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第I部
1. FastShip
 FastShip Atlanticは、米国における高速貨物船開発プロジェクトの中で、最も傑出している。1990年代はじめに発足した同プロジェクトは、大西洋横断のドア・ツー・ドア輸送時間を7〜8日に短縮する総合的国際物流システムを構築するものである。同プロジェクトの特質は、一貫したドア・ツー・ドア輸送システムの開発と実現を強調している点である。中核となっているのは、大西洋航路への高速RO/RO船の導入であるが、同プロジェクトは、新しいターミナル概念と、貨物の内陸への輸送の流れを加速する新プロセスの導入も計画している。同プロジェクトは、貨物配達のタイミングと信頼性を特に重視する、一部の特化した顧客のニーズを満たすための、総合物流システムの構築を図るものである。
 FastShipは、報道機関の関心を集め、大手研究機関、複数の主要機関メーカー、2つの港湾当局がこれに参加している。しかし、同プロジェクトに対する批判や疑義には事欠かず、資金調達状況も不明瞭であり、操業開始予定は何度も繰り延べられてきた。
1-1 プロジェクト概観
 
 FastShip Atlanticは、付加価値が高く、迅速な輸送を必要とする貨物、という特殊な市場をターゲットにしている。この市場は(1)標準的な海運輸送よりも迅速な配達を必要とするが、(2)運賃が高額な航空輸送は利用したくない、顧客層と性格づけることができる。この市場を捉えるために、FastShip開発者は、航行速力37ktの船舶、特別設計のターミナル施設、通関手続きの迅速処理、そして荷下ろしと配達のシンクロナイズにより、7〜8日で大西洋横断の特急ドア・ツー・ドア・サービスを、割り増し運賃で提供することを計画した。7日〜14日で目的地に到着する必要のある貨物について、北大西洋航路において、これを提供できる既存の輸送方法が存在しないため、FastShipプロジェクトは、この輸送の空隙を埋めようと試みるものである。
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1-2 運航予定航路、回数、運賃
 
 FastShipサービスは、フィラデルフィアとシェルブールの専用ターミナルの間を運航する。最初に4隻を投入、週3便運航する予定である。長期的計画では、最大8隻を同航路に投入、太平洋航路でも(268m型を使用し)同様のサービスを導入することも検討している。船舶は半滑走モノハル設計を採用、動揺を軽減し、耐航性能を向上することにより、悪天候でも高速走行を維持、4日以下で大西洋横断を可能にする設計である。それぞれの専用ターミナルでコンテナ・プラットフォーム・トレイン・ローディング・システムを利用し、荷役作業時間を6時間以内に短縮する。
 既存の海上輸送方法では21〜35日かかる大西洋横断ドア・ツー・ドア輸送時間が、FastShipサービスを利用することで7〜8日に短縮される。航行速力37ktの船舶により、太平洋横断にかかる時間は約3日短縮され、ターミナルでの荷役の効率を上げ、通関手続きを迅速化することにより、さらに3日から4日の短縮が可能となる。効率的な陸上輸送、船舶のターミナル入り及び出港を陸上輸送のピックアップ及び配達とシンクロナイズさせることにより、休止時間を最小限に抑え、7〜8日のドア・ツー・ドア輸送が可能となる。勿論、この時間短縮は、プロジェクト当事者側の推算によるものである。
FastShip 航行速力37kt モノハル
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FastShip 荷役ターミナル
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(図 I-2)
 北大西洋航路における典型的ドア・ツー・ドア輸送所要時間
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 輸送時間の短縮に加えて、プロジェクトの開発者は、顧客に対して多彩な付加価値サービスを提供することを計画している。これには、ロジスティクス計画サービス、サプライ網を通した物流の独創的再構築、需要・在庫・補充状況の監視を助ける決定支援システムが含まれる。
 FastShip側は、従来型のコンテナ輸送運賃の少なくても2倍の運賃を設定することができると期待している。同社は、TEUあたり2,000ドルから2,400ドルの運賃帯を期待しており、これは1,200ドルから1,300ドルという従来の海運運賃の約2倍となる。
1-3 FastShipプロジェクトの関係者と関係組織
 
 FastShip Atlanticプロジェクトの開発者であり、牽引役となっているのが、ディビッド・ガイルスである。FastShip社創設以前に、ガイルス氏は、Thornycroft, Giles & Company社の社長であった。TG&C社は、大型半滑走モノハル設計で世界的に特許を保有している。同氏は航空工学畑の出身であり、Hawker Siddeley Aviation社、ブリティッシュ・エアロスペース社に所属した経歴がある。ガイルス氏は表向きにはFastShip社の技術担当ディレクターとなっているが、実質的には、彼がこのプロジェクトを押し進めている。
 有能なプロモーターならば誰でもそうするように、ガイルス氏はその周囲を著名人と知名度の高い組織で固め、プロジェクトの信頼性を高めようとしている。ロナルド・バラード氏が、3年前にFastShipの社長に就任した。同氏は金融畑出身であり、フィラデルフィアのファースト・フィデリティ銀行の社長を務めていた人物である。彼の前にも、何人かがFastShipの社長を務めた。クリストファー・ランキン氏は、最近、FastShip社の非常勤COO(最高運営責任者)に就任した。同氏は、以前P&O ネドロイド社のCEOを務めていた。P&Oネドロイド社からは、ディビッド・グラントとトンプソン・ニュートンの2人の元幹部がFastShipプロジェクトに関与している。また、CSX社とEmery Air Freightで上級管理職についていた、ディック・スタイナーも関係している。プロジェクトに協力している組織、または協力しているとされている組織を以下にあげる。
 
◆ マサチューセッツ工科大学の海洋工学部は、プロジェクトの研究開発に協力しており、市場調査及び技術支援を提供している。
◆ ノルウェーのTTSテクノロジーASAが、ターミナル設計で協力。
◆ CP ShipsがFastShip社の営業及びマーケティング業務を担当することで合意。
◆ Interocean Ugland Managementが、船舶運航管理を担当することで合意。
◆ J.P.モルガン証券会社が、プロジェクトの融資パッケージを準備しているといわれている。
◆ 本事業に協力しているメーカー及びエンジニアリング会社として、ロールスロイス社、フィラデルフィア・ギア社、グループ GTM(仏)、Celsius Applied Cosmetics(スウェーデン)の名前が挙がっている。
◆ デラウエア河川局とシェルブール−Cotentin商工会議所が、本プロジェクトのターミナル開発に投資しているといわれている。当初は、Zeebrugge港がヨーロッパ側のターミナル港となる予定であった。
◆ 仏企業であるTransnucleaire社の子会社、Mainco社が、シェルブール・ターミナルの管理を担当することで合意。
◆ クバナ・フィラデルフィア造船所が、新造船の建造者に選ばれ、設計作業に協力している。その前は、NASSCOが建造することになっていた。
◆ Kuehne & Nagel社、AEI社、Circle International社(現Eagle Global Logistics)、Panalpia、GeoLogistics社、MSAS Global Logistics社の国際貨物輸送業者6社が、「利用しても利用しなくても支払う」という条件でサービスを利用することに合意したとされている。
 
 関係者一人一人、各企業・組織の関与の度合いは不明である。プロジェクト参加者として名前が出ることを歓迎する傾向もある。というのも、現在のところ参加コストは微々たるものであり、プロジェクトが万一実現した場合に、参加者として名を連ねておけば、将来のビジネスにつながる可能性があるからである。実際のところ、ほぼ全員がそう考えているのかもしれない。プロジェクト開始以来、トップ陣営は次々と入れ替わり、幾つもの組織がプロジェクトから手を引いており、プロジェクトの実現はまずないと考えられる。これらの協力組織が資金調達に果たす可能性のある役割については、1-6節で論じる。
1-4 プロジェクト/事業ロジスティクスの開発
 
 次に、知られている限りのプロジェクト進捗状況と、FastShipサービス開始のための様々な事業の手配を概説する。
 
プロジェクトのスケジュール
 FastShipサービス開始は当初1998年に予定されていた。このスケジュールに間に合わなかったのは明らかであり、現在のところ、2004年までに運航開始に持ち込むことを期待している。しかしながら、プロジェクトの成否は資金調達にかかっており、この資金繰りの現状は不明瞭である。現在、開発者側は、J.P.モルガン証券会社が積極的に必要な融資パッケージの取りまとめを行っているとしている。しかし、FastShipが2年前(1999年9月)に提出したタイトルXI融資保証申請について、MarAdはまだ結論を出していない。また、2001年8月に、報道記者に質問されたFastShip社長は、「資金繰り完了と、建造契約締結のタイムテーブルには、もはや沿っていない」と発言している。
 
船舶設計と建造状況
 マサチューセッツ工科大学が、船型設計と船舶に採用される技術の評価で、FastShipを支援してきた。協力は1995年初めに開始された。過去6年間に何の結果も出ていないことを考えれば、マサチューセッツ工科大学側の関与は最低限に縮小されたと考えるべきであろう。DNVはFastShip船舶の構造設計審査を完了し、SSPAマリタイム・コンサルティング社がスウェーデンで水槽試験を行った。米国のディビッド・テイラー研究所もまた、FastShip設計の技術的実現可能性を評価している。
 FastShipは、クバナ・フィラデルフィア造船所と最初の4隻の建造で合意に達している。クバナ・フィラデルフィアは、旧海軍工廠の跡地に建設された新しい造船所である。その前は、仮契約趣意書(Letter of Intent)がNASSCOに出されていたが、NASSCOは、BPアモコ向けアラスカ航路タンカーの建造契約を受注したため、この仮契約を破棄した。推進機関メーカーとの間で、新造されるFastShipの機関の提供について、幾つかの契約が結ばれている。ロールス・ロイス社が25基のトレント舶用ガスタービンを供給する仮契約を結んでいる。このうち5基のガスタービンは、換装用として保管されることになっている。ロールス・ロイス社との合意には、20年間のサポート・パッケージも含まれている。カメワ社も、ウォータージェット納入の仮契約を受け取っており、フィラデルフィア・ギア社は、逆転減速機20個の仮契約を受け取っている。しかし、これらの契約、そして建造契約が最終的なものとなるためには、タイトルXI融資保証の承認が必要であり、現在のところこれは実現していない。
 
ターミナル設計の進捗状況
 FastShipは、ノルウェーのTTSテクノロジーASA社が開発し、特許を保有するコンテナ・プラットフォーム-トレイン(CP-トレイン)システムの利用を計り、TTSと共同で開発を行っている。ノルウェーのBergenにあるプロトタイプ試験所が、この概念と、開発されるターミナルの概念設計レイアウトの試験に利用されている。
 
運航管理
 FastShipは事業が立ち上がった際の運行管理契約を、数社との間で結んだと発表している。Interocean Ugland Management(IUM)社は、FastShip運航管理を引き受けている。同社は、ニュージャージーに本社を置き、現在14隻の商船の管理と、船員配備を請け負っている。IUM社はまた、MarAdから、即応予備船隊(RRF)船の管理、保守作業も請け負っている。同社のFastShip向け業務には、船舶の技術管理、乗員訓練、造船所オーバーホール、船舶保守監督、代替部品の調達が含まれる。
 CP Ships社は、FastShipの営業、マーケティング業務を担当することに合意している。これには、営業、顧客サービスの支援、ヨーロッパにおける陸上輸送網の管理、北米及びヨーロッパにおけるコンテナ及びシャーシの管理が含まれている。FastShipは、CP Shipの7つ目のブランドとなり、CP ShipはFastShipが「航空輸送より安い運賃で高速輸送を要求する顧客に競争上のメリットを提供する」と考えている。CP ShipsはFastShip社の少数株主になるといわれている。
 デラウェア川沿いで複数ターミナルを運営しており、米国東海岸からプエルトリコへのコンテナ海運サービスを提供しているホルト・グループの子会社が、フィラデルフィアのFastShipターミナルの運営を監督することで合意している。同社の親会社は、最近、深刻な経営危機に陥っており、このプロジェクトに参加する能力に影響が出るかもしれない。少なくとも、ホルトがFastShipに投資することはないであろう。
 Mainco社はフランスのTransnucleaireグループの子会社であり、シェルブール港のターミナル運営を引き受けることで合意に達している。同社もまた、FastShipの株主であり、推定6,000万ドルのターミナル機器投資を引き受けている。Maincoは、産業ロジスティクスを手掛けており、原子力、電子、食品、自動車産業で経営管理サービスを提供している。判明している限りにおいて、Maincoには海運ターミナル運営の経験はない。
 
貨物ロジスティクス
 シュナイダー・ナショナル社は、ウィスコンシンに本社を置く運輸会社であり、FastShipの北米第三者ロジスティクス提供企業の役割を果たすことで、合意に達している。FastShip社によれば、シュナイダー・ナショナル社は提携パートナーを管理し、サプライ網を構築し、貨物トラッキング、情報管理、ルート・プラニング、一貫した請求書作成と支払の集中情報ハブとして機能する。シュナイダー・ナショナル社は約16,000人の従業員を擁する北米最大のトラック運送業者である。
1-5 技術開発
 
 FastShipは、船舶とターミナルの両方に画期的な新設計の導入を図っている。FastShipは、当該テクノロジーは海運に革命をもたらすものだと主張している。
 
船舶設計
 FastShip設計は、全長265m、船幅40m、喫水10mの細長いモノハル設計であり、最高速度40ktで、ペイロード10,000tの積載能力を有する。軸出力50MWのガスタービン5機で動くウォータージェットを推進装置とする。貨物の積み下ろしは、船尾のランプからレイル・システムを利用して行われる。このレイル・システムは、予め荷積みされた2段重ねのコンテナを積み下ろしするものである。船舶は、排気トランクに邪魔されない2つの広い貨物デッキを有し、デッキ1の積載能力は750TEU、デッキ2の積載能力は680TEUである。図I-3、I-4に、FastShipの基本レイアウト図を示す。
 当該船舶は悪天候でも高速航行を維持できるように設計されている。船体設計には、従来型の船舶は航行速力を落とさざるを得ないような海況でも、速力を維持できる仕様が組み込まれている。開発者は次のように説明している。
 
 基本設計は新しいものではない。FastShip Atlantic社は、私の会社であるThornycroft, Giles & Company社から特許権の実施許可を受けている。そして、我々は既に小型の海軍舟艇及び旅客用舟艇や、いくつかの試験水槽で船体の試験を実施した。FastShipは、波を切るために深いV型の船首部を有し、船尾部はわずかに凹型となって広く浅く小さい空洞部を有する形状となっている。船体が速長比約1を通過すると、この流体力学的特性は、船尾部に第二の人工的波頭を発生させ、これが船舶の後部を持ち上げ、船尾の沈みを軽減する。第二の波はまた、2つの波の間の引き寄せ合う力を弱め、航走波からの圧力抵抗を抑える。
 
 第二の波頭が船体下の圧力を増すため、海洋波により引き起こされる抵抗を最小限に抑える。この船型により発生する動的支持力により、FastShipはウォータージェットに最適であり、航行速度を増すに従い、復原性が向上することになる。対照的に、従来型の船舶は、ピッチ、ロール、ヨーイング等の様々な船体に衝撃を与える動きを受けることになる。理論的には、FastShipは速長比2以上まで、スラミングすることなく、速度と復原性を維持することができるはずである。しかし、実際には、既存の推進システムでは、全長750フィート(約229m)のFastShipの最大航行速度は約45kt、つまり速長比約1.5となる。
 
 優れた復原性のため、FastShipは悪天候でも容易に航行速度を維持することができる。これは海のボーイング707と呼べよう。この航空機は、(嵐よりも高い高度の飛行能力を有するために)悪天候に左右されることなく、広範囲に及ぶ定期運航を提供することにより、ジェット機時代の先駈けとなった。強風と波浪の下では、平均的なコンテナ船の航行速度は23ktから17ktに低下するため、大西洋横断に2日間の遅れが出るのが普通である。同様の海況で、細型モノハル船は、33ktから約29ktに航行速度が低下し、半日以上の遅れが出る。しかし、FastShipは、通常40ktで航行しており、速力の低下はほとんどない。外洋の波による速力低下は最大2%であり、2時間以上遅れることはない。
 
 ガス・タービンを採用した根拠について、開発者はディーゼル推進機のスペースと重量を指摘した。通常のプロペラのかわりにウォータージェットを採用したのは、FastShipの航行速度で、ウォータージェットの効率性が高いことが理由である。
(図I-3)
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(図I-4)
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ターミナル設計
 FastShip開発者は、ノルウェーのTTSテクノロジーASA社が開発した荷役装置を採用し、全く新しいコンテナ取り扱い方式のターミナル概念を導入する計画である。鉄道ベースのトロリーを利用し、コンテナの迅速な積み下ろしを可能にする。積み込み用と、荷下ろし用のトロリーに十分な引込線がターミナルに設置される。積み込み用のトロリーには、ターミナルでコンテナを2層にあらかじめ積載し、船舶から荷下ろし用のトロリーが下ろされると同時に、荷積み用トロリーは船上に引き上げられる。18のトロリーを1列車とし、無人、遠隔操作の機関車を使って船上に引き上げ、引き下ろしが行われる。船上では、トロリーは自動的に固定される。それぞれの列車は、専用レイル・マウンティド・ガントリー・クレーン(RMG)下部の道路併用引込線上に配置される。配送用のトラックやシャーシーは引き込み線上のトロリーに横付けしRMGによって荷役作業が行われる。この配置により、コンテナ移動が一回ですむ。従来のコンテナターミナルでは、コンテナは何度も移動される。船への積み下ろし時、ストレッジ・エリアに積み上げられ、次に、トラクター/シャーシーに積み込み、積み下ろしが行われる。開発者によれば、このターミナル設計は船のターンアラウンドタイム1を6時間に短縮し、船の到着から8時間以内に、全貨物がターミナルを出ることができる。
鉄道ベースのトロリー・システム
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(図I-5)
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出典:米国特許番号5,832,856 (1998年11月10日)
MONOHULL FAST SHIP WITH IMPROVED LOADING MECHANISM,
発明者:David L.Giles
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オペレーション
 船の稼動休止時間を最小限に抑えるため、FastShipは、調達契約の一部に、主要な機関のサプライヤーによる長期的なテクニカル・サポートを含める計画である。たとえば、ロールス・ロイスとのガスタービン購入契約には、20年のサポート契約が含まれており、ロールスロイスは、フィラデルフィア地域に、FastShipを管理する保守施設を建設しなければならない。契約にはまた、オーバーホールまたは修理が必要なタービンの代わりに、迅速に搭載できるように5機の換装用予備エンジンの供給が含まれている。フィラデルフィア・ギア社とのトランスミッション購入契約では、サプライヤー側は、10年の修理保守パッケージを提供し、予備のギアボックスを確保することが義務付けられている。
 
ロジスティクス
 ドエル・タイムを最小限に抑えるために、貨物の通関手続きを加速すると同時に、開発者は船の到着と、陸上の配送をシンクロナイズする情報、管理システムを導入する計画である。このシステムの具体的な内容については明らかにされていない。また、FastShipが、どのようにして通関手続きを迅速化するつもりなのかもはっきりしない。通関手続きは、貨物の遅延の主因であり、通常、船舶運航者には手のほどこしようがない部分である。これらのシステムを設計し、実施するのは、FastShipの商業、マーケティング管理を担当するCP Shipsの責任となる。
 FastShipによれば、貨物の大半はターミナルからトラックで2日以内の地域のものである。開発者によれば、米国内の陸上輸送には、長距離トラック輸送を利用する模様である。シェルブールで荷下ろししたコンテナは、専用列車を利用し、ヨーロッパ内の配送地点に輸送する計画であるとしているが、陸上配送の距離を考えると、トラック輸送となる可能性が高い。
1-6 資金調達
 
 FastShipプロジェクトのコストは巨額にのぼり、資金調達は、プロジェクト実現の大きな難関となっている。プロジェクト・コストとその内訳、そして開発者側の資金調達計画を以下に考察する。
 
船舶建造コスト
 37kt船の建造コストについては、様々な数字が出ている。最初、一隻あたり1億5,500万ドルとされていた。開発者側が最近言及した数字は、2億ドル前後であった。しかし、これらの数字のいずれも、MarAdにプロジェクト・コストとして出された数字とは一致しない。タイトルXI融資保証の申請は、4隻のFastShip建造コストを17億1,500万ドルとしており、一隻あたりのコストは4億3,000万ドルとなる。この数字の内訳の詳細は公にされていないが、プロジェクト・コストには、少なくとも、造船所との契約船価、設計・エンジニアリング契約、乗員の訓練、建造中の利息、MarAdの保証手数料が含まれている。また、この金額には、荷役用のトロリーシステムのコストも含まれていると考えられる。しかし、恐らくこの数字には、ターミナルの建設や港湾の改善コストは含まれていないであろう。これらのコストは、タイトルXI融資保証の対象にはならない。
 
港湾の改善、ターミナル建設コスト
 新しいFastShip運航受け入れターミナル建設にかかるコストについては、限られた情報しかない。シェルブールの商工会議所と仏政府が、シェルーブルの新ターミナル建設に5,700万ドル、プロジェクトを支援する陸上高速道路インフラの建設または、改善に6,700万ドルを投資すると報じられている。また、フィラデルフィアの新ターミナルには1億2,500万ドルの投資が必要だと報じられている。
 
収入TEUあたりのコスト
 提案されている新サービスの総コストについての詳細は、公表されていない。しかし、ワシントン郊外のロジスティクス・コンサルティング会社であるマージグローバル社は、FastShipのために市場調査を行い、FastShipのTEU当たりのコストは、通常のコンテナ船よりも85%高くなると結論した。マージグローバル社によれば、通常のコンテナ船のTEUあたりのコストは1,225ドルであるのに対し、FastShipを使用した場合、2,263ドルであった。
(図I-6)
 FastShipと通常のコンテナ船の収入TEUあたりのコスト比較
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出典:MergeGlobal
 
採算運賃
 ユニットコストの推定から、FastShipの運賃は、通常運賃よりも50%から100%割高となることが予測される。マージグローバル社によれば、通常の海上輸送の採算運賃はTEUあたり1,200ドルから1,300ドルであるのに対し、FastShipの採算運賃は、TEUあたり2,000ドルから2,400ドルとなる。
 アナリストはまた、FastShipの採算運賃と、航空便、船便の各種サービスのポンドあたりの「典型的」運賃を比較している。FastShipの採算運賃はポンド2あたり、0.12〜0.20ドルである。比較すると、2〜4週間配達の、直通海運サービスでは、ポンド当たり、0.06〜0.12ドル、3〜5週間配達の標準海運サービスでは、ポンド当たり、0.04〜0.08ドルであった。航空便は、優先サービスか標準サービスかによって、採算運賃はポンドあたり0.45〜1.50ドルと差がある。同社のアナリストによる、FastShip、船便、航空便の採算運賃の推算を次に示す。
(表I-1)
 北大西洋航路のポンド当たりの採算運賃
輸送形態 ドア・ツー・ドア
所要時間
輸送時間変動性 ポンド当たり運賃
優先航空便 2〜3日 ほとんどなし $1.50
標準航空便 4〜7日 並(1〜3日) $0.45〜0.85
FastShip 7〜12日 低(1日) $0.12〜0.20
直行船便 14〜28日 高(最大5日) $0.06〜0.12
標準船便 21〜35日 非常に高い(最大7日) $0.04〜0.08
出典:MergeGlobal
 
FastShipのユニットコストは現実的か?
 FastShipサービスの経済性は、船舶にかかる初期費用と、運航上の燃料費にかかっている。マージグローバル社によれば、燃料費と元利支払コストが、FastShipのTEUあたりのコスト総額の50%を占める。これらのコスト要素の重要度を考慮すれば、船価、燃料費のいずれに大幅な変動があっても、運航の経済性は深刻な影響を被る。
 FastShipの採算運賃を推定するにあたって、マージグローバル社は、船舶所有コスト(元利支払コスト+出資金還元)は、TEUあたり約450ドルと算出した。次のような支払スケジュールを仮定して、この数字を確認してみた。
(1)15億ドルについて、利率7〜8%償還期間25年、
(2)2億1,500万ドルについて、利率15%で償還期間7年
 (1)は、タイトルXI融資保証の条件であり、(2)は出資者に対する償還である。半期毎の支払スケジュールでは、船舶所有コストは年間1億7,800万ドルから1億9,000万ドルとなる。それぞれの港から週に各3便が出航すると仮定すると、4隻のFastShipのそれぞれが、年間39往復、合計156往復することになる。各航海でそれぞれの方向に一隻あたりの積載量を1,360TEU(ユニット・コストの算出のためにマージグローバル社が使用した数字)として、156往復で、輸送量は年間424,320TEUになる。船舶所有コストを、年間輸送TEU数で割ると、船舶運航コストはTEU当たり420〜450ドルとなり、マージグローバル社による数字とほぼ一致する。
 しかし、採算運賃の分析において、燃料費が過小評価されている可能性がある。FastShipは、5基のロールス・ロイス・トレント級舶用ガスタービン(合計軸出力250MW。335,000BHPに相当)を搭載する。これは舶用としては最大規模の動力設備である。最大規模の空母であるニミッツ級でさえ、280,000BHPである。ロールス・ロイス・トレント級タービンの燃料消費は、100%負荷で204g/kWh、75%負荷で240g/kWh前後である。航海を通じて100%負荷となるのは現実的ではなく、一航海の平均的な負荷率を75%と仮定すると、FastShipは一時間当たり45t (240g/kWh x 250MW x 0.75)、一日1,080tを消費する。これらのタービンにはDMXまたはDMA蒸留燃料油(ジェット燃料)が必要であり、現在の燃料価格はトン当たり約300ドルである。それゆえに、一日の燃料コストは約325,000ドルとなり、4日間の片道航海には、西航路・東航路それぞれ約130万ドル、往復で260万ドルの燃料コストがかかることになる。往復260万ドルで、一年間156往復に4億400万ドルがかかる。4億400万ドルを424,620TEUで割ると、TEUあたりの燃費は952ドルとなる。この数字は、アナリストのTEUあたり680ドルという推算よりも40%割高であり、採算運賃はTEU当たり約270ドル、ポンド当たり約0.02ドル上昇する。
 以上は、片道当たり1,360TEUを輸送するとした場合の試算であるが、マージグローバル社が仮定した積載率は非現実的である。1,360TEUは、システム積載率95%に相当(1,360TEU÷1,430スロット)するが、スロット消化率がこのような高効率になるとは考えられず、積載率75%、156往復で334,620TEUという数字が現実的であると考えられる。積載率を低く設定することにより、ユニットコストはTEUあたり2,870ドルに上昇する。さらに、割高の燃料コストを考慮すれば、TEUあたり3,100ドルを超える。
 
資金調達
 FastShipは、米国政府の融資保証、売り手融資、顧客によるサービスの利用の確約を組み合わせて、この事業の資金を調達しようとしている。J.P.モルガン証券会社が、本プロジェクトの金融アドバイザーとして関与している。
 開発者は金融アドバイザーを通して、17億1,500万ドルのプロジェクトを支援するために総額15億ドルのタイトルXI融資保証の適用をMarAdに申請した。MarAdの融資保証が承認されれば、融資の償還は米国政府が完全に保証することになり、貸し手の信用危険は消滅する。融資保証により、借り手は10年満期の財務省証券の平均利率に1%上乗せした利率で、長期融資を受けることができる。融資の償還期間は25年間であり、通常の民間融資機関を通しての造船融資よりも大幅に長い。タイトルXI融資に関連する手数料は、(1)申請手数料5,000ドル、(2)最初の1,000万ドルについて0.5%、1,000万ドルを超えた金額には0.125%の審査手数料、(3)負債償還時点での価値について0.05〜0.1%に相当する保証手数料、である。現在のところ、FastShipの開発者がMarAdに支払っているのは、申請手数料5,000ドルのみである。
 いくつかの機器メーカーと、プロジェクト参加者が、サプライヤー融資または、出資に対して積極的だと伝えられている。サプライヤー融資により、12.5%というタイトルXI融資保証の自己資金調達要件を満たすことができる。ロールス・ロイス社とフィラデルフィア・ギア社は、ベンダー・ファイナンシングに積極的だと伝えられている。Maincoは、シェルブールのターミナル機器の投資の債券を引き受けるつもりであると伝えられている。CP Shipsは、本事業に小規模な株式投資を行うつもりがあるとされている。これらの企業が参加の引き換えに要求している条件についての詳細は明らかではない。経験から言えば、このような、ベンチャー事業に対する信用貸しに積極的な企業は、MarAdが課す条件を知ると、逃げ腰になることがよくある。サプライヤー・クレジットに対する支払は、MarAd融資の下位に置かれる。また、サプライヤー・クレジットの固定返済スケジュールを防ぐために、収益の配当を制限する融資条項がある。
 タイトルXI申請をサポートするために、FastShipは4社の国際的運送業者から、使っても使わなくても支払う方式で、将来の貨物スペースを販売する大量貨物コミットメントの契約を取り付けている。AKI、Kuehne&Nagel、Circle International(現Eagle Global Logistics)、GeoLogistics、MSAS Global LogisticsがFastShipと貨物保証契約を結んだとされている。VolvoとPanalpiaがFastShipと長期的貨物保証について話し合ったという報道もある。しかし、詳細は公表されておらず、それぞれの企業の関与の度合いは不明である。
1-7 問題点
 
 最大の難点は資金繰りである。発足以来、資金繰りがプロジェクト進行を妨げてきた。17億ドルというのは、巨額であり、立証されていない技術を使ったプロジェクトに疑いが持たれるのは当然である。この懐疑論に加えて、高速船プロジェクトの失敗例には事欠かない。1970年代の33ktSL-7、最近では25ktのADCL船(4章参照)があげられる。さらに、商船初の巨大な主機の導入がある。5基のロールス・ロイス製ガス・タービンは、飛躍的な動力の増大であるだけでなく、初の商用搭載である。使用される技術と、プロジェクトの商業的実現可能性について、相当な不確定要素が存在することが、当然ながら資金調達にも影響している。
 9月の初旬には、本プロジェクトの実現は絶望的に近い状態であった。MarAdのタイトルXIプログラムは最近攻撃を受けており、本プロジェクトはタイトルXIの将来の資金に大幅に依存している。そして、タイトルXI融資保証を受けられなければ、本プロジェクトの資金繰りの目処は全くたたない。しかし、同時多発テロ後、国防総省がFastShip船を高速軍用海上輸送(シーリフト)に使用することを検討し、プロジェクトは息を吹きかえしたかに見えた。しかしながら、国防総省内部の少なくとも一つの分析は、FastShipは、シーリフト計画者の基本的要件を満たすに十分な貨物を輸送できないと結論している。本プロジェクトがどの程度蘇生したかは、今のところ不明である。








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