日本財団 図書館


E 海難事故への対応体制
 
1. 救助体制の整備
 
(1)沿岸国の取組み
 
 沿岸国は海上救助調整本部(MRCC: Maritime Rescue Coordinate Center)の設置、救助活動に従事する救助部隊(沿岸警備隊、海上警察、海軍の艦船など)の運用など、所要の海難救助体制の整備を行っています。また、海難事故原因を調査するための組織整備、制度も整えています。
 
(2)利用国による協力
 
 救助体制の整備は、沿岸国が独自に行ったものであり、利用国による協力は行われていません。なお、海上法令執行機関の体制整備という観点から、海上警察などの機関に対する協力は行われています(第VI章参照)。
 
 海難審判庁はシンガポールMPAとの間で、海難事故原因調査を容易にするための相互協力を進めています。ただし、これは利用国からの支援という意味合いではなく、相互協力の推進という観点からのものです。
 
(3)今後の方向性
 
【マ・シ海峡沿岸3カ国海難救助協定の締結】
 海難救助業務は人道上の措置として行われるべきものであり、沿岸国の領域主権にかかわらず、要救助船舶に一番近くにいる救助部隊が迅速に実施すべきものです。しかし、マ・シ海峡では、捜索救助条約(SAR条約)に基づく二カ国間SAR協定の締結などの措置が未整備であり、沿岸国領海の境界線付近で発生する海難、または、ある沿岸国の領海の中で発生した海難に際し隣接国の援助を必要とするものなどへの対応については、かなりの非効率が予想されます。従って、マ・シ海峡沿岸3カ国海難救助協定を締結するなど、越境海難救助作業に対する手続を予め明確に決めておく必要があります。マ・シ海峡の海難救助部隊の主たる勢力は海上法令執行機関であることを考えれば、海難救助協定締結という段階を経て、将来的には、対象作業を法令執行活動に拡大し、合同パトロールの実施に発展する可能性が見えてくるかもしれません。
 
2. 油等の流出事故への対応体制
 
(1)沿岸国の取組み
 
 東南アジア海域、特に、マ・シ海峡は、同海域での海上貿易活動が活発化していることに加え、中東地域と東アジア地域(日本、中国及び韓国)とを結ぶ重要なオイルルートでもあることから、一般の貨物船に加え、原油タンカーが多数航行しています。同海峡は可航幅が狭く、浅瀬や暗礁も多いため、現在、様々な航行安全対策が実施されており、その効果もあって海難発生件数は昔に比べると減少しています。しかし、シンガポール海峡で発生した原油タンカー・ナツナシー号の座礁事故やエボイコス号の衝突事故、それに引き続く原油流出事故は記憶に新しいように、一旦事故が発生した場合、海洋環境に与える被害は計り知れないものがあり、海洋汚染防止対策の充実・強化が必要となっています。
 
 特に、油流出事故の場合、流出した油塊は、潮流や風などにより、一国の領海を越え、隣接国の沿岸等に被害を与える危険性を持ったものであることから、国内体制はもとより、地域相互の国際的な協力体制についても構築しておく必要があります。現在、旧アセアン諸国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール及びタイの6カ国)の間では、アセアン油流出対応行動計画(ASEAN-OSRAP)と呼ばれる行動計画が策定されています。また、インドネシア及びフィリピンについては、スラウェシ海(Sulawesi Sea)油汚染防除ネットワーク計画が策定されており、この計画の一環として、2年毎に合同油防除訓練を実施しています。
 
 マ・シ海峡において大規模な油流出事故が発生した場合、原則、上記のアセアン油流出対応行動計画により沿岸3カ国(インドネシア、マレーシア及びシンガポール)が必要な国際油防除協力体制をとることになります。また、平時から、回転基金委員会の活動を通じて定期的に会合を開催したり、合同油防除訓練を実施するなどして、協力体制の充実強化を図っています。
 
