II.海上交通と安全保障―その法的枠組み―
防衛大学校 国際関係学科 真山 全
1. はじめに
1.1 海洋法条約体制
我が国にとって、海上交通の確保及び管轄権が及ぶ沿岸海域における法秩序の維持が極めて重要であることはいうをまたない。それらをいかなる手段で実効的に確保するかが検討されなければならないが、そのための前提的な法的枠組は、1982年に採択された「海洋法に関する国際連合条約」(海洋法条約)である。21世紀後半以降のような遠い将来は別にして、ここ当分の間、この条約を前提に検討を行わざるをえない。
海洋法条約によって、海洋法秩序について一応の整理がなされた。海洋法条約は、周知の如く、海域の区分を定め、それぞれの海域における沿岸国及びその他の国の権利及び義務、艦船と航空機の通航及び上空飛行の形態を規律するとともに、各海域での資源の利用を律している
(1)。我が国は、1996年に海洋法条約の締約国となるにあたって国内法を制定し、その実施に必要な法整備を了している。
海洋法条約における艦船と航空機の通航及び上空飛行に関する諸規定は、基本的には我が国海上交通の確保に資するものと考えられる。もっとも、最近の情勢の変化や海洋法条約が念頭に置かなかった事態その他との関連で、いくらかの事項につき今後さらに検討を行わなければならないであろう。
1.2 海洋法における権利と義務
従来は、海洋法で認められた通航権等の権利の側面から我が国海上交通の確保や我が国領海における外国艦船の通航が語られることが多かった。こうした通航権を確保するために沿岸国に課せられた義務の観点から新たに検討を行う必要が生じているようにも思われる。
例えば、領海における無害通航を確保するために、沿岸国はいかなる義務を負うのか、無害通航を妨害しないという消極的義務をさらに進めて、無害通航を確保するためその障害となるような様々な行為等を積極的に排除する義務が沿岸国にどの程度あるのかという側面から検討を加える必要があるように考えられる。
1.3 通航国としての立場と沿岸国としての立場
我が国にとって、国際海峡等の外国沿岸での安全な通航を確保することが重要である。これと同時に、我が国はその領海における外国艦船と航空機の通航及び上空飛行を適切に規制し、我が国領海における法秩序を維持しなければならない。
この二つの要請が存在していることは、我が国に固有の事情ではもちろんない。いずれの国においても、この二つの要請が国内情勢等から衝突し、その調整が要求されることがある。二要請が我が国において首尾よく調整されているかを改めて検討しなければならない部分があるであろう。
1.4 米国の立場との異同
我が国海上兵力が全ての海域における我が国船舶及び航空機の安全を確保するには足りず、またそのような目的での兵力増強は全く現実的ではないことは異論のないところである。従って、海上における軍事的な安全確保の側面については、日米安全保障条約を基礎とし、今後も米海軍におおくを依存する他に選択肢はない。
しかし、外洋海軍の行動確保を目指す米国の法的立場をそのまま妥当なものとして受け入れるならば、米国と同様の立場を我が国近隣諸国がとったときに、我が国は、沿岸国としてその利益を確保するための措置をとり難くなる可能性が生じることは排除できないであろう。沿岸における我が国の利益に配慮して、米国の行為の評価を行う必要がある。
1.5 海洋法と海戦法規の相互関係
我が国海上交通と周辺海域の安全確保を検討するに当たっては、海洋法条約を中心とした海洋法の他、海戦法規及び海上中立法を視野に入れなければならない。
武力紛争が発生した場合には、海戦法規と海上中立法が適用される場面が生じる。海戦法規は、武力紛争の当事国間の主として海上における関係を規定する。海上中立法は、武力紛争当事国とその非当事国の間の主として海上での関係を定めるものである。
海洋法条約は、これらの法分野との関係を直接に扱う具体的規定を持たない。また、平時一元化の下での海洋法と海戦法規・海上中立法の相互関係については、一致した学説は存在しない。これら諸規則の相互関係はなお整理されていないのであって、個別具体的な状況でいずれの法規則が適用されるかは、重大な問題として残っている。
なお、武力紛争時において、我が国が適用すべき海戦法規や海上中立法のような諸規則の遵守を確保する国内法を整備しなければならない。また、こうした関連国際法規則の遵守姿勢を対外的及び対内的にアピールする必要があり、このための措置を検討する要もある。