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第VIII章 国連海洋法条約第43条に基づく海峡沿岸国と利用国の協力
 第VII章では、海洋法条約第3部が定める国際海峡制度について、海峡沿岸国と利用国との対立の構造の中でとらえて見てきました。この章では、特に、第43条の規定について、詳細に見ることにします。
 
第43条 航行及び安全のための援助施設及び他の改善措置並びに汚染の防止、軽減及び規制
 
 海峡利用国及び海峡沿岸国は、合意により、次の事項について協力する。
(a)航行及び安全のために必要な援助施設又は国際航行に資する他の改善措置の海峡における設定及び維持
(b)船舶からの汚染の防止、軽減及び規制
 
A 海峡利用国
 
1. 海峡利用国の特定
 
 「海峡の利用国」とは、海峡を利用(use)する国ですが、利用目的や利用形態にもいろいろあります。そもそも「利用」とはどのような行為なのか、という問題もあります。しかし、これまでの一連の議論を鑑みるに、「海峡利用国」とは、「海峡を海上交通路として利用することにより何らかの便益を受けている国(者)」と捉えることが一般的であると考えられます。具体的には、(1)旗国、(2)船主国、(3)輸出入国、(4)船種別の海運団体(INTERTANKO、INTERCARGO、SIGTTO、ICCL等)、(5)OCIMFのようなその他の関連団体が含まれる、とする考え方が海峡沿岸国の一致した認識です。なお、海峡利用国には海峡利用者も含まれるのか、という問題については、後述します。
 
 海峡利用国の特定作業(利用国が享受する便益の程度の算出を含む)を厳密に行うとした場合、まず、海峡の利用行為(船舶の通航)から生み出される便益の程度を測るための適当な指標を選び出し、当該指標と利用可能な統計に基づき、どの国がどの程度の便益を得ているかということを導き出す、という膨大な作業が伴います。この作業には、当該指標が適当なものかどうか、数値では直接的には表せない便益をどう指標化するか、異なる指標間の比較や加算はどのように行うのか、利用可能な統計がどの程度あるのか、直接的便益と間接的便益をどう評価するのか(間接的便益を含めるとした場合、その対象は一般国民までおよぶ)、結果として導き出されたものが妥当かつ信頼性があるものなのか、といった困難な問題が付随しています。従って、仮にこの作業を関係各国関係者がコンセンサス・ベースで行うとした場合、便益の程度が応分の負担割合に直結するという考えに基づく限り、関係者間の利害対立が表面化し、妥当な結論を出すことは極めて困難となります。従って、海峡利用国の特定作業は、これから利用国負担問題に関する議論を開始するにあたり、どの国がその議論に参加するべきか、ということを見出す程度に止めることが賢明であると考えられます。
 
便益の程度を測るための適当な指標
■便益の程度を測るための適当な指標としては、(1)運送貨物の価格、(2)貨物運送賃、(3)通航隻数、(4)通航船舶の総トン数などいろいろ考えられるが、把握の容易さを考えた場合、単純に通航隻数に総トン数を組み合わせるという方法が一番適切であると考えられる。当然のことながら、このような指標を使用した場合、利用国とは船籍国ということになり、これらの国が応分の負担をすべき、ということになる。
 
 なお、ここで注意すべき点は、あくまでも、これらの船籍国は一次的な負担者であり、負担分を更に別な者に転嫁することも可能である。例えば、船籍国は、登録税や分担金といった形で当該船舶を登録している船主に対し、船籍国の負担分を転嫁することができる。船主は荷主等に転嫁し、荷主等は貨物価格に転嫁し、最終的には、極めて広範囲の者に船籍国の直接負担分が公平な形で転嫁されていくことになる。なお、マ・シ海峡通航船舶の船籍国別の通航隻数及び総トン数に関する統計は、強制船位通報制度が実施されている現在においては、容易に収集することができる。
 
2. 海峡利用国と海峡利用者との関係
 
 先にも述べましたが、「海峡利用国」とは、「海峡を海上交通路として利用することにより何らかの便益を受けている国(者)」と捉えることが一般的であると考えられます。具体的には、船種別の海運団体(INTERTANKO、INTERCARGO、SIGTTO、ICCL等)やOCIMFのような関連団体も含まれる、と認識されていますが、これは、当該者が最終的な負担者である、という認識からではなく、専ら、この利用国負担問題を議論するに際し海峡沿岸国は誰にアプローチすべきか、誰が応分の負担をしてくれる可能性があるか、という観点からリストアップされたものであると考えられます。
 
 条約とは、基本的に国家間の権利義務関係を規定するものであり、個人の権利義務を直接規定するものは例外的とされています。従って、第43条の規定の趣旨は、文言上は「利用国」と書かれていますが、最終的かつ実質的な協力の主体、すなわち応分の負担をすべき者は、国の政府に限定されているわけではなく、利益団体や個々の企業もこれに含まれると考えるべきです。ただし、そのような負担を伴う国際的制度を構築するのは国の責務であると考えられます。なお、仮にある指標に応じて国の負担割合(額)を決めるという制度が構築された場合には、その負担額を国内でどのように分配するのかについては、各国の裁量により決められるべき問題と考えられます。例えば、国民全てが少なからず何らかの便益を受けている、というのであれば、国は一般税収から負担分を支出することも可能でしょうし、また、海運会社が支払う税金に賦課し、当該海運会社は運賃として荷主などに転嫁することも可能と考えられます。
 
