日本財団 図書館


(5)海難調査の手法
 海難調査官が、海難事故を認知するのは、船主や船長からの報告によることが一般的であるが、海外の行政機関や現地警察、NMD、マスメディアを通して知ることも多い。
 海難事故が発生すると、海難関係者の飲酒や薬物服用の有無が問題となるが、これらは緊急を要する調査のため、海難調査官は、アルコールやドラッグの影響が疑われるような場合には、呼気や血液検査、或いは、薬物分析のための必要な措置を地方警察(Local Police)又はCoast Guardに依頼する。
 その他、入り組んだ海岸線という地理的条件もあって、地方警察が、現場の証拠(Evidence on the spot)を確保するために活用される。
 特に、油濁事故のように、できる限り速やかなサンプル取得が望まれるような場合や人身事故のように痕跡が消失し易く調査が緊急を要する場合は、警察の調査官(Police Investigator)がしばしば利用される。
 一方、海難調査官は、海難関係人に対する事情聴取を船上等の現場で行うこともあれば、海難調査官の事務所で行うこともある。
 その際、海難関係者は、何時でも弁護士の立会を求めることができ、また、供述拒否権や黙秘権の行使も認められている。
 他方、海難調査官は、海難調査の目的が英国のMAIBと同様に「海上安全の増進」と「海洋汚染の防止」に置かれていることから、海難事故を調査するに当たっては、事故に係わる事実関係と原因究明について海難審判をできる限り確実かつ完全に行うことができるように調査しなければならないとされている。
 そのため、海難調査官は、下記の事項について留意しながら調査を進める。
(1)企業及び組織
 会社と船舶間の連絡は十分か、或いは、企業は職員に対して十分な研修、指導、手順の指示などを行っているか。
(2)労働環境・職場
 騒音や振動のレベルはどうか、高温ではないか、港湾での積荷の上げ下ろしが安全か、会社は職員に対して十分な安全保護装置を提供しているか。仕事量が過多ではないか、睡眠不足ではないか。
(3)コミュニケイション
 船内業務において国籍の異なる職員間に意思疎通の問題はないか、文化の相違はないか。
(4)アルコール、薬物摂取
 事故を引き起こす可能性はないか。
 なお、海難調査官は、SHEL Modelをベースにして調査することも、各種Analysisを単独、或いは、併用して分析することもせず、専らIMOのガイドラインに沿って調査を行っているとのことで、これが現体制の弱点でもあるとしている。
 しかしながら、IMOのガイドラインは、ヒューマンファクターに基く海難事故の調査手法の導入を強く提唱し、その指針を提示していることから、NMDがヒューマンファクターを全く無視しているとは考えられず、現にNMDが特集的に刊行しているSafety Message(後述参照、資料1)は、海難事故を詳細に調査し、必要な対応策を多岐にわたって提示していることからも、このことが裏付けされていると思われる。
 いずれにしろ、NMDは、海難事故の調査におけるヒューマンファクターの重要性に鑑み、海事法委員会の提言どおり海難事故の調査機関が常設委員会に改組されれば、事故の調査手法が、ヒューマンファクターを基にした手法に直ちに変更されるであろうといい、そのため、最近、ヒューマンファクターに関するプロジェクトチームを立ち上げたところであるが、いまだ調査の方向性について試行錯誤の状態にあり、道程は遠いという。
 なお、海難事故の調査に関する法律として下記がある。
(1)the Seaworthiness Act, Chapter 3
 海難事故及び海上インシデントに関する調査について規定している。
(2)the Maritime Code, Chapter18
 海難審判(Maritime Inquiry)及び海難損害査定(Maritime Assessment)について規定している。
(3)The Prosecution Instructions, Chapter 32
 海難調査の手法を詳細に規定している。
 また、同規則は、IMO Resolution A849/20(Nov. 27, 1997)「Code for the Investigation of Maritime Casualties and Incidents」を取り込んでいる。
 このような法体系、法内容から考えても、海難事故の調査制度の改革が求められたのである、という。
 なお、現在、海難調査官は、Coast Guardからの情報を活用する一方、ノルウェー沿岸航路のレーダー情報や水先人関連の諸問題について、ノルウェー沿岸管理局(Norwegian Coastal Administration)に協力を求めるなどして調査の充実化を図っており、更に、技術的、物理的事実を確認するために、必要とあれば実験を行うなどして、現行調査制度の不備を補完しているという。
 海難調査官は、事故の調査が決着したときには、全ての調査事項(Data)を、DAMA(Databank for Maritime Incidents)と称する「海上業務の堅実化のためのデータバンク」(Databank for ensuring maritime operations)にインプットするとともに、全ての書類を調査報告書(Investigator's Report)とともにNMDに送付する。
 NMDは、安全に関する海運業界の認識を高揚させる(To motivate the Marine Industry into Safety-Thinking)ために必要又は適切と考えられる場合には、各種団体(Various Groups)に対して勧告を出すが、極めて軽微な事故或いは勧告の必要性を認めない事故の場合は、勧告措置をとらず、調査官からの一括書類の提出をもって当該事故の終了処理を行い、将来これらの書類を海難防止施策の立案に供するために保管するという措置をとる。(the Prosecution Instructions、Section 2-2)。
 なお、海難調査官の報告書は、内部的書類(Internal Document)と考えられているうえ、法的措置に関する勧告を含んでいることから、通常は公開されない(Not usually released to the public)。
 ただし、海難関係者の供述調書(Record of Interview)や陳述書(Statement)、或いは各種の証拠(Evidence)は、海難審判にはもちろんのこと、要請があれば刑事又は民事裁判所(Criminal or Civil Courts)にも提出される。
 また、海難審判の裁決書や裁判所の判決書は、海難調査官の調査報告書と違って公開される。
 NMDは、必要又は適切と見なした場合、様々な組織、団体に対して勧告を行うが、その主たる目的は、同様の事故の再発を防止するため、最も効果が期待できると思われる海運、造船業界等に対して安全重視の考えを促すことにある。したがって、個人に対しては行わない。
 そして、勧告は、明らかな規則違反や規則の欠陥に関して、明確な証拠(Solid Evidence)があれば必ず行われる。
 しかしながら、事故を引き起こした船舶の系列会社とか同船と同型船種の船舶所有者に対しては、事故を惹起する蓋然性があるという理由だけで勧告するということはない。
 勧告が無視又は拒否された場合、NMDは、法的措置をとる可能性はほとんどないが、NMDによる監査(Audit)で、船舶が適合証書(Letter of Compliance、LOC)を失うことがある。
 なお、勧告の実施率は不詳であるが、NMDは、監査の段階で実施状況を確認するようにしている。
 また、ノルウェー以外の国や団体、組織に対する勧告については、NMDは、IMOやEUを通じて行っており、法律的にも実務的にも問題となったことはない。
 NMDは、直接に、或いは、Websiteを通して、船主協会や船員組合、或いは、船級協会や海上保険会社等の海運関連業界に対し、海難調査官から得られた情報を基にした安全に関する簡単な連絡文書(Safety Message)を出してその活用を要請している。
 例えば、ボート操錬や船上作業時の負傷事故について、具体例をあげて注意点を詳細に指摘している(資料 1)。
 その数は、2001年で18件、2002年は5件、2003年は9月1日現在で6件となっている。
 
 海難審判は、領事裁判所や地方裁判所による予備裁判会議(Preliminary Court Session)といった性格のものであるが、事故の原因解明が他の方法では困難な場合など、審判が必要と考えられる事故に対して、事故の状況と原因をできる限り完全に解明することを目的として利用されている。
 海難審判の客体は、船舶の堪航性に影響を与える事項、海上での船舶の堪航性及び安全性の査定に関する規則に係わる事項等のほかに、船主、船長、乗組員又はその他の者に罪科や責務を負わせることになり得る事項であるが、海難審判は、事故調査の一部であり、刑事的な措置(Criminal Action)、あるいは、その他の責任問題(Other Issues of Liability)に結びつき得る原因や事実をも認定し、懲戒処分についても決定することになっている。
 ただし、実刑判決や免許取消などの重要事項の決定は裁判所に委ねられ、訴追官庁(Prosecuting Authority)は、罰金など重要性が比較的低い事項を決定するのみである。
 海難審判は、ノルウェー船の重大又は極めて重大な事故(Serious or Very Serious Casualties)については、強制的に開かれる(Compulsory Maritime Inquiry)が、その他のかなり重大な事故については、海事局(Maritime Directorate)又は海難調査官(Maritime Investigator)若しくは船主又は船長の要請に基いて(Maritime Inquiry upon Request)、あるいは、領事裁判所の所長の指示に基いて(according to Instruction)開かれることになっている(the Maritime Code、Section 472及び473)。
 海難審判が開催される地は、事故が発生した港内又は事故発生後船舶又は乗組員が最初に入港した港の地方裁判所(Local Court)、又は、海外にあっては領事裁判所(Consular Court)である。
 ただし、裁判所が妥当と判断した場合は、船上において開かれることもある。
 また、船舶又は乗組員全員が失われた事故の審判は、船舶の船籍港(Home Port)において開催される。
 審判開催日については、海難審判が強制的に開催される事故の場合、船長は、速やかに審判の開始を地方裁判所(Local Court)に申請することになっているが、何らかの理由で申請できない場合は、船主が行わなければならない。
 開催日の申請に当たっては、海難報告書97(Marine Casualty Report 97)という報告書式に必要事項を記載のうえ、事故に係わる航海日誌、乗組員名簿、証人名簿、利害関係者名簿、現地代理人名簿等を添付して提出する。
 なお、審判を延期することによって、船舶に対する時間や費用の節約が考えられる場合は、船舶が別の港に到着するまで延期することができる。
 また、衝突事故で両船を同時期に審理したい場合も延期することができる。(衝突事故で二船を同時に審理できない場合は、最初の船舶の審理は非公開となる。)
 海難審判の開催場所と時間については、海難関係者のほか船主や、荷主、保険会社及びその他の関係者に通告され、被通告者が出席しなくても開催される。
 審判を行う主体(機関)は、1人の裁判官(Judge)に2名の各専門分野のエキスパートである陪席審判員(Expert Assessor)の計3名でもって構成され、対審方式(Trial Format with at face-to-face confrontational style)で、通常は裁判官の主導により、裁判所(Court)において行われる。
 ただし、海難関係者が出席困難又は出席不能の場合は、電話による審理もあり得るという。
 審理に必要な海難関係者の供述調書や陳述書は、海難調査官から提出されるが、前記のとおり、航海日誌や乗組員名簿等は、船主に提出義務が課されている。
 調査実績として、海難調査官は、2001年中に674件の調査を行ったが、そのうち215件の海難事故が海難審判に付されたものの、下記の海難審理委員会に付託されたものは皆無であったという。
 また、審判に付された海難事故215件の内訳は、乗揚 83件、衝突 33件、爆発・火災 11件、海洋汚染 9件、作業事故 42件、その他となっている。
 674件のうち215件を除く459件は、そのほとんどが海難審判免除措置がとられたものである。
 すなわち、海難調査官が調査はしたものの海難審判が免除される場合があるが、それは、海事法(Maritime Act 1-8)規則472に規定されていて、海難関係者によって、「事故を完全に洗い出す(throw Full Light upon the Case)ことによって、事故を引き起こしたと考えられる全ての状況が調査され、かつ、可能な限り正確で、徹底的に説明された場合」に限られ、事故の約半数は、このような免除措置がとられているという。
 また、海難審判に不服の場合の上訴については、海難審判が本質的には事故の証拠収集に関する予備的な法定審問であることから、上訴という事態が発生することはあり得ない。
 ただし、海難審判が行われた後で、事故に重要な関連があると考えられる新たな証拠が出てきた場合は、審判を請求することができる海難調査官やNMD、或いは、船長等の海難関係者は、再審を請求することが可能である。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION