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資料2
 
1999年11月26日発生
高速艇MSスレイプナー号遭難事件
要約
 本要約の章にあって、当委員会は、本件遭難に関する概略の説明と本報告書中にある結論の主たる内容及び勧告の内容について簡略に記載することとするが、本委員会は、この概略だけでは、本文中の重要な部分を読み損なうおそれがあることを指摘するものである。
 
1.1 遭難
 高速艇MSスレイプナー号(以下、ス号とする。)は、1999年夏オースタル造船所から船主であるハーダンゲル サンホードランズスク ダンスキプッセルスカップ ASA社(HSD)に引き渡された。本艇は、全長42メートルで最大旅客数は380人と登録され、同年8月25日にベルゲン港とスタバンゲル港間の航路に就航した。
 乗組員は、1999年11月26日(金曜日)09時30分にストード市レイールビック港で乗艇し、本艇は、ベルゲン港に向け就航した。そして、同港からスタバンゲル港向け発航し、17時30分にベルゲン港に向け帰航の途についたのであった。当時、航路の北方には南南西からの強風を伴った驟雨の存在を見る状況にあった。
 本艇は、18時50分にホーグスンド港を出港した。その後、本航海には、乗客76人と乗組員9人の計85人が乗艇していたことが確認されている。
 MSス号は、北方に針路をとって、狭水路を約35ノットで航行していた。19時08分少し前、一等航海士が、正船首方向にストアー ブロックセン岩礁を認めたのである。直ちに船長は、機関を全速力後進に切り替えたが、この岩礁への高速力での乗り揚げを防ぐことができなかった。
 19時08分遭難信号が、ロガランド無線局で受信され、その直後、南部ノルウェー救難部は、付近船舶の協力と救難ヘリコプターの援助を得て、救助活動隊を組織した。
 暫くして、船首部が破損分離したことで、本艇は、岩礁から離脱したが、船体部は、極めて重大な損傷を受けていた。乗り揚げてから、ちょうど30分したところで、船体の主要部は水没したのであった。
 その結果、乗客と乗組員は、海中に投げ出されることとなり、69人が救助されたものの、15人の死亡が確認され、1人がいまだ行方不明となっている。
 
1.2 報告書の構成(省略)
 
1.3 主なる結論
 本報告書中の主となる結論の一部については、主に次章ではあるが、以下の章に記述されている。各章の順列及び本委員会の専門用語が言及する意味合いは、本海難事件についての結論の重要性に濃淡をつけるものではない。主となる結論は、以下のとおりである。即ち:
・概観してMSス号は、強度、施工精度、基本構造配置、水密部分、平常状態と損傷発生時における船体安定性及び浮力に関しての規定(HSC(High Speed Craft)規則に明記されている。)に従って計画、建造されていた。主機及び補機は共に規定に適したものであった。航海設備及び通信装置も同様であった。
 本報告書は、一部の欠陥や不備について言及している。特に、遭難直後の緊急時における電源確保及び次の2点についての救命筏装備に関しての記述には、関心をもって戴きたい。数点の、提案された規則の改善や厳重な監視体制を求めた内容について討論が、行われた。
・遭難直後の緊急時における発電装置、即ち、緊急時用発電機を始動させるまでの蓄電池による電力供給装置が、もしも、その機能を止めてしまったと考えるなら、その装置が本艇の低部に位置し過ぎていたことによる。HSC規則によれば、蓄電池は、損傷状態の最終 段階においても、喫水線の上方になるよう設置されているべきものであった。
 MSス号の緊急時用の蓄電池は、一部が事件発生後の最終喫水線より、下となる左舷浮箱の下方に位置していた。この位置は、設計書と一致していない。この位置は、遭難後の早期に電力喪失を招く原因となったことと大いに関係している。緊急時用の電源となる、蓄電池がなぜ、この位置に設備されたかの理由については、明確でないが、当委員会は、この件に関して造船所を非難することができる理由を入手した。それ以上のこととして、調査期間中に海運当局もノルウェー産業及び電気設備安全局、あるいは、デット ノルスク ベリタスのどこもが、この欠陥を見出せなかったことが確認されている。
・救命筏の設備については、重大な欠陥が存在した。筏格納ケースに、水圧によって作動する開放装置が設けられていなかったのである。この格納ケースは、船体が沈没した際には本体から確実に離脱する必要があった。設計図では、水圧によって作動することが確認されている形式の装置が、設置されることとなっていた。しかし、これは、いずれかの段階で削除されていた。海運当局は、水圧による離脱装置が示されていない設計図を承認したのである。この装置がないことは、その後の検査においても発見されなかった。
 水圧によって作動することが認定されている、離脱措置を設置しなかったことが、右舷の2台の救命筏が離脱しなかった原因となったことは十分にあり得る。左舷救命筏格納ケースは、操舵室に居た船長によって投下された。筏の1個は、展張しなかったが、風と潮流と波浪によって転覆した。考えられる範囲では、別の左舷救命筏は、格納ケース内の浸水による満水で、展張に必要な浮力を維持できなかったのである。そのため、この筏は、船体と共に沈没したのであった。
・当委員会は、救命筏を投下するための設計及び筏の配置に批判的な意見を持つものである。
 船客が313人にもなる最悪の状況では、船客は、ロビーを通って退船しなければならないが、このロビーは、四方が塞がった状態にあった。これでは、緊急時には大混乱と大狂乱状況を生じさせる危険が十分に予想されるものである。当委員会は、救命筏による退船を成功させるのには非常に困難であることを思えば、荒天時の退船作業では、更に大変なこととなるとの見解を容易に示すことが出来る。
 全く平穏な海面状況にあってさえ、不可能と考えざるを得ないほど、救命筏の降下作業を実行することは、相当に危険なことである。
・調査によれば、本艇の姉妹艇MSドロゥプナー号は、針路保持性能が安定していて、本件遭難が発生した夜間にあったような風浪下でも、航海士達による針路保持が容易であることが分かっている。当委員会は、MSス号にあっても同様であると推定していた。
・航海士達は、高速艇を運航するのに必要とされる公的資格を受有していた。当委員会には、乗組員がMSス号に向けた航海計器を活用するための、適切な訓練を受けていなかったばかりか、複雑な退船用諸設備の取扱いの訓練も受けていなかったのではないか、との見解がある。
・事務部乗組員だけが、事務部職員に対して求められている公的資格を満たしていた。同部の一人だけが必修の“事務部職員に向けた、安全行動習得講座”を受講していたのである。
 ここで、当委員会は、事務部職員の安全訓練だけでは全く不十分である、と考える。
・本艇にあっては、構造にも材質にも、あるいは、その他の点においても欠陥を見出すことはできなかった。また、安全運航を妨げる設備は、存在していなかった。更に、遭難発生当夜の気象にも、安全運航を妨げる状況は存在していなかった。一方、海底の状況についても乗揚の原因となったと結論づけられる明確な技術的発見は、存在していない。
・当委員会は、遭難当時の有義波高は、約2.3メートルであったと認定している。
 MSス号に向けて出されている‘高速艇の運航上の制限事項について’では、有義波高が1メートルを超える場合には、運航を停止することとなっていた。従って、MSス号は、事件発生当夜には、スレッタを横断してはならなかったのである。これにより、航海士達は、有義波高を評価する十分な知識に欠けていたように見られる。更に、船主にあっても1メートルの有義波高で、本艇が運航制限を受けている点について、確認する作業をしていなかった。
・運航技術上の誤りが、本件海難の第一の原因であった。航海士達は、事件発生時に、MSス号の船位を全く分かっていなかったのである。原因の大部分は、航海士達が、航海計器の利用、あるいは、確立されている運航実務の遂行に失敗したことにある。乗揚直前の極めて切迫した状況下で、両航海士は、自分のレーダーの感度調整に没頭していた。これにより、肉眼による灯火の視認や針路の確認を基本とする安全航海の注意事項をないがしろにしていたのである。
・本艇は、乗揚時とその直後で広範囲に損傷を受けた。船底板はめくり上がり、船首部分は、破断落下した。船体は、急速にその浮力を喪失して行った。
・乗揚後、船長が救命筏を投下しようとするまでには時間があった。船長は、左舷筏だけを投下しようとしていた。当委員会は、本艇が乗り揚げたことがはっきりとした直後に、救命筏の投下を試みなかったことに対し、受容できる理由を持ち合わせていない。
 本艇が浸水状態となった際に、より迅速、且つ、より良好に統制された体制で救命筏を投下することは、乗客の救助に役立つものとなったであろうし、生存者数の多寡に関わる重要な意味を持つと考えるのは、できないことではない。
・本艇のばらばらな状態での退船行動は、航海士達によって統制が取られた。乗組員の何人かは、立派な、ある場面では賞賛に値する行動を取った。しかしながら、統制された集団として見たときの乗組員の行動は、最高の指揮権を持つ指導者に能力が欠けていたため、まずい結果が出てしまった。乗客の大部分は、行動の判断材料を自分で集めるしかない状況に取り残されていた。本艇は、岩礁に乗り揚げたが、救助が得られるとの操舵室からの第一報があった後は、乗客は、船内放送からも、別の手段からも何らの情報を得ることができなかったのである。しかしながら、乗客は、驚くほど冷静に、また、注意深く行動したのである。当委員会は、たとえ、事件発生時の破滅的状況を考慮したとしても、本艇の船長、あるいは、乗組員等の行動は、常識に見ても十分であったとは考えていない。
・救命胴衣は、英国海事局の認可を得た型式のもので、EEA規則に適合したものとして、ノルウェー海運局の承認を受けたものである。しかし、この救命胴衣は、満足に機能しなかった。
 多くの乗客が、正しく着用するのに大変難儀をした。本件発生後に、SINTEF(トロンド ハイム大学の科学及び技術の基礎研究機関)での実験によると、この救命胴衣は、現行のIMOが要求している基準を満たしていないことが判明した。救命胴衣の欠陥が、生存者数の多寡に関わる重要な意味を持つとの考えを取り除くことはできない。
・当委員会は、自分自身または乗組員をして緊急時に対処できる能力を培う、訓練と演習を受ける責任を負った立場にあるのは、真っ先に航海士であるとの強い見解を持つに至っている。緊急事態が発生した際に、その状況を把握して、指揮者としての立場を担うのは航海士であり、また、状況の変化によって行動を変更させる立場にあるのも航海士である。
・救助活動は、素早く開始され、また、その活動は、適切な手段で遂行された。
 この救助活動には、多数のボランティアが、相当、寄与している。死者が16人以下に収まったのは、主に、立派な救助活動の成果である。特に、現場に到着した他舟艇乗組員の活動によるものである。その奮闘振りには、目を見張らせるものがあった。
・生存者の努力も、自身の生還や同乗者の生還に、大いに貢献している。
・当委員会は、本艇の設計、装備に関してHSDよる正式な評価がなされているのか、その根本のことについては何も承知していない。運航会社も、同じく、最新の安全管理の基本に倣って、安全運航のための組織作りには努力した。しかしながら、会社の統制は、安全管理体制に求められている基本から、幾つかの点において逸脱があったのである。それは、規定では乗組員に対する訓練や演習がどういう内容であるか確認した上で、乗組員に対して訓練と演習を実施に移すとする点を怠ったという点で、特に、眼につくのである。そして、制限速力についてと、情報交換手段について、更に、操舵室内での共同作業(BRMの概念)について、確実に習得できるような訓練と演習を行う必要があった。当委員会では、運航会社の管理部門職員や指導員による安全管理体制で、より積極的な監視や巡回が行われていれば、より適格な安全環境の形成に役立ったであろう、と考える。
・退船用機器類の開発者、供給者そして製作者としての広範な役割を担うセランチック工業ASが、現行規則に従って救命筏の設置具合やその離脱装置を点検したのは当然のことである。
・オースタル シップスPty.Ltd.は、承認された設計図及びHSC規則に従って、本艇を製造した。しかし、緊急時用の中継発電機については、規則の要求するのと異なった場所に設置したのである。当委員会は、造船所が緊急時用の中継発電機が規則あるいは承認された設計図に合致して設置されたか確認すべきであったと考える。
・海運当局は、水圧力による離脱装置がなく、規則に順じていない離脱装置を含め、救命筏の設計図を承認した。本件全体についての調査を基にして、当委員会は、避難設備については承認し兼ねる、と考える。
・運航制限を有義波高1メートルとした、仮航行認可を与えるべきではなかった。そうでなく、荒天時における避難設備についての試験が実施されるまで、海運当局は認可を待つべきであった。
・当委員会は、海運当局に対し、その行政処理に関わる理解度について、幾つかの疑念を表明する。この理解度不足が、認可事案の対処で失策を招くことになると考える。
・緊急時用の中継発電機が誤った個所へ設置されたことを、デット ノルスク ベリタスによる検査では発見することができなかった。MSス号の姉妹艇MSドロゥプナー号での調査を基にすると、DNVは、暴露甲板と主甲板との間の縦通材の小さな開口部を検査したと考えられる。そして、その縦通材の開口部は、水密性を失ったまま放置された。MSス号が乗り揚げた後の、拡大した損傷部からは、この欠陥が存在したのかどうか判断できない。これとは別に、当委員会は、建造中におけるDNVの行為が、特記すべき何らかの原因に関与したことを見つけ出せなかった。
・電気設備設置後の製造検査と電気機器の安全検査で、当局は、緊急時用の中継発電機が誤った個所に設置されていることに、不満をもつに至らなかった。これとは別に、当委員会は、認可作業実施中の当局の行為が、特記すべき何らかの原因に関与したとすることはできない。
・当委員会は、事実と原因の裁定が、多量で複雑な集積情報を基本にして行われた、と記載した。この裁定に当たっては、関係する総ての事象を裁定材料にする必要がある。見つけ出された幾つかの失敗や欠陥は、本件海難に重要な関わりがあったし、重要な関わりがあった可能性がある。そして失敗や欠陥以外の他の事象は、本件海難と関係がないと考えられる。しかし、他の事象でも別の条件下であれば、原因となる結果を招くかも知れない。







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