日本財団 図書館


4. 高速船の環境トピックス
4-1 侵食防止
 
 ここ数年、高速船のウェーキによる侵食問題(Wake Wash)が高速船業界で話題となっている。侵食を受けやすい海岸近くを運航する高速船の数が多くなり、海岸近くに住む人々の苦情も多くなっている。侵食問題を起こす航走波は、水深の大きい海を航走中は認知する事のできない長周期、低振幅のものであるが、高速船が岸に近づき浅くなると、波の進行が海底に妨げられ波高が高くなり、ついには波頭が砕け散るようになる。場合によっては、この現象が岸のごく近辺に近づいて予告もなく起きるので、プレジャーボートを転覆させたり、サーファーを危険にさらすこともある。また、この様な場合は波のエネルギーは海底では吸収されず、ほとんど全てが海岸で集中的に吸収される。
 深い海でのウェーキは、横波と拡散波からなるケルビン波としてよく知られる波で、フルード数により船の速力とサイズに関係付けられる。造波抵抗成分には通常3つのハンプが存在する。第1のハンプはフルード数0.3の近くで現れるもので、横波が船体と干渉するために発生するものである。
 第2のハンプは大きなハンプで、フルード数0.5近くで現れるものである。フルード数0.5近くで、高速船は排水量モードから半排水量モードの速力となる。第3のハンプはダイナミックリフトにより滑走モードに入るフルード数1の近くで現れ、ハンプの中では最大である。
 横波成分は長周期のため、外洋では振幅が低くて認知できないとは言え、振幅の絶対値は比較的大きく、従って波に含まれるエネルギーは大きい。横波成分は、高速船の近くでは勢力が大きいが、離れるに従って急速に衰える。これに反して、拡散波成分はなかなか消えず、船から離れた場所では大部分が拡散波パターンとなる。
 海が浅くなると、海底が船の作る波と干渉し、波のパターン、エネルギーレベルが変わって、船の航行条件を変えざるを得なくなってくる。ある水深での自由調和波の速度には上限があるが、船がその上限に近づくと、波のパターンはがらりと変わる。拡散波の角度は大きくなり、船は急激に船尾トリムして航走波の波高は高くなる。この上限速度で、船は深海波のエネルギーの数倍にも及ぶエネルギーを持った波を引きずって走る事になる。さらに速力が増すと横波は消えて船は海底からの反射圧力で持ち上げられるようになり、波頭は高く波の拡散角度は小さくなる。造波のためのエネルギーは小さくなり、船の抵抗も減ってくる。
 浅い海の中で速度を変化させた場合、どのような波パターンが現れるかの問題を議論する場合使用するパラメーターを、深さフルード数(Depth Froude Number: FnD)と呼んでいる。FnD=1を通常「臨界」、FnD<1を「臨界以下」、FnD>1を「超臨界」と呼んでいる。第4-1図にFnDの各状態における波パターンを、第4-2図にFnDと造波抵抗の変化を示す。
 船の種類によっても異なるがFnD=0.8〜1.4を通常「臨界速度範囲」と呼んでいる。臨界速度範囲では造波作用が増大して、大きな航走波が発生する。閉囲された水路でも同様に、造波作用は増大する。
 高速船は環境にいろいろな影響を与える可能性があるので、特定航路の運航を許可する前に社会的影響評価、環境評価を実施する必要がある。社会的影響評価では地域の人や物の流れ、産業事情、乗客数、貨物量、季節変動等を予測して高速船を導入した場合の利害得失を評価する。高速船以外の交通機関を採用した場合との比較も重要である。環境評価では排気ガス中のNOx、騒音、侵食リスク評価と言ったものが中心となる。
 
z0001_30.jpg
 
z0001_31.jpg
 侵食リスク評価には、海底沈殿物の成分と分布調査、対象海岸が侵食を受けやすいかどうかの調査と言った、総合的侵食リスク評価の前の基本調査が重要である。波の伝播は海岸の地形、水深のプロファイル、沈殿物の組成や分布に依存している。また、侵食リスクの正しい評価を導くためには、侵食の程度を予測した後、これ等を自然の暴風雨で侵食される量と比較する事が大切である。一般に高速船のウェーキによる侵食は、大洋のうねり、激しい潮汐流、厳しい気象にさらされている海岸よりも閉囲された海岸ではっきり認められる。
 さらに高速船の航路の中で、ウェーキ侵食が人間に危害を与える場所、財産に危害を与える場所、沈殿層が移動する場所と言った具合に個々の危険個所を特定し、次に航路及び船速を変えてリスクを再評価し、全体のリスクシナリオから最終的な危害を予測する態度が必要である。
 ウェーキによる侵食とか、海底沈殿物の移動といったような問題は、入港直前に起きる事が多いので、港の選定は慎重でなければならない。また、速力のアップダウン地点を誤ると、人々が多く住んでいる海岸付近にウェーキ侵食を起こすので、速力変更地点の選定も重要である。
 最近の高速船設計では航路、速力、載貨重量等により、ウェーキ侵食の少ない船型が考えられている。排水量型、半排水量型船は重量物の運搬に適し、乗客、乗用車、トラック等の貨客混載輸送用に使われている。これらの船型のウェーキ侵食を減らすためには、排水量を極力減らして造波抵抗をできるだけ抑えることが重要である。
 また、予定された水深の航路で造波抵抗を最小とする運航方法とはいかなるものであるか、を理解しなければならない。例えば、深い海ではSWATHの造波抵抗は小さいが、浅い海に入ると船尾トリムが発生して、船体抵抗は増加する。双胴船は甲板面積が必要な場合に採用されるが、単胴船の方がペイロードが大きく、一般には耐航性も良い。
 現在低侵食型と銘打って就航している高速船の多くは、軽量双胴船で双胴部分は細長い円形ビルジ、その横方向の間隔は通常よりも大きくフルード数1以下で運航される排水量あるいは半排水量船である。重量を軽くするため、水線から甲板までの高さが低く抑えられているので、海象が厳しい航路には不向きである。
 ハイドロフォイルは荒海中でも航行可能であり、侵食の起きやすい場所でも造波が少ないので、天候の変わりやすい2地点を結ぶ航路には適している。平穏な海面では滑走艇の使用も可能である。
 排水量が小さく滑走面積の大きな滑走艇は、他船に比べて限界速度効果には鈍感で、水深が変わっても航走波のエネルギーレベルは変化しない。滑走艇は超高速が可能であり、推進システムも簡単で燃料効率も良いが、海が荒れてくると上下加速度が極端に大きくなる欠点を有している。
 ウェーキ侵食は、模型試験でも数値解析的にも予見が可能である。これらにより予見されたウェーキ侵食を減らす最良の方法は、運航方法を変える事であろう。方法は航路ごとに異なるが、コース、積付状態、速度の変更が中心となる。
 排水量及び半排水量船は、浅い海に入ったらなるべく臨界速度から離れたポイントで運航することが必要である。水深をモニターしながら、的確に速度とコースを変えることが望ましい。また、臨界速度を通過する地点をはっきりとオペレーションマニュアルの中に記すことも必要である。オペレーションマニュアルの中には、エンジン等主システムが故障した場合、海上交通が異状の場合、天候異状時にとるべき速力とコースの変更についても記述されなければならない。
 これまでに起ったウェーキ侵食による事故は、関係者が船の造波作用、浅海影響、長周期波といった基本的な事項を理解していれば防げたものばかりである。高速船用の港の位置の問題も再考する必要があるかもしれない。
 民間航空機開発の初期、今のように大型空港を都心から離れた場所に作ると言うことは一般的ではなかった。超大型水上旅客機を製作して、大都会近くの水辺から発進させようとしたヒューズの失敗例は今でも記憶に新しい。
 高速船も著しく内陸に入り込んだ場所にある港を在来船と共同利用すると言う考えから、一歩進んで高速船専用の水深の深い専用港を作るべきかもしれない。ウェーキ侵食防止のため、高速船の速力を長時間落すことはあまり意味のある事ではない。高速船用の港を作って高速船にふさわしインフラストラクチャーを作り、乗客も貨物も最短時間でドア・ツー・ドアの移動を考えなければいけないのかも知れない。
4-2 居住区環境
 
 高速船の乗客が快適と感ずるためには、まず客室、客席、レストラン、レクリエーション設備その他内装等の設備が良質であることが必要である。これに加えて動揺、振動、音、環境調節、照明が適切であれば、乗客は更に満足感を倍加し、適切でなければ設備が良くてもマイナスイメージとなる。
