日本財団 図書館


3.7 沿岸海域における緊急時の通信手段確保のためのグランドデザイン
 
3.7.1 グランドデザインの基本方針
 
 海上で活動する全ての小型船に対して、遭難時緊急の場合に使用できる何らかの有効な通信連絡手段を確保することを基本方針として、グランドデザインを策定する。
 
3.7.2 船舶用衛星イパーブ
 
 衛星イパーブは、船舶の遭難時の通報設備で、言うまでもなく現在のGMDSS体制の主役であり、コスパスサーサット衛星を利用したこのシステムは世界中のどこの海域でも使用が可能で、発信された信号から遭難船舶や遭難海域を判別することができる。
 自動離脱装置による自動浮揚と自動発信機能(小型船舶用衛星イパーブにはない)があり通報の信頼性も高く、現在のところ最高の遭難通報システムといえる。
 現在、小型船用衛星イパーブ(又は衛星イパーブ何れでも良い)の搭載義務がある小型船舶は以下の船舶で、それ以外の小型船舶には搭載義務はない。
 
〇 海岸から100海里以遠の海面で漁労に従事する漁船
〇 限定近海以上の区域を航行区域とする漁船以外の船舶
 
 一方、一般的な地上系通信システムの通信可能エリアは概ね100Km以下(参考資料「小型船に搭載すべき通信機器の検討」を参照)である。従って、この通信可能エリアを越え、イパーブの搭載を義務付けられる海域までの間を活動海域とする小型船舶について、何らかの緊急連絡手段を確保する必要があり、その方策が衛星イパーブ又は次項において説明する小型船用PLBである。
 
3.7.3 小型船用PLB
 
 PLBは既に説明した通り、コスパスサーサット衛星を使用するシステムで、基本的な性能要件は衛星イパーブと同様である。本委員会においては、小型船舶に衛星イパーブを搭載するとした場合にユーザーが問題点と考えている、形状、重量、価格といった点について解決すべく検討を行い、本来、コスパスサーサットで個人用遭難通報機器として位置付けられているPLBに着目し、これを小型船舶に使用できるように検討、基本設計を行った。
 2002年3月現在、我が国には未だPLBを利用する環境の整備出来ておらず、この小型船用PLBを直ちに導入することは難しいが、将来的には利用環境を整備し沿岸海域を航行する小型船舶用の遭難通報設備として自主的な搭載を強く奨励するものである。
 さらに、本委員会で検討した小型船用PLBは、遭難通報としては小型であり、救命胴衣を始め、洋服、ズボン等の衣類のポケットに収納できる構造、寸法となっている。このため、船舶における利用に限定されず磯釣り、潮干狩り等の水際での利用を始めとして、登山、ハイキング、山菜取り等における陸上での遭難時にも有効であると思料する(ただし、陸上に利用範囲を拡大する場合は、遭難通報を受信するMCC(我が国においては海上保安庁)からの警察・消防等の陸上救助機関との連絡・連携体制を検討する必要がある)。
 小型船用PLBは衛星イパーブに比べ汎用性があることから、衛星イパーブよりも利用範囲の拡大が予想されるが、その結果、量産効果により低価格化が進展し一層の普及が起きるものと期待される。反面、小型船用PLBは衛星イパーブに比べて小型、軽量、低価格化を図るため、自動離脱、自動発信などの機能を省略している。このため船上での使用については特段の問題はないと思料されるが、水中においての使用では手動による発信操作に加えて海上での本体の姿勢の保持(オプションで浮揚自立のための収納袋等の利用も可能となる)や救命胴衣などに固着しての自立姿勢の保持といった工夫も必要となる。
 
3.7.4 既存の海上通信システム
 
 一般通信、公衆通信は利便性が高く、多くの利用者が「何時でも」「どこでも」「だれとでも」通信が可能であることが期待されるが、遭難時の緊急通信はそれに加え、船舶間、陸船間で安定した、確実な通信を必要とするものである。
 船舶の遭難時の緊急通報設備として、どのような海域からも直接海難救助機関に通報可能であり、最も確実な通報設備は、衛星イパーブ、小型船用衛星イパーブであるがこれらは一般通信に利用される設備ではない。一方、一般通信の手段として従来から小型船舶において使用されている海上通信システムである漁業無線、マリンホーン、マリンVHF、国際VHF、400MHz帯無線電話、MCA無線、アマチュア無線等(参考資料「小型船舶に搭載すべき通信機器の検討」を参照)があるが、これらは遭難時には遭難通報用として利用可能である。
 従来の、海上通信システムは、通信可能エリアが広く、利用料金が不要であり、不特定多数の相手との通信や複数の相手との同時通信も可能である等の特徴がある。さらに、マリンVHFや国際VHF等のように海上保安庁や一般船舶と直接連絡ができる等遭難緊急時における利点を有するものもある。反面、これらの海上通信システムは、公衆通信用の携帯電話と比較した場合、無線局免許の申請、無線従事者資格の取得、定期的な検査の受検等が必要であり、また機器によっては高価であるといった難点があるものがある。海上活動者は各システムの特性を勘案のうえ、船舶での使用目的に合致する通信システムの選択をすることが望ましい。
 漁業無線は従来から多くの漁船が装備しており、また、各漁協単位、漁業無線局単位での通信、情報の伝達体制が確立されているので、今後も現在の体制の存続と、将来的には各漁協、無線局間を陸上回線等でネットワーク化することで強固な通信体制が確立されることが期待される。一方、プレジャーボートはマリーナ等を単位として海岸局を設置して通信、情報の伝達を行っているが、携帯電話の利便性に押され、既存の海上通信システムの利用者は伸び悩んでいる。
 全体としては小型船舶においては、特定の通信設備が必要となる既存の海上通信システムを設置している船舶は少なくなってきている。
 小型船舶、特にプレジャーボートは特定の通信設備を設置せずに携帯電話のみを携帯している船舶が多数存在しているが、携帯電話が利用できるエリアを越えて活動する場合も多数あり遭難時の連絡手段の確保を考えた場合に、相互に補完するようなサービスの構築が求められる。
 その方策として、マリンVHFシステムについては、4.3.1項に述べるVHF DSCの導入と、国際VHFのディジタル化に合わせ、現在、各マリーナが単独で運営しているマリンVHFの海岸局をネットワークで結ぶことで、一般通信的機能を与え、利便性の向上とともに、遭難・安全通信にも有効な通信システムとして利用できる可能性が考えられる。
 なお、遭難を直接陸上の救助機関(日本でいえば海上保安庁)に通報するものではないが、遭難した船や救命艇や救命いかだの位置を捜索船舶や捜索航空機のレーダー画面上に現してしらせ、その位置にホーミングさせるための設備として捜索救助用レーダートランスポンダー(SART)がある。SARTとEPIRBは比較してその優劣を述べたりされていることがあるが、SARTはEPIRBとその役割が異なり、EPIRBは遭難の通報と概略の位置EIPIRBの位置)を通報することがその役割であるのに対し、SARTは救助に来た船舶や航空機に対してそのレーダーの画面上に特定の信号を現して接近(ホーミング)させ、迅速な救助ができるようにするのが役割である。従って遭難にあたっては、EPIRBとSARTの両者がそれぞれの機能を発揮してはじめて迅速な救助が期待されるものである。
 
3.7.5 携帯電話
 
 平成12年度に実施した「小型船舶の連絡手段の確保に関するアンケート調査」の結果を見ると、調査対象の8割以上が携帯電話を携帯して乗船しており、通常使用する通信機器としては、漁船において漁業無線に次いで第2位、プレジャーボートにおいては圧倒的に1位の地位を占めている。また調査から1年半を経過した2002年3月の現時点においては、携帯電話は一層普及して殆どのプレジャーボートの個人が利用しているものと思われる。
 携帯電話が、海上においても急速に普及していった背景として、無線局の検査、無線従事者の資格等が不要であること、機器の価格が安価であること、小型軽量であること、陸上で使用している機器がそのまま利用できること、通信に秘匿性があること等が挙げられる。
 平成12年5月1日に海上保安庁の緊急番号「118番」をスタートし、翌平成13年には防水型の携帯電話、またGPS搭載型の携帯電話が相次いで発売される等、携帯電話の海上での使用についての環境が急速に整備されてきた。
 一方、小型船舶の海難発生状況(1990〜1999年)を見ると、全体の約93パーセントが12海里未満の海域で発生している。特に、プレジャーボートについては約99%が12海里未満の海域での発生である。前記アンケート調査による通常活動する海域を見ても、10海里未満が約70%、15海里未満が約82%となっており、その大部分が沿岸海域を活動海域としていることが判る。
 現在の携帯電話の通信網は、本来陸上での使用を対象として整備されていったものであって、海上における利用可能エリアは個々の電話会社によって様々であるが、概ね10海里程度までで、しかも不感地帯が随所に存在する等使用できる海域は限定される。
 また、携帯電話での通信は、電話番号を知っている特定の相手方と一対一での通信であり、例えば、遭難時に、付近に他の船舶の存在があっても、未知のそれら船舶に対して救助を要請することは困難である。また、イパーブと異なりあくまで遭難者が自らの意思により通信を行なう必要がある。
 これらの特徴を考慮した上での、携帯電話の海上での使用法としては、携帯電話の利用可能エリアを十分認識したうえで、防水型の携帯電話を救命胴衣に連結する等の方法により、常に身の回りから離さないよう心がけ、遭難の際にできるだけ簡便な方法により遭難の事実を通報できるよう工夫することが推奨される。
 なお、携帯電話は必要最小限の通信手段と位置付けることができるが、通信不感帯の存在や通信が混みあった場合にかかり難いなどのことを考えると、遭難通報の確実性を確保するためには、他の遭難安全通信システムの利用も考慮すべきである。
 また現在では、ワムネットサービス、ヘルプネットといった携帯電話を使用した民間の緊急通報サービスも運用されており、これらを利用することも有効と思われる。
 更に、衛星を使用し、我が国沿岸から概ね200海里までをカバーする衛星移動通信サービス、これとGPSを組み合わせた緊急通報システムも既にサービスを開始しており、この対象海域で活動する船舶は考慮すべきものと考える。
 
3.7.6 搭載を推奨する通信機器等のまとめ
 
 表3.7.6.1に小型船舶の航行エリアに対し搭載を推奨する通信機器等を示す。
 
表3.7.6.1 非GMDSS小型船舶への搭載を推奨する遭難通報・通信機器








(a) 衛星イパーブ、小型船用衛星イパーブ、小型船用PLB(1)等の遭難通報機器のいずれか。
(b) MF/HF無線、インマルサット、N−スター(ワイドスター)等の通信機器のいずれか。
(c) 漁業無線(27MDSB、27MSSB等)、マリンホーン、マリンVHF、国際VHF、400MHz帯無線電話、MCA無線等の通信機器(2) のいずれか。
(d) 携帯電話(3)(4)
活  動  海  域 推奨遭難通報・通信機器
携帯電話の通話が可能なエリアのみを活動海域とする小型船舶 (a)の遭難通報機器のいずれか、及び(b)の通信機器のいずれか。
又は、(c)の通信機器のいずれか。
又は、(d)の携帯電話。
携帯電話の通話が可能なエリアを越え、漁業無線、VHF等の通信システムの通話可能エリア内を活動海域とする小型船舶 (a)の遭難通報機器のいずれか、及び(b)の通信機器のいずれか。
又は、(c)の通信機器のいずれか。
漁業無線、VHF等の通信システムの通話可能エリアを越える海域を活動海域とする小型船舶 (a)の遭難通報機器のいずれか、及び(b)の通信機器のいずれか。
(1) 将来普及する可能性があるシステムである。
(2) 活動海域がそれぞれの通信システムでカバーされていることが前提となる。
(3) 携帯電話は防水型が推奨される。更にGPSが内蔵型であれば有効である。
(4) ワムネットサービス、ヘルプネット等の緊急通報サービスを利用すれば効果的である。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION