付録1人間信頼度分析 (HRA) についてのガイダンス
1 はじめに
1.1 人間信頼度分析 (HRA) の目的
1.1.1 設計プロセスや継続している経営管理の一部として、システム不全の頻度を評価するために日常的に定量的リスク評価(QRA)を使用している産業は、有効な結果を生むために、システム不全に対する人的要因の寄与を評価することが必要であることを認識している。容認された、QRAとFSAの検討に人的要因を組み入れる方法は、人間信頼度分析(HRA)の使用を通して行なうことである。
1.1.2 HRAはもともと核産業のために開発された。他の産業の中でHRAを使用するには、手法が適切に適合されていることが必要である。例えば、核産業の場合には多くの自動保護システムが組み込まれているため、人的要因の考察を遅らせることは理にかなったことであり、全体システム機能の考察の後に行われる。船上では、人間はより多くの自由度を持っていおり、システムの実行を中断することができる。したがって、高度のタスク分析をFSAの最初の段階に考慮する必要がある。
1.1.3 HRAは一つのプロセスであり、分析の全体目的に応じて、一連の行動及び多くの手法の潜在的な使用が含まれている。HRAは、着手されているFSAのレベルに応じて、定性的あるいは定量的なやり方で実行することができる。完全に定量的な分析が要求される場合には、まず、ヒューマンエラーの確率を推定して、フォールトツリーやイベントツリーのような数量化されたシステム・モデルを当てはめることができる。通常、HRAプロセスは次の段階から成り立っている:
.1 重要タスクの特定;
.2 重要タスクのタスク分析;
.3 ヒューマンエラーの特定;
.4 ヒューマンエラーの分析;及び
.5 人間の信頼度の定量化。
1.1.4 完全に定量的なFSAアプローチが要求される場合、HRAを使用して、確率論的リスク評価に組み込むべき一連のヒューマンエラーの確率(HEPs)を展開することができる。しかしながら、HRAのこの側面は過度に強調されている。経験を積んだHRA技術者が認めるところによれば、ほとんどの利点は、タスク分析及びヒューマンエラー特定における初期の定性的な段階から得られる。調査の対象分野が適格に選ばれた場合にのみHRAの実行がうまくいくため(FSAの検討も同じであるが)、これらの分野に投入された努力は、将来、役に立つようになる。
1.1.5 また、HRAの最終段階(人間信頼度の定量化)に利用可能なデータが現在は限られていることに留意することが必要である。ヒューマンエラーのデータベースがいくつか構築されているが、これらに含まれているデータで海事産業に適合するものは極めてわずかしかない。FSAがHRAからの定量的結果を必要とする場合には、専門家判断が適切なデータを引き出すための最も妥当な方法であろう。専門家判断が使われる場合、FSAガイドラインの付録8(IMOに総合的安全評価の適用を報告するための標準書式)で要求されるように、適切な根拠をもった判断がなされることが重要である。
1.2 HRAガイダンスの範囲
1.2.1 FSAガイドラインのFigure 4に、HRAガイダンスをFSAプロセスにどのように当てはめるかが示されている。
1.2.2 ここに提示されている詳細記述の量は、本文中の記述の量と同様のレベルにある。つまり、何を行なうべきか、また、何を考察すべきかが述べられている。このプロセスを実施する際に使用されるいくつかの手法の詳細がこの文書の付録に紹介されている。
1.2.3 この問題に関する僅かな量の情報では、詳細な情報を提供することはできない。多数のHRA手法があり、タスク分析が多数の手法にわたって使用されている。Table 1に、たどることができる主要な
参考文献を示す。
1.2.4 FSAの場合と同様に、HRAは、船の設計、建造、メンテナンス及び運航に適用することができる。
1.3 適用
このガイダンスは、システム実行に影響する、人間の行動や介在を含んでいるシステムを対象にして実施するFSAにおいて使用されることを意図している。
2 基本用語
エラー発生条件:
(Error producing condition) |
人間行動に負の効果を与える要因。 |
|
|
ヒューマンエラー:
(Human error) |
個人又はグループの、許容可能又は好ましい日常行動からの逸脱で、許容負荷又は好ましくない結果をもたらす。 |
|
|
ヒューマンエラー回復:
(Human error recovery) |
好ましくない結果が現実となる前に、本人又他の人により、エラーが回復される可能性。 |
|
|
ヒューマンエラーの結果:
(Human error consequence) |
ヒューマンエラーによる望ましくない結果。 |
|
|
ヒューマンエラーの確率:
(Human error probability) |
以下により定義される: |
|
HEP= Number of opportunities for human error/Number of human errors that have occurred |
|
|
|
HEP=(起こったヒューマンエラー数)/(ヒューマンエラー可能性の数) |
|
|
人間信頼度:
(Human reliability) |
(1)システムが求める行動を、要求された期間(時間が制限要素である場合)、正しく遂行する確率;及び
(2)システムの機能を下げる間違った行動をしない確率。なお、人間の非信頼度 はこの定義の反対である。 |
行動形成要素:
(Performance shaping factor) |
人間の行動に好ましい又は思わしくない影響を持つ要素。 |
|
|
タスク分析:
(Task analysis) |
システム要求とオペレーターの能力を比較する手法で、通常は、行動の改善即ちエラー削減の方向の見方で考える。 |
3 方法論
HRAは、以下のようにFSAの全体プロセスに適合すると考えられる:
1. 重要なヒューマン・タスクの特定(
ステップ1に合せて);
2. 詳細なタスク分析、ヒューマンエラー分析及び人間信頼度の定量化を含むリスク評価(ステップ2に合せて);及び
4 問題の定義
問題の定義の中で考慮できる追加の人的要因の問題には、以下のものを含む;
.1 個人的な要因(例えば、ストレス、疲労);
.2 組織及びリーダーシップ的な要因(例えば、人員配置レベル);
.3 タスクの特徴(例えば、タスクの複雑さ); 及び
.4 船上の労働条件(例えば、人間と機械の結びつき)
5 HRAステップ1 : リスクの特定
5.1 範囲
5.1.1 このステップの目的は、もし正しく行動されなければ、システム不全に結びつく可能性がある人間どうしの重要な潜在的相互作用を特定することである。さらなる調査を要する対象分野(例えば、タスク全体又は大きなサブタスク)の特定が目的であれば、これは広範な調査を実施することになる。ここで使用される手法は、ステップ2で使用する手法と同じであるが、ステップ2では、よりいっそう厳格に使用される。
5.1.2 人的ハザードの特定は、ヒューマンエラーが、通常及び緊急運航の間に事故に寄与する道筋を体系的に特定していくプロセスである。セクション5.2.2に詳しく述べてあるが、Hazard and Operability (HazOp) studyやFailure Mode and Effects Analysis (故障モード影響解析FMEA)のような標準的な手法が、この目的のために使われている。さらに加えて、高度な機能本位タスク分析も実行されることが強く勧められる。このセクションでは、もっぱら人的ハザードに取り組むために開発された手法について論ずる。
5.2 ハザード特定のための方法
5.2.1 人的ハザードの分析を行なうために、先ず必要なことは、乗組員によって行なわれる通常及び緊急運航時のタスクを特定するために、システムをモデル化することである。これは、(Table 2に記述されているように)高度なタスク分析の使用により達成され、これにより運航上の目標に固有の主要な人的タスクを特定する。タスク分析を展開するためには、一連のデータ収集手法、例えば、インタビュー、観察、重大な事件、を利用することができ、これらの多くは、直接的に重要なタスクを特定するために使用することができる。さらに、他にも参考にできる多くの情報源があり、これには、設計情報、過去の経験、通常及び緊急時の運航手順等が含まれる。
5.2.2 この段階では、多くの詳細を生成する必要はない。目的は、一層の注意を払うべき重要な人的相互作用を特定することである。したがって、いったん主要タスク、サブタスク及び関連する目標が列挙されたら、夫々のタスクにおけるヒューマンエラーに対する潜在的要因を、生じてくる潜在的ハザードと共に特定する必要がある。この目的に利用できる多くの手法があり、human error HazOp、Hazard Checklist等が含まれる。水準以下の行動の様々な潜在的要因を特定した、人的関係のあるハザードの例が、Table 3に含まれている。
5.2.3 特定された各タスク及びサブタスクについては、FSAガイドラインのセクション5.2.2で論じられたものと同じ方法で、関連するハザード及び関連するシナリオを、その重要度に従ってランク付けしなければならない。
5.3 結果
一連のアクティビティー(タスク及びサブタスク)がステップ1の成果物であり、個々のアクティビティーに関連したハザードがランク付けされ、リストとして添付されている。このリストは、FSAプロセスで生成された他のリストと結び付ける必要があり、そのために、それらは共通のフォーマットで作られるべきである。重大なタスクに対する、上位のごく少数のハザードのみが、リスク評価を必要とし、それほど重大でないタスクについては、これ以上検討されることはない。
6 HRAステップ2 : リスク分析
6.1 範囲
ステップ2の目的は、人的要因がシステムの安全性に高リスクを引起す分野を特定し、また、リスクレベルに影響を及ぼす要因を評価することである。
6.2 詳細なタスク分析
6.2.1 この段階では、重要なタスクは詳細タスク分析 (Detailed Task Analysis) である。行動に比べてより多くの意思決定がタスクに含まれている場合、認識タスク分析(Cognitive Task Analysis)を実施することがより適切であろう。Table 2に、意志決定タスクの分析のために開発された拡張タスク分析 (Extended Task Analysis) の概要を示す。
6.2.2 重大なサブタスクが全て特定されるまで、タスク分析を展開しなければならない。要求される詳細化のレベルは、調査中の運航の重要度に見合ったものとなる。要求される詳細の度合いは、残りのFSAの実践によって提供される詳細の度合いと同程度の理解を与えるのに十分なものとすべきというのが、原則として適切な考え方である。
6.3 ヒューマンエラー分析
6.3.1 ヒューマンエラー分析の目的は、望ましくない重要な結果に結びつく可能性がある、潜在的ヒューマンエラーのリストを作ることである。この実践を助けるために、いくつかの典型的なヒューマンエラーの例をFigure 1に示す。
6.3.2 一旦潜在的なエラーがすべて特定されたならば、通常、それらは以下の方針に沿って分類される。この分類により、取り組まなければならない、重要なヒューマンエラーのグループの特定が与えられる:
.1 想定された、ヒューマンエラーの原因;
.2 オペレーター若しくは別の人間によるエラー回復の可能性(単一のヒューマンエラーが望ましくない結果に帰着するかどうかの考察を含む);及び
.3 エラーの潜在的な結果
6.3.3 大抵は、定性的分析で十分である。Figure 2に示されているような回復/結果マトリックスを使用して、単純な定性的評価を行なうことができる。必要な場合には、起こりうる結果の程度と回復のレベルを用いて、より詳細なマトリックスを展開することができる。
6.4 ヒューマンエラーの定量化
6.4.1 定量的FSAの中に、ヒューマンエラーの確率 (HEP) をインプットすることが要求されている場合に、この作業が実施される。ヒューマンエラー定量化は、多くの方法で実施することができる。
6.4.2 時には、海事産業用のに信頼できるヒューマンエラーのデータを得ることが困難なこともあるので、その場合には、ヒューマンエラーの確率を得るために専門家判断の手法の使用が必要なことがある。専門家判断の手法は、4つのカテゴリーに分類することができる:
.1 対になった比較;
.2 ランク付け及び等級付けの手順;
.3 計算による直接的評価;及び
.4 計算による間接的の間接的評価
特に重要なことは、専門家にタスクの完全な定義を供給することである。定義が貧弱なものであれば、常に、その評価も貧弱なものになる。
6.4.3 絶対確率評価 (APJ:Absolute Probability Judgment) は、直接法として優れている。この方法は、一人のエキスパート評価者から数学的に集計できる大きな集団まで、様々な形で使用することができる(
Table 4参照)。複数の専門家の判断に焦点を当てる手法として、この他に、ブレーンストーミング(brainstorming)、意志一致決定(consensus decision-making)、デルフォイ法(Delphy)及びノミナル・グループ手法(Nominal Group Technique)の手法がある。
6.4.4 専門家判断に代わるものとして、歴史的なデータ(利用可能な場合)及び一般化されたエラー確率がある。(主として核産業用であるが)ヒューマンエラー発生確率のデータベースを持っている2つ主要なHRA手法に、ヒューマンエラー発生率予測法(THERP: Technique for Human Error Rate Prediction) 及びヒューマンエラー評価及び削減技術(HEART: Human Error Assessment and Reduction Techinique) がある(
Table 4参照)。
6.4.5 Technique for Human Error Rate Prediction (THERP) THERPは、米国原子力規制委員会のためにSandia国立研究所のSwain及びGuttmannによって開発され(1983)、最も幅広く使用されている定量的ヒューマンエラー予測技術である。THERPは人間信頼度技術であると同時にヒューマンエラーのデータバンクでもある。ヒューマンエラーは、確率ツリー図及び依存度モデル(models of dependence) を使用してモデル化され、また、行動に影響する実行形成因子 (PSFs) が考慮されている。この手法は、ヒューマンエラー発生確率のデータベースに決定的に依存し、特に、処理手順が高度に定められた活動におけるエラーの定量化に有効と考えられる。
6.4.6 Human Error Assessment and Reduction Techinique (HEART) HEARTはWilliamsによって開発された手法(1985)で、実行に悪影響を及ぼす特異な人間要素、タスク及び環境の要因を考慮している。各要因が独立して実行に影響する範囲が定量化されており、個別の問題に対して特定したこれらの要因の積として、ヒューマンエラーの発生確率を計算する。
6.4.7 HEARTは、ヒューマンエラーと戦うための矯正的リスク制御オプションに関する具体的な情報を提供する。HEART、5つのヒューマンエラーに対する特別な原因及び寄与因子、すなわち、損なわれたシステム知識、反応時間の不足、貧弱または曖昧なシステム・フィードバック、オペレーターに要求される重要な判断、及び職務、病気若しくは環境に起因する待機態勢のレベルに注目する。
6.4.8 ヒューマンエラー定量化の手法を適用する際、下記を考慮することが重要である:
.1 ヒューマンエラーの大きさは、殆どの適用に対して十分なものである。ヒューマンエラーの大きさの「グロス」近似は、十分なものである。HEPsの展開は、モデル化や定量化の不確実性により影響を受けることがある。推定されたリスクに対する不確実性の影響を示すために、最終的な感度評価が示されなければならない。
.2 正確な定量化ではなく、むしろ比較分析のために使用される場合に、Human Error Quantificationは、非常に有効になる。従って、ヒューマンエラー定量化は、様々なリスク制御オプションの評価を支援に使用することができる。
.3 定量化分析の詳細は、FSAモデルの詳細化のレベルと整合性のとれたものでなければならない。HRAは、FSAの技術的な要素よりも詳細なものであってはならない。詳細化のレベルは、分析されているリスク、システム或いはオペレーションに対する、アクティビティーの寄与に基づいて選択されなければならない。
.4 選択されたヒューマンエラー定量化のツールは、分析の要求に見合ったものでなければならない。かなりの数の利用可能なヒューマンエラー定量化の手法がある。一貫性、利便性、結果の妥当性、有用性、HRAのための資源の有効利用、及び手法の完成度を評価した上で、手法を選択しなければならない。
6.5 結果
6.5.1 本ステップからの成果物には、以下のものを含む;
.1 重要タスクの分析;
.2 これらのタスクに関連するヒューマンエラーの特定;及び
.3 ヒューマンエラーの発生確率の評価(オプション)
6.5.2 その後、これらの結果は、ステップ2で特定された高リスクの部分と関連して、検討されなければならない。
7 HRAステップ3 : リスク制御オプション
7.1 範囲
ステップ3の目的は、技術、人間、労働環境、人事及び管理に関連したリスク制御オプションを評価する中で人的要因をどのように考慮するかを考えることである。
7.2 適用
7.2.1 人間とシステムの相互作用に関連したリスクの制御は、他のリスク制御手段の開発と同じやり方で取り上げることができる。以下の目的で手段を規定することができる:
.1 不全の頻度の低減;
.2 不全の影響の緩和;
.3 不全が生じる状況の緩和;そして
.4 事故の結果の緩和
7.2.2 HRAを上手に使うと、FSAの技術的な要因だけの評価では見落とされがちな、技術革新が別の問題を引き起こすことがあることを、明らかにすることができる。この例の典型的なものは、高度のオートメーションの使用により、長期間の低作業負荷の状態が作られることがある。この結果、仕事をより面白くするために「リスク覚悟の行動」が要求され、あるいは導入された場合に、適格に反応することができなくなることがある。
7.2.3 人間の活動に関連したリスク制御を取り扱う場合、一層以上のレベルのリスク制御手段が必要なことがあることを理解することが重要である。これは、人間の関与が、日々の運用から上級の管理者のレベルまで、広範囲の活動に跨るからである。さらに、運用上の安全性や実行能力レベルの強化を獲得するためには、人間工学や人的要因の法則を利用した良いシステムデザインに基礎的な焦点を当てる必要があることも、強調されなければならない。
7.2.4 人間の相互作用に対するリスク制御手段は、FSAガイドラインの
Figure 3に合せて、以下4つ分野に分類することができ、それぞれの分野で考慮されることがある問題が
Figure 3の中に述べられている:
(1) 技術/エンジニアリング・サブシステム;
(2) 労働環境;
(3) 人事サブシステム;及び
(4) 組織/管理サブシステム
7.2.5 一旦、初期段階のリスク制御手段が特定されたならば、何か新しいハザードがもたらされたかどうか評価するために、システムにおける人間の介在を再評価することが重要である。例えば、そのタスクを自動化することが決定であれば、この新しいタスクは再評価される必要がある。
7.3 結果
このステップからの成果物は、Figure 3に示された4つの分野に分類された一定範囲のリスク制御オプションで構成され、人間の関連するリスクをステップ3に統合することを容易にする。
8 HRAステップ4 : コスト利益評価
このセクションには、人間信頼度分析のガイダンスは、特に要求されない。
9 HRAステップ 5: 意志決定のための勧告
HRAの検討結果を慎重に使用して、FSA検討全体における一連のバランスのとれた決定及び勧告に寄与しなければならない。