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2.  高速船の安全基準
2-1 安全に対する考え方
 
 安全とは日常生活や生産の場において「災いや危険が現に存在しない事」を意味するが、安全には人間、機械、環境が関係しており、それらが次々と生み出す危険要因を0%にする事は困難なので、「人間や物に襲いかかる危険性、有害性から限りなく遠ざかった状態」と定義される。
 航海術や造船技術が進歩した今日にあっても船舶の海難は後を絶たない。 船舶の海難は衝突、座礁、機関故障、火災、爆発、沈没、転覆等多岐にわたっているが、一般船舶の場合はその80%は衝突、乗揚げ、機関故障で占められている。また、これら海難事故の原因は、米国運輸省が発表した1998年の統計によれば、ヒューマン・ファクター75.2%、機械故障16.4%、天候7.4%、その他1.1%となっている。
 第2-1図は1999年ニューヨークで行われた北東高速フェリー会議で元USCG安全評価部門責任者のJim Peacheyが第2-1(a)表に示す総計220の高速船の海難事故を分析して作成した、高速船の将来の事故確率示すF-N曲線である。
 横軸は事故による死者、縦軸は1000隻の高速船が年間でN人、或いはそれ以上の死者を出す事故回数を示している。例えば10人の死者がでる海難事故が1000隻の船で年間0.1回ならば、そのリスクは無視出来ることがF-N曲線から読み取れる。
第2-1図 高速船の事故確率F-N曲線
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第2-1図は、「N人以上」の死者を出す事故が将来発生する頻度を予測したものである。結果は、「F-N」(Frequence-N)曲線として示される。HSC予測と比較するために、RO/ROフェリーの実際の事故のF-N曲線と許容リスクの仮境界を重ねて示した。

 本研究ではカテゴリーI(コンファレンス等で国際的に報告された海難)、カテゴリーII(国家や地方当局に報告された海難)、カテゴリーIII(所属会社のみに報告された海難)の3つに分けて分析が進められているが、カテゴリーIでは衝突の発現確率が圧倒的に高く、カテゴリーIIIではコンタクト(異物との接触但し海底との接触は含まない)が圧倒的に多い。
 Jim Peacheyは結論として第2-1(b)表を示している。第2-1(b)表は事故原因別の高速船1隻の年間海難死者発現確率で、例えば衝突の場合の発現確率は0.065である。逆に言うと13年に1人の死者を出す衝突事故に見舞われる事になる。全体のリスクレベルは0.0772であるが、あくまでも将来のリスクレベルであり現在の全体リスクレベルは0.017なので5倍リスクが増加すると述べている。衝突や接触は時に船内への浸水を伴う事があるが、第2-1(a)表では220件のうち9件と意外と少なく、それもカテゴリーII及びIIIに属するものなので大事故とは考えにくい。
第2−1(a)表 高速船の海難事故
    カテゴリーI カテゴリーII カテゴリーIII
(コンファレンス等で国際的に報告された海難) (国家や地方当局に報告された海難) (所属会社のみに報告された海難)
事故 事故 件数 死亡事故 大破 小破 件数 死亡事故 大破 小破 件数 死亡事故 大破 小破
区分 件数
衝突 104 29 4 51 39 72 9 72 143 3 1 0 0
接触 84 6 0 2 10 48 0 4 7 30 0 0 0
船体損傷 9 0 0 0 0 4 0 0 0 5 0 0 0
火災 16 2 0 0 0 9 0 0 0 5 0 0 0
ニアミス 7 0 0 0 0 6 0 0 0 1 0 0 0
合計 220 37 4 53 49 139 9 76 150 44 1 0 0
注)死亡事故、大破及び小破は、該当のあった件数であり、計上できないものや、重複して計上されているものもある。
第2-1(b)表 高速船の年間死者発現確率
衝突 0.065
船体損傷 0.0060
火災 0.0039
接触 0.0024
合計(全てのリスク) 0.077
 
 衝突、座礁、接触といった海難は、船長や航海士が船橋当直業務に精通し職務を怠らなければ、殆どが未然に防止出来るのに反し、火災は乗組員以外の原因によっても発生することがあり、原因も多岐にわたり、船乗りの間で最も恐れられている海難である。
 船舶火災は陸上の工場火災(機関室)、住宅火災(居住区)、倉庫火災(倉庫)の3つの特質を同時に持ち、火災そのものが複雑であり、また消火時は原則として他からの消火活動の援助が得られず、乗組員による消火が中心となる。
