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2. 航路標識の設置
 
(1)沿岸国の取組み
 
 沿岸国は、灯台、灯標、浮体式灯標、灯浮標(ブイ)、レーコンなど各種の航路標識をマ・シ海峡に設置しています。
 
各種の航路標識をマ・シ海峡に設置しています。
■航路標識の設置は領域主権に基づき沿岸国海事機関(インドネシア運輸省海運総局、マレーシア運輸省海事局、シンガポール海事港湾庁)が実施する。なお、航路標識の設置は沿岸国の義務とされている(SOLAS条約第V章第14規則)。また、それが航行上の危険を示す場合には公表する義務がある(海洋法条約第24条 他)。
 
(2)利用国による協力
 
 現在のような航路標識が整備される前のマ・シ海峡は顕著な陸上物標に乏しく、船位の確定は、専ら、灯台、ブイ等の航路標識に頼らなければならない状況でした。しかし、それらの航路標識は、消灯していたり、位置がずれていたりしており、特に夜間の航行は危険を伴うものでした。このような状況から、マ・シ海峡に分離通航方式を設定することが初めてIMCOで検討された際、航路標識等の航行援助施設を整備することが前提となりました。
 
 一方、その当時、日本の関係者の間では航行援助施設を整備する国際的な機構を設置する構想が検討されていましたが、インドネシアやマレーシアの反対により、当該構想の推進が断念されました。このため、利用国による何らかの協力制度が確立されるまでの間は、マラッカ海峡協議会が日本政府と沿岸国政府の協力を得て、航行援助施設に係る必要最小限の整備をしていくことになりました(第II章「マラッカ・シンガポール海峡の概要」参照)。
 
 1970年(昭和45年)2月、インドネシア海運総局とマラッカ海峡協議会との間で、太陽電池式灯浮標5個の寄贈に関する覚書が調印されました。この灯浮標の設置が同協議会の実施による同国政府に対する航行援助施設整備事業のスタートとなり、その後、30年以上にわたり、地道な協力が続けられています。なお、当時、建設された航路標識の維持管理はインドネシア政府が責任を持つこと、建設及び維持管理に要する費用は、マ・シ海峡の航行援助施設の維持管理についての国際的取り決めができるまで、差し当たり同協議会が負担すること、などが合意されました。一方、マレーシアとの間においては、1976年(昭和51年)3月、マレーシア政府とマラッカ海峡協議会との間で、2カ所の灯標及び1カ所の灯台の建設に係る覚書が調印されました。この灯台及び灯標の設置が同協議会実施による同国政府に対する航行援助施設整備事業のスタートとなり、その後、25年以上にわたり、地道な協力が続けられています。
 
 現在、マ・シ海峡に設置される主要航路標識51基のほとんどは、日本財団他の財政的支援により、マラッカ海峡協議会が設置したものであり(図V-1参照)、同協議会による協力がいかにマ・シ海峡における航行安全に貢献しているかを示しています。なお、下記は、同協議会がマ・シ海峡に設置した航路標識の内訳であり、光波標識が30基、電波標識が15基となっています。
・灯台 4基(内訳:インドネシア3基、マレーシア1基)
・灯標 10基(内訳:インドネシア6基、マレーシア4基)
・浮体式灯標 8基(内訳:インドネシア6基、マレーシア2基)
・灯浮標 8基(内訳:インドネシア8基)
・レーコン 15基(内訳:インドネシア10基、マレーシア5基)
 
タコン灯台(インドネシア)
 
タンジュン・ギャバン灯台(マレーシア)
 
V-1 マ・シ海峡の主要航路標識
注:赤色:マラッカ海峡協議会により設置されたもの(沿岸国が設置したものにビーコンなどの追加的設備を付加したものを含む。)
黄色:インドネシアにより設置されたもの
緑色:マレーシアにより設置されたもの
青色:シンガポールにより設置されたもの
 
 また、マラッカ海峡協議会では、日本財団他の財政的支援により、マ・シ海峡に設置された航路標識の維持・管理事業を実施するとともに、灯台、灯標などの見回りに使用する設標船を、マレーシア海事局には1976年(昭和51年)と2002年(平成14年)の2度にわたり、また、インドネシア海運総局には2003年(平成15年)に、それぞれ寄贈しています。
 
(3)今後の方向性
 
【航路標識の維持管理】
 現在、マラッカ海峡協議会が支援を行っているインドネシア及びマレーシアのうち、マレーシアは既に航路標識の維持管理業務に必要となる技術や予算を保有していることから、技術支援・移転という観点、また、財政支援という観点からの協力の必要性は今後ますます少なくなっていくと考えられます。しかし、インドネシアについては、技術支援・移転の観点、財政支援の観点、人材育成の観点から、まだまだ他の国からの支援を必要としており、今後も引き続き、何らかの協力を継続していく必要があります。
 
【利用国負担6プロジェクト:航路標識への遠隔監視装置設置】
 「利用国負担6プロジェクト」の一つに、分離通航帯航路標識への遠隔監視装置設置があります。これは、分離通航帯近辺の航路標識計51カ所に、標識の作動状況(灯火点灯の有無、灯浮標バッテリー電圧、灯浮標の位置等)に関する信号を通信衛星経由で陸上の事務所に送信する装置を設置し、航路標識の維持・管理作業に役立てようとするものです。これは、航路標識を維持・管理する立場の者のみならず、当該情報を通航船舶に提供することにより、船舶の安全な運行にも資するものと考えられています。現在では、AISを使用して、同様の取組みが行なわれており、インドネシア、マレーシア及びシンガポールでは既に実用化されています。
 
3. 航路啓開
 
(1)沿岸国の取組み
 
 通常、船舶が通航する海域に浅瀬や暗礁がある場合、そこを避けて航路等が設置されますが、それがその他の要因により困難な場合には、浚渫により浅瀬などを除去する場合があります。また、航路内に海難等を原因とする沈船があり、船舶の航行に支障をきたすものは、撤去する必要があります。沿岸国は必要に応じこのような航路啓開作業を実施しています。
 
(2)利用国による協力
 
 昭和48年4月から昭和50年1月にかけて、マラッカ海峡協議会がシンガポール海峡セントーサ島の南(シンガポール領海内)にある沈船Shun Tai号を除去しました。これ以後、同協議会は、シンガポール海峡のマレーシア領海内にある沈船Laertes号、Bethlehem号、White Mountain号の撤去を実施しました。
 
(3)今後の方向性
 
【浚渫事業】
 現在、浚渫により航行環境の改善が格段に図られると考えられる海域は、シンガポール海峡のタコン(Takong)からバル・ベルハンティ(Batu Berhanti)に至る海域と、ホースバーグ灯台南西側の海域です。前者は浚渫による分離通航帯の改善という観点から捉えられているので、次項「C 通航制度」の「1. 分離通航帯の設置」の中で詳しく述べることにします。後者についてですが、この海域は、ジャワ海方面から北上しビンタン島東側海域を経由してシンガポール海峡に入ろうとする船舶が、分離通航帯を東航する船舶との間で危険な見合い関係を生じる海域となっています(図V-2参照)。このような場合、船舶は避航動作をとるわけですが、水深が10m以下の浅瀬が点在しており、また、潮流の影響も強く、衝突海難の危険性に加え、乗揚海難の危険性についても指摘されています。従って、この付近の海域の浅瀬を浚渫することにより、航行環境が大幅に改善されることが期待されます。浚渫事業は、莫大な予算を必要とするため、今後、利用国の協力が望まれる事項と考えられます。
 
V-2 ホースバーグ灯台南西側海域
 
 ワン・ファザム・バンク沖の東航航路については、大型船舶の航行に支障を及ぼす大きな浅瀬が存在しているため、当該船舶は航路内で大きな変針をして2カ所の浮標の間を通過することを余儀なくされています(図II-4参照)。このように大型船舶の航行に影響する浅瀬が除去されれば、航行環境改善に大きく寄与することになりますが、浅瀬が巨大であり莫大な費用が必要になること、また、除去することにより、海峡内の潮流等に変化をきたし別な場所に砂が滞留したり、同じ場所に滞留することも考えられ、現在のところ、抜本的な解決策はありません。従って、当該海域を航行する大型船舶に航行の優先権を与えるなど、新しい航行ルールを作成するなどの対策が必要となってきます。
 
【利用国負担6プロジェクト:沈船除去】
 現在、マ・シ海峡の分離通航帯内に存在する危険な沈船(海図上で確認される水深25m以下のものに限る)は、12隻存在します。このうち、マラッカ海峡のディクソン港沖にある「Royal Pacific号」については、分離帯の中にあるものの、水深約16m付近に船体上部のマストのような物体が観測されているため、「利用国負担6プロジェクト」の一つとして、沿岸国が撤去したいと考えているものです。沈船撤去事業は、莫大な予算を必要とするため、今後、利用国の協力が望まれる事項と考えられます。
 
V-3 マラッカ海峡ディクソン港沖の分離通航帯
 
12隻存在します。
■平成13年(2001年)6月、日本海難防止協会が国土交通省からの委託事業として実施した「マラッカ・シンガポール海峡航行安全対策調査」の一環として調査した。
 
 なお、最近の調査により、ワン・ファザム・バンク灯台西方の東航航路内(02-56.54N, 100-50.47E)にタグボートが沈没していることが確認され、そのマストの最高点は水深16.3mに達していることから、大型船舶の通航に支障が生じると考えられます。当該船舶のマスト部の撤去など所要の措置を講じる必要があります。


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