3. 開発途上国の取扱い
 
 開発途上国も海峡利用国として応分の負担をすべきか、という問題があります。マ・シ海峡沿岸国は、インドネシア、マレーシア及びシンガポールといった国であり、主要な海峡利用国は日本、ということで、これまでは、先進国である日本が開発途上国である海峡沿岸諸国を援助する、という構図が成り立ちました。しかしながら、最近においては、沿岸国の中でもシンガポールの発展が著しく、マレーシアについてもOECDの援助対象国からまもなく外れるという状況になっています。また、利用国についても、日本に加え、最近発展が著しい中国が浮上してきています。極端な例を挙げると、ドーバー海峡のように、海峡沿岸国である英国及びフランスが海上交通路としての機能維持のための取組みを行っていますが、海峡利用国である開発途上国のリベリアがリベリア船籍の船舶が多数同海峡を航行しているからといって応分の負担をしなければならないのか、ということになります。この問題については、みかけ上の公平性より、実質的な公平性を重視する必要があり、仮に、開発途上国が一次的な負担者であっても、最終的には、様々な負担転嫁のシステムを通じて、富める国に最終的な負担が分配されるよう自動的な調整機能が働くと考えられます。
 
 
B 海峡沿岸国
 
1. マ・シ海峡の地理的範囲
 
 マ・シ海峡の沿岸国は、マ・シ海峡の地理的範囲に関係します。つまり、当該範囲が明確になればおのずと沿岸国が特定されます。マ・シ海峡は、入り口から徐々に内側に入るに従って幅が狭くなり、途中で中間の公海(EEZ)部分がなくなります。英国国防省が定めるマ・シ海峡の地理的範囲に係る定義(第II章「マラッカ・シンガポール海峡の概要」参照)を採用する場合は、中間の公海(EEZ)部分を含む極めて広大な範囲がマ・シ海峡となり、結果的にタイも沿岸国に含まれてしまします。
 
 第43条の規定の適用を通過通航制度の枠組みの中で考える場合、「海峡内の代替的航路の有無」という要素を考慮する必要があります。つまり、海峡の中間に公海(EEZ)部分がない場合、又はあっても、そこが航行上及び水路上の特性に関して同様に便利な航路(代替的航路)でない場合には、海峡を通過する船舶は必然的に沿岸国の領海部分を航行しなければなりません。このため、当該海峡は、沿岸国の領海ではあっても、国際的な海上交通路としての公共性が極めて高い海域と言え、それゆえ、当該海域においては船舶の通過通航が認められるとともに、航行の安全性が十分確保される必要性が出てきます。そしてこの航行の安全性を確保する責務を沿岸国だけに負担させることは不公平であり、海峡を利用する者が公平に負担すべきであるという考えに基づき、第43条の海峡沿岸国と利用国との国際協力に関する規定が定められています。
 
 従って、マ・シ海峡の地理的範囲とは、第43条の規定の適用を考える場合には、海峡内に代替的航路がない海域、つまり、中央に公海(EEZ)部分がない海域に限定されるべきということになります。このようにして見ると、当該海域は、ほぼ、マラッカ海峡のポートクラン沖のワン・ファザム・バンクからシンガポール海峡のペトラブランカ島(ホースバーグ灯台が立地)に至る海域ということになります。
 
2. 海峡沿岸国の特定
 
 マ・シ海峡の地理的範囲を上述のように考えると、マ・シ海峡の沿岸国はインドネシア、マレーシア及びシンガポールの3カ国であり、これにはタイは含まれないことになります。つまり、タイについては、沿岸国としてではなく、利用国として沿岸国に協力することになります。
 
 
C 「合意により」の趣旨
 
 「合意により(by agreement)」とされている理由は、この規定に基づく国際協力が海峡沿岸国の主権が及ぶ領海内で実施される以上、海峡利用国側の恣意により、実施されることは適当ではないことを示唆しています。一方で、海峡沿岸国が一方的に利用国に対し協力を求めるものではなく、利用国側の意図にも十分配慮されなければならないことも示唆しています。なお、合意の形態には、「条約(Treaty、Convention)」、「協定(Agreement)」「取極(Arrangement)」「覚書(Memorandum of Understanding)」「議事録(Record of Discussion)」などがあり、また、多国間合意なのか2国間合意なのかといった主体についての議論もあり得ますが、先ず、協力内容を決める必要があり、その後、それに応じた適切な合意の形態が決まってくるものと考えられます。
 
 この規定の一番重要なキーワードは、当事者間の「合意」にあります。つまり、沿岸国と利用国とが協力をするにあたり、両者が合意するのであれば、第43条に規定する協力事項以外のどんな協力事項でも実施可能である、ということです。他方、合意がなければ、利用国は何もしなくてよいのか、という点については、利用国は合意することも含めて協力すべき責務を負っており、合意形成を通じて利用国側と沿岸国側の意見がよく調整されなければならないことを謳っていると考えられます。第43条の意義とは、ある意味では、新しい協力の枠組みの構築に向けて議論を開始する段階における精神的な拠り所となるものであると考えられます。


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