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17. 家族が真実告知を拒否する状況下での患者・家族の「死の受容」へ向けての看護の役割
―真実告知を拒否した遺族インタビューをおこなって―
 
鳥取大学 医学部保健学科成人・老人看護学講座・助手 谷村千華
 
I 研究の目的・方法
目的
 がん告知の是非については他にも多くの報告がある。そのほとんどが医療従事者や健常者を対象にした調査によるものである。患者を対象にして、告知の成果を得た報告もある27。一方、看護領域には、患者の終末期をみる家族の悲嘆に対応することを視野に入れた家族看護810や告知ができなかった事例の報告がみられる1113。米国の告知のあり方と比較した報告では、日本では進行がんの告知は患者本人よりも家族の意思が判断基準となりやすいことが示唆されている1416
 多くの報告が語るのは、終末期がん看護において告知という事態に直面する患者・家族について検討したものは少なく、告知のあり方についてまだ議論の余地があるということである。臨床の場では、医療者側は告知に向け説得を試みても、家族は強く拒否をするということが多々ある。その状況下では、患者が病状や死を察知していく過程や、家族における死の受容過程も明らかではない。そこで本報告では、告知を拒否した家族における患者の死にゆくプロセスを共有した体験を、質的アプローチを用いて解析することを試みた。
方法
1. 質的アプローチによるデザイン
 自然科学の分野で用いられる量的アプローチで測定できる範疇から取り残されている事象はどのように明らかにするのか、この点に対して社会学や人類学などの領域では、質的アプローチという概念で対応している1721
 質的アプローチでは、明らかにしようとする事象を数量化するという方法をとらない。つまりデータは数値として得られることはない。データは調査者による観察または面接によって得られる現象についての記述である。会話または対話内容、出来事の観察内容を記述したものが生データとなる22)
 医学、医療の領域でも良好な患者−医師関係の樹立、プライマリケア医に必要な患者背景や生活実態の把握などのエリアで質的アプローチが活用されつつある1723。看護領域では健康上の問題に身体的側面からと社会学的側面から注目するような場合など、臨床での複雑な関係性のなかで生じる事象や家族も含んだケア内容のあり方などを説明するための手段として、1970年代から質的アプローチが用いられるようになった182024
2. 対象者
 死別などによる悲嘆は6ヵ月から1年続き、この期間内に傷が癒され、社会的機能に復帰できるとされている25)、本研究の対象者は、多大なストレス状態である死別直後ではなく、患者の死後1年以上を経て、当時のことを冷静に振り返ることができると判断される終末期がん患者遺族とした。今回は2家族の面接同意を得ることができた。
II 研究の内容・実施経過
調査方法
 施設の病棟責任者に許可を得て、遺族に調査協力を依頼した。面接場所は、対象者との対話による回答が騒音、緊張などで妨害されない場所、対象者の好む場所などを考慮にいれた。また長時間の面接は疲労による回答の怠慢を産み易いので、1回の面接時間は2時間以内に制限することでデータの信頼性の確保に努めた。面接は、告知を拒否する家族の心理、告知を拒否した家族はどのように患者の死にゆくプロセス体験するのかなどを中心に、終末期がん患者の家族の体験に関する文献に基づいて吟味した質間項目を面接ガイドとする半構造化面接法を行った(表1)。このガイドは主に面接導入のために用い、対象者が自由に語ることが良質のデータを産むという立場から、調査者が面接中の流れをさえぎって、次の質問に移るというやり方は極力避けた。面接内容は許可を得てテープレコーダーに録音し逐語録に起こした。
分析方法
 面接結果をもとに質的アプローチの手順に基づいて分析を行った。生データは、コード化し、類似するものの集合体に吸収した。これが1つのサブカテゴリーを構成する。サブカテゴリーは明らかにしようとする事象を説明する、“見いだされた概念”として処理した。このサブカテゴリーとしての概念は、類似するサブカテゴリーの集合体を構成し、さらに上位のカテゴリーを形成した。上位のカテゴリーの形成は抽象度を増した上位の概念が創りだされたことを示す。このアプローチの特徴は観察や記述内容に主観的要素がかかわるという点である(図1)。記述は解釈を基盤にするため、解釈内容の妥当性、解釈方法の信頼性を説明する必要がある22)。研究に入る前に、質的アプローチの経験のある者と面接・分析の訓練を行い、調査者自身の分析・解釈力を高める努力をし、質的研究の経験のある研究指導者とともに結果の妥当性について何度も会議を開き、話し合った。
III 研究の成果
 告知を拒否した家族が患者の死にゆくプロセスを共に歩んだ体験について、表2に示す家族から得たデータの分析より、177のコード、27のサブカテゴリー、7のカテゴリーが抽出された。今回明らかになった家族の体験として、それぞれのカテゴリーとそれを構成しているサブカゴリーは表3の通りである。
 
表3. 告知を拒否した家族が患者の死にゆくプロセスを共に歩んだ体験
カテゴリー1【告知は患者に悪影誓を及ぼすという思いに基づく告知拒否の決断】
<告知は患者を苦しませるという家族の一貫した思いによる告知拒否の決断>
<患者の生への希望を支えたいという家族の一貫した思いによる告知拒否の決断>
カテゴリー2【告知をしなかったことにより揺れ動く心情】
<患者が病気に対する真実を察知していたか察知していないかという家族の心の揺らぎ>
<告知を拒否しながらも告知の必要性を理解する家族の考え>
<告知をしないことが患者にとって好結果をもたらしたと判断する家族の思い>
<患者の死にゆくプロセスを共有しても患者の真の思いはつかめないという家族の思い>
カテゴリー3【医療者の言動・行為により揺れ動く心情】
<患者を失うという現実を突きつけられたことにより家族がうけた衝撃>
<患者の死の宣告に対してセカンドオピニオンに奔走する家族の行動>
<がんとの戦いに家族と医療者が立場を越えた協同関係を結び、臨んだという家族の思い>
<患者の死にゆくプロセスにおいて納得できないことを納得する試みとしての「自分への言い聞かせ」>
カテゴリー4【医療機関の対応における不満と要望】
<多忙な看護師に近づきがたく、気兼ねなくケアを要望できない家族の思い>
<定期的に通院していたにもかかわらず病気発見がおくれたことに対する医療機関への非難>
<患者の苦痛に対する医療者の不適切な対応への不満>
<医療者間連携の密な対応を望む家族の思い>
<在宅ケア導入には地域医療との連携が必要であるという家族の思い>
カテゴリー5【患者の末期の過ごし方に責任を持ち、全身全霊のケアに努める行動】
<自分なりに最期の時を過ごしている患者を見守る家族の行動>
<在宅ケアで患者を支えた家族の「出来る限りのことをしよう」という協調姿勢>
<終末期がん看護における死を迎える場のあり方として患者の生活空間である家庭の要素を大切にしたいと考える家族の思い>
<患者をたたえ、愛しむ家族の態度>
カテゴリー6【患者の死にゆくプロセスで出来る限りのことをしたという達成感】
<患者のケアに全身全霊を注ぐことにより生じる家族の達成感>
<患者の死にゆくプロセスに関わった大勢の人に対する感謝の気持ち>
<患者の死にゆくプロセスで受けた医療者からの支援に対する家族の感謝の気持ち>
<献身的ケアにより臨終時には冷静であったという家族の思い>
カテゴリー7【思い返して患者を偲ぶ現在の心情】
<生前の患者に思いをはせることにより癒される家族の悲嘆>
<家族メンバーを一人失ったことへの家族の寂しい思い>
<患者の死に至るプロセスに心残りを感じる家族の後悔>
【 】はカテゴリー・<>はサブカテゴリーを表す
 
 また、これらの結果から次のことが考察され研究の成果となりました。
 家族の体験は時間の経過にそって図2のごとく考察された。家族の体験は4段階によって明らかにできる。第1段階は『家族の告知拒否の決断の段階』である。医療者の病状説明による衝撃と同時に、家族は患者に希望を持たせ、苦しませたくないという思いから、告知を拒否する決断をした。この家族の決断は、より良い余命を過ごしてもらいたいという家族の思いやりと、助からない病気という衝撃に患者は耐えることができないという家族の思い込みが関与している。
 第2段階では、家族の『悲哀の過程や患者のケア要員として行動する段階』である。この第2段階は、さらに4つの局面に考察された。
 第1の局面は<告知をしなかったことにより揺れ動く心情>である。患者が終末期にあると知ったとき、家族員は激しい心理的苦痛を体験し、特に告知を望まない家族員にとっては病名を隠し通すエネルギーにより過重なストレスが加わる11)。本研究対象者でも、患者が真実を知ってしまうのではないかという警戒や患者の真の思いはつかめないという思いなど、心の揺れ動きが生じていた。
 第2の局面では<患者の末期の過ごし方に責任を持ち、全身全霊のケアに努める行動>を見いだした。終末期ケアを複雑にする要因として患者家族員の不一致が指摘されている26)。さらに告知をする時の条件のひとつとして、家族側の協力体制が不可欠とされる7)。家族員が一致して患者のケア要員として全身全霊のケアを行ったことは、「ずっと患者が笑顔でいて満足だったと思う」等という満足につながっていた。
 第3の局面は<医療者の言動・行為により揺れ動く心情>である。医療者を信頼し、協同関係を結んだと感じた一方で、家族は病状説明で患者を失うという衝撃を受け、現実を否認するなどの心の揺れ動きを見せた。
 第4の局面は<医療機関の対応における不満と要望>である。家族の相談なしで転院先を決められたという認知、時に患者の苦痛増強因子にもなりうる医療者から患者を守ろうとする家族の心情や在宅医療における連携への要望がかかわっていた。
 第3段階では『全身全霊の患者ケアによる達成感の段階』が見られた。出来る限りの看病は、患者の死後、限りを尽くして病者とともに苦悩を体験したという事実が想起できることで悲嘆プロセスによい影響をもたらす25)。今回の家族の体験も、家族員の団結で、困難・悲しみ・喜びを共有しつつ家族で決定したことをやり通すことができたという達成感に支えられていた。
 第4段階は『思い返して患者を偲ぶ現在の段階』である。悲嘆から回復した遺族の特徴として「死者を懐かしむようになる」とされている24)。生前の患者に思いをはせることや家族員を一人失ったことの家族の寂しさ、心残りの思いなど患者を懐かしみながら悲嘆を乗り越えた家族の心情があった。
2, 終末期がん看護におけるケアの質向上への示唆
 家族はがんとの戦いに向けて、医療者と共に歩み始めたと認知し、医療者に対する感謝など肯定的な感情を示す一方で、看護師の忙しさに対する気兼ね、期待していた対応と実際とのズレから起こる怒りや不当感などの否定的な感情が生じていた。
 「良い看護」には、患者が看護師を信頼できるという要素が含まれる29)。岡谷は信頼を構成する要素として<一貫性><尊重>などを挙げているが30)、今回の家族は、医療者間の言動や行動に一貫性がなかったことや、患者や家族の自己決定権が尊重されないという認識のために医療者に否定的感情を抱いていたようである。
 質の高い終末期看護とは、看護師が、継続的・積極的に患者・家族・医師間でコーディネーター役割をとり、患者・家族の権利を尊重する一貫したケアを提供することである。そして、家族が効果的な患者のケア要員として機能するように、また、家族の悲哀の過程が円滑に行うことを考慮したうえで、看護師は今後もさらなる努力を続けなければならない。
 
図2. 家族の体験







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