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6.3.2 中長期戦略に基づいた研究テーマの公募と実施
 中長期戦略に基づいた研究テーマの公募と実施は、6.3.1.で提案した研究プラットホームにおいて策定された中長期戦略に基づいて、研究開発テーマを公募する。公募の対象とする研究開発テーマの選定にあたっては、事前に日本財団などのスポンサーとの基本合意を得るものとする。中長期戦略の策定といったシンクタンク機能と、研究テーマの公募や評価などの研究のマネージメント機能を同一の研究プラットホームに持たせることが望ましい。
 公募にあたっては、非常に挑戦的なテーマであっても中長期戦略の実現に必要なものは積極的に採用する。挑戦的なテーマについては、第1、2フェーズに分けるなどして、6年(3年2期)程度の長期の研究期間を許容するが、中間評価を厳格に行い、中止も厭わない。事後評価の詳細な実施、公開などにより、研究推進の責任及び成果責任を明確にすることが求められる。このために、本委員会では、付録に添付・詳述したような評価シートと集計手法を開発し、研究開発テーマの事前評価から、研究状況・成果の中間評価、事後評価までの評価基準を明確にし、幅広い有識者による評価委員会による透明性のある評価が行えるようになった。
 この評価結果は、提案者に対してだけでなく、日本財団などのスポンサーの審査の参考資料としても提供が可能となる。なお、基盤的研究開発の際は、その成果のその後の研究開発への寄与や実機への適用状況などの追跡調査を行うなど、成果の評価を長期的に行い、公表していくことも検討すべきである。これによって、真の成果が社会的にも認知されるものと考えられる。
 基礎的研究であっても、最終目標である製品のイメージを明確にすることを求め、基礎的研究の成果が挙がったプロジェクトについては、その技術を実用化技術・製品に育てるための第2段、第3段の研究プロジェクトを立ち上げる仕組みとし、「造船産業競争戦略会議」でも謳われているような、挑戦的研究の成果を製品に結びつけるための、社会的・経済的インセンティブの創成などと合わせて、新しい技術の萌芽から製品化応用にまで達する時間を加速するための支援を行う。
 実施体制としては、従来のSR研究のような産を中心とした産・学・官による大グループ分担研究方式でなく、当該テーマを積極的に推進する強い意志を持つ小グループを中心とし、実施部隊としてポスドク等の若手研究者を採用できる仕組みとする。まだ欧米には及ばないとはいえ、近年では我が国においても研究者の流動性が高まり、短期間のプロジェクトを渡り歩くことを厭わず、むしろキャリアアップのための実績作りの場であると考える若手研究者が増えつつあるので、プロジェクト実施期間だけの任期つき雇用であっても優秀な若手研究者の採用を期待できる。また、その際、造船関連だけでなく異分野の研究者も採用することによって研究の活性化と学際化が図れる。研究開発実施のための受け皿も、上述のシンクタンクと同様に、既存の枠にとらわれることなく、効率的で実質的な実施のできる場の新設を含めて検討すべきである。外国人研究者の採用や海外の研究機関との共同研究、委託も選択肢となり得る。
 また、大学、独立行政法人等の研究資源を活用することにより、実施体制の強化が図られると共に、大学・独立行政法人の活性化、ひいては造船界への若者の回帰の一助となり得る。
 
6.3.3 改良技術に対するサポート
 1956年、日本が英国を抜いて世界一のシェアを確保し、以降約半世紀に亙って世界一の建造量を確保してきた。イギリスの造船業が衰退した要因は労働組合の問題、保守的な金融機関、設備投資に消極的な経営陣等により溶接構造による船舶の大型化に決定的に出遅れたことであった(「20世紀における世界造船業の趨勢に関する分析と研究(平成15年3月、(財)海事産業研究所)」、その他)英国にも溶接技術はあったが、この技術を改良し、リベット構造に取って代わる技術に育てることはなかった。
 造船技術の歴史上の大きな変革は、人力や風を利用したエネルギーから蒸気機関による動力機関に変わった動力革命、次いで木船から鋼船に変わった材料革命、リベット構造から溶接構造へ変わった建造方法の革命であり、現在は韓国・日本・中国が基本的には殆ど同じ技術によって競争しているため価格だけが差別化の大きな要因になっている。
 電気技術の世界でハンダ付けと真空管の電子回路が超LSIに変わったように画期的な技術が船舶に出てこないのは、船舶が成熟技術である証とも言える。このため、差別化は、価格を下げるか価格を下げないのであれば、使いやすさやメンテナンスを含めた製品の性能を格段に上げなければならない。製造者のいう付加価値はユーザーに取っては価格を上げるための過剰付加価値と見られることさえある。成熟した技術の中で、顧客の信頼を勝ち得る製品(船舶)に仕上げるには、画期的な技術に期待するのではなく、設計技術・工作技術を含む細かな改良と改善の積み重ねによって安全・高品質で安価な船舶を建造することで差別化を図る以外に方法がない製品も多い。
 同じ製品であってもより多くの経験(失敗も貴重な経験である)を積み重ねた方に一日の長があるのは名品と呼ばれる製品によく見られることである。一般的に、こうした改良・改善は製造者自らが、自らの経営判断とリスクで実施すればいいと見られているが、実際の製造の現場にいると「改良・改善が新製品を開発するのと変わらない程困難な場合がある」。一旦、造られてしまった設計技術、工作方法、製造ライン等は容易に変更できない場合が多く、しかも、その製品が程々の性能を発揮している場合は、敢えて資金を投資してまで変更しようとするインセンティブは働きにくい。外国の後発のメーカー等が、自社製品よりも格段に優れた改良品を出してから、あわてて改良に取り組んでも一度失った市場を奪還するのは極めて難しいのが常である。成熟産業の中で、画期的なもの、研究開発を評価・支援する関係者に受け入れられそうな研究開発課題を探すのは容易ではないため、世間受けしそうな提案は大手の研究部門を持つ会社が中心となりがちで、いきおいキャッチフレーズはいいが実際には技術的・経済的な理由から実用化に供されない研究課題が出てくることもあり、結果を見れば研究者の給与だけをサポートしたに過ぎないものもある。大型研究開発プロジェクトが日の目を見ずにいつしか忘れ去られていくことがあるのは、生み出すことに資金を投入しても、息の長い育てる方(改良・改善)に投資して来なかったためとも考えられる。企業の財政当局に対する甘えは許されないが、量産効果が働きにくい製品に対しては市場で受け入れられるまでの改良にも支援が必要な場合があることを忘れるべきではない。
 現在、日本のロケット打ち上げの連続失敗の原因が、技術の完成を目指すのではなく、予算を獲得するため常に新しいテーマだけを追い求めたところにある(H16.3.11. 読売朝刊)と言われているのは参考にすべき意見と思われる。
 従って、提案された改良・改善技術が真に戦略的で支援するだけの価値があるかどうかの判断は非常に難しいが、予算の投資効果を考慮すれば実用に供せられるかどうか分からないものに支援するよりは効率的(投資予算に対する効果が高い)なものもあると考えられ、前向きな取り組みが必要である。
 技術の進歩は、ある日突然画期的なものが出現して世の中が大きく変わることもあるが、成熟産業の中での技術開発は改良に次ぐ改良で、その積み重ねで真に実力があり市場で評価される製品が生まれていくことが少なくない。特に資金基盤の弱い中小企業者に対しては改良技術開発に対する支援の仕組み作りが必要と思われる。
 
6.3.4 知的所有権(特定研究成果)
 造研のSR研究では、造研を含む、参加者の全員が共同出願という形で特許申請してきた。申請の目的は特許収入を得るということではなく、参加者による技術の囲い込みに大きな意義があった。又、造研事務局は特許申請に要する出願料、手数料、審査請求料、特許料(毎年支払い)等の支払いが困難であることから、特許料収入があった場合でも受取り権は放棄することとして対応してきた。
 一方、造研事務局の特許収入については、「特許料等応分の負担をすべきで、収入を得た場合は、これを次期研究開発のために有効活用すべきではないか」との意見が財政当局等から出されたことがあった。特に平成14年以降の800番シリーズでは、真に実力とノウハウのある少数の者が参加するトップランナー方式が取られたため、特許権についても真剣に議論されるようになってきている。しかし、国による開発支援について1999年に施行された「産業活力再生特別措置法(産活法)」は、「国の委託研究事業であってもその研究事業によって得られた特定研究成果は、一定の条件を満たせば基本的には、受託した企業に帰属することが可能になる」ことを定めている(同法第30条)。この法律は、国の研究開発事業を活発化する目的で設置されたアメリカの「Patent and Trademark Act Amendments of 1980/1980年アメリカ合衆国特許商標法修正条項」、通称「バイ・ドール法」が大きな成果を上げていることにならったものである。
 バイ・ドール法及び産活法中の研究活動の活性化等に懸かる条文は、特許内容が資金助成機関である国や団体に共有され、収入も分配されてしまうようであれば、企業は真に戦略性のある重要な研究は助成金の申請対象とはせず、自前で実施しようとする結果、思い切った投資がおこなわれず、長い目でみれば国の技術の衰退と産業の活力が失われるという観点等から設けられたものである。
 このようなことから、SR研究等助成を受けて実施して得られた特定研究成果はトップランナー方式になったとしても従前どおり「事務局は特許申請者としての名は連ねるが、特許収入権は一定の条件を附して放棄する」方法が望ましいと思われる。特許申請前の内容の公開等の取り扱いについては事務局をはじめとする関係者全員が細心の注意を払う必要がある。
 なお、造研では研究開発成果はできるだけ特許申請して技術の流出を防いできたが、大型舶用機関に関する研究開発等、外国メーカーのライセンシーが共同研究に参加する場合は、共同特許であっても特許権の使用について共同研究参加会社同士が契約による取り決めをおこない研究開発成果の囲い込みを図っている。
6.4 まとめ
 以上、要するに、我が国の造船業・海運業・舶用工業など海事関連産業全体が「将来にわたっても世界に貢献し世界のリーダーシップをとり続けるために」、
・そのためには今何をなすべきかという中長期戦略を明確にし、
・常にフィードバックをかけながら、その中長期戦略を不断に見直し、
・戦略を実現するために必要な新技術の芽を育て、
・育った芽を、第2段、第3段の研究プロジェクトの実施により、製品化にまで育て上げることが、「造船産業構造の変化に対応した造船技術の共同研究と開発の新しい仕組み」であろうと考える。締め切りのせまった仕事に日々追いまくられれば、それらの仕事が優先され、あとでもできる(が本当は重要な)仕事(将来へのシーズ作り)が後回しにされがちであるから、日々のあわただしさから隔離された場を半ば強制的に設け、そこで将来のことを語り、将来のための研究開発を実践する雰囲気をつくること、つまり共同研究と開発の新しい仕組みをつくることが我が国造船業の将来にとって極めて重要であろうと考える。又、上述したように改良技術に関するサポートが必要なことも論を待たない。助成金を受けて実施した研究成果を財政当局等に定期的に報告・説明するのも被助成者の当然の義務である。
 一方、「環境」「安全」「物流」「標準化」「国際基準作り」など、緊急に取り組むべき課題で、しかもオールジャパンで取り組むべきテーマがまだあるので、それらは、上記の中長期戦略プロジェクトとは別個に共同研究を実施していくべきである。







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