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第1章
リプロダクティブ・ヘルスとリプロダクティブ・ライツ
「すべてのカップルと個人は、子供の数と出産の間隔を、自由に責任を持って決定する権利を有し、そのための情報、教育、手段を得られなければならない。」
−国際人口開発会議(ICPD)行動計画、原則8
 
リプロダクティブ・ライツ(人口再生産に関わる権利)
 子供の数と出産の間隔を自由に責任を持って決定する権利は、数億人もの女性にとってリプロダクティブ・ヘルスを向上させるための重要なカギである。リプロダクティブ・ヘルスと性行動に関する健康を達成するためには、避妊・妊娠中のケア・HIV/AIDS等の性行為感染症の予防などを含めた情報・教育・家族計画サービスを必要とする。しかし、多くの地域では健康と人間の性に関する情報があまりに乏しく、適切なサービスを得ることができない状態にあり、女性は自立する自由を否定され、少女は就学するかわりに若いうちに結婚し、出産することを期待されている。これらのことやその他の要因が、女性とその家族の健康を危険にさらし、女性が持っている可能性を制約している。
 1995年に北京で開催された第4回世界女性会議で採択された行動綱領第96パラグラフにおいて「女性の人権には、性行動に関する健康とリプロダクティブ・ヘルス、及び性に関する抑圧、差別、暴力からの開放を含む、性に関する事柄を自由に責任を持って管理し決定する権利を含む」と、明記されている。
 
緊急課題
●毎年51万4,000人以上の女性が妊娠・出産時の合併症により死亡している。これは毎分1人の割合であり、これら死亡例の99%が開発途上国で発生している。そしてその約15倍の人々が後遺症や感染症に悩まされ、毎年5,000万人以上が妊娠に関連した合併症により、長期間にわたって後遺症や障害に苦しんでいる。
●現在、3,610万人がHIV/AIDSの感染者であり、2000年には530万人が新たに感染しており、緊急な対策が必要である。
また、HIV感染者の半数が25歳以下である(第4章参照)。
●毎年7万8,000人の女性が安全な処置のとられない妊娠中絶で死亡するが、そのほとんどが開発途上国で起こっている。国連は望まない妊娠を減少させ、安全な処置のとられない妊娠中絶が健康に与える影響を重要な公衆衛生の課題として扱うよう、各国に要請している。
●3億5,000万組のカップルが安全で手ごろな価格の避妊法を利用できない状況にある。開発途上国60カ国以上で行われた調査が示すところによると、現在避妊を実施していない女性の中で1億人以上の女性が、次の子供の出産までの間隔をもっとあけたいと思うか、あるいはこれ以上子供を持ちたくないと望んでいる。
●少なくとも女性の3人に1人が、暴力を受けたりセックスを強制されるなど虐待された経験を持つ。その多くは顔見知りの男性によるものである。毎年200万人の少女が、女性器切除(FGM)iiiの危険にさらされ、さらに毎年5,000人もの女性・少女が、いわゆる「オーナーキリング(名誉の殺人)」(第2章参照)により殺されている。
●難民・国内避難民・紛争や緊急事態に巻き込まれた人々は、家族計画から性的暴力・強姦が起きた場合の治療とカウンセリングに至るまで、リプロダクティブ・ライツに関する特別の対応が必要となる。
 
現在の進展状況
 女性の権利が尊重されると、リプロダクティブ・ヘルス及び性行動に関する健康は劇的に改善される。1994年カイロで行われた国際人口開発会議(ICPD)以来、いかにリプロダクティブ・ヘルスを実施するかという点から数多くの変革を行ってきた。現在多くの国では、家族計画やリプロダクティブ・ヘルスに関する情報やサービスを女性にかぎらず男性や青少年に対しても提供するというアプローチがとられてきつつある。また、これらの国々ではさらにカウンセリングを行い、ケアの質を向上させることですべての人にとって、それらのサービスが利用されやすくなるよう工夫している。
 また力イロ会議では、各国に対し様々な経験から学んだことを分野に適用するよう求めた。力ウンセリングを例にとれば、カウンセリングとは決して、“何をすべきか”を教えることではなく、“情報に基づいた責任ある決定”を自分でくだせるように手助けすることである。
●過去30年間にわたる現代的な避妊法の開発により、人々は自分の家族を計画する自由とその能力をより一層享受することができるようになった。
●30年前、避妊法を利用していたカップルは10%以下だったが、現在では約60%に増加した。
●家族の規模(人数)は、1960年代には子供の数が平均6人であったのに対し、現在では3人以下に減少した。
 
 各種サービスの提供においては、その質を常に考慮しなければならない。これにはサービスのあらゆる側面が含まれ、いろいろな避妊具の使用有効期限を確認することから、青少年向きの情報やサービスを彼らに届くような形で提供することにまで及ぶ。高品質のサービスを提供するということは、個人のニーズに合うような広範囲のサービスと様々な避妊具を利用できるようにするということも意味している。
 家族計画サービスにおいて、その質が重要であることをいくら強調しても強調しすぎることはない。もしすべての女性が現代的で安全かつ効果的な家族計画サービスを受けられるようになれば、望まない妊娠を防ぎ、妊産婦死亡率や後遺症や性行為感染症の3分の1を回避することができるからである。青少年に情報を与えて教育し、彼らの医療・保健への関心を高めれば、現状を変えていく可能性は格段に増大するだろう(第8章参照2
 
安全な妊娠及び出産
 ほとんどの開発途上国における15〜49歳までの女性の死亡及び障害の最大の原因は、妊娠・出産に伴う合併症である。また妊娠・出産時に母親が死亡することで、その子供も死亡する可能性が高いという悲劇的な状況が存在する。
●開発途上国における女性の妊娠に関連する死亡率は、先進国の30倍である。
●開発途上国における出産のわずか53%しか、技術を持った出産の専門家の介助を受けていない。
 
 これら妊娠・出産に関わる死亡のほとんどは予防可能である。国連人口基金(UNFPA)は、安全な妊娠及び出産のために、以下のことが必要不可欠であると考えている。
 
●妊娠期間中のケア
●技術を持った専門家による出産介助
●緊急時の産科へのアクセス
●産後の大量出血、血圧の上昇及び感染に関するケア
 
 安全な妊娠及び出産のためにこのような対策をとり、家族計画を通じて望まない妊娠を防ぐことで、妊産婦死亡率は大幅に低下させることができる。国連人口基金は、紛争や自然災害の状況下での安全な出産のために緊急リプロダクティブ・ヘルス・キットを提供している。
 
リプロダクティブ・ライツは世界各地で認識されている
 家庭規模と出産の間隔を計画する権利は、1968年にテヘランで開催された国際人権会議で合意され、1974年にブカレストで開催された世界人口会議で、その詳細についての検討が行われた。
 1994年カイロで開催された国際人口開発会議(ICPD)では、参加180カ国がリプロダクティブ・ヘルスと性行動に関する健康(セクシャルヘルス)の権利の保護を謳った20年計画を承認した。ICPD行動計画(ICPD Programme of Action)と呼ばれている、この20年計画では、男性・女性共に、いかなる圧力も受けず家族計画や性行動に関する健康(セクシャルヘルス)を含むリプロダクティブ・ヘルスケアを受ける権利を持ち、子供の数と出産の間隔を自由に責任を持って決定する権利を持つことを確言している3。そこではリプロダクティブ・ヘルスとは、身体・精神・社会的に満足のいく状態を意味し、単なる病気や疾患がないことではない。人々は満たされた安全な性生活を営むことができ、その結果、子供を持つこともできる。しかしながら、“いつ”、“どのような間隔で”出産を行うか、また子供を持つか持たないかも自由に決定することができる権利を持つ、ことなどが確認された4
 
ICPD行動計画の目標
世界中のすべての子供たちに教育を−2005年までに、初等及び中等教育における男女格差を解消すること。できる限り早い時期、あるいはどんなに遅くとも2015年までに、いかなる場合であれ、少年と少女が共に小学校あるいはそれに相当する教育を十分に受けられるようにする。
死亡率を減少させる−2000年までに乳児及び5歳以下の幼児死亡率を少なくとも3分の1減らし、少なくとも出生1,000人に対する乳児死亡を50人、幼児死亡を70人以下に削減する。また2015年までにそれぞれ35人、45人にまで減少させる。
 2000年までに、妊産婦死亡率を1990年代の半分とし、2015年までにさらにその半分まで減少させる(特に妊産婦死亡率の高い国々においては、出生10万人に対し60人以下とする)。
リプロダクティブ・ヘルス−2015年までに、全世界で安全で信頼できる家族計画の方法とそれに関連するリプロダクティブ・ヘルス及び性行動に関する健康(セクシャルヘルス)のサービスを誰でも十分に利用できるようにする。
 1999年世界の指導者たちが集まり、上記の目標に対する進行状況を再検討し、今後とるべきカギとなる重要な対策を提示した。ICPD開催後の5年間で、多くの国が性行動に関する健康(セクシャルヘルス)及びリプロダクティブ・ヘルスに関する情報、サービスを提供するための様々な対策をとってきた。特に家族計画の進展が顕著である(第10章参照)。さらにサービスがより簡単に得られるようにすることやサービスを青少年にとってより身近なものにすること、またサービスの質や避妊具の品質を保証することにますます多くの配慮がされてきている。
 参加国の3分の2が、男女間の公正と平等を促し、女性に権利を与える政策や法的措置を導入した。これには相続権、財産権、雇用される権利、性に関する暴力から逃れる権利が含まれる。
 
現在の進展状況と成功の具体例
 ガーナ、ナイジェリア、ウガンダ、ベトナムでは、アメリカ看護婦・助産婦カレッジにより開発されたトレーニング法を用いて、助産婦へ救命技術の訓練が行われている。救命技術とは出産の際に緊急事態が発生した場合に女性の生命を救うために必要となる技術で、どのような事態が生じるかという危険性の具体的な理解と把握、それらに対する対処法、臨床管理技術などが含まれる。
 ジャマイカでは、早過ぎる妊娠によって何千人もの少女が退学に追いこまれ、その後彼女たちのほとんどは仕事を見つけることができないでいる。(財)ジャマイカ女性センターは、UNFPAの資金により、職業訓練とカウンセリングサービスを提供し、多くの少女たちの復学を支援している。その活動は女性が教育を受けられるよう熱心に促し、若い女性が性や出産に関する生活の管理を自分で行えるよう援助することで貧困のサイクルを打破することを目的としている。
 タイやウガンダでは、徹底した情報提供と予防キャンペーンにより、若年層を中心に新規のHIV/AIDS感染率が3分の2に減少した。また、妊婦検診を受ける若年の女性の感染率も低下し始めている。
 
第2章
女性のエンパワーメントiv、暴力の終焉
「ジェンダーの平等と公正の向上、女性のエンパワーメント、女性に対するあらゆる種類の暴力の排除、女性が自らの出産をコントロールする能力を守ることは、人口・開発関連プログラムの基礎である。」
−ICPD行動計画、原則4
 
女性に対する暴力と差別の影響
 少なくとも女性の3人に1人が、その生涯において暴力を受け、セックスを強制され、虐待された経験を持つ。虐待を加えるのは、被害者の家族の人間であることが最も多い。近年、ジェンダーに基づく暴力は、公衆衛生の主要な課題であり、人権の侵害であるとの認識が高まってきている。暴力は多くの社会において女性の社会的地位の低さを示すものである。
 
●世界銀行の資料5によると、世界各地において15〜44歳までの年齢の女性の暴力による死亡や障害が、癌・マラリア・交通事故・戦争による死亡や障害をも上回る。
●毎年200万人の少女・女性が女性器切除(FGM)の危険にさらされている。
●アメリカ合衆国では、15秒に1回女性が暴力を受けており、そのほとんどが夫によるものである。また、18〜45%のインドの既婚男性が妻を虐待したことを認めているという研究報告がある6
●暴力や差別により、女性のHIV感染のリスクが高まっている。昨年220万人の女性が新たにHIVに感染した(第4章参照)。暴力を受ける恐怖のために、女性たちは夫やボーイフレンドとコンドームの使用を話し合う機会を持てないでいる。
●男子を好む(男児選好)という形態の差別は、積極・消極的な女児の育児放棄や、性選択を目的とした妊娠中絶を引き起こしかねない。その結果、人口に占める女性の割合は、自然な数値よりも低くなっている。
 

iii 「割礼」と呼ばれることもあるが、男性性器の包皮を切り取る「割礼」とは宗教的な意味合いも、身体的な影響もまったく異なるため、あえて「割礼」という用語を使わない。アフリカ大陸に固有の習慣とも言われる。
iv Empowermentは字義通り、power(力)を向上させることであるが、英語のpowerには日本語では区別される「物理的・身体的な力」と権力のような「社会的な力」を含む。したがって日本語で1つの用語に置き換えることは無理であり、以下「エンパワーメント」とカタカナ表記をする。この意味は女性が身体的にも健康状態を改善し、さらに社会的にもその権利を含む地位を向上させることである。
 
2 多くのアフリカの国々では、全女性の半数近くが20歳前に最初の子を出産する。ラテンアメリカのほとんどの国では3分の1以上の女性が20歳前に最初の子を出産する。アメリ力合衆国では、約10人に1人が20歳前に出産する。
出所:The Alan Guttmacher Institute.1998“Appendix Table 4:Adolescent Childbearing in 53 Countries.”into a New World;Young Women's Sexual Reproductive Lives. New York; The Alan Guttmacher Institute
3 国際人口開発会議(ICPD)行動計画、原則8 パラグラフ7.2、7.3
4 ICPD行動計画、パラグラフ7.2、7.3
5 The World Bank,World Development Report 1993:Investing in Health
6 国連エイズ共同計画(UNAIDS)、1999







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