4.国内法上の根拠の問題(海上保安庁法について)
この論点については、「
2の(4)若干の考察」でも触れたところであるが、なお庁法との関連で検討しておきたい。
そこで、海上保安庁法では、海上保安庁の設置目的(第1条)は、人命財産の保護と、法律の違反を予防し捜査し鎮圧することであり、場所は「海上」と限定するものの、海難救助に公海であるか領海内であるかの区別は必要がないことから、本来一国の行政法令は、その国の領域内のみに効力を有するものとされるのに対し、国際法上の制約を前提にしつつ、外国領海を除く海域すべてであって、庁法の効力はそのような海域に、抽象的には及ぶものと解されている。
海上保安庁法制定当初の第1条の条文が「日本国の沿岸水域」とされていたものが、後に(現行条文)「海上において」と改正されたことも、そのように解する一つの根拠とされる
(11)。
昭和47年の国会答弁では、海上保安庁が他国の領海内の機雷の掃海ができるかという問いに対し、「(庁法第2条に定める)海上保安庁の任務は、海上における安全の確保に関する事務、とのみ定められておりまして、別段地域的な限界等は定めておられませんが、当然我が国の主権の及ぶ領海における安全の確保と、領海外の海域においては日本船舶及び国民の安全確保に限られることは明らかでありますから、我が国の領海外の海域において日本船舶、また我が国民の安全確保に必要な限度を越えて、当該海域の一般的な安全確保を図るための掃海作業を行うことは海上保安庁法の認めるところではない。」という答弁であった
(12)。そして、そのような前提にたって、第113回国会(昭和63年)、プルトニュウム護衛についての参議院内閣委員会での政府委員の答弁として、「海上保安庁法第2条では、海上における犯罪の予防鎮圧、その他海上の安全の確保にかかわる事務ということで任務を定めておりますので、海域については我が国の領海あるいは我が国の付近公海に限るというような制限はないというふうに承知しております。」としている
(13)。
また、平成2年のプルトニュウム輸送関係についての国会答弁で(第118回国会)、「庁法2条にいう海上における犯罪の予防及び鎮圧という場合の海上ということについては、日本の領海、あるいは日本の沿岸水域といった限定されたものではなく、公海一般に及ぶというのが従来からの解釈である。」とし、また、「海上保安庁法第2条に言います「海上における犯罪の予防及び鎮圧」この場合の海上ということにつきましては領海、日本の領海あるいは日本の沿岸水域といった限定されたものではなく、公海一般に及ぶものというのが従来からの解釈でございます。」と答弁している
(14)。
次いで、そのものズバリとは言えない迄も、若干類似しているところのある、国際緊急援助隊の派遣について、被災者の救出とはいえ、他の国の国民の権利や自由を制限することになる実力を伴う行為が予想されることから、派遣法上制度として法定化され、手続きも明確にされることに併せて、組織法上も業務の根拠を明記する必要があるというので、庁法第5条17の2号に国際緊急援助活動に関することが加えられたのであるとされている。また、ペルシャ湾への巡視船派遣議論で問題となった「海難」について、武力の行使を受けた結果としての海難について、庁法第5条2号は「海難の際の人命、積み荷及び船舶の救助並びに天災事変その他救済を必要とする場合における援助に関すること」としており、救済を必要とする場合における援助に該当すると解釈したとされます。
また、緊急事態対応における巡視船の出動について、取り分け「海外における邦人の生命、身体及び財産に関すること」は外務省の所掌事務であるから、そのような任務に巡視船が従事するのは(インドネシア騒乱で巡視船がシンガポールまで進出、ロシアへ医薬品や子供のミルクを巡視船で輸送する等)、協力要請を前提とし、庁法第5条17号の関係行政庁との間における協力、共助として、庁法第2条1項の範囲内で行うものと解釈されている。
これらのことから、公海上の外国船に対して、司法管轄はないがゆえに刑事手続きがとれない場合であっても、庁法第15条、第17条、第18条等の行政手段の行使の根拠となし得ると解釈する余地があるものと解しているようである
(15)。
このようにして、公海上にある外国船上での外国人同士の紛争事例等への沿岸国の介入問題について、いわゆる積極説は、旗国や関係国あるいは船長からの救助要請等があること、条約を締結している以上、条約上の義務を前提として介入できると考えるべきではないか、それは人道上からも介入すべきものと考えられるなら、「緊急の措置」という法の一般原則としての理論構成で対応できる可能性があるのではないか。そして、国内法としての海上保安庁法の規定は「海上」に限定はないと解釈されることから、行政警察権の行使として庁法第15条第17条第18条を根拠とすると解することができるのではないか。さらに、海上警察制度の創設が、条約を根拠とする実力行使を前提にしている等主張される。
これに対して、国際法上ある行為が認められるとしても、国内法の組織規範と行為規範すなわち、組織法と作用法の双方に明確な法的根拠を必要とするのではないか、条約を国内法上の根拠となしうる自動執行力のある条約は制限されている。そして次に、軍隊ではない行政警察機関である海上保安庁による権限の行使であってみれば、国内法である行政法理論としても説明がつくものでなければならない。ところが、現行の海上保安庁法は組織規範と作用規範が分離されずに同一の法律の中に定められているので、一層解釈を複雑にしていると思われる場合があるということを考慮しておかなければならない。そして、「海域」に限定がないという解釈を前提にするだけで、そのような「普遍主義」を認めたものと解することには無理があるのではないか、といった疑問が出されることになる。主題は海賊対応問題についてであるが、橋本博之教授はこの点につき概略次のような見解を示される。すなわち、「旗国の同意の下に一定の行政措置をとるような任務は、どの行政機関がどのような法的構造の下に行い、その過程で生じる裁量判断については、例えば、外務大臣なのか、海上保安官なのか、といった問題があって、そのような行政作用の根拠規範の一定部分が、事実上国際法によってもたらされているのではないか?また、国際協力を行うという枠組みで海上保安庁が一定の行動を起こす場合に、国際法が、厳密な意味での規制規範の範囲を越えて、一定の根拠規範となり得るのではないか?これらは国際法上、明確に否定されるものかも知れない。」さらに「国内法による受け皿がないまま海上保安官が海賊事例に正面から対応せざるを得ないような場合に、海上保安庁法17条や18条を根拠に海上保安官が一定の措置をとることについては、以上の論理を踏まえると、否定的な結論になる。これをクリアするためには、海上保安庁法5条28号(28号の条文は、「前各号に掲げるもののほか、第2条第1項に規定する事務」と規定している。)を援用して公海海上警察権の行使を海上保安庁の所掌事務に読み込む、といった説明が必要になる。しかし、これについても、法2条1項への読み込みという部分に疑義がなくはない
(16)。」とされる。