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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1997/05/03 毎日新聞朝刊
[特集]憲法50年・憲法観をきく(その3止)
石原慎太郎氏
 
◇日本を退廃させた9条−−一度廃棄しては
 今日、日本で起こっているもろもろの、眉(まゆ)をひそめざるを得ないような社会の態様は、こじつけではなしに全部、憲法の呪縛(じゅばく)だと思う。たとえば、テレクラで中学生や高校生の女の子の売春に、「そんなことしちゃいかん」と彼女たちをしかったりする価値の基軸がなくなってしまっている。
 「私たちの自由だから、いいじゃないの」と言われた場合、もう返す言葉がない。たとえ「私たちが自分で責任を取るから、いいじゃないですか」と言われても、それですむ問題じゃないのだけれども、そんな「風俗」にまみれている子供たちに対する親の責任、教師の責任をとろうとしても、どうしていいか分からない。その自信がない。
 福田和也君(文芸評論家)が「日本人はなぜかくも幼稚になったのか」という論文で書いている通り、それは、日本人の頭が悪いとか、ものを知らないとかいうことでなくて、肝心のことについて考えない、何が肝心なのかが分からないということだと思います。
 例えば「責任」という問題について考えてみると、個人の帰属する国家なり、企業なり、家族なりという連帯があるけれども、その内にある個人が、そうした連帯への責任感を喪失してしまった。家族にしてもそうです。権利の主張だけがあって、「責任」という観念が薄れた。憲法の中での権利と責任のアンバランスの表出です。だから一見リッチに見えながら、社会が腐敗してしまった。
 その究極の原因は「責任なんか、とらなくていい」「とらないことがナウなんだ」「それが、これからの成熟社会だ」といったような虚妄を、日本人が持ってしまったところにある。で、その根っこは何かといえば、やっぱり9条に象徴される現憲法ですよ。
 つまり自分の国家、民族が毀損(きそん)されようとしていても、それを自分で守らない、守る手段を放棄することが一番理想的な、進んだ考え方だとか、生きざま、国家のあり方だ――みたいな、筋道のたたない虚妄を、日本人は意識の下に植え付けられてしまった。
 現実には解釈論で随分ごまかしてきたんだけど、一方で「自分を守る権利を放棄することが一番進んでるんだ」という、わけのわからない観念が変に現実性を帯びてしまったことで、あらゆる「責任」が風化してしまったわけです。
 そして社会は混乱し、静かに退廃していく。日本人の価値観は、すっかりゆがんでしまった。物神性ばかり強くなってね。国家財政は逼迫(ひっぱく)しているというのに、国民はそのことに関心がなくて、個人は小金を持ってブランド志向へ走る。それに比べてペルーね、フジモリ大統領が人質を解放した後、特殊部隊と一緒に国歌を歌っていた。小さくてもピリッとしてるじゃないですか。自分が帰属している連帯への命懸けの責任がにじみ出ていたな。
 こちらじゃ、オリンピックで負けた日本の選手が「負けても悔しいとは思わない。スポーツを楽しんできました」とか言うでしょう。そんなやつは自分で金出して行ってくればいいんだ。そういう基本的な考え違い、自分の言動を照射しなおす国家という鏡がない。それをなくしてしまったのが憲法だよ。
 自分で血を流さなくてもいい、だれかに来てもらえばいいんだという希薄な国家観を、この憲法は作ってしまったと思う。
 じゃあ、その憲法を直せるかというと、直しようがない。改正の手続きを見ても、国民投票では過半数とれるかもしれないけど、国会の3分の2(憲法96条は、憲法改正手続きについて「総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票などにおいて過半数の賛成を必要とする」旨を規定)なんて無理だな。結局、廃棄するしかないと思いますね。国会で憲法の廃棄決議をしたらいいんだ。
 まず、廃棄を決めてから、いいものは残し、悪いものは削って国民合意の憲法をつくり直せばいい。廃棄というと物々しいけれども、すぐに日本が再軍備へまい進するとかいう話じゃない。9条をどうするかといえば、今のままでいいとか、ちょっと違うものにして「ただし、自衛のための戦力は保有する」という第3項を入れればいいとか、話し合えばいい。できれば9条に「一旦(いったん)の際には体を張って国を守る」という当たり前の摂理を盛り込みたい。
 それから、日本の国土は、私有地も、国有地も、すべての土地は潜在的には国民のものだということを1項目入れる。日本に住む外国人の権利と義務を新しい憲法の中に書き込むことも必要でしょうね。それから、ぼくは今の憲法、文章がおかしいのがとてもイヤなんだ。特に、あの醜悪な前文。「ここに、この憲法を確定する」とある。英文を直訳したんだろうけど、日本では、法律つくることを「制定する」というわね。言語には文化としての正統性があるんでね。国家の基本法がこんな文章で書かれているからこそ、日本語が乱れたという気がする。ぜひきちんとした日本語に改めてほしいと思います。 (談)
 
◇石原 慎太郎(いしはら しんたろう)
1932年生まれ。
一橋大学法学部卒業。
東京都知事、作家、元運輸相、元環境庁長官。


 
 
 
 
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