第1部
熟慮したい海洋の重要課題
第1章 21世紀におけるわが国の海洋政策
第1節 わが国に海洋政策が何故必要か
わが国は, 四方を海に囲まれて, 海の恩恵をその存立の基盤として発展してきた。北半球の中緯度海域にアジア大陸から程よい距離を保って位置するこの列島は, 農耕に適した温暖で四季の変化に富んだ気候と, 南方海域から列島の両側を北上する黒潮と北方から南下する親潮のもたらす豊富な水産資源に恵まれて, それらを上手に活用して生活・文化を築いてきた。森・川・海が近接した地勢の中で, 34,822kmにもおよぶ長い入り組んだ海岸線の津々浦々にはその地方の特色を生かした漁業を行う漁村が発展して世界でも有数の魚食・漁労文化を育んできた。
また, わが国は, 四方を囲む海を通じて諸外国と交易を行うとともに, 海とそれに流入する大小5,000を超える水系をつなぐ水運のネットワークを貨物・旅客の輸送に巧みに利用して社会を発展させてきた。20世紀後半には, わが国は, 長い海岸線の要所々々に臨海工業地帯を開き, 日本海運の強化・発展を図り, 大量・安価な海上輸送の特色を利して原材料輸入・製品輸出をする貿易立国に努めた結果, 経済のグローバル化の進展の波に乗って世界でも有数の経済大国となった。
さらに, アジア大陸と日本列島の間を隔てる東シナ海, 日本海, さらに南方及び 東方に広がる太平洋などの海は, 戦時に際して防壁としての役割を果たしただけでなく, 平時においても自然の国境を形成し, 一体性の高い国としてのまとまりと世界でも特色のある日本文化を築いてきた。
図1-1-1 富山県が作成した南北を逆にした日本地図
一方, 近年になると海とわが国社会との関係には大きな変化が起こり, 様々な問題が顕在化してきた。特に沿岸域の問題は深刻である。沿岸人口増加や経済活動に起因する生活・産業廃水, 農薬などによる海洋汚染, 埋立てなど自然形状の改変による生息地の破壊や人々の海離れ, 海岸に流入・漂着する大量の人工・自然のゴミ, 水産資源の減少, 沿岸漁村の衰退, 土砂供給の減少による海岸侵食など様々な問題が進行しており, 沿岸域の管理に総合的, 計画的対応が求められている。( 第3章・ 第4章参照)
黒潮
日本列島の近海を流れる暖流。幅は100km, 流速は5m/秒にも及ぶ。フィリピンの辺りから, 台湾の東側, 南西諸島の西側, 日本列島の太平洋側を流れて, 房総沖から沿岸を離れて太平洋の中央部に向かう。紀伊半島から房総沖にかけての区間では数週間から数ケ月の単位で流路が変化することが知られている。また, 一部は, 対馬海流となって日本海を北上し津軽海峡や北海道沿岸にいたる。日本海流。黒瀬川。
親潮
ベーリング海から, カムチャッカ東岸, 千島列島に沿って南下し, 三陸沖から房総沖まで達する寒流。千島海流。
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