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5. マイクロバブル法の実船実験
5.1 実船実験計画
5.1.1 供試船の選定経緯

 マイクロバブルの実船実験供試船の選定は、以下に示す経緯で行われた。
 先ず、マイクロバブルの実用化に適した船型について考察した。肥大船型は、広く平らな船底をもつ船体形状の点で適しており、また、造波抵抗成分が小さく摩擦抵抗成分が大部分を占める点でも適しているため、マイクロバブルの実用化に際して想定すべき船型と考えた。しかし一方、肥大船型は、大きな喫水をもつため、船底に気泡を注入するために必要な動力が大きく、摩擦抵抗低減効果に基づく馬力低減から気泡発生動力を差し引いた正味の馬力低減効果の点では、不利である。また、気泡発生動力が、流量が船速に比例するので、船速の1乗に比例し、摩擦抵抗低減による馬力低減量が、船速の2乗に比例(これは2.2の結果から見るとやや過大評価であるが)する摩擦抵抗低減量に船速を掛けて、船速の3乗に比例するので、高速ほど正味の馬力低減が得られやすいことになり、その意味でも不利である。以上の考察により、マイクロバブルの実用化に適した船型として、肥大船型を想定しつつ、より高速な船型についても考慮することとした。
 マイクロバブルの実船実験供試船の選定においては、上記の考察に基づき、先ず参加機関にアンケート調査を実施し、独立行政法人航海訓練所の練習船「青雲丸」及び3隻の作業船が候補に挙がった。そして、下記の技術上、経済上の

 長所
 ・ 最大船速が19.5ノットであり、広い速度範囲で実験ができる。
 ・ スラスト計をはじめ多くの計器や船内LANが装備されている。
 ・ 定期点検入渠を利用することにより工事費が抑制できる。
 ・ 船主が実船実験に理解を示し、協力的である。
 短所
 ・ 高速船型であり、船底平坦部が殆ど無い。
 ・ 練習船としての任務上、実船実験日程が限られる。

を総合的に考慮し、最終的に青雲丸を供試船として選定した。
5.1.2 摩擦抵抗低減効果の期待値

 実船試験の供試船「青雲丸」を対象としてマイクロバブル法の効果を試算した。
(a) 計算条件
 船速は13.6kt(7m/s)で、全抵抗低減率=5%が得られる空気量を吹出すこととする。図5.1.1に青雲丸の船体中央から船首側部分の側面図を示す。吹出部の位置は図中の黒色丸印により示される。
(b) 試算結果
 空気を吹出さない時のCf0分布および空気を吹出した時のCf分布を、それぞれ図5.1.2 および図5.1.3 に示す。空気を吹出した時のボイド率分布は計測器配置とともに図5.1.4に示す。試算結果を下表に示すが、船速13.6kt(7m/s)において5%の全抵抗低減率を得るために必要な摩擦抵抗比CF/CF0は模型試験結果に基づく計算により0.916となり、必要な空気流量は2.7に説明した方法により46m3/minとなった。空気供給動力を差引いた動力ゲインは約2%と推定された。
 
V 船  速 13.6kt(7m/s)
CF/CF0 全抵抗低減5%に必要な値 0.916
Qa[m3/min] 供給空気流量 46
W[kW] 空気圧縮機有効動力(断熱) 32
EHP[kW] 空気を吹出さない場合 1107
ΔEHP[kW] 空気を出すことによるEHPの変化(EHP5%) -55
(-ΔEHP-W)/EHP×100[%] 動力ゲイン +2.1%
 
5.1.3 計測機器とその配置

 マイクロバブルに関する実船実験では、速力やプロペラ推力・馬力などのマクロ量の計測に加えて、気泡がどのように流れて船体を覆い摩擦低減が発生したかという、分布状態の計測が重要である。そのため、各種計測機器を船体表面上に配置した。
 計測機器の配置は、片舷に3箇所ずつ取り付けられ気泡発生部からの気泡の流れの推定結果に従って決定された。計測機器配置を図5.1.4に示す。図には、2.7に示された方法で推定された、喫水5.6m、船速13.6kt(7m/s)の実船状態における壁面近傍ボイド率分布も示されている。カラーコンターは、赤色に近いほど高いボイド率を表す。計測機器の種類と個数および取り付け位置を下表に示す。計測機器は全て左舷に取り付けられた。
 
 
計測機器の種類と個数および取り付け位置
計測器 個数 取り付け位置(SS)
TVカメラ 3 FP、 4、 3/4
局所せん断力計 7 8 1/2(2カ所)、 8(2カ所)、 7、 6、 5
局所ボイ ド率計 2 8、 6(共にせん断力計と同じ位置)
 
 
 各計測機器の配置を決定する際考慮した点を示す。TVカメラは、1つ目は気泡発生状態を見るため気泡発生装置のすぐ下に、2つ目はMidshipあたりの流れを観察するためビルジキールの内側に、3つ目はプロペラ観察のためその上流に取り付けた。ストロボは取り付けず自然光により観察された。局所せん断力計は、気泡の軌跡に沿って摩擦低減効果を計測するため、船体前半部に取り付けられた。局所ボイド率計は、気泡が集中すると思われる船底部に、局所せん断力計と同じ(厳密には非常に近接した)位置に取り付けられた。
5.1.4 計測項目と実験方案

 実船実験では、下記に示す項目について計測を行った。
 風向・風速、波高・波向(目視)、進路、舵角、対地速度(GPS)、対水速度(超音波式、電磁式)、
 船体運動(Roll、Pitch、Heave、相対波高)、軸馬力、プロペラ回転数、CPP翼角、プロペラ
 推力、吹出し空気量、気泡観測(水中TVカメラ)、局所ボイド率、局所せん断力、船尾振動
 実船実験は、図5.1.5に示す航走状態で行うこととした。すなわち、ある方向に一定時間航走し、定常状態になったら、先ず気泡無し状態で計測を行い、次に1/2MAX量だけ気泡を吹出し、状態が静定したら計測に入る、その次に最大気泡吹出し状態(MAX)で同様に計測する。以上が終了したら反転し、今度は同一コースを逆に走りながら、往きと逆の順序で、吹出し気泡量がMAX、1/2MAX、ゼロと計測する。そして計測値は往復の平均値をもって正とした。
 
5.2 供試船「青雲丸」の概要
 青雲丸(図5.2.1)は、住友重機械工業(株)横須賀造船所浦賀艦船工場にて建造され、平成9年10月1日に就航し、船舶職員養成のための実習訓練に使用されている。青雲丸の主要目を下記に示す。

(1) 船体主要寸法
   全長:116.0m、長さ(垂線間長):105.0m、幅:17.9m、深さ:10.8m
   計画満載喫水:6.3m、総トン数:5,884トン、排水量:6,325.4トン(満載状態)
(2) 主要性能
   航行区域:遠洋区域、航続距離:15,000マイル
   航海速力:19.5ノット(75%載貨状態、常用出力)
(3) 主機関・プロペラ
   MITSUI MAN B&W 6L50MC(MARK5)、径×行程:500mm×1,620mm
   常用出力  :9,450PS(6,950.5kW,142.9rpm)
   NAKASHIMA XL‐135EP 4翼ハイスキューCPP
   直径:4,700mm、基準ピッチ:4,935mm
 
5.3 事前検討
 既存船を供試船としたこともあり、気泡発生装置や諸計測器および配管・配線類を全て船体表面上に設置することが必要になった。また、既存船溶接施工を出来るだけ避け、接着工法で代用することが望ましい。気泡発生装置の作動に関する予備観察を含め、以下のような事前検討を実施した。
5.3.1 南星丸による予備実験

 青雲丸の実船実験に先立って、実船においてマイクロバブルの発生方法や発生装置の配置、観察方法についての知見を得るために、鹿児島大学付属実習船「南星丸」を使って、マイクロバブルの観察を主体とした予備実験を実施した。なお、「南星丸」には精密な計測設備が備えられていないため、この実験では船速や船尾振動について定量的なデータを取得することを目的とせず、マイクロバブルの発生状況と船尾方向へ流れていく様子の観察を主目的とした。
 
南星丸の主要目
  実船 模型船
全長    [m] 26.3 1.55
垂線間長 [m]  21.7 1.28
船幅 [m] 5.7 0.335
喫水 [m] 2.1 0.123
排水量 129t 26.2kg
 
 南星丸の主要目を右上表に示す。実船実験を実施する前に、マイクロバブル発生装置の配置検討のために流れの可視化模型船実験を実施した。数種の発生装置配置についての実験結果から、2本の空気管を船首の喫水近くに喫水と平行かつ互い違いになるように配置した方式が最適と判断された。
 実験は平成12年10月3日〜5日に錦江湾で実施した。海象気象ともに平穏であり、2種の船速(7kn,9kn)について、プロペラピッチと回転数を一定に保って、同一航路を往復した。マイクロバブルの観察は、ビルジキールに取り付けた水中ビデオカメラにより船体の6箇所で行った。観察結果の一例として、船速9kn、S.S.8の船底におけるマイクロバブルの流れを図5.3.1 に示す。白い雲状の気泡群が不規則な塊となって、連続的に流れ去っていく様子が観察されている。そして、下流になるほど気泡層の厚さは厚くなっていくが、最も船尾側のビデオカメラを取り付けたSS.3までは船底に沿って流れているのが観察された。
 このように、これまで水槽実験で得られたような微細なマイクロバブルが発生していることが確認され、発生したマイクロバブルは混合層の厚みを次第に増しながら、概ね船体表面に沿って下流へ流れている様子が観察でき、本実験の目的は達成された。
5.3.2 配線用フェアリングの検討

 実船実験において船体表面に取り付けられる計測機器は全て外付けであり、気泡による摩擦低減効果を損なわないような配慮が必要である。特に各種計測機器からの配線ケーブルは、船体表面をガース方向に配置されるため影響が大きく、マイクロバブルによる摩擦抵抗低減に悪影響を与えないようにするために、配線用フェアリングの検討を行った。
 キャビテーション水槽を用いて行った実験において、配線フェアリング模型を上流側におき、その下流におかれたせん断力計によりせん断力を計測し、フェアリングを施さない場合(None)と比較してフェアリングの良否を判断した。配線用フェアリングは主に断面の傾斜と高さについて計10種の断面形状について行った。
 検討の結果、実船試験適用の候補となったフェアリング形状を図5.3.2に示す。また、それを装備した場合の摩擦抵抗低減効果を図5.3.3に示す。これより工作性を合わせ検討した結果、配線が気泡流中を横断すると予測される範囲ではType ZまたはType Yでフェアリングを行い、それ以外の範囲でもType B1程度の形状でフェアリングすることが望ましい、との結論を得た。
5.3.3 接着工法の検討

 計測機器(と付属ケーブル)の船底外板への装着に使用する接着剤を選定するために、航海で計測機器に作用する抗力を推定し、各種金属用接着剤の接着力を引張り試験により調査した結果、エポキシ系とアクリル系が適用の可能性があることが認められた。これらの接着剤について小型船(9kt)とモーターボート(22kt)を使用して接着工法の試行と耐久実験を行い、適用する接着剤と工事要領を決定した。接着剤の特性を下表に、計測装置と配線の接着工事要領を図5.3.4および図5.3.5に示す。
 
接着剤の特性
タイプ アクリル(反応硬化型) 電気化学製ハードロックC-355
粘度 200poise  
可使時間 5分 (20℃) A剤とB剤を混合(比率1:1)して塗布可能な時間
固着時間 20分 (20℃) 接着強さが1kgf/cm2になるまでの時間
接着力 5950kgf/0.01m2(20℃) 接着層厚さ1mmにおける引張せん断接着強さ
1120kgf/0.1m(20℃) 接着層1mmにおける割裂接着強さ
 
5.3.4 気泡発生装置およびフェアリングの検討

 気泡発生装置は、空気供給装置、気泡吹出し口とこれらを連結する送風管によって構成される。空気供給装置として船首甲板上に配置した6台のコンプレッサから合計で90m3/min(3m水深の位置に吹出した場合)の圧縮空気が供給される。2.7節で述べた計算法によれば速力14knにおいて目標達成に必要な空気量は46m3/minと予想されており、十分余裕のあるコンンプレッサ容量となっている。この圧縮空気は、図5.3.6に示すように送風管を介して各舷に3ケ所の気泡吹出し口へと送られるが、各送風管の途中には流量計が設置されていて、吹出し口ごとの空気流量を個別に設定し且つモニターすることが可能である。
 吹出し部は、昨年度の研究における南星丸の検討結果を踏まえ水平設置方式とした。その設置位置は、2.7節で述べた計算法で検討した最適配置を参考に、1)溶接取り付け許可範囲(FPから約6.5m後方のフォア・ピーク・バルクヘッドまで)に収まること、2)SS9付近のバウスラスタに気泡が混入しないこと、3)設置工事の際に船名の名盤および喫水マークなどに損傷を与えないこと、4)入出港時に降ろすアンカーによる送風管破損の危険が無いこと、などに配慮して図5.3.6のように決定した。
 吹出し部の形状を図5.3.7に示す。船体表面に100mm×20mmの鋼製の角パイプが設置されており、その外面に直径2.4mmの空気吹出し孔がパイプの軸方向に10mm、これに直交する方向に5mmのピッチで千鳥状に配置されている。また、吹出した空気が船体表面に沿って剥離を起こさずに滑らかに後流へ流れ去るように角パイプの前後に整流板を設けた。その傾斜角は長尺模型試験にて実験的に検討し、上流側(α1)を1/10、下流れ側(α2)を1/20とした。
 気泡発生装置を製作するにあたり、その試作装置を製作して予備実験を実施した。コンプレッサを2500rpmで運転して約12m3/min(6カ所合計で72m3/min:3m水深の位置に吹出した場合)の空気供給量があることが確認され、抵抗低減に必用な予想吹出し流量7.7m3/min(同46m3/min)を十分越える空気が安定して供給されることが確認された。
5.3.5 長尺平板船を用いた予備実験

 実船実験において船体表面に外付けされる気泡発生装置、局所せん断力計、局所ボイド率計、配線フェアリングが所定の性能を発揮することを、実船に出来るだけ近い状態で確認するため、海技研の400m曳航水槽において、34mの長尺平板船を用いた予備実験を実施した。
 図5.3.8に平板船上の機器配置を示す。船の全長は34mで、気泡発生装置は、境界層がある程度厚くなった船首から11.5mの位置に、実船の場合と同様なフェアリング付きで取り付けられた。局所せん断力計(図中のOsaka)、局所ボイド率計も同様である。F1〜F5は、比較用に取り付けられた、従来型のせん断力センサーである。配線フェアリングは、局所せん断力計と局所ボイド率計を取り外し、その中間あたりに取り付けた。
 図5.3.9に気泡吹出し無しの状態でのせん断力の計測結果を示す。曲線は1/7乗則に基づく推定値である。F1を除いて、気泡発生装置の上流にあるF2、下流にあるF3、F4は推定値とも良く対応している。局所せん断力計の値は従来法による計測値と良く対応している。局所ボイド率計の下流にあるF5の値は、後流の影響を受けたためか、やや低い。気泡吹出し状態での局所せん断力の低減効果を図5.3.10に示す。その結果は、以前に従来法で気泡を発生させた結果と良く対応しており、実船で使用予定の気泡発生装置が、従来法と同じ性能をもっていることが確認された。配線フェアリングについても、その性能が確認された。
 
5.4 実船実験
 実船実験は以下のスケジュールにて行われた。
平成13年9月 8日〜12日  入渠、計測装置など取り付け工事
      9月13日〜15日  実験航海
      9月15日〜27日  入渠、計測装置など撤去工事
 取り付け工事はSR独自のドックとして住友重機械工業(株)浦賀工場にて行われ、撤去工事は青雲丸の中間検査が行われた三菱重工業(株)本牧工場にて行われた。
 実際には台風の影響で取り付け工事期間が1日延び、実船実験の期間が3日より2日に短縮されている。気泡発生装置は、1台で約20m3の供給能力をもつエンジン型のコンプレッサをボートデッキ上に6台設置し、正確な流量を計測するため流量計を設置した。計測装置として、船体外板に摩擦応力計、局所ボイド率計及び気泡観測用TVカメラを設置した。船体外板への装着は工事面及び船主の要望があり溶接ではなく、接着工法で行った(5.3節を参照)。実船実験は2日間行われ、下表に示す内容が実施された。天候に恵まれ、海象も非常によい状態にて実験が行われた。実験を行った海域を図5.4.1に示す。
 
