13. 告知問題の射程と文化的背景
How to break a bad news to Japanese patient?
京都大学大学院 医学研究科社会健康医学系専攻・博士課程 前田祐子
笹川医学医療研究財団 研究報告書
平成14年度ホスピスケアに関する研究助成
共同研究者
萩原明人(九州大学大学院医学研究院 助教授)
須藤信行(九州大学大学院医学研究院 助教授)
I 研究目的・方法
目的
病名告知を受けなかった末期ガン患者、入院直後から死の受容に至るまでの心理的過程を明らかにする。
方法
患者への面接方法は具体的な質問項目を定めない非構造化面接で、調査者は患者の話す内容を患者の意のむくままに聞き取り調査をするというunobtrusive interview という手法を用いた。すべての患者に対して、一対一で、一回1時間から1時間半に及ぶ面接を行い、少なくとも1人の患者に対して、15回は面接を行い、患者の心理状態を詳細につかめるようにした。面接の過程のすべては、テープレコーダによって音声が記録された。患者には記録することの了解を得た。患者は告知をされていないことから、本調査の趣旨を明確に伝えることができなかったため、『患者が病院に入ったことで、どのような心理的状態になるか、研究しているのです。』とだけ伝えた。最初の1〜2ヶ月は患者と調査者の間にラポールを築くため、患者から話したい、何かを調査者に訴えたいといわれるまで、調査者は調査を開始しなかった。面接に先立って,院内倫理委員会において研究の概要と方法に関する検討がなされ、了承された。
II 研究内容・実施経過
今回の分析の対象者は、調査期間中にある一医療期間の外科に入院した末期がん患者男性全員である87名に面接調査を行った。
調査結果の分析にあたっては、グランデッドセオリーの技法を用いた。グラウンデッドセオリーはある現象に関して、データに根ざして帰納的に引き出された理論を構築するための体系化した一連の手順を用いる質的研究の一方法論であるとされている。このセオリーの方法の目的は研究の対象となるその現場に対して、正確で、その現状を照らしだす理論を構築することである。そのため本研究の目的である、告知されていない末期がん患者がどのような心理プロセスを経て死の受容を行うかという研究において適切な研究方法であると考える。
分析にはこのセオリーの核心部分である『コード化』とよばれるものを行い、データを分割・概念化し、新しい見地から再統合する操作をする。
III 研究成果(調査結果)
今回の分析対象は、調査期間中にある医療期間の外科に入院した末期肝がん患者、男性87名中、最期まで自分の病名を知ることなく亡くなった3名、そして途中で家族もしくは医師から患者自身が直接情報を知ってしまった25名を除く、計59名の男性患者とした。患者本人は医師からも家族からも病名告知を受けていない末期がん患者で、平均年齢は59歳(54−66歳)であった。( Figure1)
今回の研究において、非告知の末期がん患者59名に対して行ったインタビュー調査の結果、死の受容へのプロセスは5つの段階を経ることがわかった。
ステージI 不安
1−1. 不安(日常生活への制限)
入院直後、患者はまだそれほど身体の異常を感じておらず、自らの病状への不安というよりも、むしろ入院によって生じる日常生活の様々な制限に対する不安や窮屈感を会話に出す。
1−2. 不安(経済的負担)
入院からほぼ一週間目、大部分の検査が終了した後、入院・検査にかかるだろう経済的負担への不安を訴えはじめる。
1−3. 不安(身体的障害)
入院から10日目頃、検査結果から末期肝がんであることが明らかになる。ここでは家族には告知を含めた詳細な情報が提供される一方で、患者への告知は行われず、継続検査の必要性が説明されるなどの曖昧な説明にとどまる。
1−4. 不安(ヘルスコミュニケーションの問題点)
入院から2週目以降、この段階では、前段階で家族とのコミュニケーションから満足のいく情報は得られなかったため、医師と直接コミュニケーションをはかろうとする。しかし、医師の説明から理解される症状の程度に比べて、現実の自分自身の症状はより重く感じられることから、医師の説明と現実とのギャップを感じ、医師の説明に納得できず、苛立ちを感じる。
1−5. 不安(身はなされる不安)
入院から2〜3週目家族が見舞いにくる回数が減る。患者は家族とのコミュニケーションが少なくなったことから、家族が自分を避けているのではないかとの不安を口にし、痛みに耐える際の家族からの支えを求める。この段階で、患者家族間のコミュニケーションは、もっと身近な介護者(妻など)ほぼ一名を除いて、一時的な休止状態となる。
1−6. 重病になったということを知られることへの不安
入院から3週目のこの時期、自分が病気であることをまだ知らない会社や子供のことが気になり始める。会社の仕事や家族の中で果たすべき自分の役割、およびその重要性を訴え、自分が社会復帰することは社会から必要とされていることを主張する。そして社会復帰を可能にするために、自分が病気であることを会社や子供に知られたくないと不安を感じる。
1−7. 不安(入院の長期化)
入院から3〜4週目、長期間の入院になるということを聞かされて患者自身はあせりを感じる。入院の長期化によって家族への負担がさらに増え、家族に対する自分の責任を痛感し、自分と家族とのつながりを深く感じる段階である。
1st Gate 怒り
不安と迷いの第一ステージを経たとき、患者は怒りという第一ゲートに到達する。それは自分の病気に対する不安に、家族や医療従事者の誰も明確に答えてくれないことからくる怒りである。このとき、患者は自分の身体への不安と、家族・医療従事者の情報提供のありかたに対する感情を怒りとして表す。
ゲートは、その前のステージにおける患者の心理状況の帰結点であり、次の心理ステージへとつながる結節点でもある。そこは、前のステージにおける心理状況の多様な表現が、ある一つの明確な感情または行為として表れ、収束するポイントである。本研究では、患者が一つの段階から次の段階に進む前に必ず通過する、感情または行為を直接的に表現するポイントをゲートと定義する。
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