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◎2 近代文明都市の城内◎
 大阪商船の蓬莱丸で基隆港に着いた先の田村は、まず首都台北に足を運び、鉄道ホテルという台北駅横の豪奢なホテルに宿泊した。そして「台北市の印象」として以下のような感想を述べている。
 
話に聞いた通り、台北市街は、真に完備してゐる。市区は整然としてゐ、公共の建築・広場・公園等が計画的に配置されて居り、博物館・図書館・大運動場・動物園等、比の市には不相応なほどのものが施設されてゐて、欧州に押し出しても、第二流には下るまいと思われる程の都市である。洋風建築と同じ材料を使った台湾建築は、少なくとも外観上では日本建築に較べて遥かに堂々たるものであり、又よく調和するものでもあった。先に述べた通り、各戸がアーケードを連ねていることも亦、市街の美観を添へる上に、大いに役立ってゐる。のみならず、内地には見られぬ程の立派な並木が植ゑ連ねられてゐて、これも有力な装飾となってゐる。パリ−市街と同じやうに城壁を取壊して造ったといふ、三線道路の如きは、二列の植樹帯を伴って、中央市街を一周してゐる。これは正に立派な公園広路である。城門の一部をそのまま保存してゐるのも床しい。総督府はこのヨーロッパ風の中央市街の真中に在って、高い塔を戴く五階造り宏大な大建築で、外観上からも全島を支配する程の威儀を備えてゐる。
 
南国の島である台湾は、他所として両義的な意味づけで想像され、「憧れの島」や「美しの蓬莱郷」(註9)などと表現される一方で、「毒蛇やマラリアを連想せしめ、悪い印象を与へる」(註10)地でもあった。日本による統治当初の台北においてはこの後者のイメージは現実のものであり、「不潔甚しく悪臭市に満ち数多の病菌この間に発生潜伏し…その惨状名状すべからざるの状況」(註11)であったとされ、この南国特有の悪環境を改善するために都市空間形成は急がれる必要があった。実際に台北が台湾の首都となった一八九六年にはすぐに下水道の設置が始まり、民生長官の後藤新平の下で台北城内市区計画が発表(一八九九年)されてからは、市区改正による近代的都市空間形成が漸次推進されていった。特に一九一一年に台風によって多くの家屋が倒壊したことを契機として、「革命的な都市計画」による「近代的都市建設」が開始され、「市内主要幹線道路の幅員を拡張し、洋式三層楼を建築」したことで(註12)、「壮宏なる市街」(註13)が生み出されたのだとされている。
 田村が見たヨーロッパ風の中央市街とは、この近代都市台北の中でも、都市公園(図[2])、博物館(図[3])が配置され、洋風の町並み(図[4])が続く「城内」と呼ばれた地域であった(図[5]中央下)。城内とは、清の統治時代に台北府の知府であった陳星聚が城壁の設営を始め(一八八○年)、巡撫の劉銘傳が「興市公司」と呼ぶ建物会社を創設(一八八五年)して近代的街造りをはじめた旧台北城内のことを指している。この地域には、日本統治期の市区改正によって「煉瓦、石造の大厦高楼」が「欧風を加味して建築されており、そこは「近代文明都市として他に多く比類を見ない立派な外観」であることが指摘されていた(註14)。また台北城の城壁は、東・北・南・小南門を除いて市区改正に伴い取り壊され、その跡に創設された「市街を包囲」する「リング・ガーデン」こと三線道路(図[6])については、「散歩道を設け處々に円形若くは小公園を配し、その瀟洒たる感じから東洋の小巴里の称さへある」(註15)、といわれていた。当時の日本人が著したある書物では、この変化を「支那式城廓都市」が「欧米式並木大路都市」になったのだと讃美している(註16)。
[2]台北公園の絵葉書
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[3]博物館の絵葉書
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[4]栄町通の絵葉書(城内の繁華街)
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[6]三線道路の写真
(所収:謝森展編著「台湾回想1895−1945 THE TAIWAN 
思い出の台湾写真集」創意力文化事業有限公司、一九九三。)
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 このヨーロッパ風市街の中央には「近代復興式五層楼で市内何れの所よりも望見し得られる」とされ、「高塔には市設のモーターサイレンを取付けて市民に正午時を報じ」(註17)て近代的な時を刻む、台湾総督府が位置していた(図[7])。田村が「全島を支配する程の威儀を備えてゐる」といった台湾総督府を中心に据えた洋風の中央市街とは、彼がそこを「欧州に押し出しても、第二流には下るまい」と評したように、欧米列強と肩を並べて最初の植民地である台湾を統治しようとする近代日本の意図が色濃く反映された空間だったのだと考えられる。官吏が多かったとされる内地人の多くも、この洋風イメージを喚起する近代的都市空間にその多くが居住していた。
[7]台湾総督府と周辺市街の絵葉書
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