3. 武力紛争時の海上交通の安全確保
3.1 法的枠組の整理
3.1.1 海洋法と海戦法規・海上中立法の相互関係
戦争ないし武力行使が違法化された現代国際法において、海洋法と海戦法規がいかなる関係にあるかは、既に触れたように、完全には整理されていない。従って、個別具体的な事案がいずれの規則で規律されるかの問題が残っている。例えば、公海上で外国船舶を臨検することは、海洋法の枠内では、特定の海上犯罪のような場合を除き許容されていない。他方、海戦法規では、武力紛争の相手国の船舶等への臨検等が一般的に許容される。適用法規によって船舶等の扱いが大幅に異なるのであるから、海洋法と海戦法規の相互関係を整理する必要は実際上も大きい。
また、戦争違法化の影響から、中立法の妥当性そのものに疑問が呈せられており、中立法が法的に依然妥当するとしてもいかなる武力紛争に適用されるかも依然未解決の問題である。我が国の場合、中立法の一分野たる海上中立法の検討は、非常に重要な意義を有する。何故ならば、外国間に生じた国際的武力紛争において、いずれかの紛争当事国により我が国船舶に影響を及ぼす措置がとられることが十分に考えられるからである。これまでも、我が国船舶の中東戦争における被弾事例や、イラン・イラク戦争での海上捕獲、戦争水域等による被害事例が生じている。
3.1.2 武力紛争の定義問題
海戦法規や海上中立法の適用の前提となるのは、武力紛争の存在である。いかなる事態がこれらの適用のある武力紛争を構成するかは、海洋法との相互関係を考える上で前提的に処理しなければならない問題なのである。この武力紛争の定義問題は、海戦法規に限らず、武力紛争法全体に関わる論点でもある
(9)。また、国連平和維持活動や海上阻止行動
(10)の実施に伴い、武力紛争と認識される事態が生じうるかも議論されている。
しかし、武力紛争は関連条約条文では明確には定義されておらず、学説上も諸説がある。議論の焦点となっているのは、非国家的主体の行為の法的評価の他、暴力行為の烈度(intensity)によって武力紛争か否かが定まるのか、そうであるとしても、武力紛争であるためにはどの程度の烈度が必要とされるかである。
この問題は、とりわけ、いわゆるテロ行為の扱いに関わってくる。2001年9月に生じた対米テロ事件では、米国は当該のテロ行為が武力攻撃を構成するとして自衛権を発動したが、米国のこの対応には法的批判が生じた。同様のテロ行為が我が国の領域、艦船又は航空機に対して行われた場合、あるいは、特殊な小部隊による破壊工作、潜没潜水艦の領水侵入のような状況が生じた場合、これを武力紛争の枠組みで捉えるか否かの判断を我が国は迫られることになる。
ところで、現在、いわゆる有事法制が議論されているが、国際法上は、武力紛争か否かによって適用される規則が大きく異なるのであるから、有事法制検討においてもこの相違に適当な考慮をはらわなければならない。
3.1.3 武力紛争の区別問題
武力紛争についてさらに問題となるのは、特定の武力紛争が国際的、非国際的のいずれであるかという武力紛争の区別である。国際的武力紛争であれば、海戦法規を含む武力紛争法の全体の適用がある。他方、非国際的武力紛争(内戦)であれば、交戦団体承認が今日最早なされない以上、ジュネーヴ諸条約共通第3条や第二追加議定書の適用しかない。また、海上中立法の適用も原則としてない。
武力紛争の区別は、非国際的武力紛争の紛争当事者のいずれか一方又は双方に対し外国の支援がある場合に特に問題となる。また、我が国近隣諸国との関係で付言すれば、長期にわたり事実上独立の国家的実体として存続してきた台湾と中国の間で武力紛争が生じれば、これをどちらのカテゴリーの武力紛争と認識するかの問題が生じる。これは、中国及び台湾の海上兵力が紛争非当事国船舶に対しいかなる措置を海戦法規・海上中立法上とりうるかに直接的に関係する。
3.1.4 武力紛争当事国の定義問題
武力紛争と認識される事態が生じた場合、どの範囲の国家がその当事国となるかの問題もある。国家の命令で派遣された部隊が組織的な戦闘活動その他の暴力行為を行うのであれば、そのような国家は武力紛争の当事国(交戦国、belligerent)とされるであろう。
我が国が個別的自衛権を発動して、自衛隊が組織的戦闘を行うような状況においては、当然、我が国は紛争当事国となる。議論があるのは、そのような直接的戦闘活動に至らない活動を一方の紛争当事国を支援して実施する場合である
(11)。武力紛争法上、一方の紛争当事国への直接的支援が敵対行為(hostilities)を構成する場合があることは否定できない。おそらく、紛争当事国艦艇に対する洋上補給や軍事的情報の直接的送信等はこれに該当するであろう。こうした活動と戦闘が実施される地域又は海域との地理的又は時間的近接性を別途検討する必要があるかもしれないが、我が国憲法上行使が認められないとされる集団的自衛権行使に該当しないと解される行為であっても、武力紛争法上敵対行為を構成する可能性があることに注意を要する。