実験内容一覧表
  実験番号   設定船速(kt) 気泡吹出し量 気泡吹出し位置
A 1〜2 片道 10,14 最大 全て
B 3〜6 片道 10,14,17 無し
C 7〜13 往復 14 無し・1/2・最大 全て
D 14〜19 17
E 20〜25 19
F 26〜33 10
G 34〜41 14 無し・1/2・1/4・最大
H 42〜47 最大 無し・最大 上段・下段・全て
I 48〜50 片道 最大 無し・最大 上段・全て
 
 撤去工事では各機器の撤去及び補修が行われ、実験前の状態に戻すべく作業された。
 
5.5 計測・観測結果
5.5.1 速力計測結果

 速力計測時の海象は風速3〜5m/sec、目視波高1.1〜1.7mで、船体運動、特にローリング運動は高々1.7度程度という平穏な海域で計測を実施した。速力と軸馬力に対する潮流、風の影響を谷口‐田村法により解析したが、速力・馬力曲線はそれぞれの生データを往復平均した値と変わらなかったため、以下の速力・軸馬力は対地速度の生データの往復平均値を採用した。

(1) 軸馬力と軸回転数
 CPP翼角を25.5度に保ち、気泡吹き出し有無の状態を比較した結果、軸馬力と軸回転数の関係はマイクロバブルによって全く影響を受けないことが分かった。
(2) 速力・軸馬力計測結果
 速力と軸馬力の関係は、マイクロバブルの吹き出し位置と吹出し量によって変化した。まず、バブルを全ての吹出し位置から、コンプレッサー最大出力で吹出した場合(MAX)と約半分の出力で吹出した場合(1/2MAX)の速力・軸馬力の変化を図5.5.1に示す。なおこの軸馬力には気泡発生動力の損失分は考慮されていない。バブルを吹出すことにより、軸馬力は同等かやや減少し、速力は14ノット付近で0.3〜0.5ノットと大きく低下している。これを同一速力状態に換算すると、14ノットおいて、吹出し量MAXで4%、1/2MAXで12%と、バブルを吹き出すことにより馬力が増加し、その増加量は1/2MAX吹き出し状態の方がMAX状態よりも大きいという結果となった。
 次に、速力14ノット付近において、上段([1]&[4])位置のみからマイクロバブルをMAX量吹き出し、速力‐軸馬力を計測した結果を図5.5.2に示す。バブル吹き出しにより速力がやや増加し、軸馬力が僅かに低減した。この結果を、図中に示した船速(V)の3乗曲線を用いて同一速力状態に換算すると、船速14ノット、上段([1]&[4])MAX吹出し状態において、軸馬力が3%低減したことが分る。なお速力19.5ノットの同様な状態では、軸馬力の低減率は1%程度に減少した。
 これらの結果から、同一速力状態に換算した軸馬力は、マイクロバブルの吹出し位置、吹出し量、船速によって敏感に変化し、バブル無し状態より増加することも減少することもあることが分かった。そして、船速14ノット、上段([1]&[4])MAX吹出し状態において、3%の軸馬力低減が得られ、この低減量から、上段([1]&[4])吹き出し位置における水深約1mによる水圧のみを考慮した気泡発生動力を差し引いた、正味の軸馬力低減率は2%であった。
(3) プロペラ推力の計測結果
 プロペラ推力と船体抵抗は、船殻効率が気泡により変化しないと仮定すると、比例関係にあり、プロペラ推力の計測は船体抵抗の評価に非常に有益である。マイクロバブルによるプロペラ推力の変化率は、概ね軸馬力と同様の傾向を示し、バブルの吹出し位置、吹出し量および船速によって変化した。全ての吹出し位置からMAX状態及び1/2MAX状態で吹き出した場合のプロペラ推力は、同一速力でバブル無しの場合に比べて大きくなり、その増加率は、14ノット1/2MAX状態において最大11%であった。一方、図5.5.3に示すように、全ての吹出し位置からコンプレッサーの1/4出力状態(1/4MAX)で吹出した場合、及びバブルを上段([1]&[4])または下段([3]&[6])のみからMAX状態吹出した場合に、推力はバブル無しの場合に比べて低減し、その低減率は、速力14ノットにおいて最大約4%であった。
 すなわち、マイクロバブルにより、速力14ノット状態において、バブル吹き出し状態を様々に変えることにより、最大11%の抵抗増加と最大4%の抵抗低減が得られた。
5.5.2 プロペラ効率への影響

 実船実験で計測された船速、軸馬力、プロペラ回転数、推力を基に、マイクロバブルの有無によるプロペラ効率の変化を調べた。解析に用いたデータは全て往復航の平均である。ここでは前進常数とプロペラ効率の計算にはプロペラ前進速度の代わりに船速を使っている。すなわち、有効伴流係数をwとすると、通常の前進常数Jとプロペラ効率epを(1‐w)で除した値を前進常数、プロペラ効率と呼んでいる。
 9月14日に実施した速力試験結果による実船のプロペラ効率を図5.5.4 に示す。マイクロバブルによって、明らかに効率が3〜6%減少している。9月15日の気泡吹出し位置変更実験によるプロペラ効率を図5.5.5 に示す。マイクロバブルの発生が上段のみの場合はバブル無しと同等で、下段のみ又は全ての吹出し装置からマイクロバブルを吹出した場合はバブル無しよりも効率は3〜6%低下している。このことから、下段の吹出し装置からマイクロバブルを吹出した場合は、マイクロバブル群がプロペラに流入してプロペラ効率を低下させているが、上段の吹出し装置から吹出した場合は、マイクロバブルの多くはプロペラ上方または側方に流れているため、プロペラ効率を変化させるほどの影響を及ぼしていない、と推測される。
 マイクロバブルがプロペラに流入するとプロペラ効率が低下するメカニズムについてはよく分かっていない。今後の研究課題である。
5.5.3 気泡流れ観測結果

 観測装置として小型の水中TVカメラを3個取付け、No.1で船首の気泡発生装置の作動状況、No.2でS.S.4のビルジキール付近の気泡流れ、No.3でプロペラヘ流入する流れの観察を行った。
 観測結果の代表例を図5.5.6に示す。本図は14ノット、気泡吹出部[1]&[4]、流量MAX(TNo.36)の条件における観測結果である。観測結果をまとめると次の通りである。
(a) 船首気泡吹出部では、気泡吹出部[1]から吹出された気泡がほぼ船体に沿って後方へ流れているのが観察される。
(b) ビルジキールからの観測結果により、気泡吹出部[1]&[4]から吹出された気泡流は、船体から若干離れているが、ほぼ当初予測した軌跡に近い状態でプロペラ方向へ流れていることがわかった。船尾ではプロペラ面への気泡流入範囲は当初の予定より広いが、ほぼ船体中央および船尾外板に沿って気泡が流れているのが観察された。
(c) 一方、気泡吹出部[3]&[6]から吹出された気泡流は、比較的船体から離れて船尾方向へ流れていることがわかった。船尾ではプロペラ面への気泡流入範囲が広く、船体中央に沿って流れる気泡が少ないのが観察された。気泡吹出部[1]&[4]から吹出された気泡流のほうがより船体に沿って流れていると判断される。
(d) 船体動揺とくにピッチングの影響により船首気泡吹出部から吹出された気泡流は上下方向に振られて後方へ流れていくのが観測された。気泡流はピッチングの影響を受けて軌跡を変えやすいと思われる。
5.5.4 局所せん断力計測結果

(1) 計測装置
 初年度より、実船実験において表面摩擦応力を計測する装置の検討を行った。船体表面の僅か上方に浮かせた200mm×200mmの板をバネで支えて、そこに働く摩擦力を計測して摩擦応力を検出する形式とすることにした。できるだけ小さい厚み(27mm)の計測装置とし、船体外板に外から貼り付けて900×900mmのフェアリング分を含めて船体表面と滑らかにつながるような装置とした。青雲丸の船速を想定して板に働く局所せん断力を推定し、検出器の容量は約500gfと決定した。船体に最終的に取り付けた写真を図5.5.7に示す。
 初年度より試作品を製作し、神戸商船大学ポンドにて海水中での動作や海水中に放置した場合の耐久性を調査した。また、弓削商船高等専門学校の小型教習艇「はまかぜ」を用いて直接航走による摩擦力を検出する予備実験を行った。検出部を埋め込んだ長さ3720mmのボードを「はまかぜ」の船側に取り付け、5ノットから11ノットまで船速を変えて摩擦応力を計測した。結果を図5.5.8にシェンヘルの摩擦公式と比較して示すが、速度の計測や船体の姿勢などの影響を考えると計測はある程度の精度で行えているものと考えられる。また海上技術安全研究所においても長尺模型船を用いて他の装置とあわせて予備実験を行った。その結果、フェアリング形状も実船実験において使用可能であろうと予測された。
 
(2) 実船実験結果
 局所せん断力計を7台準備して船体外板にフェアリングとともに取り付けた。うち2台はトラブルがありデータ収集ができなかったが、他のせん断力計では安定したデータをとることができた。計測した力から局所せん断力係数を出すためには計測された対水船速を用いた。他のせん断力計では摩擦応力が増加する場合も見られたが、SS8に取り付けた2台のうち水面に近い方(センターラインより幅方向2.95m、べースラインより高さ方向2.41m)の局所せん断力計では気泡吹出しによってせん断力が明確に低減したので、その結果について詳述する。
 図5.5.9に吹出し量最大の場合において計測データを気泡吹出しなしの状態と比較して示す。横軸は速度である。結果は吹出しなしの場合は少しのばらつきで曲線に乗っているように見える。これには力の計測の誤差と速度計測の誤差などが入っており、計測値にはこの気泡なしのデータのばらつき程度の誤差があるものと、このばらつき以上に変動したデータは気泡による変化を反映しているものと思われる。これによるとこの装置位置では14kt〜19ktの範囲で摩擦応力の低減が見られ17ktでは20%程度も低減している。図5.5.10に14ktの場合における摩擦応力の吹出しありとなしの状態の比を示すが、吹出し量及び吹出し位置により摩擦応力低減量が変化することが示されている。
 また図5.5.11に吹出しなしの場合と1/2MAX吹出した場合の摩擦力の時系列を示すが、後者は気泡の影響により大きく変動していることがわかる。吹出しありの場合の度数分布を見ると、吹出しなしの状態の値付近と摩擦力がかなり小さい状態に2つの山があり、周波数解析によれば運動と同じ周波数にピークが得られることから「運動によって気泡流の軌跡が変わり、上記2つの状態が交互に現れている」ものと思われ、低い方の状態を持続できれば大きな低減効果が得られると思われる。
5.5.5 局所ボイド率計測結果

 一定体積の水流中に存在するマイクロバブルの直径と数をCCDカメラにより撮影し、画像解析により局所のボイド率を計測する装置を新たに開発した。ボイド率計は図5.5.12にその原理を示すように、長さ400mm、幅55mm、高さ100mmの翼型形状のストラットに小型のCCDカメラとLEDストロボを内蔵し、側面の窓から水流中のマイクロバブルを撮影するもので、撮影する体積を一定に保つため、窓から10mmの位置に遮蔽板を置いている。ストロボからの光を直角に曲げ、下方からマイクロバブルを照らすように遮蔽板の下端は45度に曲げられている。
 このボイド率計を2台、SS6とSS8の船底に取り付けたが、SS8のものは実験開始後すぐに浸水して作動しなくなり、SS6に取り付けたボイド率計の測定結果のみが得られた。測定結果の一例を図5.5.13図5.5.14に示す。いずれも船速19ノット、吹出し量1/2MAXでの結果で、図5.5.13は船底から下方に測った境界層中のボイド率分布である。横軸の下方の数値がストラットとフェアリングの影響を補正して求めた船底からの距離である。船底から5mm以上離れた所を通る気泡が多い。図5.5.14は気泡の大きさの分布である。数では直径0.5mm程度の気泡が多いが、体積で見ると直径1mm程度の気泡の寄与が大きいことになる。
 SS6の位置ではせん断力も計測されているが、せん断力はほとんど変化しなかった。気泡が船体から約5mm離れて通過したことがその原因と考えられる。気泡を船体に密着させて流す方法の開発と共に、境界層中のどの位置にマイクロバブルが来たら最も効果が有るか、今後の解明が待たれる。
 
5.6 実船実験結果の評価
 実船実験は、天候に恵まれ、良好な状態で実施された。諸機器は概ね順調に動作し、実験期間の短縮を補い、当初の予定に近い実験を実施することができた。
 マイクロバブルによって摩擦抵抗低減効果を得るために最も重要なことは、船体表面の出来るだけ広い範囲を均一に気泡で覆うことである。しかし実際は、気泡の流れ方が均一でなく、船体表面から離れると共に、予定よりもやや上方を流れた。そして恐らくそれが原因で、多くの場合において、気泡を吹出すことにより船体抵抗が数%乃至10数%増加し、局所せん断力も増加した。また、多くの場合に、恐らく気泡がプロペラに流入したことが原因で、プロペラ効率が3〜6%低下した。これらは予期しなかった結果であり、新たに抽出されたマイクロバブル法の実船適用の問題点である。
 一方、気泡発生位置を選ぶことにより、プロペラ性能低下が回避されると共に気泡分布状態が改善され、計画速力の14ノットにおいて、マイクロバブルによって気泡発生動力を考慮しない名目的な状態で3%、気泡吹出し位置の静水圧に基づく気泡発生動力を考慮した正味の状態で2%の軸馬力低減が得られた。計画値と比べて、名目で60%、正味で100%の低減が得られたことになる。また、水深の小さな位置(1m)から気泡を吹出し周囲流れによって船底(水深5.6m)に送り込むという気泡発生動力節減法についての手がかりも得られた。名目で3%、正味で2%の低減効果はマイクロバブル法に期待された数10%程度の摩擦低減効果から見れば確かに小さいが、既存船舶に適用したため種々の制約があった上での値であり、今後大きく改善される可能性がある。
 残された課題も多い。1つは、十分な実験データが得られなかったことである。マイクロバブルのような新しいデバイスを評価するためには、単に船体抵抗などのマクロ量だけでは不十分で、詳細な分布データが必要である。特に気泡軌跡は、推定とやや異なった挙動示したため、詳細なデータが必要である。しかし、今回の実船実験結果では、計測機器数が少なかったこと、いくつかの機器の動作不良があったことなどが原因で、データの質・量がやや不足した。実船での“正解”がよく分からない状態であると言える。今後、マイクロバブル法の実用化にとって重要な気泡軌跡を含む実船性能推定計算法の改良を行うためには、新たな実船実験を行い、今回開発された計測機器を活用して、より詳細なデータを取得することが望まれる。
 気泡発生装置の設計法も残された課題の1つである。基礎研究では、平板に気泡発生装置を埋め込んだ理想的な状態で実験が行われるのに対して、実船では配置・コストなど様々な制約があり、その設計は容易でない。今回の実船実験においても、サイドスラスターの穴を避ける、工作上の都合、気泡発生用コンプレッサ台数の制限などの制約があった。個々の船型や諸条件に順応した気泡発生方法を、今後も検討する必要がある。
 本研究において新たに開発された局所せん断力計、局所ボイド率計は所定の性能を発揮し、実船実験計測において有効であることが示され、今後の実船実験計測法の進展に寄与すると期待される。また、今回の実船実験では各種機器を接着により船体表面に取り付けたが、1件の脱落事故もなく実験を終了することができた。接着法は、前後処理に多くの工数を要する溶接法に比べ、簡便な方法であり、今後の実船実験において活用が期待される。








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