4. 表面処理法に関する調査
表面処理法については、平成10年度に実施した各種の表面処理による摩擦抵抗低減法の文献調査を、また平成11〜13年度に自己研磨型塗膜・撥水性塗膜・弾性皮膜について、実験による摩擦抵抗低減メカニズムと低減効果の調査、および実船性能推定法の研究を実施した。
4.1 自己研磨型塗膜・撥水性塗膜の抵抗低減効果の調査
自己研磨型塗料は、実船が航走することにより表面が研磨されて粗度が低下し、その結果として摩擦抵抗が低減すると考えられる。従って、その摩擦低減効果を検出するためには長時間にわたって、塗膜面が水流に暴露されていなければならず、通常の模型船を用いた水槽試験でこれを計測することは困難である。そこで、本研究では図4.1.1に示すような回転円筒を用いた摩擦抵抗計測装置を開発し、一定期間実海水中で回転させた塗装済み円筒の回転トルクを計測することによって、表面変化に伴う摩擦抵抗低減量を計測することを試みた。
本試験では、下表に示す消耗度・初期粗度・エイジング速度の異なる自己研磨型塗料9種および撥水性塗料2種を供試し、実海水中で動的に浸漬を継続し、定期的に回転円筒試験装置で回転トルクを計測するとともに表面粗度を計測し、表面状態の経時変化と摩擦抵抗の相関関係について調査した。
供試塗膜 |
消耗度
(μm/年) |
初期粗度
Rz(μm) |
平均エイジング
速度(kt) |
SF1 |
82 |
10.5 |
5.5 |
SF3 |
41 |
21.8 |
5.5 |
SF5 |
151 |
11.2 |
5.5 |
SF5R |
151 |
57.2(砂粗度状) |
5.5 |
SF1N |
82 |
11.9 |
10.1 |
SF1RN |
82 |
82.0(砂粗度状) |
10.1 |
SF5N |
151 |
17.6 |
10.1 |
SF5RN |
151 |
80.2(砂粗度状) |
10.1 |
SF5RRN |
151 |
58.6(剥離塗装模擬) |
10.1 |
JIS方式で計測した塗膜表面の平均粗度Rzの経時変化を図4.1.2に、また同一Reynolds数(Rn=8×106)における抵抗係数と平均粗度の相関関係を図4.1.3に示す。図中には次節で述べる粗度を有する円筒表面の摩擦抵抗推定法から得られた推定値を併せて示している。
以上の実験により得られた結果は次のとおりである。
(a) 自己研磨型塗膜は研磨が進行するに伴って粗度が低下し、初期状態よりも摩擦抵抗が低減する。
(b) 自己研磨型塗膜の初期状態の粗度があまり大きくなければ、エイジングによる粗度低下は少なく、摩擦抵抗も変化しない。
(c) エイジング速度が大きい場合は自己研磨型塗膜の表面粗度は大きく減少し、抵抗低減量も大きい。
(d) 自己研磨型塗膜の表面粗度が研磨作用によって減少し、ある一定値を下回ると研磨による粗度低下はほぼ停止し、摩擦抵抗も変化しなくなる。
(e) 自己研磨型塗膜の種類・初期粗度の如何に関わらず、本試験の供試塗膜では滑面の摩擦抵抗を下回ることはなく、積極的な抵抗低減を実現することはなかった。
(f) 撥水性塗膜については、粗度の大きい塗膜は、浸漬経時で生物が付着して撥水性が著しく低下し、粗度の小さい塗膜は、撥水性が徐々に低下するが生物付着は少ない。いずれの塗膜でも付着生物を除去すれば表面粗度の増大は僅かであり、摩擦抵抗もほとんど変化しない。
4.2 自己研磨型塗膜・撥水性塗膜の実船性能推定法
回転円筒試験の結果から実船の摩擦抵抗を以下のような方法で推定した。
(a) 円筒内の流れは乱流であり壁近傍では壁法則が成り立ち、その速度が滑らかにつながると仮定する。
(b) 速度分布が上記仮定を満たすようなroughness functionを求め、これを円筒表面粗度に対する等価砂粗度とする。
(c) 等価砂粗度が得られればWhiteの式など用いることにより、実船における粗度修正量ΔCFが推定できる。
本推定法により求めたレイノルズ数と粗度高さの変化によるΔCFの相関を図4.2.1に、またレイノルズ数を一定とした場合のΔCFの変化をITTC78の推定法で求めた結果と併せて図4.2.2に、それぞれ示す。
4.3 弾性皮膜の抵抗低減効果
弾性皮膜の摩擦抵抗低減効果を検証することを目的として平板状の弾性皮膜からなる試験体を製作し、その抵抗を曳航水槽で通常の船舶の水槽試験に準じた方法で計測した。実験では完全乱流域における摩擦抵抗低減を実現したとする先行研究で使用された弾性皮膜の複素弾性率・比重・膜厚に近い性状のシリコーン樹脂製弾性皮膜3種および合成ゴム製弾性皮膜4種を用いた。
これらの弾性皮膜について繰り返し抵抗試験を実施したが、剛体壁の抵抗と比較して有意な摩擦抵抗低減効果は認められなかった。また弾性皮膜まわりの流れについて、乱流場計測を実施したが、乱れと摩擦抵抗低減との相関を明らかにするには至らなかった。さらにモアレ縞を利用した弾性平板壁面の微少な変位を計測する手法を開発し、これを使って弾性壁面が流れの中でかなり変動していることを確認した。しかしこの微少な変動が流体現象に与える影響については評価できなかった。
実験の精度管理については可能な限りの注意を払ったが、残念ながら弾性皮膜による摩擦抵抗低減効果を確認することはできなかった。しかし、摩擦抵抗低減の可能性はまったく否定されたわけではなく、弾性皮膜の物性値を変更し、さらに広い範囲で素材を探索することにより、摩擦抵抗低減を実現できる可能性は残されていると思われる。
4.4 表面処理法に関する調査の成果
表面処理法WGでは、自己研磨型塗膜・撥水性塗膜・弾性皮膜について、実験による摩擦抵抗低減メカニズムと低減効果の調査、および実船性能推定法の研究を実施した。得られた成果をまとめて以下に示す。
4.4.1 自己研磨型塗膜・撥水性塗膜
1) 回転円筒試験装置を開発し、塗膜面に作用する摩擦抵抗の高精度計測に成功した。
2) 長期間エイジングした塗装円筒の摩擦低抗を回転円筒試験装置により計測するとともに、表面粗度の経時変化を計測することにより、塗膜表面状態と摩擦抵抗の相関を定量的に評価した。従来、塗膜の抵抗低減効果は燃料消費量の増減からのみ評価されていたが、本方法により表面粗度との直接的な相関が明らかになった。
3) 回転円筒試験の結果を用いて、塗膜面の表面粗度が実船における摩擦抵抗に及ぼす影響を定量的に推定する方法を開発した。本推定法を用いることにより、塗膜面の粗度を計測すれば、実船の粗度修正量を推定することが可能となった。
4) 上記試験を、現用されている自己研磨型塗膜・撥水性塗膜について実施したところ、粗度低下により滑面の摩擦抵抗に迫る抵抗の低減が認められたものの、滑面の摩擦抵抗を下回る積極的な抵抗低減効果までは認められなかった。
4.4.2 弾性皮膜
5) 弾性率・厚さ・比重等の異なる7種類の弾性皮膜について、曳航水槽における抵抗計測を繰り返し実施したが、いずれの皮膜についても有意な抵抗低減効果を検出することはできなかった。