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6. 造船産業構造の変化に対応した造船技術の共同研究と開発の仕組み
6.1 SR研究が果たしてきた役割
6.1.1 SR研究の変遷
 (社)日本造船研究協会で昭和27年(1952年)から開始されたSR研究は、造船・海運・舶用メーカーが中心となって官・学・船級協会・関係団体等の協力を得て実施する共同研究の場として設置されたものである。当初は、国の予算で実施していたが、昭和37年以降は日本船舶振興会(現、日本財団)の助成金による支援が受けられるようになり、非常に多くの研究が実施されてきた。大型タンカーの建造が始まった60年後半から現在に至るまでのSR研究は、147件、研究投資総額は133億円に達しており、このうちの100億円強が日本財団からの助成金である。
・・・表6-1〜表6-3参照
 SR研究の歴史は常に順風満帆でなかったことは、1章に述べられているとおりである。研究内容は、その性格上、参加企業に共通する構造計算、運航性能、推進性能、コストダウン方法といった設計・計算・管理手法等の基礎的研究が大半を占めていたが、日本の造船業の底上げばかりでなく、その成果は時を経て世界全体の造船技術の底上げにも大いに寄与してきた。
 最近3年間のSR研究の成果を見ても、付録6-1にあるように、日本の海運・造船ばかりでなく、国際的にも注目されているものが多い。しかしながら、研究内容は高度に専門化され、物の形として現れることが少なく、更に技術防衛の見地から研究の詳細な内容が明らかにされることは少なく、それ故、大手企業の研究者・技術者及び研究機関の研究者以外の第三者にSR研究の成果が理解され支持されてきたとは言い難い。71年〜04年までの35年間の研究でも、造船技術基盤強化には欠かせない設計技術、工作方法、運航技術といった重要で日本が得意とする分野でもあるが、物としての形には現れにくい研究開発が大部分を占めていることもこれを裏付けている。
・・・表6-2〜表6-3参照
 一方、従来のSR研究は多数の企業の参加を前提としてきたため、実力のある企業が自社の技術の囲い込みを図ろうとする研究開発には馴染まないこと及び国立研究所や大学は多くの場合アドバイザー的立場で参加するので、参加企業・個人の責任意識が曖昧になるといった問題があった。さらに、事後評価における評価項目が抽象的で、加えて評価結果をどのように利用するのかが不明確であり、この点も成果達成への責任意識が希薄になる要因となっていた。また、研究成果が見えにくいといった批判の他、共同研究と開発の仕組みの問題点として次の点が指摘されてきた。
・造船部門については、造工の技術委員会で検討してきたが、海運・造船・舶用工業、船級協会等が定常的に集合して中長期的戦略を議論する場がない。
・従って研究テーマがその場しのぎの近視眼的なものになりがちとなる。
・最近は、研究層の弱体化やコスト競争に追われ研究テーマが出てこない。
・研究テーマを提案した会社が中心となって研究開発を実施することになっているので、人材・予算に余裕がない現状では、研究テーマの提案に及び腰となる。
・競争力に直接関わる研究は、競合他社が集まる場ではやりにくい。
 このようなことから平成12年の「SRプロジェクトの基本的考え方について」では、SR研究の見直しが行われ、従来型の全員参加型の研究に加え、FS(Feasibility Study)型の500番シリーズと少数の真に技術力のある企業や研究所だけが参加するトップランナー型の800番シリーズが加えられた。しかし、上述したように最近は、各社間の競争が激しくなり、共同で研究するテーマも激減し、造研が会員各社に毎年募集しているSR研究課題も造船所の造機部門からの応募内容も明確な長期的な展望に立ったテーマや技術戦略があって革新性に優れたものが少なくなり、注目されるような提案は造船所の造機部門や大学・研究機関を中心に提出されるようになっている。このような状況から500番シリーズはコンセプトを明確にする提案が継続せず、3件のテーマを実施しただけで事実上の終了を迎えた。
 一方、800番シリーズでは研究の責任体制が明確になり、また、事務局が責任者に対して厳しく成果を問うことができることから研究の進捗状況や成果がお互いに見え易くなってきており、従来、等閑(なおざり)になりがちであった特許についても活発な議論が行われ、知的所有権についての認識も深まりつつあるように見える。しかし、共同研究テーマが無くなることはあり得ないし、共同研究を否定するのは以下に述べるように誤りである。
 
6.1.2 欧米及び中国の造船研究
 日本の造船研究がコスト競争に追われてかつての輝きを失っているかに見える今日、翻って諸外国の研究開発の状況を見ると、欧州では、各企業間の競争の場は残したままで、国を超えて様々な機関(海運、造船、舶用、船級)が一体となった研究開発が活発に進められている。例えば、2002年より開始されたSAFEDORプロジェクトでは、リスクベースの安全強化措置を基本コンセプトに、安全・性能面で費用対効果を最大限に発揮する製品や設計を追及する研究開発を進めている。このプロジェクトはEUの産業振興策「FP6」の一環として実施されている。IMOや船級の基準策定をリードする欧州が、デファクトスタンダード作りに動いているとも考えられ、欧州は大きな技術戦略の下に研究開発を進めていると考えられる。また、EUのMaritime Industry Forum或いは米国のMARAD MARITECHプロジェクトでも関係機関が協調して海洋全般に対する幅広い検討を行っており、日本の造船研究が縮小気味なのとは対照的である。
 一方、中国では体制の違いもあり、国が造船業を戦略産業に位置付けて国家支援の下に国産化技術の確立に努めている。
6.2 造船産業構造の変化について
 情報化社会の現代にあっては、技術の高いところから技術の低いところへ技術が伝達されるのに要する時間は格段に短くなっており、ある新技術を開発したとしても、その技術で長期間寡占的に成果を享受できる状況はあり得ない。造船業は参入障壁の低い業種であるといわれてはいるが、業種にかかわらず常にトップランナーであり続けるためには、新しい独自技術を次々に開発する自転車操業状態は必然であろう。とはいえ、造船業界を考えた場合、我が国は依然として韓国と並んで世界の造船大国であり、また現在は空前の受注量を確保しているという事情も相まって、ともすれば目先の建造をどう速く、どう安くこなすかに関心が向いてしまい、中長期的な戦略の立案と、その戦略の実現のための研究・技術開発がおろそかになっているだけではなく、研究体制そのものが弱体化してきている。2章で述べたように研究投資額や研究者の数の減少がこの状況を如実に示している。
 最近のSR研究のテーマ減少の原因は、見方を変えれば、共同研究で実施するようなテーマが無くなったのではなく、基礎研究や技術開発に掛ける余裕が無くなり、単にアイディアが枯渇したに過ぎず、又、過去に出された提案も、具体的な技術開発課題へと顕在化する仕組みが不十分であったために実現に至らなかったことも考えられる。将来を見据えた技術開発を軽視し、価格競争だけに精力を傾けていれば、やがては衰退してしまうことは確実である。
 ところで、本委員会で各委員より提案された共同研究テーマ(案)を、SR21VISIONで示された「研究の方向」でまとめたものを表6-4に示すが、これらを見ると、共同研究のニーズは十分あるように思われる。造船各社が過剰な程の手持ち工事量を抱えながら利潤は極端に少ない今こそ共同研究によって各社の無駄を省き効率的に研究開発を進め、技術で常に他国を凌駕し、日本の造船業全体の技術基盤の向上を図り、世界のユーザーの信頼を勝ち得ることこそ、今後日本の造船業が生き残っていく道ではないかと思われる。この意味で昭和53年に出された黒川委員会の結論は、冒頭にもあるようにいささかも変更されるものではない。
 今日の世界を見渡せば、コンピューターは、長らく信じられていたムーアの法則(集積回路の集積度=演算スピードは18〜24ヶ月で2倍になる)さえ飛び越えて驚異的な進歩を遂げており、現在のスーパーコンピューターがノートサイズになり、或いは現在の卓上型コンピューター並の性能を持ったマイクロコンピーターが出現して産業部門だけでなくモバイル機器に組み込まれるのも時間の問題と見られている。産声を上げたばかりのカーボンナノチューブ、カーボンスプリング等の新材料、ICタグによる生産・管理革命、より現実味を帯びてきたロボット、製造部門における量子力学の応用や超伝導の応用等、産業のあらゆる分野で凄まじい技術革新が行われている。このようなときに、完全に成熟して研究課題が無くなった技術があり得ないように、船舶技術の世界で基礎的研究課題が無くなったということはあり得ない。古い技術でさえ、新しく発見された原理や新材料の活用によって息吹を吹き返している今日である。
 世界の人口の4分の1を占める中国の経済発展、第三世界の発展を考えれば、今後の世界の物流量は益々増大し、それと同時に資源・エネルギー・環境問題といった面でもより厳しい現実に直面していくことは間違いない。こうした中で、大量輸送機関としての船舶の役割は増大するが、同時に各種の規制をしていかない限り、永続的な未来は成り立たないことも想像できる。益々、複雑で厳しい要件を満たしていかなければ造船という産業は成り立っていかないかも知れないが、成り立たせるためには海運・造船(舶用機器・電気計器を含む)船級協会・荷主・大学・研究機関・官等が一同に会して自由な雰囲気の中で議論し、共通の目標を定めて邁進できるような場が欠かせない。
