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アメリカのジョブ・ホッパー方式が幸せですか?
 どういうのがカワイイのかなと思いながら、ワシントンで見ていると、やっぱりかわいい男は出世しますね。みごとなものです。いろいろルートはありますが、そのうちの一つに、女性から見てかわいい、格好いい、物の言い方がはっきりしているというのがある。
 しかし、言葉がはっきりしているのは、日本人から見ると浅はかなタイプの人です。そんな結論を断言して大丈夫ですか。来年もまた言いますか? というタイプの人物です。五年、一〇年変わらないことだけを言うのが信用できる人間で、その場その場で調子のいいことを言っている人は信用できない、というのが日本の文化です。
 しかしアメリカ人を見ていると、その場その場でいいことを言って、その場その場で出世すれば、それが実績になってまた次へつながる。キリギリスみたいにぴょんぴょんと、ホップ、ステップ、ジャンプと三段跳びをやっていく。“ジョブ・ホッパー”と言いますが。
 つまり、これは終身雇用の反対ですね。終身雇用は自分の価値はみんなが時間をかけて決めてくださる。自分で売り込みなんかはしないほうが奥ゆかしい。誰かが見ていてくれるという状況で働く。私もその中にいましたから、二〇年前にワシントンのウィルソン研究所へ行ってみると、「たいへんだねえ」と思いました。男でもおしゃれをして、うまいことしゃべって、女性を見ればすぐそばへ寄ってあいさつをして、その先は「私を推薦してください」と売り込むのですから。あんなことまでして出世するとは、日本のほうがよっぽどいいと思いました。それから、そういうことは完全にあきらめたという男もたくさんいました。その人たちのことはまたいつか話しましょう。
 実力主義を導入すべしというが、では実力の判定は誰がするのか。富士通がいち早く実力主義、成果主義を取り入れたことは有名ですが、そこでボスらしきものを富士通の中につくった。この人の命令どおり働きなさい、この人が点をつけたら、もう仲間の評判なんか関係ありませんというシステムを導入した。
 それで富士通は一時は伸びましたが、やがて赤字に転落した。人事部は私を講師に呼んで、何か話をしてくれということがあったのでよく覚えています。課長研修とか、部長研修とか、取締役寸前の研修とかがあるのです。取締役寸前の研修は、この中の一部は取締役になりますが、残りはなりません、ならない人はあきらめなさいという研修です。タテ出世でなく、ヨコ出世を目指しなさいという意味もありました。
 面白いと思うのは、そういう研修をしてあげるというのが日本的心遣いなのです。実力主義、成果主義を取り入れたが、やはりそれは感覚的に合わなかったらしい。それで最近その看板を下ろしました。つまり富士通はこれからは自然体でやっていくということですから、今後に期待しています。実際に業績も回復してきました。
 
ゼネラル・スキルとスペシャル・スキル
 それから日本で終身雇用が多い理由は、倒産が少なかったからです。戦後ずうっと高度成長が続いたから、あえてクビを切らなかっただけのことであって、別に日本型特徴ではない。アメリカでも伸びる会社は自然に終身雇用になっている。
 「だから、会社が発展するかどうかです」という説明をアメリカですると、「あなたはたいへん合理的である。今まで来た日本人はみんな我が意を得たりとばかり、農耕民族とか儒教とか、日本人は辛抱強いとか、封建的な江戸時代が長かったという説明ばかりしたが、あなたの説明ならよくわかる」と感心してくれました。
 これをもう少し格好をつけて言いますと、ノーベル経済学賞をもらったベッカーという人がアメリカにいる。彼は雇用とか労働の専門家です。この人が「スキルには二種類ある」と言った。スキルとは要するに技能ですね。
 二種類とはゼネラル・スキルとスペシャル・スキルであるという。
 そこからが面白いのですが、スペシャル・スキルというのは、その会社の中でだけ役に立つスキルです。ゼネラルというのは、どこの会社へ行っても役に立つ技能。例えば、会計士の資格はどこへ行っても役に立つ。他方、その会社に長くいて、うちのボスはこういうクセがあるとかいうのはスペシャル・スキル。
 私のいた銀行でも、スペシャル・スキルのある人がたくさんいまして、一番面白いのは秘書の女性です。部長が三階の役員室から戻ってきて、「エーッと、あいつを呼んでくれ」と言った。名前を言わずに「あいつ」と言っただけなのに、その途端に秘書の女の子が「はい」と言って呼んだ。もともと三階の役員室に呼ばれて行ったときから、どういう用件で常務に呼ばれたのか、秘書の女性は見当をつけているんですね。血相を変えて帰ってきたから、「あいつ」と言っただけでわかる。あうんの呼吸です。そういう女性がほんとうにたくさんいた、男性でもいました。
 ベッカーは、こういうスキルに給料を払うのもよいことだと書いている。現にその会社で役に立つのだから払いなさい、という。ただし、ほかの会社へ行ったら、一円もくれません。こういう人は、本人が退社しないから、おのずと終身雇用になってしまう。出たらスキルの価値がない。ここにいればスキルを買ってもらえるとあって、おのずと会社に住みつく。
 見ているとわかりますよ。残業ばかりして家に帰らない(笑)。「家に帰ろう」と言っても、「うーん」と言って会社に住みついている。朝も早く来る。それはそれで貴重な人材なのです。特に、取引先のクセなんかを知っているのは重宝です。現に売り込みに成功する。観察力があるし、判断力もあるのです。
 ただし、ほかの会社へ行ってどこまで使えるか。それは場合によります。たとえば、化粧品の売り込みで成功した人が、つぎに自動車の売り込みに行ってもやっぱり成功したという話はある。学者はそういうのを集めてきて、抽象化して、理論化して、本を書くわけですね。セールスマンが成功するノウハウ三〇とか、アメリカにはそういう本がたくさんありますが、面白いから読んでみると、確かに感心することもあるのです。“一芸は百芸に通ず”です。
 たとえば、こういう話がありました。ごめんくださいと人の家に行く。そのとき答が必ずイエスになるようなことを三つ言いなさいと書いてある。今日はいい天気ですね。それはイエスと言いますね。それから、犬を褒めなさい。この犬はかわいいと言われれば飼い主はイエスと言うに決まっている。その他、野球の結果とか、災害のニュースとか、イエスになる話を三つぐらい言うと、相手の心が自然に開いてしまう。なるほど、それはそうですね。
 
 ワシントンで自分を売り込みながら出世していく男も、それをやっている。故意にやっているか、自然にやっているかは知りませんが。大統領夫人とか、大統領補佐官夫人のところへ行って、なかなかうまくやっている。そういうのは、女性のほうがよく見ている。
 それを痛感したエピソードを一つ言いますと、ワシントンにいるとき、メイドさんを使ったのです。一時間五ドルとかですが、そのメイドの話がなかなか面白いので、もう仕事はいい、一時間五ドルで雑談しよう。何か聞かせてくれと言うと、こんな話が出てきた。
 彼女はこの前、副大統領の家の大パーティーに行って、お皿の出し入れをした。そのときはナントカ長官も来た、あの人も来た、しかしあの人は来なかった。前回やったときよりも客の顔ぶれが落ちているから、あの副大統領は最近もうさびれている、と言うのです(笑)。それから、ナントカ補佐官はナントカ夫人にとっついている。こっちの夫人にも売り込んでいるけれど、それは成功していないとか、お皿を出しながら、みんな見ているのです。名士の顔をたくさん覚えているとは凄いスキルです。
 あまりに面白くて、このままワシントンでスパイをやって暮らそうかと思ったぐらいです。ワシントンには新聞社でも放送局でも特派員が山ほどいますが、彼らよりメイドさんのほうがすごい情報を持っている。一〇人ほど集めて話を聞けば、スパイ事務所が簡単に開けるとは発見でした(笑)。
 
 話をスペシャル・スキルとゼネラル・スキルに戻しましょう。ゼネラル・スキルというのは定型化されたスキルで、これは学校で教えてくれる。授業料を払って学校へ行けば身につく。これは他の会社へ行っても大丈夫で、だから今、日本でリストラされそうな人が資格をとろうとやっている。特に国家資格ならば使えるというわけですが。
 ほんとうに使えますか? ということも実はあるのです。その会社が定型的な仕事しかしないのであれば使える。しかし、開発をするのであれば大して使えない。特にアメリカにないような、日本的な芸術産業をやる、文化産業をやるということなら、そんな国家資格なんかあったってしようがない。ゼネラル・スキルがあったって意味がない。あっても構わないが、それを自慢にするような人は使えない。それよりも、自分の趣味とか何かに熱中して、そこからの発想のある人が、会社にとっての大切な人材ですよと言いたいわけです。
 ところが、それを見つけられる人が会社にいない、というのが問題です。会社の上にいる人は定型化された人が多くて、未来へ向かってのスペシャル・スキルを見つけ出せる人が残っていない。
 日本で終身雇用が普及した理由の一つは、役所が増えたからということと、大企業が増えたからです。役所と大企業は終身雇用だった。それが増えたから、全体でも増えたのです。
 しかし、その真っ最中でも、中小企業は終身雇用ではありません。現実を見てください。ところが、現実を見ないで論評する人がいる。新聞だけ読んでいる人が「世間でそう言っているから、そうかな」と思い込む。「では、あなたの身の回りの人は終身雇用ですか」と聞くと、「いや、そんなことありません」と言う人が多い。「自分の友達は途中でクビを切られています」と言うが、しかしその人は、日本は終身雇用だと思い込んでいる。インテリにはそんな面がありますね。
 三〇年ほど前の思い出を言えば、労働省が雇用問題研究会というのをつくりました。呼ばれたので行ってみると、最近雇用が増えて失業率は三パーセントに止まっているが、内容が問題である。そこで研究会をしましょうと言うのです。つまり役所は常に何か問題を探すのです(笑)。
 「ここが問題だ」と言うと、自分の仕事が増えるわけで、自分の出番をつくるためにそういうことを言うのです。







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