C 国際海峡を構成する水域の法的地位
海洋法条約第3部に定める国際海峡の通過通航の制度は、その他の点については、当該海峡を構成する水域の法的地位に影響を及ぼすものではなく、また、当該水域、当該水域の上空並びに当該水域の海底及びその下に対する海峡沿岸国の主権又は管轄権の行使に影響を及ぼすものではありません(海洋法条約第34条第1項)。当該海峡沿岸国の主権又は管轄権は、海洋法条約第3部の規定及び国際法の他の規則に従って行使されることになります(同条第2項)。
D 国際海峡制度の変遷
1. 第二次世界大戦前
第二次世界大戦前、海峡は一般の領海と同様に無害通航が認められるとの認識があり、さらに、海峡が公海と公海とを結んでいる場合、無害通航は停止できない、とする見解が有力でしたが、条約や国際裁判で確認されるには至っていませんでした((財)日本海運振興会、国際海運問題研究会編『海洋法と船舶の通航』成山堂書店、47頁)。
2. 第二次世界大戦後
第二次世界大戦後の考え方は、1946年の「コルフ海峡事件」の国際司法裁判所の判決(1949年4月9日)に見ることができます。当該判決では、「平時において、諸国がその軍艦を沿岸国の事前の同意を得ないで、公海の2つの部分を連結する国際航行に使用される海峡を、その通航が無害であることを条件として通航させる権利を持つことは、一般的に承認されており、かつ、国際慣習に合致するところである。国際条約に別段の規定がなければ、沿岸国は平時におけるそのような海峡の通航を禁止する権利はない」とされています((財)日本海運振興会、国際海運問題研究会編『海洋法と船舶の通航』成山堂書店、48頁)。
3. 1958年の第一次海洋法会議及び領海条約
1958年、第一次海洋法会議が開催され、ジュネーブ四条約が採択されました。この中の一つが領海及び接続水域に関する条約(領海条約)です。領海条約では、国際海峡の通航に関し、外国船舶の無害通航は、公海の一部と公海の他の部分又は外国の領海との間における国際航行に使用されている海峡においては、停止してはならない、と規定しています(領海条約第16条第4項)。
⇒公海の一部と公海の他の部分又は外国の領海との間
■公海の一部と公海の他の部分との間における無害通航については、1946年の「コルフ海峡事件」の国際司法裁判所の判決(1949年4月9日)を考慮に入れたものである。
■公海の一部と外国の領海との間における無害通航については、チラン海峡のような海峡の通航に配慮したものとされる。チラン海峡はアカバ湾とアラビア海を結ぶ国際海峡であり、アカバ湾沿岸は、エジプト、サウジアラビア、イスラエルの領土であった。1956年の第二次中東戦争当時、アカバ湾周辺のアラブ諸国は領海の幅3海里を主張していた(アカバ湾には公海部分が残る)。しかし、アカバ湾周辺のアラブ諸国は、イスラエルの海上通商を封鎖する目的で領海幅を12海里に拡大、アカバ湾及びチラン海峡の領海化を図った。アラブ諸国は、この結果、チラン海峡は沿岸国の領海たるアカバ湾と公海たるアラビア海を結ぶものであり、国際海峡ではない、従って、無害通航は停止し得る、と主張した。領海条約では、チラン海峡のような公海と領海を結ぶような海峡であっても、無害通航は停止してはならないとした。
⇒国際航行に使用されている海峡においては、停止してはならない
■領海条約における、無害通航に対する沿岸国の干渉に関しては、沿岸国は、領海の無害通航を妨害してはならない(領海条約第15条第1項)、沿岸国は、自国の安全の保護のため不可欠である場合には、・・・、外国船舶の無害通航を一時的に停止することができる(同第16条第3項)、国際航行に使用される海峡においては、停止してはならない(同第16条第4項)、と規定する。領海条約では、国際海峡における無害通航は、通常の領海内における無害通航に比べ、沿岸国の干渉が若干制限されている。
国際海峡にかかる問題は、3海里が領海幅の主流であった時代には、海峡内に自由な航行が確保される公海部分が残っているので表面化しませんでした。しかし、1958年の第一次海洋法会議においては、領海幅3海里を主張する米国、英国などの海軍国、日本などの海運国と、12海里を主張するソ連や開発途上国との見解が鋭く対立しました。この点に関し、米国は「領海が12海里に拡大される場合には、・・・幅24海里を超えない国際海峡の通航が確保されなければならない。領海を12海里に拡大するとき、新たに領海化される国際海峡は、世界で119カ所に及ぶ。このような海峡では、領海が12海里で合意される場合にも、従来通りの艦船の通航が確保され、・・・る必要がある。」と主張しました((財)日本海運振興会、国際海運問題研究会編『海洋法と船舶の通航』成山堂書店、49頁)。結局、第一次海洋法会議においては領海の幅については合意されませんでした。
4. 第三次海洋法会議と国連海洋法条約
第三次海洋法会議が行われていた当時の国際海峡における通航制度は、領海条約に定めるところの「停止されない無害通航」でした。同会議では、国際海峡の通航制度に関し、領海幅が3海里から12海里に拡大されても、当時の通航制度(停止されない無害通航制度)をそのまま維持する、という見解と、領海幅が拡大され新たに領海に取り込まれる公海部分については、従来の航行の自由は維持する、という見解とが対立しました。結局、この二つの見解の妥協案として、新たに「通過通航制度」を設置することが英国から提案され、現在の国連海洋法条約の関連規定に至っています。
⇒「通過通航制度」を設置する
■外国船舶の通航制度を沿岸国からの干渉の程度の観点から区分し、干渉の大きい順に並べると次のようになる
・通常の領海内での無害通航
・領海たる国際海峡での停止されない無害通航(領海条約、海洋法条約)
・領海たる国際海峡での通過通航(海洋法条約)
・公海での航行の自由
■海洋法条約第38条第2項は、通過通航とは、・・・、航行の自由が継続的かつ迅速な通過のためのみに行使されることをいう、と規定していることから、通過通航は航行の自由の一形態であると考えられる。また、通過通航権は害されない(海洋法条約第38条第1項)、海峡沿岸国は通過通航を妨害してはならず(同第44条)、通過通航は、停止してはならない(同第44条)、と規定していることから、観念的には停止されない無害通航に比べ、沿岸国からの干渉がより少ないものとなっている。
■第三次海洋法会議においては、領海幅の拡大により領海化される国際海峡については、領海条約に定める停止されない無害通航では不十分とされ、新たに通過通航制度を設置するという結果になった。
⇒現在の国連海洋法条約の関連規定
■現在の海洋法条約では、領海条約において停止されない無害通航が確保されていた2種類の国際海峡(1)公海と公海を結ぶもの、(2)海と領海を結ぶもの、のうち、(1)については通過通航制度を適用することとし、(2)については、従来の領海条約に規定するとおり、停止されない無害通航を確保するに留まった(海洋法条約第45条)。
E 海峡沿岸国の権利、義務
国際海峡における沿岸国と利用国との対立の構造を最も如実に表現するものの一つが、沿岸国が海峡通航船舶に及ぼす権利と沿岸国の船舶通航に係る義務です。
1. 沿岸国の主権又は管轄権
海峡沿岸国の主権又は管轄権は、海洋法条約第3部の規定及び国際法の他の規則に従って行使されます(海洋法条約第34条第2項)。
2. 通過通航に係る海峡沿岸国の法令
海峡沿岸国は、特定の事項について海峡の通過通航に係る法令を制定することができます(海洋法条約第42条第1項)。これらの法令は、外国船舶の間に法律上又は事実上の差別を設けるものであってはならず、また、その適用に当たり、通過通航権を否定し、妨害し又は害する実際上の効果を有するものであってはなりません(同条第2項)。更に、海峡沿岸国は、これらの法令すべてを適当に公表しなければなりません(同条第3項)。
⇒特定の事項
■特定の事項とは、下記の事項の全部又は一部である。
・前条に定めるところに従う航行の安全及び海上交通の規制(注:海洋法条約第41条の規定に従って定められる国際的な規則に適合した航路帯及び分離通航帯に関するもの)
・海峡における油、油性廃棄物その他の有害な物質の排出に関して適用される国際的な規制を実施することによる汚染の防止、軽減及び規制
・漁船については、漁獲の防止(漁具の格納を含む。)
・海峡沿岸国の通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令に違反する物品、通貨又は人の積込み又は積降し
■上記のうち、航行安全及び海上交通の規制、海洋汚染関連の規制については、国際的な規則に適合し、または国際的な規制を実施することによる、など、沿岸国からの恣意的な干渉を避けるためにこのような制限が付いたとされる。なお、外国船舶(軍艦、政府船舶など主権免除されるものを除く)がこれらの規制のために制定される沿岸国の法令に違反し、かつ、海峡の海洋環境に対し著しい損害をもたらし又はもたらすおそれがある場合には、海洋法条約第12部「海洋環境の保護及び保全」第7節の保障措置に関する規定により、海峡沿岸国は、違反船舶が通過通航中であっても当該船舶に対し適当な執行措置をとることができる(海洋法条約第233条)。なお、違反船舶が沿岸国の港に入港する場合には言うまでもない(海洋法条約第218条)。
通過通航中の外国船舶が当該法令に違反するものの、海洋環境に対し著しい損害をもたらさず又はもたらすおそれがない場合には、沿岸国は当該外国船による違反の事実を旗国に通報し、当該旗国がしかるべく対処することになる。
3. 航路帯及び分離通航帯
海峡沿岸国は、船舶の安全な通航を促進するために必要な場合には、この部の規定により海峡内に航行のための航路帯を指定し及び分離通航帯を設定することができます(海洋法条約第41条第1項)。この航路帯及び分離通航帯は、一般的に受け入れられている国際的な規則に適合したものでなくてはなりません(同条第3項)。なお、自国が指定したすべての航路帯及び設定したすべての分離通航帯を海図上に明確に表示し、かつ、その海図を適当に公表しなければなりません(同条第6項)。
4. 調査活動又は測量活動の事前許可
外国船舶(海洋の科学的調査又は水路調査を行う船舶を含む。)は、通過通航中、海峡沿岸国の事前の許可なしにいかなる調査活動又は測量活動も行うことができません(海洋法条約第40条)。これは、海峡沿岸国は、当該活動に対し事前許可をする権限を有していることを示しています。
5. 通過通航の妨害、停止等の禁止
海峡沿岸国は、通過通航を妨害してはならず、通過通航は、停止してはなりません(海洋法条約第44条)。また、海峡沿岸国は、海峡の通過通航に係る法令を制定することができますが(海洋法条約第42条第1項)、その適用にあたり、通過通航権を否定し、妨害し又は害する実際上の効果を有するものであってはなりません(海洋法条約第42条第2項)。
6. 航行上の危険の公表
海峡沿岸国は、海峡内における航行上の危険で自国が知っているものを適当に公表しなければなりません(海洋法条約第44条)。
7. 軍艦、危険物等搭載船舶等の海峡通航事前通告又は許可に係る海峡沿岸国の権限
海洋法条約の国際海峡の通航に係る規定の中には、軍艦、危険物等搭載船舶等の海峡通航事前通告又は許可に係る海峡沿岸国の権限はありません。しかし、主要な海峡の沿岸国のいくつかが、国内法で軍艦や危険物等搭載船舶などの海峡航行について事前の通告あるいは許可を求めています。インドネシアは、1988年にスンダ海峡とロンボク海峡で軍事演習を理由に通航の停止を発表しました。また、1992年には、マレーシア、シンガポールとともに、日本のプルトニウム輸送船あかつき丸のマラッカ海峡通過を拒否する声明を発表しました。また、同年、スンダ海峡を通航中の潜水艦がインドネシア側から質問を受けたオーストラリアは、通過通航権が慣習法になっているとして抗議を行いました(深町公信「国際海峡と群島水域の新通航制度」『日本の国際法の100年第3巻 海』〔国際法学会〕 三省堂 102-103頁)。
8. 国際海峡における海峡沿岸国権限の強化の必要性
海峡は、必然的に他の領海に比べ船舶が集中する海域です。ごく自然に考えると、船舶が集中する海域であればあるほど、より厳しい交通規制が必要と考えられますが、海洋法条約上の制度では、国際海峡における海峡沿岸国の権限は、海峡通航船舶の利益を考慮し、通常の領海に比べ弱いものになっています。従って、海峡沿岸国では、第41条に基づく航路帯の指定及び分離帯の設定および第42条第1項に基づく国内法令の制定により、また、第39条第2項に定める国際的な規則・手続・方式を活用して、より効果的な交通規制を行っていく必要があります。
F 船舶の権利、義務
国際海峡における沿岸国と利用国との対立の構造を最も如実に表現するもう一つが、海峡通過に際して船舶が持つ権利と義務です。
1. 通過通航権
海洋法条約は、すべての船舶及び航空機は、通過通航権を有するものとし、この通過通航権は、害されない、と規定しています(海洋法条約第38条)。通過通航とは、航行及び上空飛行の自由が継続的かつ迅速な通過のためのみに行使されることをいいます(海洋法条約第38条第2項)。そして、通過通航権の行使に該当しないいかなる活動も、この条約の他の適用される規定に従うものとする、と規定されています(海洋法条約第38条第3項)。
2. 通過通航中の船舶の義務
海洋法条約では、船舶が通過通航権を行使している間、遵守すべき事項を次のとおり定めています(海洋法条約第39条第1項及び第2項)。
・海峡を遅滞なく通過すること。
・武力による威嚇又は武力の行使であって、海峡沿岸国の主権、領土保全若しくは政治的独立に対するもの又はその他の国際連合憲章に規定する国際法の諸原則に違反する方法によるものを差し控えること。
・不可抗力又は遭難により必要とされる場合を除くほか、継続的かつ迅速な通過の通常の形態に付随する活動以外のいかなる活動も差し控えること。
・この部の他の関連する規定に従うこと。
・海上における安全のための一般的に受け入れられている国際的な規則、手続及び方法(海上における衝突の予防のための国際規則を含む。)
・船舶からの汚染の防止、軽減及び規制のための一般的に受入れられている国際的な規則、手続及び方法
⇒一般的に受け入れられている国際的な規則、手続及び方法
■これらには、IMO関連の国際衝突予防規則(COLREG)、MARPOL条約、SOLAS条約、STCW条約に加え、国際原子力機関(IAEA: International Atomic Energy Agency)などが制定する船舶による核物質、放射性物質などの危険物質の輸送に係る諸規則なども含まれる。なお、海峡通航船舶の旗国がこれらの条約の締約国であるか否かは問われない。
3. 調査活動又は測量活動の事前許可取得
海峡を通航する船舶が海洋科学調査船又は水路測量船である場合には、通過通航中、海峡沿岸国の事前の許可なしにいかなる調査活動又は測量活動も行うことができません(海洋法条約第40条)。従って、当該船舶は事前に海峡沿岸国から当該活動に係る許可を取得する必要があります。
4. 航路帯及び分離通航帯の尊重
海峡に航路帯及び分離通航帯が設定されている場合には、通過通航中の船舶は、航路帯及び分離通航帯を尊重することが求められています(海洋法条約第41条第7項)。
5. 通過通航に係る海峡沿岸国の法令の遵守
通過通航権を行使する船舶は、通過通航に係る海峡沿岸国の法令を遵守しなければなりません(海洋法条約第42条第4項)。
G 海峡利用国による協力
海洋法条約第3部の規定の大多数が、海峡沿岸国と利用国との対立の構図の一要素としての意味合いを持ちますが、その中で、唯一、両者の協力に係る規定が海洋法条約第43条です。この規定では、海峡利用国及び海峡沿岸国は、合意により、次の事項について協力することを推奨されています(海洋法条約第43条)。なお、この規定の詳細な検討については、次章で行います。
・航行のために必要な援助施設の海峡における設定及び維持(in the establishment and maintenance in a strait of necessary navigational aids)
・安全のために必要な援助施設の海峡における設定及び維持(in the establishment and maintenance in a strait of necessary safety aids)
・国際航行に資する他の改善措置の海峡における設定及び維持(in the establishment and maintenance in a strait of other improvement in aid of international navigation)
・船舶からの汚染の防止、軽減及び規制(for the prevention, reduction and control of pollution from ships)
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