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第2節 ターミナルケアにおけるコミュニケーションスキル評価
1. 目的
 ターミナルケア場面における学生のCAの要因を明らかにするには、コミュニケーションの目標の適切性とCS及びその評価の検討が不可欠となる。本研究の目的は、ターミナルケア場面における学生のコミュニケーションの目標設定の状況を明らかにし、その目標設定がCS及びその評価に及ぼす影響を明らかにすることである。
 
2. 用語の定義
1)コミュニケーションの目標については第1節を参照
 
2)コミュニケーションスキル(Communication Skills : CS)とは、コミュニケーションの目的、目標を到達させるために用いるコミュニケーションの技能であり、行動である。コミュニケーションの一般的な目的、目標とは、コミュニケーションの語源や機能から、(1)情報の送受信を通して情報を共有する、(2)対人関係を築く、(3)社会的な機能を果たすことであると考えられている。したがって、本稿では、看護者が患者に用いるCSを次ように定義する。
 看護者が患者に対して用いるCSは、患者との対人関係を築き、患者との情報を送受信、循環させることで共有し、患者に問題の意識化を促す技能である。このため、この技能は、通常の日常会話で何気なく用いられるコミュニケーション行動とは異なり、カウンセリングの技法に基づいた意図的な対人コミュニケーションの技能である。また、コミュニケーションの技能は学習によって獲得される行動であり、対象が異なっても適切に活用できる安定した技能でもある。
 
3. 方法
1)被験者:看護短大3年生、成人・老人看護学実習中の学生51名、そのうち研究の承認が得られた学生。
2)実施時期:平成14年9月より11月。
 
3)測定用具
(1)コミュニケーション目標尺度(第1節で作成した尺度)
(2)コミュニケーションスキル、リレーションの解読尺度(1999年 筆頭著者が筑波大学の修士論文で発表した尺度):CS及びリレーション(CSに対する相手の関係性を示す反応)の程度を測定する尺度で自己記入式質問紙である。質問項目が各20項目、評定尺度は1の全くしていないから4のその通りにしているの4段階である。得点の高さがCSやリレーションの高さを表す。この尺度の特徴は、CSを用いている状態と相手の関係性を示す反応を同時に測定することで、その場面における対人コミュニケーションの状態を解読することが可能である。
 CS尺度は2つの下位尺度で構成されている。一つは「意味の伝達尺度」12項目(得点範囲12−48)である。この下位尺度は、相手からの情報を受けやすくしたり、相手に情報を分かりやすく伝えたりするプロセスを通して、相手との関係を築いたり、深めたりすることをねらうスキルである。これに対して、もう一つは、「感情の伝達」12項目(得点範囲8−32)である。このスキルは、相手の出来事に対する感情を受け止め、要約し相手に返すプロセスで相手の感情を反映し、相手の問題の意識化をねらうスキルである。
 リレーション尺度は2つの下位尺度で構成されている。一つは「一般的リレーション尺度」10項目(得点範囲10−40)である。この尺度は、相手と対人関係を築こうとするCSに対する反応から関係性がついたかを解読する。後一つは「問題解決リレーション尺度」10項目(得点範囲10−40)である。この尺度は相手の思いや感情を整理し、問題の意識化、明確化するCSに対する相手の反応から問題解決のための関係性がついたかを解読する。
 コミュニケーションの相手との対人関係を築け、出来事に対する意味や感情の情報が多く送受信されている状態、そして、それに対応して相手も関係性を築こうとして示す反応や問題の解決しようとする反応が多く出現している状態では、CS及びリレーションの各下位尺度の相関は強くなる傾向がある。反対に、コミュニケーションの相手に出来事に対する意味や感情の情報が多く送受信されている状態であっても、相手の関係性を示す反応が低ければ、相関は低くなる。つまり、一方的にCSを用いているつもりであるが相手の反応には対応していないことになるので、コミュニケーションは成立していない可能性があるといえる。Appendix 2、3参照
 
(3)コミュニケーション不安尺度(1999年 筆頭著者が筑波大学の修士論文で発表した尺度):コミュニケーションに対する不安を測定する尺度で、自己記入式質問紙である。質問項目は、感情を形容詞の対語で9項目提示したSD法による尺度である。感情を示す形容詞は人間の基本感情であるとされている6項目に、ターミナルケア場面で喚起されやすい形容詞を追加した。具体的には「不安な―安心した」、「苦しい―気楽な」、「怖い―平気な」などである。得点は5段階とし、得点が高くなるほどネガティブな感情を示す。反対に得点が低くなるほどポジティブな感情を示す。実際の質問紙には逆転項目が含まれている。得点範囲は9から45点である。Appendix 4参照
 
(4)STATE-TRAIT ANXIETY INVENTORY(STAI)日本語版 特性不安テスト
 スピルバーガーらによって開発された不安を測定する尺度(1970)を清水・今永が日本語板として作成したものである(1981)。テストには、状態不安と特性不安とがある。いずれも信頼性・妥当性は保たれているといわれている。今回使用したのは、特性不安である。項目は20項目の自己記入式質問紙で、4件法である。得点の高さが、不安傾向の高さを示す。Appendix 5参照
 
4)倫理的配慮:研究の趣旨、方法を説明し、研究への意思を確認した。そのときに、研究への承認及び結果は成績には影響しないこと伝えた。また、実習中にトレーニングに参加しない時間での学習方法についても説明した。
 
5)手続き
 実習中の学生に認知行動療法の手法でソーシャルスキルトレーニング(Social Skills Training : SST)を行い、その前後でコミュニケーションの目標、CS、リレーション、CAを測定した。今回は教育的配慮及び臨床実習の場で行うことを考慮して、トレーニングへの希望者を実験群としてのみとし、統制群はおかなかった。また、SSTの実施は、実習に伴う本来の学習課題、実習場所への適応などの影響を考慮し、実習開始後約1週間を経過した時点で開始した。
 SSTとは、社会的スキル訓練とも呼ばれ、認知行動療法の一つである。この療法は個人に欠けていると思われる社会的スキルを何らかのかたちで積極的に学習させたり、既に行動のレパートリーとして備わっている社会的スキルの表出を効果的に学習する、あるいは不適切な対人的、社会的行動を変容するための様々な心理療法の技法を合わせてプログラムしたパッケージ療法である。その中心技法はBundura(バンデュラ)のモデリングである。プログラムの内容は、(1)スキルの査定(不足しているスキルを見立てる)、(2)教示(スキルを身につけることの効用とトレーニング方法の説明)、(3)モデルの提示(モデルを観て、スキルの使い方を学ぶ)、(4)ロールプレイ(役割演技を通して、スキルの使い方を学ぶ)、(5)フィードバック(モデルの提示場面やロールプレイを振り返り、スキルの使い方の手がかりをつかむ)、(6)ホームワーク(日常生活でスキルを使ってみる)で構成される。具体的な流れは、研究者によって若干異なるが、著者はFig2−1に示した方法を用いている。
 上述したようにSSTは、認知や行動に対する学習を通して、行動変容を促す技法である。現在では、心理学、医学、教育などの広い領域で用いられ、そのトレーニングの効果が証明されている。今回は、このSSTを学生のCSという行動を獲得、つまり行動変容をを促すために用いた。SSTとは社会的スキル言い換えれば対人関係を築いたり、維持したりする技能でもあるが、その社会的スキルの大部分は、CSによるものである。したがって、CSというコミュニケーション行動を学ぶには効果的な技法であるといえる。既に、筆頭著者は学生へのCSのトレーニングとして、SSTを用いることでその効果を証明している(伊藤1999.2000.2001)。
 具体的な手続きは、次の通りである。
(1)実習前
 CS及びそのトレーニング方法の説明:資料及びビデオを用いて行った。ビデオは「保健師のためのSocial Skills Training―対人関係づくりのためのコミュニケーションスキルトレーニング」である。Appendix 6を参照
(2)実習中
(1)コミュニケーションの目標、CS、リレーション、CAを測定:実習開始後2日目、6日目、13、14日目に、実際に受け持ち患者とコミュニケーションを取り、測定した。
(2)Social Skills Training(SST):実習開始後7日目から13、14日までの期間に実施した。
 プログラムの詳細および学習課題はAppendix 7−11参照







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