第二章 研究の実際
第1節 看護におけるコミュニケーションの目標尺度の開発と信頼性・妥当性の検討
1. 目的
本研究の最終的な目的は、ターミナルケア場面における学生のCAの要因を明らかにするために、コミュニケーションの目標の適切性とCS及びその評価の関係性を明らかにする。しかし、コミュニケーションの目標に対する測定尺度は未だ開発されていない。したがって、本研究の目的は、看護におけるコミュニケーションの目標を測定する尺度を開発し、その信頼性、妥当性を検討することである。
2. 用語の定義
本稿で取り扱うコミュニケーションは対人コミュニケーションである。シュラム(Schramm,W.)によれば、コミュニケーションという言葉はラテン語のcommunis(common)からきており、その意味は、情報、思想、態度を共有しようとする試みであると述べている。また、コミュニケーションの基本的要素は、送り手、伝える媒体としての手段、伝えられる内容、受け手である。そして、大坊郁夫によれば、コミュニケーションの機能には、それらの要素を用いて、コミュニケーションの機能を(1)情報の提供、(2)相互作用の調整、(3)親密さの表出、(4)社会的コントロールの実行、(5)サービスや仕事上の目標の促進がある。このようなコミュニケーションの概念、要素、機能から、次のように用語を規定した。
看護におけるコミュニケーションとは、看護者が対象である患者と言語的、非言語的なチャンネル(媒体である手段)を用いて、援助に必要な情報を共有しようとする試みであるといえる。その目的は、対象に適切な援助を行うために、情報を提供したり、受けたりすることで援助に必要な情報を共有する、親密さを表出したり、役割を調整したりして援助が円滑にいくような治療的な対人関係を築くことが考えられる。そして、その目標は、情報の共有や対人関係を築くという目的を達成するための具体的なねらいであると考えられた。
3. 方法
1)質問紙の作成
(1)概念枠組み:シュラムのコミュニケーションの概念及び大坊郁夫のコミュニケーションの機能より、コミュニケーションの目標は、看護者と対象とがお互いに援助に必要な情報を共有し、治療的な対人関係を築くという目的を達成するための具体的なねらいである。しかし、看護のコミュニケーションの目的には、情報の共有や治療的な対人関係を築くこと以外に、コミューケーションによるケア、治療を行うことも位置づけられている。したがって、コミュニケーションの目標の概念としては、コミュニケーションを適切に用いることで、お互いに情報を共有し、対人関係を築く、患者の問題が解決し、状態が改善することを達成させるための具体的なねらいとした。
(2)予備的調査
平成14年12月より平成15年2月かけて、看護の短期大学および大学の学生に、患者とコミュニケーションをとることでどのような状態を目指しているかを調査した。調査方法は、半構成的質問紙で、自由記述とした。その結果、「患者の情報を受信しやすくなるCSが使える」、「患者が送信した情報を解読し、共有できる」、その他に患者の情動がポジティブになるなどがあった。つまり、コミュニケーションの一般的な目的からすれば、「患者の情報を受信しやすくなるCSが使える」、「患者が送信した情報を解読し、共有できる」は、適切な目標といえるが、それ以外の患者の不安や苦悩が緩和するという項目は、コミュニケーションの目標としては、直接的にねらえない目標も含まれていなかった(伊藤2002)。
(3)質問紙の作成
これらの予備的調査の内容分析で得られた結果と概念枠組みを参考に質問項目を20項目作成した。刺激の提示は、「あなたが患者さまとコミュニケーションを取ることで目指している状態としてあてはまるものを選択肢から答えて下さい」とし、その評定段階は、全く違うの0からいつもそうであるの5の6段階で設定した。
調査の方法・記入について下記の内容を依頼した。
(1)通常の業務のなかで患者さまとコミュニケーションを取ったときの状態を書く
(2)患者さまとは成人・老人で会話ができ、身体の向きが変えられる方とする
(3)患者さまとコミュニケーションを取った日に、そのときのあなたの状態を振り返って書く
2)調査対象:病院に勤務している看護師(9施設509名)
3)調査の手続き
(1)各施設ごとに質問紙を配布、記入後は留め置きとし、各施設ごとに回収した。
(2)調査回数及び調査時期
尺度の信頼性を検討するために、調査は約6週間の期間を空け2回行った(再テスト法)。
1回目は平成14年10月中旬、2回目は同年12月初旬であった。
(3)倫理的配慮
調査対象には、書面で研究の趣旨、調査方法及び個人のデータに関する取り扱いなどを説明した。そのうえで了承が得られた場合に記入を依頼した。
4. 結果
1)回収は1回目467名(回収率91.7%)、2回目455名(回収率89.4%)で、うち1回目、2回目の調査がともに記入漏れがなく回収できたもので、上記の依頼内容を満たすものを有効とした。但し、質問紙の記入日はコミュニケーションを取ってから7日を有効とした。有効数200名
2)調査対象の一般属性
(1)性別:男性2名、女性198名
(2)年齢:平均29.5歳(標準偏差6.79)
(3)看護臨床経験:1から27年目までであった。その割合は1から2年目迄が36名、3から5年目迄が53名、6から10年目迄が53名、11年以上が58名であった。
(4)ターミナルケアの経験:経験者140名(70%)、未経験者60名(30%)
(5)ターミナルケアの研修経験:経験者100名(50%)、未経験者100名(50%)
3)コミュニケーションを取った患者の状態及び患者との関係
(1)患者の健康段階:急性期45名(22.5%)、慢性期91名(68.0%)、予後不良および終末期64名(32.0%)
(2)患者の診断名(複数回答):悪性腫瘍130名(65%)心疾患62名(31.0%)、腎疾患51名(25.5%)、糖尿病39名(19.5%)、脳疾患43名(21.5%)、呼吸器(悪性疾患を除く)32名(16.0%)、消化器(悪性疾患を除く)10名(5.0%)、外傷他50名)
(3)コミュニケーションを取った時期:患者が入院してから2日以内37名(18.5%)、3日から1週間以内57名(28.5%)、1週間以上106名(53%)
(4)コミュニケーションを取った患者との関係
プライマリー62名(31.0%)、当日のみ受け持ち108名(54.0%)、その他30名(15.0%)
4)各質問項目に対する評価点をそれぞれに得点化し、尺度の作成のために次の検討行った。
(1)項目分析:尺度の質問項目を決定するために因子分析を行い、各質問項目の因子負荷量、Item Total相関(以下IT相関)を検討した。 Table1−11−2参照。
因子分析は主因子法でバリマックス回転を行い、固有値1.0以上で2因子を抽出した。寄与率は、第1因子52.5%、第2因子6.9%、2因子までの累積寄与率は59.4%であった。
第1因子は12項目で、「お互いに相手の考えがわかる」「お互いに相手に感情がわかる」、「お互いに相手の状況が分かり合える」の項日への負荷量が高かった。また、これらの因子の内容は、看護者と患者とがお互いに相手の考え、感情、状況などの情報がわかるというねらいのまとまりであったので、「情報の共有による相互理解因子」と命名した。各質問項目の因子負荷量は0.5以上、IT相関は0.7以上で基準を満たし、全項目を尺度の質問項目として採用とした。
第2因子は8項目で、「患者さんの問題を解決するための援助方法がわかる」、「患者さんの問題が解決する」、「患者さんの苦痛が緩和する」の項目への負荷量が高かった。また、これらの因子の内容は、患者さんの問題を解決するというねらいのまとまりであったので、「患者の問題解決因子」と命名した。各質問項目の因子負荷量は0.4以上、IT相関は0.5以上で基準を満たし、全項目を尺度の質問項目として採用とした。
上述したように看護におけるコミュニケーション目標の質問項目は、負荷量、IT相関とも基準を満たしていたので、全項目を採用とした。また、因子は2因子抽出され、それぞれを下位尺度とし、信頼性及び妥当性の検討を行うことにした。
(2)信頼性の検討
看護におけるコミュニケーション目標は次の2つの下位尺度とし、それぞれの下位尺度ごとに内的整合性および再テスト法による信頼性を検討した。 Table1−3参照
「情報の共有による相互理解」は、質問項目が12項目で得点範囲は0から60点である。得点の高さが看護者のコミュニケーションによる情報の共有や相互理解への目標の高さを示す。尺度得点の平均43.0、標準偏差8.51であった。クロンバックのα係数は0.94であった。また、1回目と2回目の尺度得点の相関は0.41で1%有意水準で有意差を認めた。
「患者の問題解決」は、質問項目が8項目で得点の範囲は0から40点で、得点の高さが看護者のコミュニケーションによる患者の問題解決への目標の高さを示す。尺度得点の平均29.0、標準偏差5.72であった。クロンバックのα係数は.91であった。また、1回目と2回目の尺度得点の相関は.42で1%有意水準で有意な相関を認めた。
したがって、内的整合性を示すクロンバックのα係数は0.7以上の基準を満たし、再テスト法による1回目と2回目の尺度得点の相関は0.4以上で有意な相関が認められた。
(3)妥当性の検討
既に述べたように、看護におけるコミュニケーション目標を測定する尺度はこれまで開発されていないので、類似した内容を測定する尺度は見あたらない。したがって、本尺度の妥当性の検討は、併存的妥当性は行わず、概念妥当性について行った。概念妥当性は、本尺度の因子構造を明らかにすることで、本尺度が目指した看護者のコミュニケーションの目標として、お互いに情報を共有し、対人関係を築く、患者の問題が解決し、状態が改善することが内容として含まれているかを検討した。
本尺度は、因子分析により、「情報の共有による相互理解」と「患者の問題解決」の2つの因子構造が明らかになった。
4)尺度の特徴
2つの下位尺度間の相関係数が0.75であった。2つのコミュニケーション目標は強い関連があるため、看護者は、「情報の共有による相互理解」への目標を高くもつ人は、「患者の問題解決」への目標も高くもつ傾向があるといえる。 Table1−4参照
5. 考察
看護者のコミュニケーションの目標は、「情報の共有による相互理解」と「患者の問題解決」の2つの因子をもつ下位尺度により構成された。言い換えれば、これらの2つの下位尺度を測定することで、看護者のコミュニケーションの目標を測定できるということである。本尺度の信頼性は、再テスト法による相関係数と内的整合性を示すクロンバックのα係数によって検討した。再テスト法では、1回目2回目の相関は本来は0.7以上であることが望ましいという見解にたてば、本尺度の相関は若干低いといえる。しかし、内的整合性を示すクロンバックのα係数は基準値を満たし、質問項目間に対する反応の一貫性を示している。これは、本尺度が看護者のコミュニケーションの目標を測定する時に、看護者が関わっている患者の条件を統制することができなかったために、そのときの患者の状態が目標に影響した可能性がある。本来、尺度の信頼性とは、繰り返し測定しても安定した値が得られることが必要と考えられたが、本尺度のように、看護者のコミューケーションの目標を測定しようとするときには、調査時の患者の状況が支援に影響することは避けられず、そのことが再テストによる相関係数を若干低くしたのではないかとも考えられる。
つまり、本尺度は、再テスト法では若干信頼性は低いが、それは測定内容から起こりうることが予測され、そのことを考慮して測定する必要性が示唆された。
本尺度の妥当性は、因子構造より次のことが考えられた。
コミュニケーションの目標の第1因子である「情報の共有による相互理解」は、「お互いに相手の考えがわかる」「お互いに相手の感情がわかる」、「お互いに相手の状況が分かり合える」の項目によって構成されていた。これは、シュラム(Schramm,W)の「コミュニケーションは情報、思想、態度を共有しようとする試みである」というコミュニケーションの概念であることを示す内容のまとまりであるといえる。また、第2因子である「患者の問題解決」は、「患者さんの問題を解決するための援助方法がわかる」、「患者さんの問題が解決する」、「患者さんの苦痛が緩和する」の項目によって構成されていた。これは、看護がコミュニケーションを手段として用いることで、例えば看護過程における情報の収集、問題の明確化、援助方法の検討、援助を行ったことで達成される内容である。言い換えれば、コミューケーションのねらいは、看護過程における情報の収集、問題の明確化、援助方法の検討、援助の実施を行うことで、患者の問題を解決することであると考える。このように、コミュニケーションの目標には、大坊郁夫が示したコミュニケーションの機能である情報の提供、相互作用の調整、親密さの表出を通して情報を共有し、相互理解するコミュニケーションの共通のねらいと、社会的コントロールの実行、サービスや仕事上の目標の促進するようなコミュニケーションを使う側のねらいとがあると考えられる。この視点に立脚すれば、本尺度の2つの構造は、「情報の共有による相互理解」がコミュニケーションを用いる共通のねらいであり、「患者の問題解決」が看護でコミュニケーションを手段として用いる独自のねらいといえる。したがって、本尺度はコミュニケーションの目標のなかで、コミュニケーションの共通のねらいと看護独自のねらいを患者の問題解決の側面から測定することが可能な尺度であると考え、概ね、妥当性は確認された。
上述したことから、本尺度は、看護場面におけるコミュニケーションの目標のなかで、「情報の共有による相互理解」と「患者の問題解決」をねらう個人の状況を測定する用具として用いることが可能である。しかし、信頼性は若干低く、尺度としての安定性がやや不十分であることから、コミュニケーションの対象による影響を考慮したうえで使用することが必要と考えられる。
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