6.3 我が国における造船技術の共同研究と開発の新しい仕組み
 上述したような我が国における造船技術の研究開発の問題点を克服し、改めて造船業、海運業、舶用工業など我が国海事関連産業が世界の中で今後共リーダーシップをとっていくためには、以下に提案するような新しい仕組みを導入すべきであろうと考える。
6.3.1 産業を俯瞰する研究プラットホームの新設と中長期戦略の策定
 これまでにも造研内で、昭和53年の「運営対策懇談会(黒川委員会)」、平成7年の「SRVision21」などで造研における共同研究のあり方が議論され、さらには平成15年6月には、国土交通省に設置された「造船産業競争戦略会議」において我が国造船産業がとるべき競争戦略がとりまとめられるなど、中長期戦略が検討されてきた。
 「造船産業競争戦略会議」では、「世界の海運造船をリードできる技術力の確立」を目標の一つとし、「世界有数の我が国造船業・海運業・舶用工業、大学・研究機関、海事協会等の海事クラスターを主体とした研究開発アプローチの推進」が研究開発の基本戦略とされているが、このような戦略は上述したように、欧州では既に実行に移され、成果を挙げ始めている。上記「運営対策懇談会(黒川委員会)」では、
・広範なデータ収集を行うなど一社のみでは実施が困難な研究
・共同の場で実施することによりその成果が説得力を強める研究
・多額の経費を必要とし、あるいは解明に長期間を要する研究
 これらは共同研究が必要であると結論づけられており、本提言は現在も有効であると考えられるが、我が国造船業が韓国、中国との価格競争から脱却し、再び技術や製品の質でリードするためには、上記3項目に加えて、
・我が国造船業の中長期戦略に基づいた挑戦的な試みで、一社のみで実施するにはリスクが大きすぎる研究
を今後積極的に進めていく必要があると考える。
 中長期戦略の策定にあたっては、問題が起こってからその対策を考えるといった対症療法でなく、我が国海事関連産業全体を俯瞰的に分析し、不断に中長期戦略の策定と見直しを行うと共に、中長期戦略に基づいた研究のマネージメントを行う常設の研究プラットホームを設けることが必要であろう。特に一旦策定された戦略を固定化・神聖化することなく、常に現状と照らし合わせてフィードバックにより修正を行うなど、産業構造の変化の急速なスピードに迅速に対応できる戦略策定体制づくりが必要である。その受け皿となるべきプラットホームは、既存の枠にとらわれることなく、我が国海事産業の復興・発展の志に燃える少数精鋭を結集した組織とすべきであり、できうるならば造船業、海運業、舶用工業など海事関連の民間企業において経営責任を担う方々で構成し、結果責任を取れるものとするのが望ましい。
 上記「造船産業競争戦略会議」では、戦略目標として「1,000万総トン規模(世界シェア1/3)の生産体制の国内維持」が掲げられているが、中長期戦略策定にあたっては、船という箱物を造り続け、ひたすらコストの徹底削減と技術力の確保を目指すのみならず、今後は積極的に、
・今までに培ってきた造船技術を応用できる分野を広く考える。
・物流業界やエネルギー業界など他産業と連携した新しいビジネスモデルと需要の創出。
を中長期戦略の視点とすることが、価格競争からの脱却と我が国造船業界の活性化のために必要であると考える。
 このような中長期戦略の例として、例えば以下に列挙するようなものが挙げられるのではなかろうか。
(我が国造船業の中長期戦略の例)
・日本〜米国間の航空貨物の一部を船舶による輸送に奪還
・モーダルシフトの加速により国内貨物輸送の半分を船舶で運ぶ(船舶及びアクセスと港湾荷役等の整備)
・日本〜中国、東南アジア間の旅客の半分を高速フェリーで運ぶ
・コンテナ船接岸からコンテナのトラックでの運び出しまでの時間を1/10に短縮
・日本の電力需要の不足分を洋上風力発電を含む海洋エネルギー利用で賄う
・海水からの水素製造で将来の水素需要の2/3を賄う(電気分解、触媒と太陽光利用による水素の分離等)
・首都圏の通勤者の1/3を運河・河川・海上輸送(橋の整備を含む)
・東京湾、大阪湾、瀬戸内海などの閉鎖性湾の水・大気浄化への海運界の貢献
・コンテナターミナルの再編と海上コンテナハブ構想
・マルチ用途の大型海上基地構想
・エネルギーサプライチェーンの見直し
・D/Eに代わる推進システム(G/T, FC, etc. )の開発
・国際規則の見直し(特に環境関連)、新規則作りのリード
・Ship Qualification+国際インセンティブ制度の構築
・コンテナ輸送に続く新規海上輸送形態の構築
・低速ディーゼル以外の新主機プラントの開発と実用化







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