日本財団 図書館


コラム:シンガポールにおけるHNS流出事故への対応
 
 シンガポール政府海事港湾庁(MPA: Maritime and Port Authority of Singapore)は、2003年10月16日、HNS議定書への加入書をIMO事務局長に寄託し、同議定書の第8番目の締約国となりました。同議定書への加入に際しては、OPRC条約の締約国である必要がありますが、シンガポールは、1999年3月10日、加入書の寄託により、既に同条約の締約国となっています。
 
HNS議定書
■2000年の危険物質及び有害物質による汚染事故に係る準備、対応及び協力に関する議定書
 
同議定書の第8番目の締約国となりました
■2004年7月12日現在、10カ国が同議定書の締約国(批准又は加入)となっている。
 
OPRC条約
■1990年の油による汚染事故に係る準備、対応及び協力に関する国際条約
 
 HNS議定書に加入するにあたり、海事港湾庁では「危険有害物質の準備、対応及び協力に関する規則(Hazardous and Noxious Substances Pollution Preparedness, Response and Co-optation Regulations)」を定め、2004年4月1日から施行するなど、所要の体制を整備しています。同議定書はまだ発効要件が整っておらず、議定書の締約国であっても議定書に定める義務を履行する必要はありませんが、シンガポールでは、議定書に定める措置の前倒し実施を行っています。この背景には、シンガポールのジュロン島に所在する東南アジア最大級のケミカル・コンビナートに多数のケミカル・タンカーが寄港しているとともに、様々な化学物質が当該場所で取り扱われているという現状に鑑み、早急にケミカル事故発生時の対応体制を整えておくべきだ、という政治的判断があったようです。
 
発効要件
■15カ国批准の後、1年後に発効する。
 
1. 危険有害物質(HNS)の定義
 
 当該物質の定義は、同規則第2条(定義)において、HNS議定書と全く同じ文言を用いて定義されています。なお、シンガポールでは、具体的な物質リストを作成してはいません。
 
HNS議定書と全く同じ文言
■油以外の物質であって、その海洋環境への流出が人体に危害を及ぼし、生物資源及び海洋生物を害し、環境に損害を与え、又は他の海洋の正当な使用を妨げる可能性のあるものをいう。
 
2. 資機材及び事故対応能力
 
 HNS取扱施設の管理者は、当該施設又は当該施設に係留する船舶に起因するHNS汚染事故に対処するため、十分な対策が講じられることを確保しなければなりません。この対策には、訓練された要員、資機材の確保を含みます。なお、当該施設に備え置かなければならない資機材は、次のとおりです。
 
(1)HNSを取扱う要員のための保護具
30分間の使用に耐えうる呼吸具(Self-contained breathing apparatus)最低6式
化学防護服(Chemical splash suits)最低6式
完全化学防護服(Fully encapsulated chemical suits)最低6式
顔面呼吸具(full faced respirator)最低6式
当該施設で取扱われているHNSから発生する蒸気及び粒子をろ過し、また保護可能なフィルター・カートリッジ最低18式
呼吸具(breathing apparatus skid with bottle storage)
(2)防除柵(containment barrier)
最低300mの結合金具付きの防除柵(当局の承認を受けたもの)
(3)回収資機材
吸着シート(absorbent sheet)最低300枚
最低100mの吸着柵(absorbent barrier)
回収ドラム缶最低4個
(4)可搬式防爆型ポンプ(explosive proof portable pump)最低3式
(5)洗浄シャワー(decontamination shower)最低1式
(6)酸素蘇生器(oxygen resuscitator)最低1式
(7)当該施設で取扱われているHNSから発生する蒸気を検知する器具
酸素可燃混合ガス検知器(oxygen and combustible combination gas detector)最低2式
化学ガス検知器(chemical gas detector)最低2式
当該施設で取扱われているHNSの種類に応じたケミカル・チューブ(chemical tube)最低2箱(1箱に10式入ったもの)
(8)港長が指定した周波数の出力が2ワットを超えない携帯式無線機最低6式(当該無線機及び出力は電波管理局の承認を受けたものでなくてはならない)
(9)当該施設で取扱われているHNSの種類に応じた、十分な量かつ効果的な化学反応抑制物質(inhibitor)及び中性剤(neutralizing agent)。
 
 また、自分の管理するHNS施設近隣の他のHNS施設で事故が発生した場合には、施設に備置かれている資機材や他の支援措置は当局の要請に基づき、当局に提供することになっています。ただし、これにより生じた費用は当局が補償する義務を負っています。なお、補償額については、当該施設の管理者及び当局間で合意する額ですが、額の合意が困難の場合には、当該問題の解決が運輸大臣に委任され、運輸大臣が裁定した額が最終的な補償額となります。
 
3. 取扱施設のHNS汚染緊急計画(HNS pollution emergency plans)
 
 HNS取扱施設の管理者は、「HNS汚染緊急計画」を保有しなければなりません。本計画は、個々の施設毎に作成することも可能です。管理者が当該計画を作成する場合には、当局が作成したガイドラインを考慮に入れ、作成後は、当局の承認を受ける必要があります(当局への承認のための提出は、最低、2ヶ月前までに行う必要があります)。この計画は、5年毎に見直され、その都度、当局の承認が必要となります。更に、本計画の内容に実質的な変更が生じた場合には、その変更が生じた日から3ヶ月以内に必要な修正を行い、承認のために当局に提出しなければなりません。当局が承認にあたって、当該計画が不適当であるとした場合には、所要の変更を指示することができます
 
4. 船舶のHNS汚染緊急計画
 
 備え置き対象船舶は次のとおりです。
・総トン数150トンを超えるHNSタンカー
・シンガポール領海内にあるHNSを積載するすべての船舶
・HNSを積載するすべてのシンガポール船籍船
 
 なお、この計画は、下記のいずれかに沿ったものでなくてはなりません。
・ばら積み有害液体物質による汚染の管理に関する規則第16条
※海洋汚染防止規則(ばら積み有害液体物質)別表第1
・IMDGコードの危険物質を積載する船舶のための緊急対応手続き
 
5. 事故通報
 
 シンガポール領海内にある船舶又はシンガポール船籍船の船長は、HNSが他の船舶又はHNS取扱施設から海上に流出していることを発見又は現認した場合には、遅滞無く、その旨を当局に通報しなければなりません。なお、通報当局は当該船舶の位置により異なっています。
・シンガポール領海内:シンガポール海事港湾庁
・それ以外の場所:最寄の沿岸国(実質的には、MRCCと考えられます)
 
 HNS取扱施設の者についても、同様の通報義務が課せられています。
 
 この通報は、IMO決議A.648(16)(以後の修正等を含む)[General principles for ship reporting systems and ship reporting requirements, including guidelines for reporting incidents involving dangerous goods harmful substances and/or marine pollutants]が要請するところに原則適合しなければなりません。
 
6. その他
 
 当局の担当者は、次の権限を有しています。
・HNS取扱施設に立入ること
・当該施設の機器類を検査すること
・当該担当者が合理的に必要と考える情報や書類の提供を求めること
 
 港長が、本規則の適用が実際的でない、又は不合理である、と考える場合には、この規則のいかなる規定であっても適用を除外することができます。
 
 これらの規定に違反した場合は、2万シンガポールドルの罰金又は2年以下の懲役、又はその両方の刑罰が科されることになっています。
 
7. 国家的体制の整備
 
 HNS議定書では、締約国がHNS汚染事故に迅速かつ効果的に対応するための国家的な体制を確立することとされています。このため、MPAでは、責任当局の指定、国家的緊急時計画の改訂や定期的なHNS対応訓練の実施など、国家的な体制を既に整えています。
 現在、シンガポールでは、EUなどの動向を受け、HNS汚染事故による損害の責任や補償を規定するHNS条約への早期加入に向けた検討が行われています。
 
HNS条約
■1996年の有害危険物質の海上輸送に伴う責任と補償に関する国際条約
 
F その他
 
 平成12年3月から、シンガポール港湾公社(PSA)の関連会社は、Exxon-Mobil, Tanker Pacific, Chevron, Fina(ELF), Gulf Agency社などの船舶を対象として、Marine Advisory Service(MAS)を開始しました。MSAとは、マ・シ海峡通峡水先サービスと呼ばれているもので、主として、マ・シ海峡を通過する船舶に対し、任意の水先サービスを提供しようとするものです。同サービスを利用する船舶は、マラッカ海峡の西口にあるワン・ファザム・バンク沖において水先人を乗せ、シンガポール海峡に東に位置する警戒水域において水先人を下船させることになります。現在、この制度は、任意に利用できる制度ですが、将来的に強制化する場合には、海洋法条約などの関連規定との整合性が問題となってきます。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION