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2. マイクロバブル法に関する研究
2.1 摩擦抵抗低減効果と壁面近傍ボイド率分布の関係
 本研究部会では、顕著な摩擦抵抗低減効果と従来の研究の蓄積を考慮し、マイクロバブル法を実用化に最も近い摩擦抵抗低減法と捉え、実船実験を想定して準備研究を行った。先ず、小型流路実験(図2.1.1)によってマイクロバブルの摩擦抵抗低減効果と必要空気量の関係についての実験データを取得し、次に、その尺度影響、すなわち大スケールでその関係がどのように変化するかを、長さ50mの長尺平板船を曳航水槽で曳引して調べた。また、水平設置された平板に真水を流した従来の研究で欠落していた実船特有の影響要素、すなわち、流れ方向圧力勾配の影響、壁面が曲面である影響、壁面が鉛直に設置された場合の低減効果、海水の影響、気泡径が低減効果に及ぼす影響を調べる実験を行った。そして、それらの実験データと、実船状態の船体まわり流れのCFD計算法を組み合わせて、マイクロバブルの実船における摩擦抵抗低減性能の推定法を開発した。
(1) 摩擦抵抗低減効果と平均ボイド率の関係
 図2.1.2に、平均流速U=7m/sにおける、吹き出し位置の下流0.5m〜1.5mの3カ所で計測した、注入気泡量の増加に伴う局所せん断力の低減を示す。横軸は流路内平均ボイド率であり、縦軸Cf/Cf0は、気泡の有無状態の局所せん断力の比である。摩擦抵抗低減効果は、平均ボイド率に大きく依存し、下流に行くほどやや減少する。なお示されていないが、流速U=5〜10m/sの範囲では、摩擦抵抗低減効果は、流速の上昇に伴い減少する傾向にあった。
(2) 摩擦抵抗低減効果と局所ボイド率の関係
 上壁面からの各距離位置における局所ボイド率を、その位置に流れに正対して設置した円筒細管から吸い込んだ気泡と水の体積を計測することにより計測し、さらにその値を、別途計測した注入空気量を用いて補正した。
 図2.1.3に、流速U=7m/sにおける局所ボイド率分布を示す。横軸は上壁面からの距離を表す。気泡は上壁面近傍に集中しているが、下流に行くにつれて断面全体に拡散している。この図の結果と図2.1.2の結果により、気泡が壁面近傍に集中するほど高い摩擦抵抗低減効果が得られることが分かる。
 気泡径分布を、流速U=7m/sおよび10m/sにおいて、写真撮影により計測した。気泡直径は、いずれの流速においても、0.6mmを中心に0.2mmから2mmの範囲に分布していた。
 
2.2 50m長尺平板船を用いた尺度影響実験
 マイクロバブルの摩擦抵抗低減効果における尺度影響を調べるため、海上技術安全研究所の400m曳航水槽において、幅1m長さ50m長尺平板船の船底から気泡を吹き出し、最高速度7m/sで実験を行った。
 図2.2.1に長尺平板船の写真を示す。気泡吹き出し部を船首端から3m及び31mの2ヶ所に設け、2.1に示した小型高速流路での実験時と同じ局所せん断センサーを、各気泡発生部から下流方向に同じ相対位置に3個ずつ取り付け、境界層厚さが低減効果に及ぼす影響が計測できるようにした。気泡発生には、小型高速流路実験と同様に、直径1mmの孔を長さ0.1m幅0.5mの範囲に合計3,300個配置した配列多孔板を使用した。
(1) 全抵抗低減効果
 図2.2.2に、船首側の吹き出し部から気泡を発生させた場合の、曳航速度5m/sおよび7m/sにおける全抵抗低減効果を示す。横軸qは吹き出し空気流量Qを吹き出し部面積Sbと曳航速度Vで無次元化したものであり、縦軸Rt/Rt0は気泡有無状態の全抵抗比を表す。抵抗低減効果は低速の方が大きく、14ノットに相当する速度7m/sにおいて約10%の低減を得た。この値は、気泡被覆部分の摩擦抵抗低減率に換算すると、約22%に達する。
(2) 摩擦抵抗低減効果の下流方向の持続性
 局所的な摩擦抵抗低減効果が吹き出し位置から下流方向にどこまで持続するか調べた。図2.2.3に、船首部吹き出し、速度7m/sの結果を示す。横軸は船首端からの距離を、縦軸は気泡有無状態の局所せん断力比Cf/Cf0を示す。低減効果は、吹き出し量が増えると増加し、吹き出し位置から下流に行くに従って急激に減少するが、船首端より約40m下流の最下流端位置でも若干の低減効果が見られた。2カ所の気泡吹き出し部のそれぞれから気泡を吹き出し、局所せん断力の低減効果を比較した。速度7m/sにおいて両者の差は小さく、吹き出し位置の境界層厚さが摩擦抵抗低減効果に及ぼす影響は小さいことがわかった。
 
2.3 流れ方向圧力勾配と曲面形状がマイクロバブルに及ぼす影響
 船体周りを流れるマイクロバブルは、船体形状の影響で流れ方向圧力の影響を受ける。このため、マイクロバブルによる摩擦抵抗低減効果が圧力勾配や曲面形状の影響によりどのような影響を受けるか実験的に調査し、以下の成果を得た。

(a) 平板模型に圧力勾配をつけた実験より、平均ボイド率αmを変化させた場合の流れ方向圧力勾配と摩擦抵抗低減効果の関係を図2.3.1に示す。また、曲面形状の影響を受けて流れ方向に圧力勾配が生じている流れ場において、平均ボイド率αmを変化させた場合の流れ方向圧力勾配と摩擦抵抗低減効果の関係を図2.3.2に示す。流れ方向圧力勾配零の平板を対象としたマイクロバブルによる摩擦抵抗低減効果に比べて、船体前半部に相当する圧力勾配や曲面(順圧力勾配)では効果が低減し、船体後半部に相当する圧力勾配や曲面(逆圧力勾配)では効果が増加する傾向にある。ただし、平均ボイド率αmが0.04以下の場合、その差は僅かであり、平板実験で得られている平均ボイド率と摩擦抵抗低減量の関係をそのまま用いても推定可能である。
(b) 圧力勾配や曲面の影響を受けた流場でも、壁面近傍の局所ボイド率と摩擦抵抗低減効果には相関がある。すなわち、壁面近傍の局所ボイド率のピーク値が高い方が摩擦低減効果は大きい。
(c) 流れ方向圧力勾配が逆圧力勾配の場合、平均ボイド率が0.04を超えると、摩擦抵抗低減効果が極めて大きくなるという知見を得た。その状態における気泡流れは、直径0.9mm程度に微細化された雲状の気泡群となっており、局所ボイド率は壁面近傍以外にも境界層内層内のボイド率が全体的に高くなっていた。
 
2.4 鉛直壁面の影響
 鉛直壁面におけるマイクロバブルによる摩擦低抗低減効果について調査した。
 鉛直壁面のVw=10.0m/sにおけるせん断力計測結果を図2.4.1に示す。せん断力はP1(吹出し部より下流600mm)、P2(吹出し部より下流1850mm)の2カ所で計測している。鉛直壁面でも水平壁面同様マイクロバブルにより摩擦抵抗は減少することが分かる。しかしその量は水平壁面に比べ小さく、また持続距離も短い。
 垂直壁面上、Vw=10m/sの局所ボイド率分布の計測結果を図2.4.2に示す。気泡吹出し部により近いP1の局所ボイド率は、y=5mm付近に鋭いピークを持つのに対し、遠くにあるP2ではピーク位置は大きく違わないものの、平坦でかつなだらかに減少する形状となる。水平壁面のボイド率のピークは、概ねy=2〜3mmであり鉛直壁面より内側にある。このピーク位置、形状の差が摩擦抵抗低減量の差に繋がったものと考えることができる。
 
2.5 海水の影響
 海水と真水でのマイクロバブルの摩擦抵抗低減効果の違いを調べた。2.1に示した小型高速流路の海水を入れ、2.1と同様な実験を行った。海水は駿河湾、伊豆などから採取された。その物性値を計測し、塩分濃度3.4%、密度1.025g/cm3(摂氏10度)であり、表面張力、粘度、動粘度は理科年表に記載された真水の値と変わらなかった。
 図2.5.1にU=7m/sにおける局所せん断力の低減を示す。対応する真水での結果は図2.1.2に示されている。両者はほぼ同様であるが、海水では下流に行くに従って低減効果がやや増加している。一方、U=5m/s及び10m/sでは、両者の違いは殆ど無かった。従って、海水と真水では、低減効果に有意な差は無いと言える。
 海水と真水において、写真撮影により気泡径を計測した。Position2、U=7m/sにおける結果を図2.5.2に示す。海水中の方が気泡径が小さく、平均気泡直径は、真水で0.73mm、海水で0.58mmであった。以上の結果から、海水中では気泡径は小さくなるが、摩擦抵抗低減効果に有意な差は無いと結論された。
 
2.6 気泡径の影響
 固液2相流や固気2相流では、固体粒子の大きさが乱流構造に大きな影響を与える。乱流の代表的なスケールより固体粒子が大きいと乱れは増加し、小さいと乱れは減衰する。マイクロバブルにおいても同様なことが起きるならば、気泡径の制御が重要となる。また、2.5に示した海水を用いた実験では気泡径が小さくなり、摩擦抵抗低減効果に有意な差が無かったが、実船では気泡が流れる距離が長くなるため、気泡径の影響をさらに調べる必要がある。
 上記の理由により、2次元回流水路(高さ:10mm、幅:100mm、長さ:2m)で、同じ条件で気泡径を変えて摩擦抵抗を計測した。壁面から空気を境界層中に吹出してマイクロバブルを発生させるのであるが、吹出し位置の主流の速度を変化させれば気泡径を変えることが出来る。そこで吹出し位置の流路高さを5mm、10mm、20mmと変え、下流の流路の形状は同一にして実験した。
 図2.6.1は気泡直径を変化させた時の摩擦抵抗低減率の測定結果である。平均ボイド率10%、流速5‐7m/sである。固体粒子の場合と異なり、摩擦抵抗低減率は気泡径によらないようである。
 
 マイクロバブルの実船における摩擦抵抗低減効果を推定するために、また気泡発生装置の実船配置を決定するためには、気泡吹出し位置の境界層厚さがマイクロバブルの摩擦抵抗低減効果へ及ぼす影響を調べる必要がある。そこで、海技研の400m曳航水槽において50mの長尺平板船を用いて最高7m/sまでのマイクロバブルの実験を行った。
(1) 試験装置概要
図2.7.1に試験に用いた50m平板船を示す。なおこの装置は、2.2に示した尺度影響実験に用いたものと同一である。局所せん断力は、水用せん断力計S10W‐2(直径10mm、定格容量2gf)を用いて、船首および中央部の吹出し口からそれぞれ0.5m、1.8m、5.8mと同じ位置関係の6箇所において計測した。
(2) 境界層厚さの異なる位置から吹出した場合の局所摩擦抵抗低減効果の相違
気泡吹出し位置を、境界層厚さの薄い船首部とした場合、境界層厚さの厚い中央部とした場合、それぞれについて、マイクロバブルによる摩擦抵抗低減効果の関係を調べた。境界層厚さは、速度5m/sでP.1で約4cm、P.4で約26cmである。結果を図2.7.2に示す。V=5m/sにおいては、中央部吹出しの方が抵抗低減効果が若干高く、V=7m/sにおいては、ほとんど同じくらいであり、ほとんど吹出し位置の境界層厚さの影響はほとんどないことがわかった。
(3) まとめ
マイクロバブルによる摩擦抵抗低減効果の、気泡吹き出し位置から下流の分布状態に関する主要パラメータは、吹き出し位置からの距離であり、吹き出し位置における境界層厚さは殆ど影響しないことが分かった。
 
2.8 実船性能推定法
 2.1節から2.6節までに述べられたマイクロバブル法に関する知見を基に摩擦抵抗低減率の推定方法を検討した。具体的には、摩擦抵抗低減の計算では壁面近傍ボイド率を支配的要素としている。圧力勾配影響および垂直壁面影響は実験データを計算に折り込んでいる。気泡径影響、海水影響および境界層厚の影響はないものとしている。
 摩擦抵抗比CF/CF0の計算手順は概略以下の通りである。まず、船体周りの基礎流場としての単相流をCFDコードにより計算する。この基礎流場を基にLarrarteの方法[1]により気泡軌跡計算する。次に、気泡軌跡から得られる局所の気泡体積を基に壁面近傍ボイド率αwを求める。壁面近傍ボイド率が求められたら、Yoshida et al.の方法[2]により式(2.7.1)を用いてカルマン定数κを修正し局所摩擦抵抗比Cf/Cf0を計算する。
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ここに、νLは水の動粘性係数、Uτは摩擦速度、dbは気泡直径、aは実験定数を表し、db/aはCf/Cf0が模型実験結果に合うように調整する。
最後に、Cf/Cf0を浸水表面で平均化して摩擦抵抗低減率1-CF/CF0を得る。
 空気圧縮機有効動力の算定は、圧縮が断熱圧縮過程であることを前提として次式を用いる。
空気吸入圧力;Ps=[大気圧]=1atm、空気吐出圧力;Pd=[吹出部静水圧]
空気吸入温度;Ts=15゜C、比熱比;κ=1.4、気体定数;R=29.27m/K
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有効動力   W=Had×[吹出した空気の重量流量]
 
参考文献:
[1] Larrarte et al.:Trajectort of bubbles under a ship hull and scale effects,関西造船協会誌,第228号,
[2] Yoshida Y.,Takahashi Y.,Kato H.and Watanabe O.:Study on the mechanism of resistance reduction by means of micro-bubble sheet and on applicability of the method to full-scale ship, The 22nd Symposium on Naval Hydrodynamics,1998








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