(3)E号船内暴動事件の処理経過
E号船内暴動事件、アセアン・イクスプレス船内暴動事件は共に、公海上における外国船舶内の外国人による外国人への暴力・暴動事件である。本質はP号事件と同じである(但しP号事件の日本側認知の場所は我が国領海内であった)。これに我が国の海上警察機関である海上保安庁が関与したわけであるからその根拠は如何ということになる。E号事件の当時は公海条約の時代で、その第14条は、「すべての国は、可能な最大限度まで、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所における海賊行為の抑止に協力するものとする」と規定し、同条約第19条では、「いずれの国も、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所において、海賊船舶、海賊航空機又は海賊行為によって奪取され、かつ、海賊の支配下にある船舶を拿捕し、及び当該船舶又は航空機内の人又は財産を逮捕し又押収することができる。拿捕を行った国の裁判所は、課すべき刑罰を決定することができ、また、善意の第三者の権利を尊重することを条件として、当該船舶、航空機又は財産について執るべき措置を決定することができる」と規定していたから、本件が海賊に該当するのであれば、旗国からの同意は必要ではなく、海上保安庁としては、国際法に基づき、海賊を鎮圧することができるからということで、船内暴動というものが海賊行為に該当するか否かが検討されなければならないという事例であった。結果は、本件も、海賊行為には該当しないとの認識で事件処理がなされたが、それ以後の海上治安の在り方に新しい一石を投じたものとなったとされる。この事件における議論として、国際法上の海賊には2種類あり、一つは他の船舶に対するもの、もう一つは自船内におけるものが考えられ、他の船舶に対するものは、公海に関する条約第15条1項a項(海洋法条約第101条(a)i)で読み、自船内のものは、同項b(同(a)ii)で読むことができるのではないか、そして、b項には「他の船舶」という限定がないことと、「いずれの国の管轄権にも服さない場所」には公海も含まれるはずであるから、海賊といえるのではないかということであった。しかしながら、もし海賊行為に該当するとしても、我が国の国内法の手当ということについて、外国船内の外国人による外国人に対する公海上の事件であることから、我が国の刑法は適用されず、刑事訴訟法の適用もまたないということになる。それらを踏まえて、実務の考え方としては、刑訴法上の逮捕という権限行使はできないが、海上保安庁法による立入検査、質問、船舶の進行停止、出発の差止め、航路の変更を行うことは出来るということと(庁法第17条、第18条)、これに抵抗するような場合には、実力をもって海賊行為から人を防護することはできるものと解し、さらに、正当防衛に当たるような場合には、緊急的に逮捕等の実力行使を行ったとしても、海上保安官の職務の適法正が問われることがあるとしても、違法性が阻却されるものと解して対応できるのではないかとの議論がなされたという
(10)。
次に、本件が海賊行為に該当しない場合、急迫不正の侵害が立証できれば、当該船舶自身のため、正当防衛(自衛の権利)を代わりに行ってほしいとの要請をうけた巡視船が、これを抑止する措置を講じても国際的非難を受けることはないであろうこと。また、このような要請に応じなければならない義務は無いけれども、応じなければ国際信用は失墜するおそれがあることも考慮しなければならないであろうこと等も総合的に検討された。本件は、関係国の口上書(note verbale, 相手国に一定の意向を伝える外交文書)という形の要請を受けて、海上保安庁法を根拠に介入し得るとの判断であったようであるが、結果は、海賊でもなく、船内暴動でもなく、待遇改善要求になってしまったというものであった。
現在までのところ、事例として掲げた3つの事件は、先ず公海上の事件であること、便宜置籍船であること、従って船舶の旗国と運行者や用船者が異なっており、またいわゆる混乗船で乗組員の国籍も多数国にまたがっていること。今までのところ、船内労働の問題に端を発することが多いように思われること等が特徴的である。しかしながら、今後はこのような事例ばかりであるという保証はなく、問題となっている海賊、武装強盗、ある種の団体による何らかの妨害行動・問題行動等、あらゆる事態を想定して備えておくべき必要性は否定できないように思われる。しかし、現実に生起した事件の処理が、庁法に根拠を求めて実際的措置により問題解決がなされたことに対して、国内的にも国際的にも、なんら非難やクレームも出てはいないようであることから、今後一つの先例として参考にされるであろう。