipelagic Sea Lanes Passage)を行使して通航する。ただし、通航中の船舶の義務、群島国の義務、群島航路帯通航権に関する群島国の法令に関する規定は、国際海峡に関する規定を準用するとされているので、マ・シ海峡の通航と実質的な違いはない(海洋法条約第54条)。 同左
各種安全対策 必要な航路標識が設置されてある。
付近の海域や港湾で海賊が頻発していることからも、特別の海上治安対策がインドネシア当局により行われている可能性は少ない。
同左

特別の海上治安対策がインドネシア当局により行われている可能性は少ない。
経済性 水深の関係から、VLCCの通航は不可能である。 ペルシャ湾から東京湾までの距離は、マ・シ海峡経由では6,590海里、ロンボク海峡経由では7,580海里であり、その差は990海里、船の速力を15ノットと仮定すると、66時間(3日弱)の差が生じる。
通航許容性 主として水深の関係により、大型船舶の通航には問題があるが、それ以外の船舶であれば、かなりの数の船舶が通航できる。 最小幅16.7km、最小水深69mであり、かなりの数の船舶が通航できる。
 
C 将来的見通し
 
 マ・シ海峡の海上交通路としての機能の重要性が、将来的に増していくのか、それとも、減っていくのか、については、東南アジア経済のみならず、世界的な社会・政治・経済の多種多様な要素が影響を考慮し判断する必要があります。その中でも、ここ数年のスパンで見た場合によく言われることは、中国経済の発展にともない、マ・シ海峡を通過する中国向け原油やコンテナ貨物が増加するであろう、ということです。その際に問題となってくるのは、マ・シ海峡ルートの許容量がどうなのか、ということです。この点に関し、日本アジア交流協会の福井氏は、「今後、中国の石油輸入急増だけを考えても、それを中東やアフリカの産油国から輸送するタンカーの通航がどこまで受入れ可能なのか、当然最も幅の狭い(3km程度)シンガポール海峡には受け入れる船の隻数には上限があるであろうから、マラッカ海峡ルートはいずれ満杯となる」と警鐘を鳴らしています。
 
 マ・シ海峡は、いずれ満杯になる、ということであれば、当然、現行の航行安全環境を改善(浚渫等による航路幅の拡張等)して通航容量を増加させる、という取組みも必要となってきますが、一方で、原油の輸送については代替ルートを模索する動きもあります。原油の代替ルートとしては、実際にULCCクラスの原油タンカーが使用できるインドネシアのロンボク海峡に加え、最近、再度注目を集めているのが、タイ南部のクラ地峡に原油パイプ・ライン(付随して建設される石油精製施設を含む)を建設しようとする動きです。この計画には、いろいろな問題点が指摘されていますが、日本アジア交流協会の福井氏は次のように述べています。「タイ政府は本年(筆者注:平成15年)8月末に、長年の懸案であったマレー半島横断原油パイプラインの建設を含む大構想の実現を目指す画期的な決定を下した。それは、タイを、アジアにおける石油トレーディングのHubにするというものである。上記決定以降、関係省庁横断のタスクフォースが組織され、2年以内の実現を目指して精力的に作業が進行中である。・・・。この大構想は、海賊の出没や中国の原油輸入急増等による通航量の大幅増大予想を背景に不安定なマラッカ海峡を代替する原油パイプラインを建設し、そのシャム湾側終点に原油の国家戦略原油備蓄基地を建設し、同時にアジアでも初めての中東やアフリカの原油の現物取引市場を創設すると言うものである。実現すれば、アジアの石油輸入国にとり悩ましい原油価格の「アジアプレミアム」が解消される可能性も秘めている。」(福井孝敏「復活したマラッカ海峡迂回の原油パイプライン-タイ政府が備蓄基地一体の国際石油取引ハブ構想推進を決定-」『石油/天然ガス レビュー』(2003.11) 14頁)


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