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4.調査研究の概要
 救命胴衣の水中性能を評価するダミーの製作にあたり、寸法及び形状を人体と類似のものにするだけではなく、各部の容積及び質量も人体と同様にする必要がある。また、主要部の関節は、人体と同様の範囲で可動させる必要があると考えた。
 幼児(1歳から6歳程度)に関する主要な人体計測値は、文献により入手可能であるが、容積、重心等の詳細な計測値は文献では見あたらないため、今回、それらを測定するため、幼児の人体計測を計画した。
 ダミーにより浮遊性能を評価するためには、本来、人体被験者による浮遊状況との比較が必要であるが、幼児被験者を用いた完全な浮遊試験は困難である。ここでは可能な範囲で幼児被験者による浮遊試験を計画し、本来の浮遊状況を推定することとした。この場合、性能の異なる幾つかの試験用救命胴衣を製作し、被験者による結果とダミーによる結果に同様の傾向が現れるかどうかにより、ダミーによる性能評価方法を検討することとした。調査研究のフローを図1に示す。
 
図1 調査研究のフロー
 
5.文献調査
 調査した文献を表1に示す。この中で、工業技術院のデータ(文献1)は、やや測定年次は古いが、比較的多項目にわたるデータが記載され、また、被験者は、全国各地からサンプリングされている。最近の測定値では厚生労働省による乳幼児身体発育調査からの身長、体重等のデータ(文献2)が利用できる。身長、体重についてそれらのデータ比較を行った所(図2参照)、測定年次による大きな差異はないと判断されるため、工業技術院のデータを基本数値に使用した。これ以外に、最近は3次元の人体形状測定(文献3)が行われており、断面形状の参考として男子7歳児のデータを利用した。
6.人体計測
6.1 測定方法
6.1.1 保育園における測定
 平成14年7月、保育園の協力を得て、約1歳から6歳まで合計115名の人体測定を実施した。下着のみを着用した被験者を5cm角の格子目盛りを表示した背景板の前に立たせ、立位における正面及び右側面、また座位における肘を曲げた状態で右側面から写真撮影を行い、人体形状及び手足関節の回転中心に関するデータを得た。さらに体重・重心測定装置を用い、被験者の体重及び重心高さを測定した。測定方法等を表2に示す。
 
6.1.2 製品安全評価センターにおける測定
 平成14年8月、3歳から6歳の乳幼児計16名について、製品安全評価センターにおいて人体計測を行った。
 保育園における測定と同様な写真撮影及び体重・重心測定に加え、人体各部の容積を測定するため水中重量を測定した。水中重量測定装置のかごに乗せた被験者(水着のみ着用)を水槽に沈めた時の重量を測定し、かごの重量を補正することでくるぶし、膝、股下、臍、脇下、肩及びあごまでの容積を計測した。測定方法等を表3に示す。
 
6.2 測定結果
6.2.1 身長・体重について
 保育園における測定被験者のリストを表4及び表5に示す。また製品安全評価センターにおける被験者のリストを表6に示す。今回測定された被験者の身長及び体重の分布について、厚生労働省の2000年における乳幼児発育調査のデータと比較すると、図3及び図4に示されるように3パーセンタイルから97パーセンタイルをカバーする幅広いデータが採取されたことが示されている。
 
6.2.2 身長に対する重心高さ比率について
 乳幼児は成人に比べて頭部の比率が大きく、全身の重心位置も異なると考えられる。今回測定された重心高さは、臥位における足底からの高さであるが、測定時にほとんどの場合、かかとが基準板に正しく接触せずに、1cm程度離れていた状況が観察された。
 ずれた分だけ測定値に誤差が含まれていると判断し1cmの補正を行った。
 また、身長については、一般的に立位と臥位とで異なると言われおり、文献1によれば1歳から3歳に対する立位身長及び臥位身長の差は8mm〜15mm程度臥位のほうが大きくなっている。ここではそれらの差を1cmと仮定し、身長に対する重心比率算出にあたり、立位写真より読みとった身長に1cmを加えることにより臥位の身長とした。
 推定された臥位身長に対する重心高さの比率を表4〜6に示す。また、年齢に対する重心比率を図5に示す。これによると1歳から6歳の範囲では年齢に応じた比率の変化は見られず、平均で約57%である。
 文献4によれば成人の重心高さ(臥位)は男性で56.0%、女性で55.3%といわれており、乳幼児の重心高さは成人と比べ、わずかに高い程度と推定される。
 
6.2.3 各部の容積、各部の長さ等について
 各部位まで水中に浸漬した時の重量から推定した各部の容積を表7に示す。また、これら被験者の中から、3.5歳ダミーに近い体型を持つ被験者5名を選定し、各部の容積比率について5名の平均値を算出し、ダミーの目標容積比率とした。
 この場合、頭部の容積については計測ができなかったため、各被験者の各部の比重を1と仮定した場合の全身容積から、あごまでの容積を引いたものを頭部容積とした。
 手足の長さ、各関節の高さについても同様に、身長に対する比率について5名の平均値を算出し目標値とした。容積、手足の長さ及び関節部の高さ等を表8に示す。
 
7.幼児ダミーの設計
7.1 基本構造
 他の用途に使用されている類似のダミーや、外国におけるダミーの構造を参考にし、幼児ダミーは、頭部、胴体部、左右上腕部、左右前腕部、左右大腿部、左右下腿部(足部と一体)の10分割とし、各部分は関節(9個)で接合されるものとした。また、各関節の可動域は成人の可動域(文献5)を参考とした。
 身体の材質は、各部の質量調整を可能にするためFRP の中空構造とし、内部に質量調整用の空間を設けること、またできるだけ各部の比重を人体に近づけるため、関節部は金属製ではなく、プラスチック製を検討した。その他、水中で使用されるため、それに適した材質を使用することとした。
 
7.2 各部の形状、容積及び質量等
 今回作製するダミーは3〜4歳の幼児に対応するものとし、工業技術院のデータから3歳6ヶ月の男子の平均身長(95.9cm)及び平均体重(14.6kg)を基本数値とした。
 各部の容積及び長さ等は、今回得られた人体計測値から、基本数値に近いグループのデータを選び、それらの平均値をもととした。(表8参照)
 詳細な形状については、基本数値に近い男子の写真測定値より高さ5cm毎に幅及び奥行き寸法を読みとり、各部分毎に容積計算を行い、容積目標値に近くなるよう形状を修正して設計した。目標とした幼児ダミー各部の断面寸法を表9に示す。
 各部の質量については、頭部の比重を1よりやや大きく、胸部の比重は1よりやや小さく、その他手足の比重を1前後とすることで全身の比重が約1.0となるよう、ある程度各部質量を調整可能な構造としておき、最終的に浮遊試験の状況をみて決定することとした。
 
7.3 基本仕様
 基本仕様を表10に示す。各設計数値は、工業技術院データ(文献1)及び今回得られた実測値を基本参考値とした。重心高さは1歳から6歳の身長に対する平均比率57%程度を目標とした。設計手順概要を図6に示す。
 
7.4 幼児ダミーの製作及び調整
 基本仕様に基づいて作成された幼児ダミーを図7に示す。各部の質量バランスについては予備的な幼児ダミーの浮遊試験を実施して幼児の浮遊状態に近いバランスに調整した。その結果、頭部比重を1.05、胴体部比重を0.95、その他の部分を1.0、全身の比重0.98とした。手足については、関節部構造及び質量調整機構の組み込みに伴い初期の計画質量以内に仕上げることが困難となり、原型では比重が1を超える状態であった。そのため、外周に発泡プラスチックのシートを貼り付けることにより比重を1に合わせた。質量及び容積調整後の各部の数値を表11に示す。
 表11より容積実測値を設計値と比較すると、腕部が設計値より大きく、頭部及び足部が小さい結果となるが、各部分に対する設計計算時の分割線と実際のダミー関節部の分割状況が必ずしも一致していないため、正確な比較ではない。全身を頭部、胴体部(腕を含む)及び足部の3分割に大きく分けた時の容積比率で見ると、設計比率とほぼ同様であることがわかる。全体の容積は設計値の97.6%とやや少なく、また体重も14.0kgと設計値(14.6kg)の96%であった。
 身長は設計値に等しく96cmであり、各部の質量調整後の全身重心高さは55.3cm、身長に対する比率は57.6%とほぼ目標に近い数値が得られた。
 
8.水中性能試験
8.1 幼児被験者による水中性能試験
8.1.1 予備試験
 幼児被験者を用いた水槽試験がどの程度可能かどうかを把握するため、水中重量測定に参加した被験者(身長、体重等を表6に示す)について、予備的な浮遊試験を行った。試験に使用した救命胴衣は海外で販売されている幼児用救命胴衣大、中及び小の3種類である。結果を表12に示す。
 被験者の内何人かは、保護者または測定者にしがみついた状態ではあったが、浮遊姿勢の測定及び復正状況の把握がある程度まで可能であることがわかった。
 
8.1.2 水中性能試験
 被験者は、幼児ダミーに体格が近い女子幼児4名及び男子幼児2名の計6名とし、救命胴衣メーカー4社が各1種類製造した幼児用救命胴衣4種類について、飛び込み試験、復正試験及び浮遊姿勢の測定を行った。参加した被験者の体格等を表6'に、また浮遊試験の結果を表13に示す。
 試験に使用した各救命胴衣の概要は以下の通りである。
 A型:
浮き輪型で従来のチョッキ型と大きく異なる形状
 B型:
復正力を持たせるために胸部の浮力材を厚くすると共に、浮力材の厚さを左右でアンバランスにしたもの。
 C型:
通常の小型船舶用救命胴衣と同様の構造で復正性能は持たないもの。
 D型:
通常のチョッキ型構造であるが、復正力を持たせるため、胸部浮力材の厚さを左右でアンバランスにしたもの。
 各救命胴衣の概要図及び写真を添付資料に示す。
 
8.1.2.1 飛び込み試験
 飛び込みが可能であった被験者は6名中2名であり、飛び込み高さは0.7m(プールの縁から)であった。
 飛び込み後の救命胴衣のずれや、損傷は認められなかった。
 
8.1.2.2 復正試験
 浮き輪型の救命胴衣Aについては、被験者が両手で浮き輪をつかんでいる限り、前傾時及び後傾時共に安定して浮遊した。それ以外の救命胴衣B、C及びDについては、被験者の身体を水平の俯き姿勢にして、軽く前に押し離すことで復正状況を観察した。
 但し、6名中、2名は試験を辞退、2名は自分で身体を動かして復正してしまうため復正状況が判断できず、本来の状況が観察されたのは2名であった。救命胴衣B及びDは2名共復正、救命胴衣Cは2名中1名が復正した。
 
8.1.2.3 浮遊姿勢
 水面から口元までの高さ、水平からの顔面角度及び垂直からの胴体角度を測定した。救命胴衣A については前傾及び後傾のどちらでも安定していたため、各々の状態で測定した。被験者の内、数人は耳の穴に水が入ることを好まず、手でふさぐ状況や首を上げてしまう状況がみられたため、顔面の位置は必ずしもリラックスしている状況ではないと判断される。
 
8.2 幼児ダミーによる浮遊試験、飛び込み試験
 ISO 12402 Part9 (試験方法、2002年原案)に規定された幼児ダミーを用いた救命胴衣の性能試験方法に準じて、被験者による水中性能試験に使用したものと同じ救命胴衣4種類について実施した。
 
8.2.1 飛び込み試験及び浮遊姿勢の測定
 水面上約700mm(ISO原案では500mm)の位置に救命胴衣を着用した幼児ダミーを座らせ、肩部を押すことにより前方から水中に落下させる試験を3回繰り返して実施した。各落下に際して口が水中に留まっている時間を測定し、その後、水面からの口元高さ、垂直からの胴体角度及び水平からの顔面角度を測定した。なお、顔面や手足が通常の姿勢からずれた場合は、そのままの状態及び通常姿勢に直した場合の両方について測定した。
 次に水面上1000mm及び3000mmから救命胴衣を着用した幼児ダミーを水面に落下させる試験を実施した。この場合、ダミーは胴体をやや前方に曲げた姿勢とし、上記と同様の測定を行った。但し、3000mmからの飛び込み時には、口が水中に留まっている時間のみを測定した。それらの結果を表14及び表15に示す。
 プール縁(水面上700mm)からの落下試験は、いずれの場合も頭部から先に水中に落ちる状態になり、その状態における復正状況が観察された。浮き輪型の救命胴衣Aの場合、復正力を持たず、下向き姿勢で安定した。チョッキ型の場合は、ほとんど復正したが、C及びDは各3回中に1回、横向き又は下向きになり復正しない状況も見られた。
 
8.2.2 復正試験
 救命胴衣を着用した幼児ダミーを水中に浮かべ、下向きの姿勢にして、前方に軽く押し出した後、口元が水面から離れるまでの時間を測定。また、幼児ダミーを下向きの姿勢から、そのまま手を離す場合について同様の測定を行った。幼児ダミーの関節は、ある程度自由に動く場合と、首部も含めて直立状態に近い姿勢に固定した場合の両方について試験を実施した。結果を表16に示す。
 表より救命胴衣A及びCは復正の可能性が低いこと、B 及びD は復正の可能性が高いことが示されている。また、静止状態からの復正と前進状態からの復正状況に基本的な差がないことが示された。幼児ダミー関節を固定しない場合と固定した場合についてはB及びDで一致した結果が得られていない。
 
9.幼児用救命胴衣の評価方法について
9.1 幼児被験者及び幼児ダミーによる水中性能試験結果の比較
9.1.1 飛び込み試験
 座った状態で700mmの高さから前方に落下させる試験(幼児ダミーのみ実施)の場合、救命胴衣A は身体を下向きにした状態で安定した。また、3,000mmからの飛び込み試験では前傾状態で顔面が水に付いてしまう状態が見られた。意識のある被験者であれば、無意識のうちに浮き輪を掴むため、前傾時でも顔面を水上に位置して浮遊するが、意識がないと仮定すれば幼児ダミーのような危険な浮遊状態に陥る可能性もあると考える。
 幼児ダミーによる試験は、被験者が意識して身体をコントロールしない状態又は意識がない状態に相当すると考えられる。
 
9.1.2 浮遊姿勢
 幼児ダミーによる試験の場合、700mmから落下後そのままの姿勢、その後、首や手足を通常の位置にもどした姿勢、1,000mmから飛び込み後そのままの姿勢及び首や手足を通常の位置にもどした姿勢の4回測定した、それらのデータを順番にD1、D2、D3及びD4として表示し、被験者の結果と比較したものを図8(水面から口元までの高さ)及び図9(胴体角度)に示す。図より、それらの結果は人体と幼児ダミーとでほぼ類似であることがわかる。顔面角度については、意識を持った被験者と無意識に相当する幼児ダミーとで異なるようであり、全体に幼児ダミーの方が後方に倒れる傾向を示している。
 
9.1.3 復正性能
 幼児ダミーについては、各関節を固定せず、自由に動く状態にした場合及び各関節を固定した状態の2通りで試験を実施したが、両者でやや異なる結果が得られた。但し、これらの試験で復正を示した救命胴衣B 及びD は、被験者による試験時にも復正する可能性が高いと思われるものであり、その範囲では人体と幼児ダミーとで同様の結果を示したと言える。
 救命胴衣の復正性能は、頭部の動きに大きく影響されると考えられるが、小型船舶用救命胴衣の場合、被験者が必ずしも無意識であることは想定していないことから頭部や手足の動きをある程度制限して考えても良いと思われる。
 
9.2 幼児ダミーによる水中性能評価方法(案)
 ISO/TC188/WG14において現在作業中であるISO 12402 Personal flotation devices (個人用浮遊具)のパート9(試験方法)に幼児用ダミーを用いた場合の水中性能試験方法案が記載されている。今回の幼児ダミーを用いた試験はこの方法に準拠して実施したが、被験者による水中性能試験の結果とほぼ同様の傾向が得られており、性能評価方法として適当であると考えられる。ISO案を元に作成した幼児ダミーを用いる場合の救命胴衣性能評価方法(案)を表17に示す。
 ISO案と異なる部分は、小型船舶を対象とした救命胴衣のため、飛び込み試験の高さを1,000mmまでとし、3,000mmからの試験を削除したこと及び幼児に対する着用試験は保護者が着用させることになるため、幼児ダミーに着用させることで代替えできるものと考えて着用試験を追加したことの2点である。
 また、試験時の幼児ダミー関節の動きについては、固定することを考えた場合、どの位置に固定するのが適当か不明であること、また、再現性に問題があること等から、ある範囲で自由に動く状態を基本として、今後検討する必要がある。
 
10.考察
10.1 幼児ダミー今後の改良方針等
(1)水着の作成及び試験時の着用
 前述のISO案では、試験時に幼児ダミーに伸縮製の水着を着用した上に救命胴衣を着用することと規定されている。今回の試験では使用しなかったが、露出している関節への引っかかり防止や飛び込み試験等における救命胴衣のずれを判断する上で水着を着用させることが望ましいと考える。
 今後の試験に備えて水着を作製した。水着の概要を図10に、また、着用状況を添付資料に示す。
 
(2)首部関節の改良
 救命胴衣の復正性能は、頭部の動きに大きく影響されると考えられ、同時に、再現性のある性能評価のためには動きをある程度制限することが必要であると考えられる。通常、ある程度意識を持った幼児の場合、水上で頭部を横に傾ける傾向は少ないと思われるため、横方向の動きを制限することが適当と考える。但し、救命胴衣の枕部の設計により、頭部の前後方向の傾斜は異なるため、前後方向は可動するものとした。文献5によれば、成人の場合、前方への回転角度が最大40度、後方への回転角度が最大75度とされている。これらの数値を目標として、前後方向のみ回転する首部の関節に変更することとした。
 
(3)その他
 今回製作した幼児ダミーは10分割された各部分のそれぞれに質量調整用のアルミパイプ構造を組み込んだ。頭部及び胴体部については計画どおり質量調整が可能であったが、手足については、外形が小さくまた関節構造を組み込んだため内部空気量が十分に確保できず、質量調整前に既に計画された質量を上回る部分が多く見られた。
 今後、さらに小型の幼児ダミーを製作するにあたり、特に手足部の質量調整機構や関節構造について、より軽量でコンパクトなものを検討していく必要があると考える。







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