1997年10月15日のエボイコス号の衝突事故
 
マレーシア・ジョホール・バル海事局の油防除資機材倉庫
 
(2)利用国による協力
 
【集油船(Oil Skimmer Boat)の寄贈】
 1971年6月、フィリップ水道及びバツベルハンティにおいて立て続けに発生した20万トン級原油タンカーの底触事故を受け、マラッカ海峡協議会は、油濁対策事業の一環として、集油船1隻をシンガポール政府に寄贈しました。
 
【回転基金】
 マ・シ海峡において、油流出事故が発生した際、関係国が行う初期清掃活動を資金的に支援し、迅速な初期活動を行うことが、事故の被害を最小限に止める有効な手段であるとの観点から、1981年、日本財団や石油連盟からの資金提供により、総額4億円の基金が準備され、同基金の沿岸国への寄付に係る覚書がマラッカ海峡協議会とマ・シ海峡沿岸3カ国の間で交されました。また、この基金を運用するために必要な事項を検討するため、沿岸3カ国の代表者で構成される回転基金委員会(RFC: Revolving Fund Committee)が毎年開催されています。なお、資金提供者である日本は、このRFCにマラッカ海峡協議会がオブザーバーの資格で参加するだけであり、基金運用に関する事項は沿岸国に委ねられています。
 
 この基金は、初期清掃費用の立替払いなどに使用され、第三者の補償、資機材の整備費には充当されないものであり、沿岸国が保険金などの支払いを受けたときには基金から支出された金額を基金に返還する、という性格のものです。この基金の名称である「回転」とは、この基金の性格から来るものです。最近の活用事例としては、2000年10月、シンガポール海峡で発生したナツナシー号(Natuna Sea)の油流出事故の際、インドネシアが50万米ドルを基金から引き出しています。また、回転基金の活動の一環として定期的に実施される合同油防除訓練は、各沿岸国の油防除能力の向上に役立っています。回転基金の問題点としては、この基金が設立されて以来、既に20年以上が経過していることから、毎年のインフレーションや、沿岸各国の経済発展に伴う初期清掃活動に係る人件費等の単価上昇により、基金の実質的な価値が減少していることが指摘されています。
 
【オスパー計画(OSPAR Project)】
 オスパー計画(Project on Oil Spill Preparedness and Response in ASEAN Sea Area)は、日本の主要なオイルルートであるASEAN海域における大規模な油流出事故に備えて、日本の率先した支援を通じて、ASEAN諸国の地域緊急油防除体制を整備・充実することを目的としています。この計画は、運輸省(当時)のイニシアチブのもと、日本財団、日本の海運業界などが資金を提供し、1993年5月に東京で開催された「第3回オスパー協力会議」での最終合意に基づき実施されました。この計画は、アセアン諸国を対象として、油防除資機材の供与及び情報ネットワーク・システムの整備(総額10億円)を行うものであり、当該資機材及びネットワーク・システムの効率的管理・運営のため、関係国から構成される管理委員会が設立されています。油防除資機材については、旧アセアン諸国内の11カ所の油防除資機材備蓄基地に、外洋型オイルフェンス、大型油回収機、油貯蔵タンク、油処理剤等の油防除資機材を供与しました。これらの資機材は、アセアン油流出対応行動計画の取り決めに基づき、必要に応じ当該6カ国間で相互融通され運用されます。また、情報ネットワーク・システムの整備は、大規模油流出事故に対する国際協力活動のための情報ネットワーク・システムを、アセアン6カ国間で国際電話網により設立するもので、発生した油流出事故の内容、利用可能な資機材・専門家、事故発生場所周辺の海図及び潮流図などの情報を取り扱っています。
 
【油防除資機材の備蓄基地の設置】
 油流出事故発生時、事故災害関係者に貸し出すための油防除資機材を備蓄しておく基地が石油連盟によりオイルルートに沿って設置されています。東南アジア地域においては、シンガポール港、マレーシアのポートクラン港及びインドネシアのタンジュンプリオク港に設置され、充気式大型オイルフェンス、油回収機(Oil Skimmer)、仮設タンク(Potable Tank)等が備蓄されています。
 
(3)今後の方向性
 
【ポスト・オスパー計画】
 1993年に最終合意されたオスパー計画は、既にその役割を果たしたと言えます。今後は、人材育成や関連情報の交換ネットワークに焦点を絞った協力が望まれているところです。
 
 2002年5月、オスパー計画の新たな出発点となる第1回のアセアン・オスパー管理会合がタイ・バンコクで開催されました。この会合においては、これまでのオスパー計画が一段落したことを受け、今後の新しい活動内容についての将来的方向付けをどうするのかについて検討され、その結果、新たな付託事項(TOR)が暫定的に決定されました。この中で特に新しい点は、(1)従来、対象物質を油だけに限定してきましたが、有害危険物質(HNS)への対応についても追加したこと、(2)現在の参加国である旧アセアン諸国に加え、海に面した他のアセアン諸国(カンボジア、ミャンマー及びベトナム)にも参加を働きかけること、(3)今後必要となる資金を継続的に得るための検討を行うこと、などです。また、これに並行し、新しい情報ネットワークの構築に係る取組みが行われています。なお、カンボジア、ミャンマー及びベトナムの油流出事故に対する準備・対応能力を向上させるため支援プログラムが現在進められています。
 
支援プログラム
■新アセアン諸国(カンボジア、ミャンマー及びカンボジア)を対象として、各国の海洋汚染防止体制の現状調査を行った上で、人造りに主眼を置いた各国の体制の充実・強化のための支援を行い、もってアセアン地域全体における海洋汚染防止体制の整備に資することを目的とするプログラムが、日本財団からの資金援助により日本海難防止協会で実施されている。
 
 本プログラムの第一フェーズでは、各国の海洋汚染防止体制整備の中核となるべき者をわが国に招聘し、セミナーを通じて国内体制整備の必要性と知識を習得した後、セミナー参加者が主体となって各国においてワークショップを開催し、国内関係者等に対する体制整備の意識付けを行なった。第二フェーズでは、各機関の汚染防除作業の現場指揮者に対し、防除作業に係る教育訓練を通じ基礎的なノウハウを習得させた上で、国内で緊急に整備すべき地域(モデル地域)の問題点の抽出を行なう予定であり、第三フェーズでは、更に実践的な教育訓練を通じてモデル地域の体制整備のための将来計画を検討することになっている。
 
【HNSへの対応】
 2000年3月、国際海事機関(IMO)において有害危険物質(HNS: Hazardous and Noxious Substances)汚染対策のための国際条約であるHNS条約が採択されましたが、批准する国が少なく、現在のところ発効には至っておりません。しかし、マ・シ海峡通航船舶のうち、1割程度がいわゆるケミカルタンカーではないかという推測もあり、当該船舶の衝突や乗り上げ事故に伴う、積荷(HNS)の海上への流出が懸念されるところです。
 
 最近においては、2000年8月にシンガポールとマレーシアとの間にあるジョホール水道において、フェノール500トンを積載したケミカルタンカー「ヒカリ2号(Hikari 2)」(インドネシア船籍、総トン数500トン)が海底掘削船と衝突し、積荷のフェノール約230トンが流出しました。現在、シンガポールにおいては、IT(Information Technology)とケミカル・プラントを次期主力産業と位置付けており、シンガポール海峡に近いジュロン島は、現在、大小60もの石油化学プラントが稼動しています。同島では、今後、更なる拡大を目指して、大規模な埋め立て工事が続けられており、全ての工期が終了すれば、東南アジアにおける一大ケミカル基地となる予定です。同様に、マレーシアにおいても、複数の港湾でケミカル工場の進出が相次いでいます。この結果、マ・シ海峡では、大小様々なケミカル積載船舶が航行することになり、今後、ケミカル流出対策の一層の充実が望まれています。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION