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5. 社会変化に対応した技術開発課題
 地球環境問題への関心の高まりやIT化といった社会変化に対応し、日本の海運/造船業界も自ら迅速に変革していかなければ世界的大競争の中で遅れをとり、衰退の路を歩むことになるのは必至である。社会の変化に対応していくためには、社会変化の先にある将来を見据えた技術開発を常時、他者に先駆けて実施していかなければならない。これらの技術開発はその実用化がある程度将来の時点に設定されるため、基礎的な研究、応用研究であることも多く、一社あるいは一機関(大学、公的研究所)では研究開発への投資リスクが大きくなる傾向にある。また、地球環境問題のように一社/一機関での対応が難しく業種の異なる複数社/船級協会を含む関係機関が合同で取り組まざるを得ない技術開発テーマも多い。
 このような状況を鑑み、将来のためのある程度規模の大きな、あるいは基礎段階の研究には国や公的機関、特殊法人が積極的に技術開発支援を実行することが重要である。
 これらの技術開発を明確なビジョンを持って実行していけば、その技術成果を持ってわが国が国際社会に貢献することができ、またそれら技術の基準化/標準化を進めていくことで日本の技術力が世界をリードすることにもつながり、国益のために資することができる。
 このような技術開発体制を維持してゆくためには、社会変化に合わせた技術開発ニーズを探索/評価/提案していく場と、実際に技術開発を実施する企業/大学/公的研究所/NPOを資金的に支援する組織/システムを我が国全体として組織化することが必要であると思われる。
 なお、事務局についても単に会議の運営や予算の執行状態をチェックするだけでなく、業界をリードし常に新しい情報を発信できるだけの機能を持ち、又、第三者に研究・開発内容とその目的を十分説明できるだけの船舶技術、科学技術全般に対する知識を持って大所高所から判断できる人材の活用が望まれる。
 近年あるいは近い将来の社会変化に対応して技術開発ニーズがあると考えられるテーマを抽出すると以下のとおりである。これらのテーマを上記の場で整理の上、優先順位をつけて適宜、適切な研究グループに研究委託あるいは研究支援を実施していくことが重要であると考える。
5.1 環境問題
(1)大気汚染防止
 環境問題の一番の関心事は全地球規模での排ガス規制である。船舶の規制は、IMOが一義的に実施することから陸の規制には直接連動しないが、1997年の京都議定書(「気候変動枠組条約第3回締約国会議」)では、地球温暖化防止のためのCO2排出量等GHG(Green House Gas、温室効果ガス)の生産・使用規制と、2008〜2012年までの間にGHGを1990年比で6%削減するという数値目標が採択されたことから、IMOでも議定書の精神に沿って検討が進められている。「商船三井2002年度環境報告書」によれば、CO2、NOx、SOxの日本の大手海運会社一社における年間の排出量は総量では東京都全体の排出量のそれぞれ約1/6倍、5倍、約16倍である。
 NOxとSOxについての規制は、2005年早々にも条約(MARPOL73/78条約付属書VI)が発効される見通しとなっている。本条約では、NOxの規制値は外航船にあっては2000年1月以降に搭載される130kWを超えるディーゼル機関・内航船は発効後に建造される船舶に適用される。又、SOxにおいては特定区域を航行する船舶に対し、硫黄分が4.5%以下の燃料を使用することが義務づけられる。なお、実際には米国、ヨーロッパから更に厳しい規制値を要求されることは必至の情勢となっている。
・・・表5-1参照
 このような状況のもと、下記の各テーマの技術開発が必要になってくるものと考えられる。一方、船舶では、陸用の燃料に比べ極端に硫黄分の含有率が高い粗悪な燃料が使用されているので、規制が更に厳しくなった場合は、造船界の対応だけでなく、石油会社自身の協力が欠かせなくなるものと思われる。
 現在、内外で研究されている環境対応技術は以下のようなものがあるが、実用化にあたっては経済性とどう両立させるかが今後の課題である。
(1)多量水噴射によるNOx低減技術の開発研究(SR803で実施中、排気ガス温度の高い4サイクル機関は日舶工で「超臨界水場エンジン」を研究中)
(2)燃料中の硫黄分の低減(脱硫装置)については、超臨界水或いは超臨界二酸化炭素による脱硫方法が研究されている(NEDO等)。又、活性炭素繊維による排煙中の脱硫装置が検討(日舶工)されている。
(3)電動化、電子制御化(最適燃焼、最適制御による排ガス低減と熱効率アップ)
(4)高温超電導の電路、動力プラントヘの応用用(電力−動力変換効率のアップ、小型化による推進抵抗の現象等)
(5)燃料電池(炭素量の少ない燃料と熱の有効利用による総合熱効率のアップ)
(6)ガスエンジン
(7)高純度低炭素燃料の開発
(8)環境負荷の低い新規エネルギーへの対応(炭素量ゼロ又は、炭素量の少ない燃料等)
・・・表4-10参照
☆水素エネルギー
☆メタンハイドレード
☆DME
☆硫黄分を含まないか又は十分減少させた燃料
(9)省エネ
☆船体抵抗低減、推進効率向上
☆自然エネルギーの利用
○風エネルギー(風力発電、帆走商船)
○波浪エネルギー(波浪発電、波浪推進)
○潮汐/潮流発電
○海洋温度差発電
○太陽光発電
(10)製造所(造船所/工場)における排ガス低減技術の開発
 
(2)海洋汚染防止
 前記(1)の大気汚染防止は空気の汚染問題であるが、ここでは海洋の海水汚染及びそこに生息する生物への影響回避を目的とした技術開発テーマについて列挙している。
(1)原油/燃料油流出事故の防止技術
 1980〜90年代に原油タンカーの衝突、座礁事故が多発し、それによる原油・燃料油流出による海洋・生物汚染及び周辺住民の健康問題が大きな社会問題となったIMOにおいてもその防止対策が火急のテーマとして議論が重ねられ、またより安全な船舶の実現と老朽船排除のための規制化がなされてきた。油流出事故の防止方法の考え方としては大きく次の三段階となっている。
 [1]事故の予防対策、[2]事故緊急回避時の操船性能の向上、[3]事故が発生しても被害を最小限に止める対策。各々の段階に付いて以下のような技術開発項目が必要になると考えられる。
[1]事故の予防対策
 運航安全性及び乗組員技量の高度化を目的に下記の技術開発が必要である。
☆国際的な訓練システム/標準/資格の統一
☆シミュレータ導入による模擬操船
☆船載型モニタリング/運航支援システム
☆陸上における監視/管理システム(トータル・サポート・システム)、船陸通信の高度化・迅速化・大容量化
[2]船舶の操船性能向上
☆操縦性能規準の確立(含む、低速時、浅海時)
☆操船性能向上:特に港内操船性能
☆操船性能を改善すれば出入港操船の時間が短縮できる(経済性向上)のみならず、出入港操船時の事故も軽減が可能になる。IBSも操船性能の向上に役立つ。
☆緊急時操船応答の向上:停止、旋回性能等
[3]事故発生時の被害最小化対策
 衝突、座礁事故が発生しても、油流出を最小限に止めることが出来る船殻構造様式の開発、あるいは流出した油を迅速にかつ効率よく回収できる技術の開発が重要である。
☆ダブルハル化、ミッド・デッキ・タンカーより信頼性が高く、経済的なRCts_indent3の開発
☆構造信頼性の向上、疲労・損傷予測診断技術およびモニタリング技術の向上
☆事故発生時の緊急連絡と原因を正確に把握できる装置(AIS等)
☆油処理剤の性能向上
☆油回収・処理船の性能向上
☆海域監視システム、流出油の移動・拡散シミュレーション技術の高度化
(2)海洋生態系の保護技術
☆バラスト水交換の効率及び経済性の向上
☆バラスト水浄化/処理装置
☆ノン・バラスト水船の開発
 バラスト水交換が不要な船舶、あるいはバラスト水交換が少なくてすむ船舶の開発(国のプロジェクトとして造研で実施中)。
(3)船体塗装
☆有害物質を含まない塗料の開発(先進的海洋・造船塗料の開発研究、SR802で実施中)
(4)海洋浄化システム
☆港湾内のような閉鎖海域の水質浄化システムの開発
 
(3)リサイクル
(1)リサイクルしやすい構造様式
 解撤に必要なエネルギーが少なくてすむ構造様式、あるいは解撤方法の開発。
(2)リサイクル可能な素材
5.2 安全性
 安全性向上の動きが社会的に強まっており、「環境保全」と並んで「安全」が大きなキーワードとなっている。海運、造船分野では以下のテーマに関する技術開発が重要と考えられる。
(1)操船性能向上
 上述。((2)(1))
(2)構造様式/強度
 運航時、溶接箇所を起点にクラックが生じることが多く、溶接部の強度を向上できれば構造上の安全性はかなりの部分解決できると考えられる。この対策により船舶そのもの及び乗組員の安全性と共に、上述の原油流出事故防止にもつながる。
(3)機関
 船舶主機関の故障は運航上致命的な事故につながる危険性がある。機関プラントのシンプル化(操作性の向上)及び信頼性向上は危急の命題であると考えられる。
(4)火災事故回避/低減
 火災の未然防止、早期発見、早期消火などのハードの対応策も、多量の燃料(危険物)を搭載している船舶にとっては最も重要な技術開発テーマの一つである。
5.3 物流スピードの向上
 IT化・通信の高度化に伴い情報は瞬時に移動するようになってきている。一方、海上輸送される貨物/旅客そのものの移動の高速化も望まれている。
(1)推進性能の向上
 同一馬力/燃料消費量でより船速の速い船舶の開発が必要である。
(1)船型設計
(2)推進装置
 プロペラの性能改善、プロペラ以外の推進装置の開発。
(2)荷役装置(陸上/船上)
 荷役時間の短縮も物流スピード向上のために重要な対策と考えられる。
(3)係留方法
 係船作業の合理化・省力化により作業時間の短縮を図る。そのために新しい係留方法、装置の開発が必要となる。
 
表5-1. 世界のNOx規制の動向
(17g/kWh→3.5g/kWh)







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