このような活動を我が国が行った場合、それでも我が国は、紛争非当事国の地位に留まり、海上中立法の適用のある事態であれば、その違反をなしたにすぎないと認識されるのか、あるいは、我が国が武力紛争当事国に転化するとみなされるかは甚だ興味深い問題である。我が国が支援する武力紛争当事国の相手国が我が国艦船等に対し何らかの措置をとるような事態に立ち至った場合を想定し、我が国はそれ自身の法的地位をどのように説明するのが得策かを検討し、関係諸国に対し十分説得的な説明が可能なようにしておく必要がある。
3.2 我が国が武力紛争当事国である場合
3.2.1 自衛隊艦艇・航空機
我が国が武力紛争当事国である場合には
(12)、我が国自衛隊の艦船と航空機は、合法的攻撃目標となる。自衛隊の艦艇及び航空機の内、病院船、衛生舟艇や衛生航空機としての地位を有するものがあるとすれば、それらは関連海戦法規の範囲内で保護対象となる。しかし、潜水艦救難艦や救難用航空機を含め他の艦艇及び航空機は、無警告の攻撃対象となる。
3.2.2 海上保安庁船艇・航空機
海上保安庁は、海上警察であって、原則として文民機関として保護されるものと思料される。しかし、戦闘参加、対潜哨戒、軍事的情報送信その他の形態で直接的に自衛隊を支援する場合には、保護される地位をその限りで喪失するであろう。
海上保安庁が自衛隊法第80条により防衛庁長官の指揮下に入った場合、海上保安庁船艇が国際法上の軍隊の一部として一般的に攻撃目標となるといってよいかとの問題がある。つまり、防衛庁長官指揮下にあるとき、海上保安庁法第25条といかに整合的に解するかが問われるのである。軍隊の指揮下にあって引き続き警察機関としてのみ行動するという解釈もありえる。このとき海上保安庁は、なお文民機関として保護されるという解釈もできる。
しかし、海上保安庁法第25条が「この法律のいかなる規定も」としているにすぎないから、他の国内法によって国際法上の軍隊の機能を海上保安庁に付与することができるとされるならば、別の考えもありうることになる
(13)。いずれにしても、我が国においては、自衛隊と海上保安庁の関係について整理されていないところがあることは認識されてよいであろう。
3.2.3 我が国船籍商船
海上交通の確保の観点から関心がもたれるのは、我が国商船の取り扱いである。武力紛争当事国商船は、敵性を有するものとして海上捕獲や封鎖といった海上経済戦(economic
warfare at sea)の対象となる。1936年の潜水艦議定書のような従来の海戦法規では、商船は攻撃目標とはされてこなかった。しかし、1980年代のイラン・イラク戦争やフォークランド戦争を一つの契機として、陸戦法規と同様の機能的目標選定基準が海戦法規に導入される傾向にあり、一定の範囲の商船は直接の攻撃目標とされるようになったと考えられる
(14)。このことは、米海軍を含む西側諸国の作戦教範やサンレモ・マニュアルからも確認される
(15)。海戦法規におけるこうした攻撃目標選定基準についての新たな展開を念頭に我が国商船の保護を考える必要があるが、海上自衛隊は潜水艦議定書のような旧来の規則に固執しており、結果として我が国商船の安全を危うくするのではないかという懸念が持たれる。
3.2.4 便宜置籍船
海戦法規は、商船の敵性の有無を基本的にはその船籍国が武力紛争当事国か否かで判断してきた。便宜置籍船については、従来の海戦法規は詳細な定めを持たない。現在の我が国海上交通の主要な担い手は、便宜置籍船であり、我が国が武力紛争当事国の場合に紛争相手国からこれらがどのような取り扱いを受けるかを検討する必要が残る。
3.2.5 商船護衛
我が国船籍商船及び我が国法人等が運航する便宜置籍船の効果的な護衛を検討しなければならない。商船護衛については、第一次大戦中の地中海での経験からその近代戦における重要性を認識しながら、第二次大戦ではこれに完全に失敗し、我が国商船隊は壊滅した。
我が国海上兵力の規模や政治的事情からして、いわゆる1000海里シーレーンをこえる護衛には無理がある。また、近い将来に商船に対する他国からの重大な軍事的脅威が生じるか否かについても慎重に評価する必要がある。しかし、第二次大戦における失敗の主要な原因の一は、我が国法制度上の不備であったことに疑いはない。我が国を当事国とする武力紛争が生じた場合の商船護衛のための法的措置の研究を実施する必要がある。
3.2.6 我が国周辺海域における措置
我が国が武力紛争当事国となった際には、その紛争に個別的自衛権で対処しているならば、自衛権行使要件たる必要性及び均衡性の範囲内で相手国艦船及び航空機に対し必要な措置がとれる。具体的には、海戦法規で攻撃目標とされる艦船及び航空機に対する無警告攻撃や、海上経済戦の対象となる船舶及び航空機の捕獲等である。
他方、武力紛争相手国と通商を行う紛争非当事国の船舶及び航空機を海上経済戦手段によって妨害できるかについては、武力紛争相手国に対する自衛権を根拠として行動している場合、整理しなければならない論点が残されている。さらに、武力紛争非当事国船舶を捕獲できるかは、我が国憲法における交戦権の解釈にも関わる
(16)。
また、日露戦争時の防御海面を想起させるような、我が国領海をこえる海域に我が国防衛のための特殊水域を設定し、紛争非当事国の艦船と航空機の通航を禁止又は統制できるかの問題もある。通航の禁止については、領海の一部に航行禁止区域を設けることは可能とも思われるが、国際海峡とされる領海部分については国家実行は必ずしも統一的ではなく、学説も見解が分かれる。
なお、かつて冷戦中に宗谷、津軽及び対馬の三海峡の我が国による「封鎖」が議論を呼んだ。ここでいう封鎖が海戦法規上の戦時封鎖(belligerent blockade)であるならば、それは、紛争相手国領域又はその支配地域沿岸にのみ設定しうることからして、三海峡封鎖は法的にいえば成立しえない。我が国沿岸を封鎖と称して特別な航行禁止水域を設けることはできないことは確かなのである。
3.3 我が国が武力紛争非当事国である場合
3.3.1 自衛隊及び海上保安庁の艦船・航空機
我が国が外国間に生じた武力紛争の非当事国であって、いずれの当事国に対する敵対行為もとらないのであれば、海上自衛隊及び海上保安庁の艦船・航空機の通航には法的には特段の問題を生じない。これらの艦船又は航空機が武力紛争当事国軍隊構成員たる難船者を救助することにも法的問題はない。しかし、これらの者をその本国またはその相手国に引き渡す場合には、ジュネーヴ第二条約や第一追加議定書の関連規定に注意を払わなければならない
(17)。
3.3.2 我が国船籍商船
我が国が3.3.1と同じ地位にある場合でも我が国商船は、武力紛争当事国による海上経済戦手段の対象となる。さらに、一定の条件を満たしたときには、海上における軍事目標とされることもありえる。
こうした措置の対象となった場合には、我が国が中立義務を課せられているとすれば、海上中立法の定める範囲で紛争当事国の措置を黙認しなければならない。問題は、我が国が厳密な意味における中立国ではない場合である。このとき、海上中立法の適用を否定し、従って、中立義務の一たる黙認義務も存在しないとして、損害賠償請求その他の責任追及を加害国である武力紛争当事国に対し行うことも考えられる。
しかし、第二次大戦後の中東戦争、印パ戦争やイラン・イラク戦争のような武力紛争での当事国の非当事国船舶等に対する海上での措置については、厳密な意味での中立国ではない諸国もほぼ例外なくこれを黙認しているという一貫した国家実行が存在する。我が国船舶が影響を受けた中東戦争での山城丸事件やイラン・イラク戦争でのいくらかの事例においても、我が国は紛争当事国に損害賠償等を直接に請求していない。
戦争違法化に伴い、中立法はその総体として法的妥当性を喪失したともされている。しかし、海上における黙認義務については、従来の海上中立法に従った実行が見られる。このことにより、戦争違法化の影響を受けない中立法の部分が存在することが示唆される。我が国船舶に損害が発生するような事態において、こうした海上中立法を巡る第二次大戦後の国家実行を踏まえて対処することが重要である。
なお、一方の紛争当事国軍隊の艦艇又は航空機の護衛下で我が国商船が航行する事態も想定される。紛争当事国軍隊の護衛下の商船は、臨検を拒否するものとみなされるか、あるいは、護送艦艇による臨検に対する抵抗が当然あるものとされて、他方の紛争当事国による無警告攻撃の対象となるので注意を要する。
3.3.3 便宜置籍船
我が国法人が運用する便宜置籍船については、特定の武力紛争におけるその旗国の法的地位がまず問題となるが、海上経済戦手段等で当該の法人が損害を受けた場合は、基本的には3.3.2と同様に考えられる。
3.3.4 誤射対策
武力紛争で本来攻撃対象ではない船舶が誤認によって射撃を受けることが少なくない。第二次大戦以降の武力紛争でも例えば印パ戦争やフォークランド戦争において誤射により商船が大きな損害を受けた
(18)。米海軍巡洋艦によるイラン民間旅客機撃墜事件のように、戦闘の行われている海域とその周辺では、特に誤射の危険が大きい。
攻撃に際し、合法的目標か否かを識別する義務は攻撃側にあるとはいえ、誤認を避けるため、我が国商船の航行を関係国際機関等を通じてか又は直接に武力紛争当事国に通報する必要があろう。フォークランド戦争では、米国が英国とアルゼンチン双方に米国船籍商船及び米国法人が運航する商船の航路等を通報したとされている。また、紛争非当事国商船であることが確実に伝達され、かつ、紛争当事国艦艇が欺瞞的に使用することが困難な効果的識別手段の開発も望まれる。