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第IV章 マ・シ海峡の海上交通路としての重要性
 マ・シ海峡は重要な海上交通路であると言われます。通常、海上交通路としての重要度は、主として、どれだけの船舶が利用しているかということに比例しますが、マ・シ海峡については、年間約6万2千隻(マレーシア海事局統計 2003)の通航船舶があり、また、その種類もVLCC、LNG、プロダクト・タンカーなど、経済活動の根幹を支える物資を輸送する船舶が多数を占めるという事実からも極めて重要な海峡であると言うことができます。
 
 では、なぜ船舶はマ・シ海峡を利用するのでしょうか。船舶が航海計画を策定するにあたり航行ルートを決める必要があるわけですが、考慮される要素は、主として、安全性(自然環境的または社会環境的な航行環境はどうか、必要な航行安全対策や海上治安対策などが実施されているか、という観点)、経済性(専ら、船舶による輸送経費の観点)、通航許容性(たくさんの船舶が通航できるだけの幅や深さがあるか、事故発生時などの緊急事態の際、迂回するルート、一時退避する水域などがあるか、という観点)、代替性(大規模海難事故などにより海峡の通航に支障をきたす場合、代わりになる航路が存在しているか、という観点)があります。マ・シ海峡の港湾に寄港する船舶はマ・シ海峡を利用せざるを得ないわけですが、単にマ・シ海峡を通過するだけの船舶は、上述の各要素を比較考慮した上で、マ・シ海峡を通航することが最適の選択肢であるとの判断(マ・シ海峡の優越性)に基づき利用しているわけです。
 
 マ・シ海峡の重要性を考える場合、誰にとって重要なのかについて、二つの観点があります。一つは、海峡に港湾を建設し海上貿易活動を行う海峡沿岸国の観点であり、もう一つは、海峡を経由して海上貿易活動を行う海峡利用国の観点です。シンガポールのように、マ・シ海峡沿岸地域にのみ港湾を有する国にとっては、マ・シ海峡の優越性がどうであれ、マ・シ海峡がシンガポール港に至る唯一の海上交通路であり、そこを通航する多数の船舶がシンガポール港に寄港している以上、マ・シ海峡はシンガポールにとって極めて重要であると言わざるを得ません。一方、日本のように、中東原油のほぼ全量がマ・シ海峡を経由して日本に輸送されている事実だけを見ても、マ・シ海峡の重要性を立証するには十分です。なお、マレーシアやインドネシアのように、海峡沿岸地域に立地する港湾に加え、マ・シ海峡沿岸地域以外にも主要な港湾を持っている場合、海峡沿岸国としての立場と、海峡利用国に近い立場とを併せ持つことになります。
 
 この章では、マ・シ海峡の重要性を考えるわけですが、海峡沿岸国の観点からは、主として、海峡通航船舶(海峡沿岸国船舶のみならず全ての船舶を含む)が沿岸国の港湾に寄港することにより、沿岸国はどのような経済的恩恵を受け得るのか、という問題として捉えることにします。また、海峡利用国の観点からは、マ・シ海峡を利用した海上貿易により莫大な経済的恩恵を受けているという前提のもと、なぜ海峡利用国船舶はマ・シ海峡を利用するのかという問題(マ・シ海峡の優越性)に置き換え、先ほどの海上交通路としての重要性を決める要素毎に考察してみることにします。
 
A 沿岸国の観点
 
1. 海運
 
 マ・シ海峡沿岸国の住民にとって必要となる食料、衣料、日用雑貨品などの生活必需品のかなりの部分は、船舶により輸送されています。また、マ・シ海峡沿岸に沿って様々な工場・施設が立地していますが、生産活動に必要となる工業原料や石油などのエネルギー源の輸入、生産した工業製品の輸出のためにも船舶は欠かすことができません。更に、インドネシアのスマトラ島では石油、天然ガスが生産されていますが、そこで生産された石油や付近の製油所で精製された油などを輸出するにも船舶が必要となってきます。仮に、現在のマ・シ海峡がジャングルに覆われた密林であった場合、この地域の現在のような発展はなかったものと考えられます。従って、船舶の通り道であるマ・シ海峡の存在は、海峡沿岸国にとって、極めて重要な存在である、と言うことができます。
 
2. 港湾
 
 港湾は海上輸送に必要不可欠の要素です。現在、マ・シ海峡沿岸には、多数の商業港湾が位置していますが、その中の主要なものは下記のとおりです(図IV-1参照)。これらの港湾の中には、石油化学工場や石油精製工場を併置しているものもあり、マ・シ海峡における荷動きは活発です。
 
IV-1 マ・シ海峡沿いの主要港湾
 
IV-2 マ・シ海峡沿いの主要港湾の概要
沿岸国 港湾名 港湾の特徴
インドネシア
ベラワン港
(Belawam)
スマトラ島で一番重要な商業港である。
ドマイ港
(Dumai)
インドネシア最大のミナス油田の重要な石油積み出し港及び商業港である。インドネシア石油公社「プルタミナ」の石油製油所がある。
マレーシア
ペナン港
(Penang)
ペナン島ジョージタウンとマレー半島バタワースとの間の海域に発展した商業港である。大型のコンテナ埠頭がある。
 
港外の錨地
 
バタワース・コンテナ埠頭
 
ポートクラン港
(Port Klang)
大規模コンテナ埠頭である北港(North Port)、石油ケミカルを中心とする西港(West Port)、雑種船用の南港(South Port)からなるマレーシア最大の総合港湾である。コンテナ取扱量は、約320万TEUsで世界第14位である(2000年)。ターミナル経営は民営化されている。
 
北港のコンテナ埠頭
 
西港のケミカル埠頭
 
ジョホール港
(Johor)
大型のコンテナ埠頭と石油ケミカル埠頭からなる港である。ターミナル経営は民営化されている。
 
手前:ケミカル埠頭、奥:コンテナ埠頭
 
バルク埠頭
 
タンジュン・プラパス港
(Tanjung Pelepas)
大規模コンテナ専用港である。シンガポールに対抗して開発された新しい港である。シンガポール港と同様後背地を有しないため、取扱貨物の85%が積替コンテナである。現在、シンガポール港との間で主要海運会社の誘致合戦を行っている。ターミナル経営は民営化されている。
 
コンテナ埠頭
 
シンガポール
シンガポール港
(Singaproe)
タンジョン・パガ・ターミナルを中心とした大規模コンテナ港、とジュロンを中心とした石油ケミカル港、ハーバー・フロントの旅客船ターミナルに区分される。コンテナ取扱量は香港に続き世界第2位を誇る。取扱貨物の85%が積替コンテナである。現在、タンジュン・プラパス港との間で主要海運会社の誘致合戦を行っている。ターミナル経営は民営化されている。
 
コンテナ港
 
石油ケミカル工場沖の錨地
 
 
3. 船舶関連産業
 
 海峡沿岸国は、海峡沿岸の港湾に寄港する船舶に対し、各種海事サービスを提供しています。特にシンガポールでは、アセアン地域の海運ハブとして、これらの産業が発展しています。これらの産業には、次のものが含まれます。
 
■燃料、水、糧食、海事情報の提供(船舶代理店業務)
■船舶修理
■港湾
■倉庫
■海上保険
■船舶運航・管理
 
 シンガポールにおける港湾関連サービス提供産業の全GDPに占める割合は、4.8%です(Chia L.S., Goh M. and Tongzon J., SOUTHEAST ASIAN REGIONAL PORT DEVELOPMENT)。しかし、ほぼ全ての者が、船舶により輸入されたものを何らかの形で利用していることを考えると、沿岸国が得る利益は計り知れないものになります。


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