日本財団 図書館


カネが大事だというのはカネ不足時代の考え
 それからもう一つは、未来を見るとどうなるか。カネが大事だったということは、アメリカはカネ不足だったということです。カネが大事だというのはカネ不足時代の考えです。カネ不足時代には、カネを持っている資本家が偉い。
 イギリスに資本主義が生まれたのは、イギリスはそのときカネがなかったからです。カネはオランダにあった。オランダはカネが余っていて、イギリス人はまだ貧乏だから何でもやるという精神を持っていた。それでオランダ人は、イギリスにカネを貸して働かせた。それでイギリスは資本主義になった。カネを回して、またカネを取ろうというのが資本主義です。働いて儲けるのは、誰だって嫌ですからね。カネを回して儲かるなら、それに越したことはない(笑)。
 カネ不足のとき資本主義になるということに注意してください。
 日本の場合は、「人間関係」というのがやたら立派だった。日本もカネ不足ではあるのですが、しかしそれを仲間の団結で何とか乗り越えてやってきた。アメリカは仲間の団結というのは望むべくもない。というのは移民が次から次へと来るから、言葉も通じない、宗教も違う、文化も違う。何から何まで違うという人が次から次へとやってくる。それを集めて何とか会社をつくらなければいけない。
 それをまとめるにはカネを使わなければいけない。カネなら言うこと聞く。やさしく言って聞かせたって通じる相手ではない(笑)。将来を約束したって、信じる人たちではない。もともとはごろつきに近い人ばかりを集めて会社をつくったわけで、だからアメリカでは月給制など成り立たない。週給制が成り立てば、これは上等な従業員。もうちょっと低級な人は毎日毎日、日給いくらで払わなければいけない。もっと低級なのは、午前にいくら、午後にいくら(笑)。
 
 日本でも「時給八五〇円」という募集看板がよく出ていますが、ただし一時間でやめる人はいないですね。日本では時給八五〇円で「もう三年います」という人がいる。長期的人間関係が成立する国ですから、時給社員の正社員並み扱いという問題が起こってきました。回帰現象です。
 これは、人間関係がしっかりしているから長期が成り立つわけで、だから月給が成り立つ。さらには終身雇用の後も退職金というのがある。
 これは凄いことですよ。老後の処遇と言えば聞こえは良いが、四〇年後に払うということです。「まじめに働けば、四〇年後にはお返しします」という方式で、そんなウルトラ後払いでも信じる人が現にたくさんいる。
 ところが、それを悪用した経営者は自分はやめないで、高齢社員だけクビを切ったから、国民の怒りは爆発するのです。途中でリストラされて、老後の処遇や退職金をもらいそこねた人が日本中に生まれました。
 その元凶となっているのは銀行の「貸しはがし」です。ところが銀行の頭取は誰もやめていません。金融庁のしていることはめちゃくちゃですが、しかし国民が支持しているのは、ひとえに銀行憎しであって、銀行の経営者は国民の信頼関係を悪用して裏切った酬いです。
 つまり、日本型雇用関係では、若いときは安月給で働く。ただし「そのことを覚えておいてください。貸しておきます」ということなんです。
 会社に見えない貯金をしている。だから、四〇歳以下の人はみんな会社に足し算している人です。四〇歳を過ぎるとそろそろ会社から引き算をする。引き算する権利があると本人は思っています。若いときの「貸し」を返してもらっているだけだから、朝は遅く出社してもよいし、昼は新聞を読んでいてもよい。ゴルフ三昧でも、赤坂料亭三昧でも良心に恥じない。それはその通りです。若いときに、もらうべき賃金をもらっていないのですから。
 となっていたのを、突然、四〇歳あるいは四五歳で、君は働きのわりに給料が高過ぎる。これからは成果主義。しかし単年度成果主義にしてしまうと、あまりにかわいそうだから、その前に昔の分だけ退職金にちょっと色をつけてあげようというのが早期退職割増金。「これで大体チャラになったんじゃないですか」と言ってクビにしている。
 しかし、それができる会社はまだ良いのです。バブル時の不良投資で内部留保をパーにしている会社は、経営責任には頬かむりして、社員をクビにする。そうすれば会社は黒字になるが、経営の手腕でも何でもありません。
 それを見た若い人は、「じゃあ就職したその日から現金で、毎月毎月、実力どおり、成果どおりの賃金を払ってください。成果主義をやるのなら、最初からやってください。それならいつ会社をやめても心残りはない」という気持ちになる。これがアメリカ方式ですね。
 
 そちらに座っている東京財団・研究推進部の國田廣光さんには『日本人のちから』の編集もしてもらっていますが、かつては日本長期信用銀行で私と一緒でした。海外勤務での人事の経験を教えてください。ロサンゼルス支店にいたときは、現地で部下をたくさん雇っていましたが、何歳ぐらいのときでしたか?
【國田】 四〇歳頃です。アメリカ人の部下は全部で八〇人ぐらいでした。
【日下】 それで、月給はどうやって決めたんですか。
【國田】 入社のときに、個別に決めるわけです。基本的には個別で交渉して決まりますけれども、テーブルがありますから――テーブルというのはマーケット情報で決めるというやり方です。
【日下】 一年たつと、「賃上げしろ」と言ってくるでしょう。
【國田】 対等で賃金交渉を常にやっていました。
【日下】 そのとき相手は、「自分は近ごろ能力がアップした」と言うでしょう。
【國田】 言います。もう全部交渉ですから、うそかほんとうか、全部こちらで判断して、だめなら「だめ」と言えばいいのですが。交渉といっても、要するに理由を納得しあう必要はないので、最後は「いやなら勝手にしなさい」と、そういうことです。
【日下】 なかなか強い態度でやるんですね。ところで、向こうが要求する根拠としてはどんなことを言うんですか。
【國田】 まず、能力がアップしたということと、一番多いのは、他からオファーが来ているということですね。
【日下】 それが一番大きいですね。要するにマーケット相場ですね。
【國田】 そうです。
【日下】 「私は外のマーケットへ行けば、もっと高く売れる」というわけですね。それを具体的に言うでしょう。東京三菱に行けばいくらとか。
【國田】 言います(笑)。長銀以外にも、住友銀行とか日本の銀行がいくつかありましたから、そこで引き抜き競争するような人が現れると、邦銀間で競争をするということも起こるわけです。
【日下】 というようなことで、それはお互いにくたびれるわけです(笑)。ほとんどムダなコストだと思うが、たとえば人間には感情があるから、「そんなに住友が来てくれと言うなら住友へ行けばいい」と言うと、悔しいから「行きます」と言ってやめるんですね。でも、実はブラブラしていたりする。あるいは、ほんとうに住友に入ったけれども、四〇〇ドルはどうももらっていないんじゃないか。でも悔しいから長銀はやめる。
 これは誰から聞いたのだったか、他の銀行へ行った女性が、誕生日だとか理由をつけて花を持って遊びに来るのだそうです。それで「私はあなたが好きだ。あなたの下でまた働きたい。給料は少し不満だが、また戻ってもいい」と言ったそうです。同じような経験はありますか?
【國田】 あります。ハードな交渉をするということと、感情的な交流は全然違う次元だと彼らは思っているようです。日本人は、そういうことを上司に言う以上は縁を切る覚悟だという感じがありますが、アメリカ人には全然そういう感覚はないですね。
【日下】 なるほど。じゃあ、おつき合いとお金は別なんですね。
【國田】 まったく違います(笑)。
【日下】 というようなことです。日本はまだそこまでは来ていないですね。来ていますか? まあ、おつき合いのほうが大事だという人が、日本にはまだまだ多いと思います。
 
 ここで注意してほしいのは、おつき合いとお金は別だと割り切ってやれる仕事というのは、だいたい定型化された仕事でしょう。パターン化した仕事やマンネリの仕事ならそういうことでもやれるが、クリエイティブな仕事、応用の範囲が広い仕事では、そういう雇用形態ではできない。お互いにもっと連絡し、情報を教え合って、力を合わせて一つの難問に取り組むというチームがつくれなければ、うまくいかない仕事というものがあるのです。
 それでアメリカ人が驚くのは、日本人は何でもチームを組む。非公式なチームが会社の中に山ほどある。例えば、中国班、アメリカ班、エジプト班と国別にチームがあっても、中国相手の交渉をしている人が、「これはアメリカ班に教えてやろう」。アメリカ班の人が、「これはエジプト班に教えてやろう」と、頼まれずともお互いに教え合う。あるアメリカ人が「そんなことをして何の得があるのか。相手を喜ばせるだけで、自分の得は何だ」と聞くので、「別にない。仲よく一緒に働いているのがおもしろい。いつかは恩返しがあるだろう」と答えたことがありますが、これが日本の会社の雰囲気ですね。
 この雰囲気をアメリカは驚嘆して、これを壊さなければ日本に負ける。どうすれば壊せるか。どうしてこんな雰囲気が成立しているのか調べると、それは終身雇用、年功序列、社内研修制度と社内人事異動制度がカギである。前に言いましたように、能力アップというのは、アメリカは自分の金でやるものなんです。それを会社は買う、というのがアメリカの考え方。ところが、日本の会社は能力アップを会社の金でしてあげる。会社が人間に投資する。
 投資してみると、現地採用の人は「はい、さようなら」と、やめてしまう。「私は能力アップいたしました。月給を倍に上げてください」「そのためにはこちらが教えたじゃないか」「でも、きちんと覚えた私が偉い。A社から誘いがあります」と行ってしまう。
 私の友達がマレーシアに工場をつくって責任者になった。まだ第一号の頃でしたから、もう一から一〇まで教えてやらないといけなかった。日本へ行かせて研修して帰ってくると、「私は偉くなりました。昔イギリス人がやったのと同じ仕事をいたしますから、イギリス人並みの給料をください」と言う。それで「ちょっとはご恩を感じろ」と言うと、やめてどこかへ行ってしまう。
 それでも日本人は長い間我慢して教えていたのですが、そのうち、やっぱりこれは研修費をとる必要がある。「一年間日本へ行って勉強してきたら、貸付金三〇〇〇ドル。その三〇〇〇ドルを払わない限り、他へ移ってはいけません」という契約書をだんだんとるようになる。すると今度は、ライバル会社が「三〇〇〇ドルはこちらが払う」と言い出すんです(笑)。
 銀座のバーでホステスを引き抜くとき、借金を立て替え払いして“足ぬき”するのと同じです。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION