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2. 海上交通の安全確保と沿岸海域における法秩序維持
2.1 海洋法秩序の維持
2.1.1 海洋法条約
 海洋法条約は、基線の設定方式や無害性の判断基準をある程度明確化した。さらに、国際海峡の通過通航権を成文化し、群島水域における無害通航権と群島航路帯通航権を設定した。こうした様々な通航権は、我が国艦船及び航空機の通航確保のため重要である。
 海上交通の安全確保は、海洋法条約の定める通航制度が総体として基本的に我が国の利益に資することに鑑み、この維持とそこで示された権利及び義務内容の一層の明確化に努める必要がある。
 
2.1.2 領水に関するexcessive claim
 海洋法条約で領水の外縁設定について一定の基準が設定されたが、こうした基準に合致しない領水の設定がないわけではない。特に、ピョートル大帝湾のように歴史的水域と主張して内水が拡張される場合には、外国艦船及び航空機への影響が大きい。
 海洋法条約又は慣習法からして行き過ぎとされる主張(excessive claim)がなされた場合、例えば米国は、freedom of navigation programと称して、海軍艦艇や航空機を意図的にかかる水域に進入させ、通航権の存在を主張してきた。シドラ湾を巡りリビアと米国の間で生じたように、こうした行為により武力衝突が惹起されたこともある(2)
 excessive claimによって我が国艦船と航空機に通航に支障が生じることが考えられる状況となった場合の方策を検討しておく必要があるが、米国のような強硬な方式は、我が国はもちろんとれないであろうから、紛争平和的解決手段の構築が重要であることはいうをまたない。
 ところで、我が国領水は、「領海及び接続水域に関する法律」に基づく直線基線設定によって大幅に拡大された(図1参照)(3)。この個別の直線基線の引き方に全く問題がないかは一応確認しておく必要があるかもしれない。我が国の場合、日本海側、太平洋側双方について直線基線の引き方にexcessive claimとされるような箇所があるか否かは直ちには明らかではないが、太平洋側については対岸が遠く離れており、問題が顕在化しないのは我が国にとり幸運であるといえよう。
 
図1 日本の直線基線(海上保安庁水路部、前掲注(3)より。)
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2.2 各海域における問題
2.2.1 無害通航の確保
 各種大型タンカーを含む我が国艦船の外国領海における無害通航が確保されなければならない。外国領海を通航する便宜からすれば、無害性の判断に関する基準としては行為態様別基準の方が好都合であるといえる。
 一方、我が国は、核兵器を搭載又は輸送する艦船の通航の無害性を非核三原則の観点から否定し、その意味で船種積荷別基準を使用している(4)。また、他の理由から船種積荷別基準による規制を海洋法条約第19条1項に基づき、個別の事例ごとに無害でないことを立証して行う可能性もある。我が国領海での無害性判断基準と同様の基準を他国が使用して我が国艦船を規制しても我が国としてはこれを容認せざるをえないことになるであろう。また、我が国によるプルトニウム輸送の際に示されたごとく、核物質の通過が無害ではないとする沿岸国が生じることも考えられる。我が国艦船が核兵器を搭載輸送することは当面考えられないとしても、我が国艦船が輸送する他の核物質の外国領海通過を巡って問題が生じるかもしれない。
 
2.2.2 領海における沿岸国の積極的義務
 沿岸国は、通航船舶に対する危険で承知しているものを通報する義務がある。さらに、進んで、無害通航に対する妨害を積極的に排除する義務が沿岸国にあるかも検討する必要がある。
 このことは、沿岸国が無害通航に対する妨害、例えば、領海内通航船舶に対する私人による略奪等を効果的に排除できない場合には、通航船舶の旗国の海上警察による法執行の援助を受け入れるよう要求できるかという問題にも関わってくる。また、結果として沿岸国の海上警察力の増強を要求するような局面も生じるかもしれない。
 沿岸国が領海の法秩序をより積極的に維持する義務の側面からの検討は、最近の実務的問題の処理のため、もっと注目されてよいであろう。また、立法論的ながら、こうした考えを一層進め、つまり、領海の秩序をより広義に解するようにすることで、通航そのものは沿岸国に対し無害であるような第三国に仕向けされた密航仕組船等に対する旗国又は仕向地国の法益の観点からの措置もありうるかについても検討の余地があろう(5)
 
2.2.3 通過通航権
 海洋法条約によって条約上の表現となった通過通航制度は、領海12海里の時代にあって国際海峡における通航及び上空飛行の確保に重要な役割を果たしている。我が国としては、いかなる海峡に通過通航制度の適用があるかや、その制度の具体的内容を国家実行から確認しつつ(6)、その維持に努める必要がある。
 他方、我が国はよく知られているように、依然として、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、同海峡西水道及び大隅海峡の五つの特定海域については、領海幅員を「当分の間」3海里のまま凍結するとしている(特定海域の例として図2の大隅海峡を見よ)。これらの海峡は、他の我が国領海同様12海里領海とされれば、地理的基準及び使用基準を満たして国際海峡となることに疑いがない水域である。これらを3海里のままにしているのは、通過通航制度が細部まで確定していないからであるとされる。しかし、これら海域全てを領海化した場合、核兵器搭載を理由にそこにおける通過通航権を否定できないことから、非核三原則との抵触を懸念して領海幅員を3海里のままにしたことが公然と語られている。
 この結果、特定海域については、3海里領海内無害通航と領海外回廊自由通航の組み合わせとなった。基線から3海里以遠を我が国領域から外しているので、従って、そこにおいては、いなるものの通航であっても問題とせずにすませられる(排他的経済水域等関係法令違反を除く)。また、基線から3海里内での潜水艦潜没航行と航空機上空飛行を排除する効果を得ている。なお、我が国は、その領海内に通過通航制度の適用のある国際海峡が存在するかを明らかにはしていない。
 こうしたことは、我が国の政策との衝突を回避するため海洋法条約規定を上手に使ったとも評されようが、通過通航制度の趣旨からして妥当か否かを検討する必要がある。いずれにしても、外国国際海峡における我が国と同盟国の艦船及び航空機の通過通航を確保しようとすることと、我が国の沿岸国としての立場にはある側面において若干の齟齬があるようにも思われる。
 
図2 海上保安庁ホームページより。
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2.2.4 排他的経済水域
 排他的経済水域(exclusive economic zone, EEZ)においては、艦船の通航と航空機の上空飛行を規律する規則は、原則として公海のそれに同じである一方、資源等についての主権的権利又は管轄権は沿岸国に属する。問題となるのは、海洋法条約がいずれに帰属させるかを明記していない形態でのEEZの利用である(いわゆる残余権)。軍事演習や軍事目的調査が特に問題とされる。
 我が国EEZ内での外国によるこうした活動は、我が国にとり好ましくない影響を与える場合もあり、海上交通への潜在的な脅威となることもあろう。しかし、他方で我が国の同盟国たる米国は、外国EEZ内でもこの種の活動を積極的に実施している。従って、一般的にEEZ内での軍事演習や軍事目的調査につき異を唱えることは困難ともいえ、板挟み的状況に置かれている(7)
 なお、海上交通の安全確保とは別問題であるが、我が国の行うEEZその他の海域での海洋科学調査に海上自衛隊の特務潜水艦を含む艦艇又は航空機を利用することを検討してもよかろう。米海軍は、実際にこのような調査に協力している。この場合、純粋な科学調査目的であることを踏まえて、データ公表はもちろんのこと、外国研究者同乗を積極的に認めるのが得策である。
 
2.2.5 軍事的安全保障を目的とする特殊水域
 沿岸国によりその軍事的安全を確保するための特殊水域設定の主張がなされることがある。当該沿岸国を当事国とする武力紛争が存在している場合はともかくとして、領海を超える海域において艦船及び航空機の通航に制約を加える水域は、海洋法条約で認められているとは言い難く、かかる水域が我が国近傍で設定された場合には、適切な手段で抗議する必要がある。
 
2.2.6 公 海
 公海における海上交通に対する脅威は、現状では、私人による海賊行為が主なものとなっている。なお、同種の行為は、沿岸国領水内でも生じている。公海上(この場合EEZ内を含む)での対処は、いずれの国の軍艦又は権限ある政府船舶でも可能である。我が国の場合、海上保安庁により我が国船舶上で行われた犯罪につき対処がなされるが、外国船舶上又はそれらの船舶間でなされたときの措置には限界がある。また、自衛隊艦艇については、海賊取締権限が国内法で与えられていない。従って、現状では、海難に遭遇した船舶とみなして被害船舶に一定の援助を与えるのが精一杯であろう。こうした現行法上の限界をいかに評価するかが問われる。また、アキレ・ラウロ事件のような海賊に該当しない船舶乗取その他の海上犯罪にどのように対応するかの問題もある。関連条約に従った措置の検討が必要である(8)
 最近、海賊等対処に関連して、海上保安庁巡視船が遠くインド洋等で哨戒を実施しているが、沿岸国当局との緊密な連携が必要である。さらに、海上自衛隊艦艇又は航空機を沿岸各国と協同しての哨戒に当たらせるとの構想も一部にある。海上犯罪の抑圧のための協力の企図には一定の評価が与えられよう。しかし、海賊、奴隷取引といった行為の取締に乗じた海洋支配が海軍国によって企図されてきたという歴史的ないきさつを想起しなければならない。国際協力としての海賊等取締には、こうした事情への十分な配慮が必要である。
 なお、海軍力を使用した多数国間の協力には、海上犯罪取締、国連平和維持活動、国連決議に基づくいわゆる海上阻止行動(maritime interception/interdiction operations, MIO)や環境保護活動など様々な形態がありうる。こうした海軍力を用いた協力をOcean Peace-Keeping(OPK)と総称することがある。しかし、性格を異にする活動をOPKと称してまとめることには、理論上の無理があり、かかる呼称により誤解が生じる可能性もある。








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