日本財団 図書館


労働市場が成り立つ分野と成り立たない分野
 こういうのを「レイバー・マーケットがある」と言うのですが、最近は「レイバー・マーケットが日本にはない。だから活力がない」という論調が盛んです。
 労働市場があるのがいいのか、ないのがいいのかの答は、ほどほどにあればいいのです。ここで見落とされがちなことは、労働市場が成り立つ分野と成り立たない分野があることです。学者ならそこまで考えて言ってほしいのです。
 これはアメリカでもわかっている人がいて、ベッカーというノーベル経済学賞をとった学者が、人間のスキルには二種類あると言ったことはもう話しました(編集部注・第18集93ページ参照)。一つは労働マーケットが成り立つスキルで、もう一つは成り立たないスキル。「ゼネラル・スキル」と「スペシャル・スキル」。労働マーケットが成り立つスキルは、「ゼネラル・スキル」と言って、公認会計士の資格とか、あるいは現場であれば溶接の一級とか、そういうスキルです。これは学校で教えてくれるし、売り込みに行ける。説明ができる。
 それをアカウンタビリティと言うのですが、そもそもアカウンタビリティがあるような世界は程度が低いのです。クリエイティブな分野、まったく最先端の分野はそもそもアカウンタビリティなんてありません。本人しかわかっていないというケースが多い。
 アカウンタビリティはユダヤ人が言い始めたことだ、とは前々回話したとおりです(編集部注・第19集に収録)。それは『「道徳」という土なくして「経済」の花は咲かず』(祥伝社)という本に詳しく書きましたが、ユダヤ人は仲間に入れてもらえないから「説明せよ」と主張する。まあまあ説明してあげると、「その理由は納得できない。トランスペアレンシーが問題だ。全部情報を公開しろ」となる。もともとは「自分も仲間に入れろ」と言っているだけで、仲間に入れないキリスト教徒が悪いのです。
 ところで、そういう言い方を日本に直輸入する学者がいて、一時期流行したことはご承知のとおりです。そういう人はユダヤ人はかわいそうだと思う力がなくて、単にグローバル・スタンダードと思ってしまったのです。
 ユダヤ人の話に戻ると、仲間に入れてくれなくても、できることをやろうというユダヤ人もいるわけで、たとえばハリウッド映画という文化娯楽産業をつくった。大新聞へ行く、学者になるという人もいる。しかしそっちのほうは特別な才能が要るから、才能がない人は普通の会社で仲間に入れてくれ、普通に扱ってくれと言う。こういう人が日本の会社に来ますが、それを見破る力がない日本人がたくさんいるのには驚きます。世間知らずの人ですね。
 日本企業がロンドン支店とかニューヨーク支店を出すと、来るのはユダヤ人ばかり。ソニーがアメリカやヨーロッパで、自社の商品を扱ってもらおうと電気店を募集すると、やってくるのはユダヤ人の電気屋ばかり。これはホンダでもトヨタでもそうです・・・という話を私はたくさん聞きました。これはユダヤ人のほうから見れば、日本人はキリスト教徒ではないから、まあまあ仲間にしてくれるだろうと思うのでしょう。それからユダヤ人には日本商品でも何でも新しいものを扱って成功したいという事情がありました。また、どちらも仲間外れだから、仲間外れ同士がくっついているという面もありました。それでJ&J(Jew&Japanese)という言葉がありました。
 
 一九七〇年ごろ、「何でも平等にしろ」という公民権保護運動が盛り上がりましたが、あのときはユダヤ人と黒人が手を組んだわけです。それでWASPに対して平等にしてくれという運動を展開した。ユダヤ人と黒人が一緒にバスに乗って、南部アメリカを大いに盛り上がって走り回ったという時代があります。
 アメリカにいる日本人は、そんな平等運動はやらない。なぜかと言えば、日本へ帰ってしまうからで、普通は「石にかじりついてもこのアメリカで」とは思わない。ただし、日本へ帰っても浮かばれない人がいて、そういう人は頑張る。それは野口英世のような人で、気の毒です。
 帰る国があるのはものすごく幸せです。「そんなに嫌われるのなら帰ります」と言うと、今は向こうが「いてくれ」と言う時代になりました。日本の自動車はいい。日本の銀行は親切だ。日本の株を買うと必ず儲かる。日本相手の係になった人は、みんな取締役になった。というわけで、つき合ってくれる。
 中国を見てごらんなさい。旅順のあたりに日本人はまったく工場を建てない。旅順で日本軍はロシアを相手に戦って勝った。それを「日本はここでも悪いことをした」と宣伝するから、日本の会社は恐れをなして、あの辺には工場を一つも建てない。だから、このごろ反省しているという記事が新聞に載っていました。日本の悪口を言うと得はないという話です。
 ところで“J&J”連合について新しい展望を描いてみましょう。これまでは仲間外れ同士の結合だったと話しましたが、これからは「成功者同士」の結合として姿を現すだろうという予測です。
 時代の大変革を考えるなら、新しい成功者はこれまでの主流派であるキリスト教の外から登場するというのは、むしろわかりやすい話です。それがユダヤ人と日本人で、確かにそれらしい例証が出揃ってきました。
 ただし、両者のやることはまるで違っています。
 対照的ですから、それを論ずるのは今後世界の大きな話題になることでしょう。そして、その議論はどちらへいくにせよ、ともかくその間着々とユダヤと日本の非キリスト教的なやり方による国づくりや経済づくりは、どんどん成功して世界を変えることでしょう。
 それに伴って、両者の団体には大きな変化が進みます。協力から競合へ、そしてまた協力したり対立したり、ですが、両者とも根本精神は容易に変わらない国ですから、その変化は主として周辺諸国の動きからもたらされます。それはキリスト教国、回教国、中国、インドなどで、二十一世紀の世界はそうした諸勢力の離合集散の時代になります。簡単にアメリカの一局支配と予想してはいけません。
 
 話を戻しますが、お金不足のとき、株主が威張るのは当たり前。しかしそれは過去の話で、将来はどうかと言えば、恐るべき金余り時代が来る。
 特に日本です。世界一の金余り国は日本です。
 この日本が金を貸すから、アメリカはまだ金がある。日本がやめたら、あそこはたちまち金不足国になる。金不足時代になると、それはまた株主時代になるのですが、アメリカはともかく、金余りの日本がなんでアメリカの真似をしなければいけないのか。そうでしょう? 金を持っていたって、利息はつかない。配当もくれない。これを元手にして事業をしようと言ったって、たいして儲かる仕事がない。今度、商法が改正になって、会社は資本金一円でもいいということになりましたから、皆さん誰でも社長になれます(笑)。日本は金余り国だから、株主などは偉くない。
 では今や何が不足になっているかというと、「智」です。
 これが今や金のもとです。「知」と「智」を大漢和辞典で引いたら、区別をつけていませんでした。しかし中国人は分けて漢字をつくったからには、違うものだと思っていたはずです。大漢和辞典をつくった人が気がついていない。
 「知」はナレッジ、あるいはインフォメーションです。だから、これはもう死んだスルメみたいなものです。インターネットからたくさん出てくる。「智」のほうは、ウィズダムです。アイデアとか、ひらめきとか、クリエイティブな活動の産物です。
 これが希少資源なのです。これがある人は儲かる。「衆智を結集して」と言いますが、才智ある人間を集めて、それで何かをするのが会社である。すなわち実在説です。
 というとき、私は終身雇用というのは捨てたものではないと思うわけです。さっき言ったように、その都度お互いにいろいろ交渉するのはコストがかかってしようがない。日本だと、すぐ感情的対立になる。アメリカ人はならないそうですけど、でも本当はなっているはずですよ(笑)。なっていないフリをしているだけで。
 つまり、共同体が大切だというわけです。アメリカのように、みんなバラバラ、しかもいつでも解散。また採用すればいいという部分品の取りかえみたいなのは、共同体ではない。機能集団ですね。
 まあ、どちらも極端はいけない。ほどほどがいい。
 正確に言えば、仕事の内容による。たとえばお役所というのは、法律に基づいた仕事をする。そこに個人色があってはいけない。それから、えこひいきがあってはいけない。それぞれ中にいる人間も一人一人部分品であって、一人一人機能を果たせばよい。これが官僚主義です。機能集団ですね。
 機能集団でおもしろいのは自衛隊です。自衛隊の中の人事はどうなっているかと聞くと、「まるで自動車の部分品の取りかえと同じです」と言う。自分の上司がどんな人かといったら、ちゃんとスペックがある。○○年防衛大学卒業、成績は上から一〇番以内。その後のコースは、どこに行って何をして、ここに行って何をしてと、コースの経歴が決まっている。
 この人が異動して、次にまた同じスペックの人が来る。防衛大学を二年遅れに卒業して、何番で卒業して、アメリカへ一年行って、それから熊本の連隊で何とかをして、市ヶ谷へ来て何とか課長をして、それでここへ来た・・・と、全部同じ。部分品の取りかえなんです。次の異動先もだいたい同じ。時々それがぱっと変わると、「ああ、何かしくじったな」と思われる(笑)。
 防衛庁の人事課長は、その通りにやればいいのだから楽でいいと思います。個人個人を識別しなくてもいい。経歴だけ見ていればいいのです。
 
 これからは恐るべき金余り時代。しかし、人間の智恵は不足しているという時代です。不景気だと言うが、マーケットは余っている。文化商品、芸術商品に関してはハングリーマーケットです。だから、不景気といっても、ブランド物は売れる。趣味のものは売れる。そういうマーケットがある。そんな趣味のものとか芸術品をつくれない会社が潰れるんです。
 会社に智恵のある人や芸術家を集めて一緒に働く。趣昧が多い人間と一緒に働く。それもみんなで一緒に働く。
 それを「すり合わせ」と言う。
 それからエンジニアも、コチコチのエンジニアがいる。鉄の成分にはナントカジウムを〇・〇一%入れるとよいとか、そういうことで一生を費やして、いたく満足している人がいる。そういう人材がいるとは、実に素晴らしいことですよ。日本の底力です。
 軽くて、磨くと光るような最先端の鉄なら、イリジウムを入れよう。温度を一二〇〇度に上げるとできる、というのは日本製品になって出てくる。中国人は喜んで飛びついて買う。中国は鉄鋼を二億トンつくるという世界最高の鉄鋼生産国に今やならんとしているが、しかし最先端の芸術的な鉄はどうつくっていいかわからない。だから日本からパテントを買うしかない。
 すると新日鐵はパテントを売っていれば、働かなくてもお金が入る。芸術的な鉄をつくって、一生懸命考えて、というだけなら大きな高炉が何本も要らない。昔は五五本あった高炉が今はどんどん減っている。生産は中国で、我々は次の鉄を考える。
 次の鉄は何か。女性が喜ぶ鉄です。あるいはシルバーが喜ぶ鉄です。そのシルバーが日本にたくさんいる。簡単な例を言えば使い捨てのカイロです。それは鉄鋼会社が困ってつくったんです。鉄が酸化するときに熱を出しますから、それの応用品ですね。こんなものを買う高齢者は日本にしかいなかった。日本にはたくさんいた。それで使い捨てカイロというのができた。
 すると、これが世界に輸出される。だんだん世界に金持ち高齢者が増えてきたからです。つまり日本は「先進国お金持ち高齢者向け鉄製品」を既に開発済みである。もともとは川崎製鉄が、どうしていいかわからない、余っているくず鉄を粉にして、カイロにしたら思いがけないほど売れた。これは日本のマーケットの力です。使い捨てカイロを思いついた人は親孝行な人だと想像できます。その親孝行の心が、カイロという新製品になってヒットしました。
 そういうことをこの頃、トヨタでは「すり合わせ」と言っている。トヨタはなぜ世界に勝ったかというと、「すり合わせだ」と言う。すり合わせというのは、今言ったような芸術家からガチガチのエンジニアまで、お互い少しずつ違っているのをすり合わせることです。よくこすっているとなじむようになるというのです。そのためには、飲み屋へ行って飲めと(笑)。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION