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第4章 今後の課題
 
4.1 イパーブの周知
 平成12年度に実施した「小型船舶の連絡手段の確保に関するアンケート調査」の結果を見ると、調査対象の約半数がイパーブについて「知らない」と回答している。GMDSS体制が未だそれ程長い歴史を有していないこと、本アンケート調査の対象となったのはGMDSSの対象とならない小型船舶の船長であって、イパーブの搭載義務がなく、通常目にすることがないという事情は考慮した上でも、小型船舶船長の半数の者が理解していないという現実は、問題があると考える。搭載義務の有無を問わず、およそ船舶に乗り組む者全てに対して一層の周知を図る必要があるものと思われる。
 また、イパーブによる遭難通報の仕組みを正しく理解することが、イパーブの自主的な搭載の促進に役立つと期待できる。さらに、船に乗り組む人達は船長に限らず新人も含めて、全ての乗組員がイパーブといった基本的な遭難通報機器及びレーダートランスポンダーといった救助用ホーミング機器についての正確な知識をもっていることが大切であり、特別講習を行うなどを行って周知徹底を図ることが肝要である。
 
4.2 海上用PLBの普及
4.2.1 PLBの我が国における使用環境整備
 
 先にも記したが、我が国においては未だPLBの使用環境が整備されていないことから、実際の導入に先だって国内の制度化を含めた使用環境の検討、整備が必要となる。
 また、本調査研究の結果、模型として作成提案した海上用PLBは、未だ個人の装備として乗船中常時携帯する程度の小型軽量化には至っていない。小型軽量化のネックとなっているのは、主として電池の問題であるが、これは今後の技術進歩の他、作動時間短縮等の性能要件の基準緩和によっては一層の小型軽量化の可能性がある。従って、今後も継続的な研究が望まれる。
 
4.2.2 PLBの警報への対応
 
 イパーブは船舶搭載用の機器であり、その警報は当然のことながら我が国の海難救助機関である海上保安庁が受信し、また関係先と調整を取りつつ必要な捜索救助活動を実施している。
 一方、PLBは元々個人を対象とした救難用機器であり、その使用は湖、川あるいは山岳といった海上以外の場所も当然想定される。これらの海上以外の場所から発射された警報について、如何なる機関がどのように対応すべきかについて整理する必要がある。
 また、PLBが多数普及するようになれば、警報の件数も増大することが予想され、中には海上からの発射か、陸上からの発射かが容易に判別できないケースも想定される。こういった色々な場合の対応等についても、受信側(救助機関)の体制整備が必要である。
 その一方で、廃棄されるPLBも多数生じることが予想されるが、投棄されたPLBが誤警報の原因となることが懸念されるのでPLBの管理体制についても確立が必要である。
 
4.3 既存海上通信システムの活性化
4.3.1 既存海上通信システムの高度化
 
 3.7のグランドデザインで、既存の海上通信システムについてディジタル化、ネットワーク化による高度化の検討を課題としている。その内の漁業無線については既にディジタル化、ネットワーク化による高度化の検討が進んでいるので、その一例を図4.3.1に示す。
 
図4.3.1 漁業無線の高度化通信システムの例
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 小型船の活動海域は既に記述の通り、大半が携帯電話の通信可能エリア内であるが、次に多いのは、携帯電話の通話可能エリアを越え、VHF帯での通信が可能な海域を活動する船舶であり、双方で約90%近くの船舶をカバーできる。従って既存の小型船用の通信システムとしては、漁業無線、携帯電話を除けばVHF帯を使用する通信システムが最適と考えられるので、今後の課題として機器のディジタル化と、それぞれの海上通信システム間、又は/及び、異なったシステム間を、運用面を考慮し、陸上のインターネット回線により接続し、ネットワーク化を図り、通信、情報システムの高度化を進める事を提案したい。
 海上通信システムで主として使用されているVHF通信は、いわゆる、国際VHFとして国際条約により指定されている周波数を使用しており、マリンVHFは本周波数の一部を使用したシステムである。また、GMDSSにおいても沿岸海域(A1海域、我が国においては設定されていない。)では、国際VHFの70CHを使用したVHF DSCが遭難・安全通信に利用されている。
 GMDSSの対象船舶はIMOの性能基準に規定されたVHF DSCの装備が必要であるが、非GMDSS船については各国の主官庁判断で、簡易VHF DSCが任意で導入可能である。
 一方、国際VHFもアナログ通信から、ディジタル通信への移行の検討が進められており近い将来には実現する見通しである。ディジタル化により通信の内容も従来の電話に加え、メール、インターネット通信等のサービスが可能となり、海上通信も陸上通信に一歩近づく事となる。更に、海岸局で陸上回線やネットワークと接続する事により海上と陸上の間での通信が可能となり、携帯電話に近いサービスが実現できると考える。
 このことから、遭難・安全通信の設備としての主体は簡易VHF DSCとし、合わせて、一般通信用として検討、開発するディジタルVHFにも、遭難・安全通信の補助的機能を持たせることで、小型船舶の遭難・安全の確保のために有効な設備となることと考える。
 現在、GMDSSにおける国内のVHF DSCの聴守は、海上保安庁の船舶や一般の船舶で常時行われており問題はないが、遭難通信をより確実とするにはVHF DSCの陸上局を整備し、陸上での聴守と船舶、陸上間の通信が行なえる体制を整備することである。しかしわが国ではGMDSS体制における、いわゆるA1海域が設定されていないので、この体制作りが一つの課題である。
 一方、国内では約90局のマリンVHFの海岸局が運営されており、船舶へ必要な情報の提供や船舶から呼出しの聴守をしており、遭難・安全のための通信は確保されている。また、一部の局ではBANと呼ばれる救助事業を実施されている。
 将来的には、簡易VHF DSC設備を持ったVHF DSC海岸局の整備や、マリンVHFシステムにディジタルVHFを導入し、合わせてマリンVHFの海岸局にも簡易VHF DSCの設備を整備し、これらマリンVHF海岸局、VHF DSC海岸局相互並びに海上保安庁等の間を陸上回線、ネットワーク網等で結んだ通信システムを構築し、遭難・安全のためのネットワーク体制として活用する事も一案である。
 今後は、小型船舶の通信システムにVHF帯を活用し、高度化した通信システムとすることにより、小型船舶の遭難・安全通信の確保に加え、より便利な通信設備として利用できる可能性があるので、積極的に検討することが望まれる。
 
4.3.2 無線局免許、検査及び資格制度の検討
 
 前章3.7.6に記したとおり、小型船舶に搭載が望まれる通信連絡機器はコスパス・サーサットシステムを利用した遭難通報設備と一般的な海上通信システムである漁業無線、マリンホーン、マリンVHF等であり、本委員会においても、携帯電話の利用可能エリアを超えて活動する小型船舶は元より、携帯電話の利用可能エリア内で活動するものについても、緊急時通信の確実性を担保する意味で搭載を推奨している。
 しかし、アンケート調査によるユーザーの意見を見ると、遭難通報設備を導入するにあたり機器の高価さ、無線従事者資格の取得、船舶局免許の取得及び定期的な無線局検査の受検等の費用負担と手続きの煩雑さが海上通信システムの普及に影響していることが窺える。
 普及を促進するためには、簡易な船舶局免許制度の拡充及び海技免状取得のための講習に併せて無線従事者資格取得のための講習もオプションとして行なう等の工夫も有効ではないかと考える。
 
4.3.3 海岸局の体制整備
 
 一般的な海上無線通信システムを緊急時の有効な連絡手段として機能させるためには、海岸局の責任ある体制が必要である。海岸局として、漁業無線の場合は各漁協等、マリンVHF及び400MHz帯無線電話については各小型船舶安全協会、マリーナ等が一般的である。
 漁業無線については、以前から海岸局の当直体制が確立しているが、各小型船舶安全協会、マリーナ等の海岸局にあっても、所属船が海上で活動している間、常時連絡が取れるような体制を整備する必要があり、また緊急時における海難救助機関への連絡が適切になされるよう所管官庁には一層の指導をお願いするものである。
 
4.4 携帯電話による通信の確保
4.4.1 利用可能エリアの明確化及び拡充
 
 2000年に実施した小型船舶に対するアンケート調査の結果を見ると、調査対象の8割以上が携帯電話を携帯して乗船しており、2002年3月現在ではこの比率はさらに増加しているものと思われる。このような現状を踏まえ、本委員会としては、専ら携帯電話の利用可能エリア内で活動する船舶に対しては、必要最小限の通信連絡機器として携帯電話の携帯を推奨しているものであるが、現状における問題として、携帯電話の海上における利用可能エリアが必ずしも明確にされていないという点が挙げられる。
 携帯電話の利用可能エリアは、基本的には中継局からの電波の到達距離によって定まる。一般的に海上の電波到達距離は陸上よりも遠距離となるが、沿岸部における中継局の配置は陸上に比べ密度が低い場合が多いこと、また海上においては岬、島等が障害物となってその陰に不感地帯が生じること、気象条件等により電波の伝播状況が異なること等の現象に注意する必要がある。
 しかし、小型船舶が無線による通信手段として携帯電話のみを保有している場合が多い現状に鑑み、利用可能なエリアの明確化をすべての携帯電話会社に要請するものであり、既存の海上無線システムと携帯電話の利用区分が明確となり、利用者にとって有意義なことである。
 更に、調査の結果、小型船舶海難の約93%は距岸12海里未満で発生していることが判明している。これは逆にいえば距岸12海里までを利用可能エリアとすることができれば、小型船舶海難の約93%を携帯電話でカバーできることとなる。仮に距岸3海里の利用可能エリアが確保されたとした場合でも、小型船舶海難の約81%を携帯電話でカバーできることとなる。この状況に鑑み、小型船舶の所有者は自らの安全を確保するために最低限の無線設備としての携帯電話の携行を励行するべきである。さらに、海難救助関係者は携帯電話会社に海難救助における携帯電話の果たす役割の大きさを強くアピールし通話可能エリアの拡充を要請することが必要である。具体的には、通話可能エリアの拡充には携帯電話会社による中継局の設置が必要であるが、その方策として海難救助機関である海上保安庁が施設している灯台等を利用できるよう図られていることは、非常に有効と考えられ、携帯電話の一層の普及に役立つものと思われる。
 
4.4.2 船上における携帯方法の確立
 
 本委員会での検討が開始されて以降、海上保安庁では緊急電話番号118番を運用開始し、また防水型の携帯電話、GPS内蔵の携帯電話が発売される等、携帯電話の海上での使用をより有効にするシステムが整備されてきた。
 しかし、2002年3月現在、防水型の携帯電話の中には自力で浮揚する能力を有しているものはない。これは、そういった機能の要望が多くないことに加え、現在の携帯電話に浮力を付加することが機器の大型化を招き、一般のユーザーの利便性に逆行するためと考えられる。仮に将来浮力を有する携帯電話が登場したとしても、小型船舶の事故として多々ある瞬時の転覆、乗組員の海中転落といった海中に投げ出される事故の際に通信を可能とするためには、携帯電話を常に身の回りに確保しておく必要がある。
 そのためには、携帯電話を着衣等に装着しておく方法が有効であるが、特に救命胴衣に携帯電話を予め装着しておく方法は、救命胴衣の自主的な着用の面からも推奨されるものである。








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