 米国の海難事故で世界中を騒がせたのは1989年3月24日のエクソン・バルデイーズ号のアラスカでの油流出事故である。この事故では8つのタンクが破れ、悪天候と強風のため原油の浮いた水面は1晩で60kmも移動し、これらの原油が海岸に押し寄せて大量の魚や海鳥が死亡した。この事故によりアラスカの海岸数千kmが汚染され、流出事故の除去費用は18億5,000万ドルに達した。この事故原因はNTSBにより調査され、1990年7月31日事故調査報告書が発表された。
 NTSBは、エクソン・バルデイーズ号の座礁に至る原因を、次の通りほとんどヒューマン・ファクターと結論した。
◆ 3等航海士が疲労と過重な仕事量のために進路を変更するのが遅れ、事故の引き金となった。
◆ 船長がアルコール障害のため適正な航海当直体制を指示しなかった。
◆ エクソン社がしっかりした船長と休養充分かつ適正数の乗組員を配乗させなかった。
◆ VTSが適切さを欠いた装備と人員不足、適正な訓練の欠如、管理監督の欠陥のために有効に機能しなかった。
一般にNTSBの事故調査の手法は下記4つのステップから成り立っている。
◆ 事故に重大な係わり合いのあった全ての事柄を時系列的に洗い出し連鎖を明らかにする。
◆ この事柄が4つのM即ちMan(人的要因)、Machine(機械設計の欠陥、故障)、Media(作業情報、方法、環境要因)、Management(管理上の要因)のどれに該当するかを検討する。
◆ 事故を構成した諸要因のうち最も主要なものを絞る。
◆ 誰が、何を、いつまで(即時又は長期的に)実施するかを勧告として明記する。
 
 Manの要因は更に心理的、生理的、職場的要因に、機械(Machine)の要因は設計上の欠陥、危険防護の不良、人間工学的配慮の不足、標準化不足、点検整備不足に、Mediaは作業情報不適切、作業動作の欠陥、作業方法不適切、作業空間不良、作業環境等に、Managementは管理組織の欠陥、規定・マニュアルの不備、教育・訓練不足、部下に対する監督・指導不足、適正配置不足、健康管理不足等に細分される。
 高速船の基準と関連して、機器やシステムの信頼性の確率論的取り扱いを理解する必要がある。船舶の安全性は、ある面では船舶というシステムを構成している様々な機器やシステムが、故障無く作動し、故障したとしても修理保全が容易に行なえるという高信頼性要素群の総合評価である。
 一般船舶の場合は、機器設計のかなり詳細部分まで基準化する事が可能であるが、高速船の場合は過去の経験の蓄積が乏しく、現状では詳細部分までの基準化は不可能である。このためHSC 2000では高速船の船体及び機器の承認に際しFMEAを実施する事を要求し、附属書4にFMEA解析手法の詳細を示している。
 FMEAは信頼性予測手法の1つである。信頼性予測手法には、信頼性データ(例えば航海日誌、機器点検・検査記録、物品管理記録、エンジン・モニター記録等)から統計的手法を用いて信頼度数値(信頼度、平均故障時間間隔(MTBF)、故障率等)を求める方法とFMEAやFTA解析(Fault Tree Analysis)のような従来の経験・知識を利用して信頼性を予測する方法とがある。
 FMEAはシステムや機器を構成している個々の部品に着目して、個々の部品毎にどのような故障が考えられるか、また、そのような故障が発生した場合それが機器やシステムにどの程度の影響を与えるのか、そしてその影響はどの程度重大なのか、その予防はどうすればよいのか、と言うように機器やシステムへの影響を部品の方から検討していく手法である。
 FTAは機器やシステムの故障に着目して樹形図(Fault Tree)を作成し、それを用いて、発生した故障の原因解明と原因部品を突き止めて行く手法である。
 更に高速船の設計では、過去のいろいろな情報を加味し、潜在する危険個所に対する検討を充分に行なった上で、これらに対する危険防止策を設計図の中に組み込んでおくことが安全対策として効果的である。このための信頼性向上設計方式には、故障予防設計方式(過去に実績のある方法の積極利用)、冗長性加味設計方式、フールプルーフ設計方式(うっかりミス防止)、フェールセイフ設計方式(故障が発生しても装置が安全側に作動)、セーフライフ設計方式(壊れては困る部品を特に安全頑丈に作る)、ディレーテイング(Derating過負荷軽減使用)等が考えられている。
2-2 HSC 2000/ABS/USCG規則の比較
 
 1977年、IMOでDSC(International Code for Dynamically Supported Craft)が制定されて以来、LR、DNVでは特定船型の高速船に適用される船級規則を制定してきたが、1990年代に入り世界的な高速船ブームの到来と共に、高速船の船型、材料、機関等の技術進歩は目覚しく、高速船の就航海域も急速に拡大し、多様化したため、DSCに替りあらゆる船型の高速船にSOLASと同様の安全性を確保するため、SOLASの代替強制要件としてHSC(International Code of Safety for High Speed Craft)がIMOで制定され、1996年1月1日から発効した。
 さらに、HSC発効後の船型サイズの多様化に対応し、安全レベルを向上させる観点から、IMOではHSCの全面的改正版HSC 2000を制定した。HSC 2000は2002年7月1日に発効することになっており、各船級協会はHSC 2000に従って、大幅に高速船規則を改正する必要に迫られている。
 HSC 2000は第1章から第18章までの本文と、第19章にまとめられている11のAnnexから成り立っている。本部の内容は、一般、浮力・復原性・区画/構造、居住脱出、方向制御システム、錨泊・曳航・停泊、消化・防火、救命、機械、補助システム、遠隔制御・警報・安全システム、電気、航海機器、通信、運航区画配置、スタビライザー、運航制限、オペレーション要件であり、またAnnexの内容はHSC安全証書及び機器記録書式、HSC運航許可証書式、確率概念の使用、FMEA手順、ハイドロフォイル復原性、多胴船復原性、オペレーション及び安全適合基準、乗員・乗客椅子検査基準、ライフラフト、で項目的には一応網羅されているが、内容には精粗がある。
 ABSは1990年10月、高速船の建造入級ガイド(Guide for Building and Classing High-Speed Craft)を出したが、船型の多様化と高速船技術の進歩に見合うよう、1997年2月に改訂版を出している。改訂版は5章から成り立っており、その内容は入級、材料及び溶接、船体構造、機械及びシステム、特殊高速船である。また、改訂版には第5章「特殊高速船」、5/1節「旅客用高速船」が追加されたが、この節は基本的にHSCと同じである。
 1994年、USCGは小型旅客船に対する構造・設備基準の改正に着手した。客船基準は乗客数、船の大きさ、航行時間帯により46CFRサブチャプターH、K及びTにまとめられている。
◆ H―旅客12人以上、100GT以上
◆ K―旅客150人以上昼間航行船或いは50人以上の夜間航行船であって、100GT以下
◆ T―旅客149人以下の昼間航行船或いは49人以下の夜間航行船であって、100GT以下
 これらは特に高速船のみを対象にしたものではなく、全ての小型旅客船を対象にしたものであるが、サブチャプターKを他の高速船基準との比較対象とした。
第2-2表 HSC 2000/ABSガイド/USCG CFR比較表
  HSC 2000 ABSガイド USCG 46CFR K
適用 *旅客船 *銅・アルミ・単胴船 *旅客船
・A類船(短区間船) ・130m以下 ・100GT以下、旅客150人以上の昼間航行船 或いは旅客50人以上の宿泊設備を持つ夜間航行船が対象
450名以下で航行時間4時間以内 *銅・アルミ多胴船 ・高速船の定義あり
・B類船 (A類以外) ・100m以下 速力はIMO HSCと同じ
1つの機械・安全システムが作動不能になっても安全航行可能なる事 *FRP単胴・双胴船 HSCに適合することを要求
*貨物船 ・70m以下 ABSガイドを参考にすることを要求
・旅客船以外全ての船舶 *ABSガイドに定める船速サイズを上回る船に対しては航行海域の海象の強度要求を満たす直接計算により承認
・1つの区画が損傷しても他区画の主機能及び安全システムが作動可能なこと *V=2.36√L以上
*船速は計画喫水における排水量より決定
V=3.7▽0.1667以上
船体構造 *材料・構造について具体的規定はなく、提出された直接計算書により認可計算書には振動等のサイクリック荷重も加味 *材料 *鋼船、アルミ船につきLR及びABSの該当規則適
鋼・アルミ合金・FRPについて材料試験、溶接、ボンド、施工資格等詳細に規定 LR−小型鋼船規則
*構造 ABS−小型鋼船規則
船体主要強度、局部強度、舵システム等全船の設計、外力、強度計算式を明示 アルミ船規則
高速船ガイド
河川鋼船規則
*設計条件を提出して直接計算も認可
浮力・区画復原性 *非損傷時及び損傷時復原性を各走行モードについて詳細に規定 *非損傷時復原性 *46CFRサブチャプターS(区画及び復原性)を適用
*レーキング・ダメージに関する規定あり(2−4節参照) ・24m以上の全船舶は満載喫水線規則
*満載喫水線要件の充足と満載喫水線の表示を要求(2−4節) ・但し500GT以上、8時間以内の貨物船、4時間以内の客船についてはIMO HSCを斟酌する事
*復原性に関する検証プロセスの規定あり(2−4節) *損傷時復原性
*ハイドロフォイル、単胴船、多胴船の復原性に関する詳細記述(Annex 6、7) ・客船4時間以内はIMO HSCを適用
但し V>7.19▽1/6
・上記以外の客船はSOLAS規則
・貨物船500GT以上8時間以内の船はIMO HSC
但し V>7.19▽1/6
・500GT以上で上記以外の貨物船はSOLAS 規則
居住設備脱出 *船首よりの居住区の設置位置を規定 *船首よりの居住区の設置位置を規定 *船舶の速力を加味して乗客居住区の配置を定めるべき表現あるも具体的規定なし
*単胴船、双胴船を対象とした衝突荷重計算式を提示 *単胴船、多胴船、SES、ホーバークラフト、ハイドロフォイルにつき衝突荷重計算式を提示 *脱出経路確保規定あり。避難集合場所面積規定あり
*椅子、シートベルト、救命装置、脱出通路は衝突時の荷重に対し損傷或いは脱出不能とならないこと
防火・消火 *火災の危険度に応じ区画を大・中・小及びコントロール、オープンスペース区画に分類 *基本的にIMO HSC流用 *火災の危険度に応じてサービス区画、居住区を低リスク高リスクに分け、機械区画、貨物区画等と共に防火構造を規定
*防火構造に火災の方向性、片面防熱を考慮 *FRPの仕切りに対する基準あり *居住区、サービス区画に対する火災負荷(可燃物/床面積)計算書提出要求
*大危険区画には固定消火装置を設置、ガスの場合は2回放出可能な容量 *消火ポンプ、消火メイン等のハードウエアについて詳細に規定 *固定消火ガス量、
*車輌区画には固定加圧式水噴霧装置を設置 CO2−規定あり
*B類船は40mごとのゾーンに分割、各ゾーンには独自の脱出、ベンチレーションシステムを装備する事 ハロン−UL1058
*危険物運搬貨物船に対す特殊要求あり *40mごとのゾーンに分割、各ゾーンに独自のベンチレーションシステムを要求
救命 *基本的にSOLASを適用 *特に規定なし *海洋、沿岸、限定沿岸(避難港より20マイル以内)、五大湖、河川のそれぞれに対し夜間宿泊設備の有無、冷水域、温水域に区分して、救命設備数を規定
*港間航行時間が2時間を超える船はヘリコプターが発着可能な甲板を確保する事
錨・錨鎖 *鎖泊はあくまで緊急用と規定 *単胴船、多胴船で別々のぎ装数計算式を規定 *OCMI(Office in Charge Maritime Inspection)認可
*1鎖(錨鎖或いは索) *2又は3の錨(錨鎖)
*ぎ装数計算式や揚錨機巻上げ速度等の規定なし *揚錨機性能は鋼船規則と同一を要求
塗装 *特に規定なし *アルミニウム及びFRPの塗装及び電気防食について記述 *特に規定なし
*炭素繊維のFRPを使う場合は近くの金属との電食に注意
機関・主要補助システム *機械システム及びその制御についてFMEAを提出 *全般に下記詳細に規定、基本的には鋼船構造規則と同等 *下記推進システム配置についてOCMIの特別承認が必要
*B類船は少なくとも2系統の独立した推進システムを装備し、主推進システムが損傷した場合自力で避難港に戻る事を要求 ・ガスタービン ・ガスタービン
*貨物船はある区画に火災その他が発生しても主要機械の制御機能の保持を要求、但し避難港への自力帰港能力は不要 ・ディーゼルエンジン ・エアスクリュー
*主要補助システムがダウンした場合でも主推進システムは正常に作動する事 ・ポンプ及びパイピング(パイプ材質は鋼、アルミFRP) ・ハイドロジェット
主要補助システム(発電機、F/O、L/O、冷却水、エアコンプレッサー、油圧、電気制御系統等) ・推進軸及びプロペラ ・リフト装置付推進機関
*ビルジポンプ最小装備数 ・ウォータージェット *下記8つの主要パイピングシステムは46CFRサブチャプターFの規定を適用
・A類船 −2 (逆進機構要求) ・燃料システム
・B類船 −3 ・ホーバークラフトの前進浮上機構 ・消火主管
・貨物船 −2 ・操舵装置 ・CO2及びハロンシステム
・ビルジシステム
・操舵システム
・推進システム及び同補助システム
・発電機及び非常発電機及び同補助システム
・船舶と人命の安全とためOCMIが必要と認めたシステム
遠隔制御警報 *B類船にあっては制御室以外の場所からも主推進システム及び固定消火システムの作動、ベンチレーションの開閉、機関へのF/O供給停止、電源の供給停止、主及び補機の停止等の遠隔制御ステーションを設置 *船の長さ及びGTにより詳細を規定 *マイクロプロセッサー或いはコンピューターベースの主機コントロールシステムは46CFRサブチャプターF適用
*火災探知装置作動、電源喪失、主機過速、電池温度上昇に対し非常警報と対応法を示す指示パネル要求 ・20m以上、500GT以下 *警報システムは46CFRサブチャプターJ適用
・20m以上、46m以下、500GT以下
・20m以上、46m以下、500GT以上
*46m以上、500GT以上鋼船規則適用
電気装置 *電気システムにつきFMEAを提出 *全般に詳細に規定 *NEC(National Electrical Code)、NFPA(National Fire Protection Agency)46CFRサブチャプターJ、UL、IEEE(Electrical and Electronic Engineering Standard)等を適用
*非常電源 ・電気システムの詳細設計 *非常電源はサブチャプターJ、ANSI等を適用
A類船、B類船及び貨物船のそれぞれに対し非常電源でカバーする対象と時間を規定 ・システムの選択と設置
・機器に対する要求
・高電圧システム、電気推進システム、75kW以下のシステムに対する特別要求
*車輌区画等の特別区画に対する特別要求あり
*全船に非常電源を要求、但し500GT以下、75kW以上の船に対する特別規定あり
航海計器通信 *航海計器及び通信機器の種類を詳細に明示 *特に規定なし *下記につき規定あり
*必要な場合はナイトビジョンを設置 ・コンパス
*航海データーレコーダー(VDR)の設置 ・レーダー
*船舶安全情報の常時ラジオウオッチ ・GPS
・無線
・船内通信
運航限界 *プロトタイプ実船試験にて下記確認(要すれば模型試験) *構造強度の運航限界を速力、波高、上下加速度で示している(3-2節) *運航許可水域をOCMIが規定しCOI(Certification of Inspection:船舶検査証書)に明示
・運航限界 *乗客の乗り心地の設計基準を別途明示(4-2節参照)
・限界内での運航手順
・機器損傷時の対応
・損傷後の運航限界
*運航限界決定に際し考慮すべき項目12項目指定(3-2節参照)
*安全速力は上下加速度、オペレーションモード、風速風圧、主要機器システムの損傷要件より決定
*運航マニュアルを航路毎に作成する。
運航マニュアルに運航限界と最悪条件を明示
船員定員資格・訓練 *運航中は船長を含む士官が常時ブリッジ勤務 *特に規定なし *定員はOCMIが復原性、区画要件、航路、搭載機器等から総合的に決定
*定員は安全確保の見地からオペレーターが決定し運航許可を受ける *船員関連下記規定あり
*船長及び士官が受ける12種の訓練を規定、試験の後証書授与(2年有効) ・ライセンス
部員の場合は6種の訓練(証書不要) ・夜間ウオッチ
*客船の場合は全船員が乗客の非常時の誘導と退船の訓練を受ける ・非常訓練(訓練種類を詳細に規定)
*貨物船の場合は全船員が貨物の知識・車輌固定システムの訓練を受ける
2-3 高速船の安全・環境設計
 
 1990年以降に建造された、又は長さ60m以上の大型高速船約50隻の設計をみてみると、その約35%は単胴船、残り65%が排水量型或いはウエーブ・ピアシング型の双胴船である。ホーバークラフトもあるが、その数は極めて少ない。
 1998年イタリアのFincantieri造船所で建造されたMVD3000 Jupiterは、全長145.6m、満載排水量3,900t、速力40ktの鋼製単胴船で、旅客1,800人、車輌460台、トレーラー30台の積載能力がある大型船であるが、大部分の大型高速船は全長70〜100mで、速力も40〜50kt程度のものが多い。また、大型高速船は全て車輌甲板を持つ、いわゆるフェリーボートである。
 これら大型高速船の船体構造材料をみてみると、単胴船の75%は鋼製であり、残り25%がアルミニウムであるが、双胴船の場合は100%アルミニウムとなっている。
 FRPの船体構造への使用は、レクリエーション用ボートを中心とする小型船や掃海艇のように金属製とすることができないために、従来木製であったものがFRPに置き換えられていた事例が主である。最近は、FRPは軽量で強度も高いため、高速船の船体構造材料として適していることから、船体二次部材より始まり、次第に主要構造部材にも使用され始めている。
 FRPは撓みやすいので船舶の構造材として使用する場合、バルサやPVC (Polyvinyl Chloride)フォーム芯材をFRP表皮でサンドウィッチ構造として使用するか、FRP材を何層も重ねて使用することになる。船舶の場合、FRPに使用される繊維はガラス繊維がほとんどで、航空機に使用され軽量で鋼よりも強いといわれる炭素繊維とエポキシ樹脂のFRPは、未だ特殊な場合にしか使用されていない。最近使用された例としては、アメリカズカップのヨット「USA-53」の船体構造に使用された例があるが、6mの大波に2度遭遇して破損している。破損の原因としてメーカーは、炭素繊維FRPの表皮と芯材に接着不良個所があったことが引き金になったとしている。高速船へのFRPの適用については、接着が重要な技術項目となっている。
 高速船にFRPが大量に使われた例としては、スウェーデンのStenaラインが1996年4月に英国海峡で就航させた大型双胴高速船HSS 1500 「Stena Explorer」がある。Explorerの船体構造はアルミニウムとFRPの混合である。Explorerは長さ125m、幅40m、速力40kt、旅客定員1,500人、乗用車375台或いは乗用車100台とトラック50台を搭載することのできる大型高速船である。Explorerには合計1,000tのアルミニウムが使用されているが、船首部、空調室、脱出部側壁、ビルジキール等各所にFRPが使用されている。
 Explorerに使用されたアルミニウムはドイツのHoogovens社により供給されたが、このアルミニウムは同社が高速船の船体を更に軽くするために、従来製品より20%強度を増した製品として販売した「Alster」と言う商品名の新製品である。Alsterは強度と共に耐腐食性能に優れ、さらに今迄アルミニウムの弱点であった溶接部の強度が格段に強いという特徴を持っている。
 船舶は板と防撓材を組み合わせた高次の不静定構造物であり、構造の損傷が直ちに安全上の事故に結びつく事例は少ないが、前述のように高速船では衝突事故の起きる確率が高いので、それに対処する必要がある。
 またHSC 2000では、振動荷重に対する安全性の検討を求めている。強制振動下において疲労寿命を考慮して、構造の各部材の寸法を決める方法は一般船舶と同じであるが、高速船特有の振動問題としてウォータージェットによる船尾外板振動、双胴船の胴内気柱振動、ジェットフォイルの翼に現れる自励振動等があり、設計初期の具体的検討が必要である。
 高速船の推進機関は前述したように、高出力軽量で、客船の場合は主推進システムが故障した場合でも自力で近くの避難港に戻れる冗長性が必要であり、ガスタービン、高速ディーゼルエンジン、ガスタービンと高速ディーゼルエンジン(CODAG)の組み合わせ機関等が採用されている。
 再び上記のExplorerの例を見てみると、Explorerの推進システムは、第2-2図に示すように、GE製の航空転用型ガスタービンLM2500(20.15MWx3,600rpm)とLM1600(135MW x 6,500rpm)各1基づつが、減速機を介してカメワ製ウォータージェット(160S11)2基を駆動するシステムを2系統有する冗長度の高い設計となっている。
 米国が舶用ガスタービンを本格的に用いたのは、1972年に30隻が一括発注されたスプルーアンスクラスの駆逐艦にLM2500が搭載されたのが最初であるが、商船にガスタービンが本格的に採用されるようになったのは1990年代に入ってからである。1991年にはLM500がハイドロフォイルに採用され、続いて1992年には高速船AquastrADAにLM2500、さらにExplorerにLM2500、LM1600が採用され、ガスタービン機関の商船への利用として画期的な年となった。なお、AquastrADAはLM2500一基とMTUのディーゼルエンジンMTU16V595二基との組み合わせ機関である。
第2-2図 HSS1500の推進システム
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(出典:GE)
 
 大型高速船で多いのは何といっても高速ディーゼルエンジン4基を推進システムとするもので、その数は50隻中60%以上に及び、その他のほとんどはガスタービンとディーゼルエンジンの組み合わせ機関であり、ガスタービンのみを推進機関とするものは極めて少ない。 Explorerは現状ではむしろ例外的存在である。高速船のディーゼルエンジンとしては、ドイツのMTU、Ruston、米国のキャタピラー社の製品が多い。 MTU及びRustonは高速船の更なる高速化に備えて新製品を売り出している。
 MTUの新8000シリーズ、Rustonの新RK280モデルは、ともに8MWの出力であり、従来4基を必要としていたエンジンを2基とすることが可能である。このようなエンジン設計の進歩と、船体部へのFRP導入により高速船の速力はますます増大する傾向になる。
 ガスタービンとディーゼルエンジンには一長一短がある。ガスタービンは燃費が多く初期投資額も大きいが、排気はクリーンであり、振動、騒音の観点からは好ましいエンジンである。
 一方、ディーゼルエンジンは初期投資額は小さいが排気、振動、騒音等環境上若干の問題を抱えている。現在米国では、フェリーボート新航路の許可条件の第一は、主機からの排気ガスがEPAの排気基準に適合すること、と言われるほど船舶の排気ガスに人々の関心が集まっている。EPAは1990年代に入り、舶用ディーゼルエンジンからのNOx等の規制に着手したが、具体的基準を法制化したのはつい最近である。
 1999年12月、EPAは商業用船舶のディーゼルエンジンから排出されるNOx+HC、PM(Particulate Matters)、COの規制値を規制開始モデル年とともに示した。これらは一般にIMOのMARPOL 73/78付属書VIの規制値よりも厳しいが、EPAは本基準の設定に際し船舶の安全に充分に留意した、としている。即ち可能な技術で、一定期間内に最高の水準を達成することが、コスト効果の高い規制値を選択し、かつ採用される技術により騒音、燃料消費量、安全率といった一般的技術項目に悪影響を与えない値としている。例えばNOxのみを規制すると、効果の割にコストが高くなるので、NOx+HCとして規制を課し、コストに見合う効果が出るように配慮している。いずれにせよMTU、Ruston、キャタピラー社のエンジンはEPAの基準を満足しており、今後とも高速船市場において多用されるものと思われる。
 高速船が50ktを超えると、単胴船や双胴船は表面効果船(Surface Effect Ship:SES)に対抗できなくなる。SESについては米海軍も1978年にSES-200をテストした。SES-200は長さ48m、ペイロード56t、主機はMTU16V396M 4基で(推進用、リフト用各2基)平穏海面で速力40ktを記録した。 Harley SESもSES-200も推進はカメワ社のウォータージェットである。
2-4 HSC 2000の問題点
 
 HSC 2000の書き出しでIMOは、僅か4年でHSCを変更せざるを得なくなった理由として、高速船の船型が多様化した上、サイズが大型化し、また船舶の安全に対する考え方も進歩したので、高速船の設計、製造、機器、運航に関し最大限の安全性を確保するために改正せざるを得なくなったと述べている。HSC 2000は2002年7月1日からの発効を目指しているが、HSC 2000を検討した海事各界から不必要に厳しくなった部分、或いは不足している部分等、様々な意見が寄せられており発効前に若干の波乱があるかもしれない。
 HSC 2000はHSCの改正ではあるが全文が書き改められている。章構成は同じであるが第19章のAnnex 8に「単胴船の復原性」が加えられ、全体で11のAnnexとなった。Annex 8は本文第2章「浮力、復原性及び区画」を補足するもので単胴船の損傷時及び非損傷時復原性について詳しい基準を示している。
 HSC 2000で特に変更されたのは、上述の第2章、第4章「居住設備及び脱出経路」、及び第7章「火災安全」の3章である。この中で今後の高速船の設計・建造・運航に大きな影響を及ぼすのは第2章の大幅改正である。その中でも船底損傷に関連してレーキング時損傷(Raking Damage)要件が導入された事の影響は非常に大きい。第2-3図にHSC 2000にレーキング時損傷を受けやすい部分として示されている範囲を斜線で示す。
 レーキング時損傷範囲としては次の2つ場合を検討する事を求めている。
◆ 水面下船首部先端から0.55Lの破口
◆ 船の長さ方向の何れの場所においても0.35L(長さ50m以上の船舶)、あるいは(L/2+10)%L(長さ50〜20mの船舶)、或いは0.2L(長さ20m以下の船舶)
 本要件を適用して損傷時復原性を計算した場合、現状では成立しない船が出てくる事が予想される。大型単胴船や大型双胴船では若干の修正でHSC 2000に適合するが、小型単胴船や小型双胴船では全ての船が適合するのは困難である。ただし、プロペラ推進船はウォータージェット推進船に比して後部に浮力がついているので有利である。0.35Lの破口要件に機関室が含まれる場合は実際には0.4L以上が影響を受ける事になり、厄介な問題となる。
第2-3図 HSC 2000レーキング時損傷範囲
出典:HSC 2000
z0001_28s.jpg
Tは計画喫水線に対する主船部の最大喫水。多胴船の場合は各船体毎に決定される。ただし、浮力に算入されない部分は考慮しなくともよい。

 高速船の場合、構造的にみても、機器の検査やメンテナンスの観点からしても、やたらに区画を仕切ったり二重底を設けたりする事はできない。二重底に入れられるのはせいぜいウォータージェット、軸系、減速機程度である。本要件の導入による排水量の増加は2〜4%であり、初期船価は上がり速力が減って、運航にも大きな影響を及ぼす。4 HSC 2000は上記以外にも高速船の復原性上の安全を確保する見地から、幾つかの要件を導入している。1996年のHSCでは国際満載喫水線条約と規則で定められている要件(LL要件)が省略されていたが、HSC 2000では高速船に適用可能なLL要件は全て取り入れられている。HSC 2000では開口の高さは運航許可証(Permit to Operate)に示される最高の有義波高から定められることになっている。
 LL要件が加わった事により水密戸、排水管、喫水線マーク等が変更されている。HSC 2000では、「その他」に区分されるRO/RO船の船首ドアが一定の規定に満たない場合は、内側ドアを装備して二重ドアとすることを求めているので、場合によってはかなりの重量増につながる。航走時の高速船は復原性の見地から多くの問題を抱えているが、HSC 2000では、各種船型について、設計者が模型試験、実船試験、或いは計算で確認すべき特殊復原性問題のテキストを与えている。設計者は結局これらの事項を確認することになりその負担は非常に大きい。
HSC 2000に示す特殊復原性問題は下記の10点である。
◆ ロール及びピッチ不安定を伴う方向不安定性
◆ 殆どの船型に共通に現れる、追波速度とほぼ同じ速度で航走する場合に船が横向きになったり、船首がダイビングする現象
◆ 比較的平穏な海上で、船首尾方向の動的復元力が失われることによる単胴及び双胴滑走船の船首ダイビング
◆ 単胴船で速度が増した場合に横方向復原力が少なくなる現象
◆ 滑走単胴船が時に激しいピッチとヒーブの連性運動を伴うイルカのような動きをする現象
◆ 滑走単胴船でチャインが水没して大きな転覆モーメントが生じた場合チャインが急に動く現象
◆ エアクッション船でスカートが何等かの原因でまくれたり破損したりして航行困難となり場合によっては転覆する現象
◆ SWATH船(Small Waterplane Area Twin Hull:SWATH)の水中のローワーハル周りの水流によって生じる流体力学的モーメントにより生じるピッチ不安定
◆ SESが高速で旋回する際有効メタセンター高さが減少する結果ヒール角が突然大きくなりロールとピッチの連成運動が起きる現象
◆ 横波を受けたSESが共振ローリング状態になり極端な場合には転覆する現象
 
 設計者の負担という意味では機械システムや電気システムのFMEA解析も大変な作業である。FMEAに関しては、HSC 2000は基準的には1996年のものと同じであるが、システム数が増加する傾向にあり、今まで基準に従って船を設計してきた設計者にとっては不慣れな分野である。
 船体構造に関しては、HSC 2000は何等の具体的基準も示していない。構造寸法は船級協会に任せるとしても、高速船の船型も多様化しているので、安全性の見地からの指針が示されてしかるべきと考えられる。
 第4章「居住設備及び脱出経路」で最も変わったのは、衝突時の設計加速度が厳しくなったことである。また、各方向の衝突時設計加速度が与えられ、衝突時においても乗客、乗員の安全を保ち、脱出経路を確保することが盛り込まれており、より合理的になった。しかし、これらの加速度は全て実験により求められたものであり、本来であれば、船体構造の材料及び構造方式から船型ごとに衝撃吸収性能を評価する作業が必要であるが、今後の問題として持ち越されている。
 第7章「火災安全」については、概ね妥当な多くの変更がなされている。高速船が大型化し消火上の区画も多様化したので、火災に対する安全の見地から最大危険区画(Major Fire Hazard)、中程度危険区画(Moderate)および小危険区画(Minor)に分け、危険度に応じて消火、防火対策が示されている。最大危険区画は主機械区画、ギャレー、可燃物倉庫等、中危険区画は補機区画、居住区、サービス区画等、小危険区画は貨物区画、公共スペース、キオスク等となっている。
 これら3段階の区画に対して、個々に防火材料、消火基準が与えられ、夜具材料等はSOLASの火災試験コード(Fire Test Procedure: FTP)に従う事が要求されている。
 脱出経路については、脱出招集場所の面積規定が加わっている。また、乗客200人以下のA類船で全航路禁煙とするならば、居住区画に固定スプリンクラーを装備しなくてもよいこととなった。
 第8章「救命設備及び配置」はほとんど変更されていないが、高速船からの避難はシナリオ通りではなく、救命設備も本当に欲しいものと若干異なっているという報告があり、100%乗客が脱出できる方向での再検討が必要と思われる。
 高速船は、造船側からも運用側からも、安全の確認を充分になしえない要素を持っている。
 従来の船舶は長期の経験に基いて建造され、特に大型船は研究・設計スタッフを多く抱える大造船所で建造されるので、新しいシステムが加わっても比較的リスクの少ない状況で実用化されてきたが、高速船の場合は船型が頻繁に変わる上、経験の蓄積も、ある程度のリスクを覚悟して建造している中小造船所に依存している状況である。運用側も中小オペレーターが主役であり、少々の運航リスクがあっても、速度を落としたり運航をキャンセルすることが困難な体質を持っている。
 HSC 2000では、乗組員の資格・訓練等を規定しているが、動きの多い船員社会で高速船に搭載される新技術・機器を使いこなせる船員を定常的に雇えるかどうか、疑問がある。しかし、乗員の採用基準を下げる事は許されない。HSC 2000の改正で船価が5〜10%上昇するとの予測もあり、レーキング時損傷と併せオペレーターにとっては頭の痛い問題が山積している。








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