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6 海難審理委員会(Commission of Inquiry)
 人命又は財産に重大な損害が発生した場合、或いは、調査範囲が広く調査の長期化又は複雑化が予想される場合には、法務省(Ministry of Justice)は、海難審判に代わって、非常設の海難審理委員会(Commission of Inquiry、以下「COI」という。)を臨機応変に開催することができる(the Maritime Code, Section 485)。
 その場合、海難審判は開催されず、運営は法務省の経費によって賄われ、海難調査官も当初から事故の調査に関与しないのが一般的であるが、事故後の貴重な時間を無駄にしないために海難調査官の調査が適切であると考えられる場合は、海難調査官による調査が同委員会による調査と平行して行われる。
 また、指定漁船(A Fishing Vessel for which marking is compulsory)が、難破又は海上で放棄され、乗組員全員が失われたと信ずるに足る理由がある場合は、常設漁船隊審理委員会(Permanent Commission of Inquiry within the Fishing Fleet)が審理し、海難審判は開かれない。
 更に、専門的潜水作業に関連した人命喪失事故が発生した場合も、常設潜水事故審理委員会が調査し、海難審判は開かれない。
 なお、これらの常設審理委員会は、法務省の管轄下にあるため、具体的な数字や情報は不詳とのことである。
 委員会は3名の委員で構成されることになっているが、事故によっては1ないし2名の委員が追加任命される。
 各委員は、十分な法律(Legal)、航法(Nautical)及び技術(Technical)の専門的技術(Skill)を有する者とされ、委員長は、最高裁判所判事(Supreme Court Judge)として必要な資格を有する者とされている。
 委員の任期は、1期4年であるが、再任は可能で、法務省によって任命される。
 また、委員会は、委員による海難関係者に対する聴聞方式で開かれ、最近では、1999年12月に召集されたThe High-Speed Craft MS Sleipner Disaster 26 November 1999がある。
 本件の概要は次のとおりであるが、COIから事故の調査報告書が出されており、その結論(Conclusion)と勧告(Recommendation)を吟味すれば、COIが海難事故を調査するうえで、調査範囲をどこまで広げ(Width)、また、どこまで掘り下げて(Depth)行っているか、おおよそのところが理解できると思われるので本件の結論と勧告部分を末尾に添付する(資料 2)。
 本件は、Sleipnerという船名の、長さ42メートル、乗客定員380名のカタマラン型、可変ピッチプロペラー(Control Pitch Propeller、CPP)2機搭載の旅客船が、1999年8月25日BergenとStavanger間の航路に就航し、同年11月26日1730時 乗組員9名が乗り込み、乗客76名を載せてStavangerを出航し、Bergenに向けノルウェー西岸沖合を35ノットの速力で北上中、Store Bloksen岩礁に衝突した事故である。
 ノルウェーの海岸は、多くのFjordによって形作られ、その沖合には多数の岩礁が点在し、それらの間に無数の狭水路が形成されているが、その狭水路を航行するのがむしろ売り物となっているのが実情である。
 一方、本船は、dGPSと電子海図(Electronic Chart System、ECS)を組み合わせて、設定したコース上を航走するように航行支援装置が設備されていたが、誤差は、10メートルであった。
 事故当時の天候は、南南西からの強い風(Gale、21.6m/s)を伴ったスコール模様で、波高は1.5ないし2メートル、視界は1.5ないし2マイルで特に問題となるVisibilityではなかった。
 事故直前の1908少し前、在橋中の一等航海士は、正船首にStore Bloksen岩礁を視認し、また、船長は、そのとき機関を全速力後進に掛けたが、本船は、高速力のまま岩礁に衝突し、その後折損・沈没して、15名が死亡し1名が行方不明となった。
 勧告は、高速艇に関する規則の改正、緊急時用発電機の設置基準、耐寒性救命胴衣の導入、自動復原救命筏の導入、航海計器の機能向上等、多岐にわたっている。
 
 海難調査官は、船舶の堪航性(Seaworthiness of Ship)に関連した事項については警察権(Police Authority)を持っており、刑事訴追に係わる事項に関しては、公訴局長(Director General of Public Prosecutions)や法務省(the Ministry of Justice)のもとで業務を遂行する。
 そして、重罪の場合は、該当する州検事に、軽罪の場合は、該当する警察部長に対して、当該海難事故又は海上インシデントに係わる損傷又は事故の原因と考えられることについての報告書を提出し、法的措置についての勧告(Recommendation)を行う。
 海難調査官の勧告を受けた警察部長は、事故が軽損で罰金も軽微であれば、自ら処断することができるが、送検が適当と考えた場合は、検察庁に書類を送付することにより、これを受けた検察庁は、調査官から直接勧告を受けた場合と同様に、必要な法的措置を構ずることになる。
 法的措置としては、免許の取消、罰金(Fine)、或いは、禁固(Imprisonment)等があるが、通常は罰金であり、禁固は稀有である。
 なお、軽微な罰金の場合は、地方警察が処断することができ、いずれの場合も、罰則に係わる適用規則が示される。
 これは、ノルウェーの法律制度(Norwegian Legal System)が、罰則を課す法的権限を持った機関(General Legal Authority for Penalties)とともに、一連の規則を規定したCivil Penal Codeを持っていて、the Seaworthiness Act、the Maritime Code、そのほか多数の海事規則も、Civil Penal Codeにある罰則に関する規則を定めているからである。
 仮に、法人、自然人を問わず、海難関係者が、地方警察の罰金刑を拒否した場合は、裁判に持ち込まれる。
 また、海難調査官は、四半期ごとに、実施した法的措置の要約を記載した一覧表をNMD及び公訴局長に送達する。
 なお、このように同一の海難調査官が原因調査権と(厳密には異なるが)刑事訴追権の二つを同時に持つということに対して、調査は調査で誰かが行い、訴追するかどうかは別の人が判断すべきであるという主張とともに、海難調査官が警察権を持つことによって、海難関係者から真実を聞き出すことの支障となり得ることが十分考えられるとし、警察権を排除すべきであるという主張があって、これらが、現在、海難調査制度の改革が検討されている一要因となっているという。
 
 海難調査官は、ヒューマンファクター分野の研修は特に受けておらず、IMOガイドラインFSI4/WP3の付属書1を活用している。
 また、ノルウェーには、米国のような海難事故の調査に係わるアカデミーもないが、NMDは、ヒューマンファクターに関する学校教育の必要性は認識している。
 取り分け、事故の予防は大切であるが、事故が発生した直後にとるべき措置について、教育機関や調査機関は更に研究すべきであろうと考え、関係機関に働きかけているという。
 なお、事故当事者に対するシミュレーション研修については、今のところ動きはなく、海難予防の働きかけは、会社等に調査結果を送付することが主になるだろう、という。
 
 海難調査官は、Near Missも調査することになっていて、その目的は、Near Missの原因を特定し、再発の防止を図ることにあるとされている。ただし、秘匿性(Confidentiality)や免責性(Immunity)を担保(Guarantee)する措置は考えられていないという。
 しかしながら、2000年8月Beliezeにおいて開かれたMAIIF の第9回会議で、当時のノルウェー海難調査官Captain Svein Olsenは、「Near Miss Incident should have been handled somewhere else」として、Near Missを取り扱う機関の別途設立を取り上げていたが、いまだ、その機関の設立には至っておらず、また、その構想も立っていないとのことであることから、海難調査官は、過去も、また、現在もNear Missを取り扱っていないと思われる。
 このことは、NMDが述懐するところでは、「Accidentについても事実認定に難渋することがあるので、ましてや、Non-Accidentについては、趣旨は理解できても、事実関係に関する見方の相違、あるいは、証拠や証言の食い違いなどが多分に考えられることから、その取扱いに苦労するだろう、あるいは、そもそもNon-Accidentの報告を得ること自体が難しいのではないか。
 殊に、ノルウェー船でもノルウェー以外の国の船員が多数を占めるようになっており、ノルウェー語を話せない船員に、事故を起こしそうになったという情報の提供を求めるのは、民族的、文化的背景から見てもかなり難しい」、として悲観的な見方をしていることからも明らかである。
 ただし、Captain Olsenは、一方で、「ノルウェーの海難調査制度は、非常に効率的であり、長年にわたって十分に機能してきた。すなわち、海難調査官は、海難事故の調査を通して、法規違反があることが分かれば、事故の原因究明とともに、警察に法規違反について勧告することになっているが、こういった制度は、財源節約の面から見ても効果がある。」と発表していたが、このような利点を無視してでも改組の動きがあることから、Near Miss調査機関の設立もいずれ動きが出てくるものと思われる。
 それは、「最近、NMDがヒューマンファクターの重要性を認識してプロジェクトチームを立ち上げ、できるだけ多数の海難及びインシデントに関する情報を収集して統計の充実化を図り、更にこれらの分析に当たっては正確化を期し、得られた分析結果から的確な海難事故の予防策を立案し、これを海運業界等に普及して、活用されるように仕向けていくことに努力が払われている」ということからも容易に察せられる。
 ただし、「漁船は、事故の可能性も危険度も高いのが一般的であるが、事故の報告が極めて少なく、したがって海難防止策の立案も後手に回ることが多いのが現状である。しかしながら、ノルウェーでも、会社組織としていても所有している漁船は一隻という漁船員が多く、彼らが船体の損傷や人身事故を理由に福祉局に休業補償の申請をすれば、NMDは自動的に事故の報告を得られるようになっているものの、これでは積極的な海難防止策が取れないため、如何にすれば漁船員に海難防止に関心を持たせ、事故を積極的に報告させるとともに、防止策についての知識を付与できるか腐心している」という。
 一方では、「データベースの充実化を図り、インターネットを通して、簡単に、かつ、気軽に、それでいて免責される形で海難及びインシデントの報告ができるようすれば、他国籍船からの情報も入手できるようになるので、いかにしてそのような体制に持っていくかが課題と考える」としている。







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