 乗員の場合は更に操船区画、機械区画の快適性が加わるが、これら乗客、乗員の快適性の向上は高速船事業の採算性と直接関係している。
 乗員の居住区の快適性を向上しなければ、良い船員が確保できないと言う事実は米国海運業では深刻となっており、早急に解決すべき問題としてクローズアップされている。
 過度のピッチ、ロール、スラミング、振動、騒音、高温、不適切な照明にさらされると作業能率は落ち、肉体的、精神的な疲労の原因となる。乗員の疲労が海難事故の主原因となっていることはIMOでも取り上げられ、USCGでもここ数年主要な研究対象の一つとなっている。
 従来IMO、旗国政府、ISO、ILO、その他船舶乗員や乗客の快適性を規定した規則やガイドラインは40以上存在するが、いずれも部分的なものである。
 ABSが2001年3月に発行した「乗客の快適性ガイドライン」及び「乗員の居住性ガイドライン」は本問題に対する総合的指針として唯一のものである。この2つのガイドラインの中で、ABSは「快適性あるいは居住性」は、旅客区画と船員居住区設計、体感振動、音、内部環境、照明の質に依存するとして、快適性受入可能限界を示している。
 上記一つ一つの項目で、ABSはコントロール又は、測定可能な評価基準を示している。ABSは「乗客快適性ガイドライン」に適合する船舶に2つの等級を与えることとしている。一つは上記5つの基準全てに合格した「COMF」で、他方はCOMFよりも厳しく、特に体感振動基準で乗客に船酔いを起こさせないことを目標とした「COMF+」である。「乗員の居住性ガイドライン」でも「HAB」と「HAB+」の2つの等級が示されている。HABでは乗員の使命遂行のために上記と同じく居住区設計、体感振動、音、内部環境、照明につき基準に合格することを求めているが、「HAB+」は乗員に一段と高い快適性を与える基準となっている。
 居住区の設計は乗客、乗員の快適度に直接関係する。乗客の場合、休息、レクリエーション、リラックス、食事に関係する区画がまず問題となり、次に衛生区画、通路、階段の設計が問題となる。乗員の場合は、居住区の設計は快適度のみならず業務の達成に影響する。
 両設計ガイドの作成に当たりABSは、前記40の基準を調査し、900にのぼる基準項目を拾い上げ、整理して400に減らした後、これらを分類して乗客用及び乗員用に分けた。
 「乗客の居住性ガイドライン」では、アクセス(出入口)、客室、衛生区画、オフィス、食物サービス区画、レクリエーション区画、ランドリー、医療区画、フェリー座席に対して設計基準が与えられているが、このうち高速船に適用されるのはアクセス、衛生区画、食物サービス区画、レクリエーション区画及びフェリー座席に対する設計条件である。
 高速船上では乗客、乗員共に広い振動数範囲の振動にさらされる。振動源は通常、船体運動か機械である。船体運動に基くものは主として快適感を損ない船酔いの原因となる。機械に基くものは主として乗員の作業を妨げ、生産性を落とし、疲れを誘発し、結果として船舶運航の安全性を損なう。
 従来の40の基準は全て機械を振動源とするものに対する基準であるが、ABSの新しい基準では0.1〜80.0Hzの広い範囲で乗客の船酔いと快適度、船員の作業性と快適度のための基準を示している。船酔いの原因となるのは0.1〜0.5Hzの低周波振動である。
 騒音は会話を妨害し、集中力を減らし、いらいらを募らせる。連続音より突発的な音の方が心理的に悪影響がある。騒音の抑制は、乗客の快適性のためにも乗員の作業性のためにも大切である。騒音に関する現在の国内、国際基準は「聞き取りのための」基準であり、快適性や作業性のためのものではない。ABSの基準は、快適性や作業性の面から騒音の基準を定めた最初のものである。
 ABSでは各区画ごとに異なった騒音基準を与えているが、これは各区画の使われ方、人の出入りの度合い、その区画でのコミュニケーションの重要度、その区画でのノイズレベル期待度等を配慮して定めたものである。騒音の基準についてはCOMFもCOMF+も同じ45〜65dbとなっている。HAB、HAB+では、45〜75dbとなっているが、機械のオペレーション区画では高く、特に人がほとんど入らない区画では108dbとなっている。
 内部環境は乗客の快適度と乗員の作業遂行上重要な因子である。人間は温度に対して自己調節機能を持っているため、極端な変化がない限り感付かない。しかし、自己調節作用にも限界があり、基準を設ける必要がある。内部環境では温度が最も大切な因子であるが、湿度、温度勾配、空気の流れ速度も考慮しなければならない。ABSのガイドラインはこれらの一つ一つに基準を与えている。温度についてはCOMFもCOMF+も同じ基準で、加熱ベンチレーションおよびエアコンの場合は、乗客区画及びレクリエーション区画の温度を18〜26℃に設定できることが求められている。HABとHAB+では異なった基準が与えられており、HABでは22±1℃、HAB+ではCOMFと同じ18〜26℃となっている。
 相対湿度、閉囲された場所の温度勾配、空気速度、ベッドに接する隔壁と室内平均温度との差についての基準はCOMF、COMF+、HAB、HAB+全て同じである。 即ち相対湿度は30〜70%、温度勾配は甲板上100mmと1,700mmの温度差が3℃以内、空気速度は毎分30m以内、隔壁表面と室内平均温度との差は10℃以内と規定されている。
 充分な照明を得る事は、乗客や乗員の活動の全般にわたり必要な事である。照明が暗いと集中力が鈍り、識別能力が低下してミスも起きる。乗員の場合チャートの読み違えの原因ともなり、船舶の安全に重大な影響を及ぼす。旅客区画に対する照明基準は、COMF、COMF+、HAB、HAB+で共通であるが、乗員の居住区画と航海区画、コントロール区画には別個の照明基準が与えられている。
 高速船の居住区で一番高速船らしさを感ずるのは客席の椅子であろう。HSC 2000は、客席椅子及びシートベルト等の付属物が衝突荷重(3〜12g)に耐える設計であることを求めており、高速船の客室内の光景は一見航空機の客室を思わせる椅子が並ぶことになる。
 HSC 2000は、客室椅子の設計詳細までは示しておらず、メーカーは旗国政府の解釈により、かなり異なった椅子を納入しなければならないのが現状である。従って、メーカーは椅子の詳細設計基準あるいはガイダンスの作成を強く望んでいる。
 客席椅子のメーカーはオーストラリアやヨーロッパが中心であるが、航空機用椅子との兼業メーカーが多い。Beurteaux社はオーストラリアの椅子専業メーカーで、既に200隻の船に客室椅子を納入した実績があるが、最近ヨーロッパの高速船オペレーターが、続々と客席で操作出来る小型TV及びゲーム機付きの椅子に切り替えているので繁忙であると述べている。
 アルミニウム製高速船の寿命は当初10〜15年と見積られていたが、ここにきて25〜30年は大丈夫との見方が支配的になり、椅子を含む内装を変え乗客にアピールすることにより営業寿命を延ばそうとしているオペレーターが多い。
 イタリアのGeven社はクルーズ船、高速船、一般船舶、航空機、鉄道用の各種椅子を製造するメーカーであるが、最近イタリア政府からの資金援助を受け、現在月産1,000脚の生産能力を2002年までに月産2,500脚とする予定である。その他ノルウェーのWest Mekan社、Eknes社、英国のMarok Marine社、Kab社等が特色ある製品を発売している。
 Marok Marine社は、2000年にシアトルにある船舶内装専門業者MSCと代理店契約を結び、米国市場進出の足がかりを作った。MarokはMSCに部品を供給し、MSCが完成品に組み立てる契約となっている。MSCは米国の船客の好みをよく心得ているので、Marok-MSCの組み合わせは成功するものとみられている。
4-3 海洋生物の保護
 
 船舶が海洋生物に与える影響については不明な点が多いにもかかわらず、比較的人の目につきやすい事項であるため、環境団体の攻撃の矢面に立たされることが多い。
 米国は海洋生物の保護立法では先進国である。1958年、魚類・野生動物調整法(Fish and Wildlife Coordination Act of 1958)が成立し、開発に伴って魚類及び野生動物が被害を受けて絶滅するのを防ぐ法的手段が整えられている。その後ある種の動物は特別の法律、例えばクジラ・イルカに対する海洋哺乳類保護法(Marine Mammal Protection Act)により保護されるようになり、対象の海洋生物を「いじめる(Harass)」ことは禁じられている。最近フロリダでは、マナティーを保護する動きが強まっている。環境保護団体は、船舶がマナティーの死の主な原因であり、現行のマナティー保護法を充分施行していないとして、連邦政府関連諸機関を相手取って訴訟を起こした。本訴訟は2000年12月下旬に和解したが、海事産業に対する規制が更に厳しくなることは確実である。上記英語の「Harass」と言う単語の持つ意味は広く、海洋生物の自然の挙動を変える作用の全てを指しているので、その対応も簡単ではない。
 従来米国で海洋生物の保護と関連して、最も影響を実際的に受けてきたのは米海軍である。例えば、米大西洋艦隊の根拠地であるメイポート、キングスベイ及びその付近の射撃・爆撃訓練場付近の海域を、連邦政府がセミクジラの生息地と認定したため、米海軍はこの場所で射撃や爆撃の訓練あるいは艦艇の実弾射撃試験が出来なくなり、金をかけて訓練場を移動せざるを得なくなっている。
 海洋生物の保護で一番の問題点は、海洋生物の生態がほとんど解明されておらず、対策が立て難いことである。76種存在するといわれるクジラとイルカでさえ、比較的研究が進んでいるのは12種に過ぎない。
 その12種にしても、聴覚能力や聴覚探知メカニズムは十分にわかっているわけではない。海洋生物の保護は、これらの生物を発見し、その移動を予知する技術の開発から始めなければならないのが現状である。このため、米海軍では海中生物情報システム(Living Marine Resources Information System: LMRIS)を開発中である。LMRISが開発されると、正確な海洋生物の情報、即ち生物の出現、分布、移動ルートを把握することが可能となり、このデータを基に通常の試験業務、訓練スケジュールが策定できるようになって、環境団体との軋轢を和らげられるのではないか、と期待されている。
 環境団体との軋轢の一つで、海事産業が大打撃を受けている例は、水上オートバイ(Personal Water Craft:PWC)業界である。PWCの売り上げは、1995年以降急落しているが、理由は環境団体の声に押されて米国及びヨーロッパでPWCを禁止する立法の動きが高まり、地域レベルにおいてもカリフォルニア州マリーン郡のように、郡の水域内でPWCを禁止する決定が圧倒的多数で可決されたためである。もっとも、環境団体は最初PWCの騒音、排気ガス、海中生物に与える影響を平等に問題にしていたが騒音、排気ガスについては1995年以降EPAの規制を受けた業界の努力により飛躍的に改善されているので、現在では非難の矛先は海中生物の保護に向けられている。
 PWCはウォータージェット推進なので、潜在的には高速船の抱える海洋生物保護の問題と類似している点がある。米国PWC協会は、環境団体のPWCに対する攻撃に反論を加えているが、海中生物に対するコメントは次の2点である。
◆ PWCは環境に優しい。ジェット水流で推進されるため水中生物に対して最低限の影響しか与えない。PWCは野生動物のレスキュー隊用ボートとしても多数が採用され、シーワールドではイルカの救助用にも使用されている。PWC業界では水上救助及びボーティング法施行のために11,000台以上のPWCを寄付している。
◆ フロリダ魚類・野生動物保護委員会の最近の報告書によると、PWCと船外機付きボートを比べた場合、巣を作っている鳥の妨害において全く差が無いこととなっている。しかしPWC業界では、野生生物を保護するため海岸線に30.5mの航行禁止区域を作ることを推進している。
 
 上記のような状況の中、高速船もその発生する音、海洋生物との衝突の危険性、ウェーキ侵食の故に環境団体の攻撃目標になっている。勿論高速船が海洋生物に与える影響についても不明な点が多い。例えば大型のウォータージェットがプランクトンに影響し、ひいてはプランクトンを食べる海洋生物に影響を与えるなどと言われているが、その実体は不明である。
 高速船の場合も艦艇と同じく、環境団体の攻撃をかわすため、海洋生物の挙動を知るため、関係の深い海域で、海洋生物の生態に関する多くの研究が実施されている。英国のポーツマスとビスケイ湾のBilbao間を運航するP&Oの中速フェリーボート「Pride of Bilbao」から、長期にわたりイルカの生態を観測した例と、英国のドーセット海岸沖で高速船の発生する人工音がバンドウイルカに与える影響についての研究の例を挙げる。
 前者の研究はビスケイイルカ研究プログラム(Biscay Dolphin Research Program:BDRP)と呼ばれ、海洋生物保護のボランティア団体が1995年8月から2000年12月の間、62回の航海でイルカやクジラの生態を観測し、多くの新しい情報を得たプロジェクトである。
 BDRPの観測チームは常時3人で構成され、海中哺乳類協会の定めた観測方法にしたがって夜明けから日没まで観測が実施された。観測時の船速は15〜22ktで、水線上32mの位置から進行方向135°の扇型の範囲が観測された。イルカが観測されると時間、船位、船からの距離と方向、イルカの種類・数・年齢・挙動・進行方向、船の進行方向・速力、うねり、風向風速視界等の海象条件が記録された。これらの観測結果を地図上にプロットした結果、コモンイルカはビスケイ湾内では冬が近づくと北方に移動し、また英仏海峡でのデータから、冬期は交配のため西方洋上に移動し、春になると子を産むため陸岸に近づくと言う生息状況が分かった。この様な生息状況はイルカの種類によってかなり異なっていることも分かっている。
 ドーセット沖の高速船の発生する音が、バンドウイルカに与える影響の調査は、高速船「Condor Express」で行われた。Condor ExpressはタスマニアのIncatで建造されたウエーブピアシング型の双胴船で、全長86.27m、全幅26.00m、最大喫水3.90m、乗客775人、乗用車175台、速力41kt、ディーゼル・エンジン駆動のウォータージェット4基により推進され、1997年3月に引き渡されてからポーレとチャンネル諸島間を、6時間ごとに1日4回運航している。
 調査の目的は、Condor Expressの発生する人工音のバンドウイルカに対する影響、及びそれによるイルカの移動である。人工音は、2個所に設置されたハイドロフォーンにより計測された。
 1つは船の航路から1km離れた水深18mの場所に浮かべたボートから水深2mの位置に吊るされたハイドロフォーン、他は航路から35km西に離れた水深11mの海底上1.2mに固定されたハイドロフォーンである。この地域では、1988年以来、イルカの生態が観測されており、高速船の投入による影響を調査するには好都合であった。
 バンドウイルカの観測は、BDRPと同じく高速船上からの専門家による観測であり、専門家の観測とハイドロフォーンで観測された音波の周波数を照合し分析が進められた。Condor Expressの就航した1997〜98年のイルカの発現数は確かに前年より少なくなっているが、分析の結果有意差とは認められず、一応Condor Expressの海中音はバンドウイルカに無影響と言う結果となっている。しかし、本結論は短期調査の結果であり、長期的には結論が変わる可能性があるため調査が続行されている。
4-4 FRP船建造時の環境問題
 
 FRPを船体構造に使用する場合、使用する熱可塑性マトリックス樹脂が硬化する過程で、発癌物質やスモッグ原因物質を含む有害大気汚染物質(Hazardous Air Pollutants: HAPs)やVOCを放出し、人間の健康や作物、森林を損なっている。もちろん、HAPsやVOCを放出しているのは造船業に限らず、燃料オペレーション、薬品工場、石油精製所等数え上げればきりがなく、造船業からのHAPs、VOC放出量は必ずしも多くはないが、1995年11月15日、EPAは造船業に対するHAPs排出の規制規則「Final Air Toxic Regulation for the Shipbuilding and Ship Repair Facility」を公布した。本規則は、本来は造船所における塗装時のHAPsの総量規制を目指したものであったが、EPAの目は次第に塗装時以外のHAPs、VOCにも向けられるようになり、1996年から造船業も航空機産業に適用されていたHAPsを減らすための最高達成コントロール技術(Maximum Achievable Control Technology: MACT)基準の適用を要求された。
 この時点で対象とされたHAPsはキシレン、トルエン、エチルベンゼン、エチルメチルケトン、メチルイソブチルケトン、エチレングリコール及びグリコールエーテルの7種である。MACT基準を適用する産業を増やしたことにより、EPAは毎年1,500t放出されていたHAPsを、毎年350tずつ減らすことが出来ると見込んでいる。上記に加えEPAは、1999年、FRPボート製造時に排出されるスチレンに対するMACT基準を出した。本基準でEPAは、排出されるスチレンの95%を燃焼させるとする基準を示しているが、FRPボート製造業界から激しい反対にあっている。
 反対の理由は、スチレンガス1tを燃焼させて大気中に放出するために大量の燃料を必要とするのみならず、32tのCO2、N2Oといった地球温暖化ガスを生成しマイナスが多い、と言うものである。業界では、HAPsやVOCをあまり出さない新技術の開発をEPAに訴えている。低HAPs樹脂の使用、HAPs発生阻止剤の混入、樹脂の付着効率の大きい非噴霧アプリケーターの使用、を実現すればHAPs全体を50〜60%減らせ、環境に二次的悪影響もなく、また燃焼機のような大がかりな投資も不必要であり、小さなボートメーカーでも容易に実施できるので、より現実的であると訴えている。
前述の通りHSC 2000は、船体構造についての具体的記述はなく、従ってFRPについての記述もない。一方、ABSガイドは、FRPの高速船への適用についてかなり細かく規定している。
 まずFRP船として認められるのは長さ70m以下の船である。材料として、繊維はEクラス、Sクラス及びRクラスのガラス繊維、アラミド(ケプラー)繊維及び炭素繊維が認められている。
 ガラス繊維のクラスはその強度に基くもので、舶用としてはEクラスが大部分の船に使用されている。Sクラスはコーニング社が航空機用に開発したものであり、引張り強さはEクラスより30%大きい。
 アラミド繊維はケプラーとして知られるもので、ガラス繊維のFRP船より船体重量を軽くしたい場合に用いられ、その効果は船が大きくなればなる程大きい。長さ34フィート(約10m)のレクリエーション用ボートでも、ガラス繊維とケプラーの船体重量差は12%と言われている。炭素繊維は高価ではあるが、今後SES等で部分的ながらかなり使われると思われる。
 ABSガイドで樹脂として認められているものは、ポリエステル、ビニールエステル及びエポキシである。フェノール樹脂も認められているが、防火性能の検証が必要となる。
 大部分のFRP船は、ポリエステルとガラス繊維の組み合わせである。エポキシは非常に優れた樹脂であるが価格が高く、ケプラーや炭素繊維と組み合わされて使用されているが、ポリエステルに比べるとその量はずっと少ない。ビニールエステルは更に少ない。
 FRPをサンドイッチ材として使う場合の芯材で、ABSに認められているのはPVC(ポリ塩化ビニル)、バルサのみであり、ポリウレタンフォームは芯材として認められていない。
 FRP船建造時のHAPsやVOCは、FRPのラミネーションの工程中に大気中に放出される。ラミネーションでABSが認めている工法は、ハンドレイアップ(Hand layup)、真空バッグ(Vacuum Bagging)、樹脂含浸(Resin Impregnation)、樹脂トランスファーモールド(RTM)、樹脂注入(Resin Infusion)、プリプレグ(Prepreg)の6種である。また、これらのラミネーションは、全て閉囲され、換気の行き届いた工場内で行なうよう規定されている。
 ハンドレイアップは、船型モールド中でチョッパーガン及びローラーを使って、強化繊維の布に樹脂を含浸させ、何層も重ねて必要強度を得る伝統的な工法であるが、上記6種の中では最もHAPsやVOCが大気中に放出されやすい工法である。これに反して、工場内であらかじめ強化繊維と樹脂を含浸させて、板状のプレプリグを作り、それを圧力成形して使う工法は、工場内でのHAPsやVOCの放出は少なく、現に自動車のボディーやバンパーに盛んに用いられている。
 真空バッグ(第4-3図)は、強化繊維布と樹脂を注入した後、真空バッグで大気圧によって布に樹脂を含浸させる工法である。真空バッグは、従来あまり船舶製造には使用されていなかったが、樹脂の注入法を工夫すればHAPsやVOCの捕捉が容易という利点があり、今後使用が増加するかもしれない。
第4−3図 真空バッグ
z0001_32s.jpg
 
真空バッグ工法:大気圧が積層を覆うプラスチック・シートを圧縮し、強化繊維布の層をモールドにしっかりと押付ける。

 RTMは、ハンドレイアップではチョッパーガンを使って注入した樹脂をポンプ注入に切り替えた工法で、チョッパーガンのように樹脂が霧状にならないため、HAPsやVOCの放出が少なく環境上優れた工法である。RTMは自動車の車体パネル、シャワーユニット、浴槽等の製造に広く利用されている。
 しかし上記のどの工法を採るにせよ、HAPsやVOCは捕捉して燃焼するか、回収しない限り必ず大気中に放出される。大気浄化法は、大気中に放出された場合有毒と認められる189の物質をHAPsと指定したが、これらHAPsの大部分はVOCとなって空気中に放出されている。しかしVOCの全てがHAPsではなく、鉱石エキスのようなものはVOCであるが、HAPsの中には入っていない。
 1994年、EPAは造船所の塗装溶剤から排出されるVOCをHAPsの原因物と指定し、VOCを減らすことが揮発性HAPsを減らすことであると定義したが、VOCとHAPsの規制値は別々に出している。
 FRP船建造時のVOC対策には、塗装時のVOC対策がかなり参考となる。米海軍は塗装の付着効率を高めVOCの大気放出を抑えるため、特殊ノズル、センサー、VOC回収システムを備えた自動塗装機を開発中である。また、潜水艦のハンガーやブラケットの様な小物については、VOCを出さない粉体塗装が用いられている。民間造船所でも塗装業者と協力して、EPAのVOC排出基準に合う塗料、塗装機を開発し、使用している。
 最終的には、EPAがMACT基準で示しているように、放出されたVOCを回収して燃焼させるか又はリサイクルする必要がある。現在のVOC回収技術は熱酸化、触媒酸化、凝縮、炭素吸着等の技術を用いているが、いずれも多額の初期投資が必要であり、操作は複雑な割にVOCの回収リターンは少ない。特に濃度の少ないVOCの回収装置の開発が急務とされている。
 従来濃度の低いVOCの回収には、吸着法が使われてきたが、高価であり年間のVOC排出量が10t以下の小工場にとってはコストが過大であり、高速船にFRPが大量に使用されるようになっても、VOCのための投資は困難であると思われる。
 FRP船建造技術も、最近、徐々に近代化する気配をみせている。Genmarは米国第1位のレクリエーション用ボート製造メーカーであるが、その船体は一部のアルミニウム製部分を除きほとんどFRP製である。GenmarはVEC(Virtual Engineered Composites)工法と称する新しいボート製造技術の特許を取得し、自社のボート製造に適用している。
 VEC工法はボートのモールドを一つの極小工場と見立てて、湿度、温度等500のパラメーターをコンピューターで制御し、最適量の樹脂を閉じたモールドの中に送り込むもので、VOCの外部への排出はなく、非常にクリーンである。GenmarはVEC工法を用いて、長さ24m以下のボートを年間10,000隻製造する予定であり、製造効率は従来工法の10倍に及ぶ。
 VEC工法が高速船にどのように利用されるかは不明であるが、GenmarはVEC工法のライセンシーを募集中でFRP船業界に一石を投ずるものと思われる。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION