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3 人材確保と技量評価制度
3.1 技量管理とOJT(On the Job Training)
 現在、求人サイドとしての職種に対する要求仕様は大雑把であり、実際的に仕事の達成を期待できるものではない。また、求職者の経験した職務の記述や達成可能な業務能力の表現も同様である。
 何を経験したのかでなく、何ができるかが正確に求人側に伝わらなくてはならない。求職者の能力記述と表現により求人側が具体的に賃金査定を行えるレベルのものが望ましい。それには、数社の造船所で活用され始めた表1に示すような技量管理とOJT推進の仕組が有効と考える。
 このように人に対する技量管理がしっかりとできることが、本事業が目指すために必要な前提条件である。
 表1の仕組は、職場に必要とされる技術要素及び各人の能力を、星取表や100点採点法を使って明確に表現し、全員を目標管理的に、より役立つ効率的な人材として育成することを考えて作られ、実践的な人づくりの方法の道具として使われるものである。
 これらの仕組は、従来、多工程持ち(多能力化)の推進や若年労働者の技能向上の目標管理ツールとして考えられたものである。
 約40年前からトヨタ自動車で実際に使用され、その活用は設計、生産技術、工作等の技術者、管理部門の事務職等にも応用されている。
 造船所では、それを参考として約35年前に多能力化推進のツールとして活用されたが、オイルショック後の人員過剰により消滅した経緯がある。
 最近、数社の造船現場の技量評価とOJTのシステムとして多能化推進と若年社員の技量向上OJTを目標管理的に進める道具として活用され、その有用性が認識されている。
 その一例を資料2に示すが、目標管理的に技量向上訓練を実施した場合の成果の大きいことが理解できると考える。
 この仕組は、目標管理的に多工程持ちや専門職種における技量向上に全員がチャレンジする体制を作るのに威力を発揮し、多能工の育成、若年者の早期育成に画期的な成果を上げている。
 生産性の評価、品質、安全、職場規律、改善力、整理整頓等についての各人の具体的、定量的な測定評価にも使え、労働者の費用対効果を測定評価する手段として活用できるからである。
 今後、人材評価や求人求職の仕様表現ツールとして、設計部門、営業部門、事務部門等でも活用が進むものと考える。
 この様な仕組を本課題で計画中の情報活用システムにより実用化すれば、求人求職者の具体的かつ詳細な仕様交換により、誤解のない、タイムリーで迅速な意思決定が可能となる。これにより経済的効果と流動化のメリットが大きくなるものと考える。
(1) 技量評価とOJT
 昨年から造船IE(インダストリアル・エンジニアリング)を研修実施中のS造船所でこの技量管理とOJTが組織的に取り組まれた。条材加工ステージでは新人を平均レベルまで向上させるための道具として使われ、わずか3ヵ月で技量、生産性をそのレベルまで向上せしめている。その結果は、ワークサンプリンやスピードレイティングのIE観察により正確に定量的に分析されている。
 その実例として、資料2にOJTによる素晴らしい技量向上とそのプロセスを認識検討の参考のため掲載する。
 その後、これを参考にし、各造船所で日々の作業指示と並行して、技量管理とOJTがリンクして取り組まれており,活用して日が浅いにも拘わらず、働く人を管理監督者が把握する度合が深まり、働く人も目標を持って技量を上げ、生産性を向上させることに傾注し、大きな成果を上げている。
 これにより管理監督者が部下を掌握管理することが徹底する。部下にはどのような能力が求められているかが明確になり,分かり易く明示されるので、それをべ一スとして自己努力がなされ、また必要な指導が行われ、技量向上が達成される。
 何より技量と多工程持ちの向上結果がオープンに定量化されるのは、全員に与える影響が大きく、インパクトのある動機付けとなる。
 技量向上と多能力化の度合が上長と自己により評価され、定量的にされ明示され,自分も他の人との比較の上でどのレベルにあるかが明確に理解できる。
 特に、技術訓練生の基礎技能訓練教育及び現場配属後の数年間のOJT訓練時においては便利なツールである。
 管理監督者やリーダーとの間で話し合いをもとに向上目標を立て、日々、指導訓練する仕組である。興味を持って挑戦的に自分の技能伸長を図ることにより、自立心は向上する。指導者に対し尊敬感謝の気持ちを持つ兆しも現実に目にしている。
 今までの数少ない実績でも技能向上も顕著なものが多く、レイティングとやる気の向上を認めることができる。
 まさしくこの事例は、100年前に科学的管理手法の生みの親といわれるテーラーの、米国造船所で新入の訓練生を7年もの間、先手(ボーイ)として扱い、経験主義で技量向上を図っていることの非効率と不正の指摘の正しさを実証している。
 これを入社してから5年,10年、定年迄のサイクルで展開すれば、中長期的な人生としての技量と技術の向上計画を立てることができ,各自の目標を持った成長への取り組みが可能となる。当然のこととして入社後数年内に発生する中途退職は、好不況にかかわらず減少すると考える。
 現在、各造船所では能力評価をそれぞれの制度のもとで行っているが,何れも評価される側から見ればその内容はオープンでない。他と自らが定量的に比較評価して,公正さを納得したものではない。これはその等の欠点を補ってくれる公平な評価システムである。
 このような制度は協力企業にも必要である。働く人にとって、公正に評価されいると感じることが動機付けの基本である。これにより賃金の交渉が行われることによって働く人の不満が減り、やる気の向上に役立つと考えるので、早急に実施し、良い制度に育て上げることが必要である。
 造船の技能技術者の育成には時間が掛かるものだとの潜在的な観念が根強く、そのため、教え訓練するスキームが経験何年とか、先手の2人作業など昔からの習慣的なやり方が中心である。
 これはテーラーが指摘したごとく極めて非効率、無責任な習慣であり、学ぶ人の自主性を奪い、素早い自立を妨げることの欠点は大きい。先手を預かるボーシンが全人格者であろうはずはなく、これが、保守的で旧弊な職場を形成しているといっても過言ではない。
 前述したように、OJTで目標管理的に仕事のこなし方を、訓練、実践、自己評価に伴うフォローのサイクルを繰り返し、技量評価、向上の話し合いを行えば、線状加熱とプレスによる曲げ加工のような技能であっても1年もかければ、その殆どが一人前に仕上がるものである。
 造船技能特殊論におぼれ、技能教育や訓練の方法が著しく遅れており、これを放置して技能伝承を心配してもしょうがない。自動車産業などと比べ格段に遅れている。
 養成すべき技能者に対し、作業手順や標準を作り与えもしないで、ベテラン労働者の先手としてつけるような効果の薄い、効率的な訓練とはほど遠い方法が主流を占めていては、遅かれ早かれ、経済的な労働力の需給バランスが成り立たないのは自明である。
 それ等の実力がなければ、必要な人材の仕様、適格要綱も正確に定義できず、導入する人材にも十分な観察評価もできないレベルに収まるものである。
(2) 生産性の評価及び労務管理のツール
 仕事をする中で、向上心のある人とその努力を怠る人の間には大きな開きがあり、それはレイティング、生産性、出来高に顕著に表れる。その差の正当な評価が必要である。
 労働集約型産業であり、現場の働く人の知恵に頼って仕事をしなければ、対外競争力もないといっておきながら、なんと業界の評価は甘いことであろうか。
 全管理監督者は、生産性評価と労務管理のツールとして、技量管理表を管理し、たゆまず充実した教育訓練を行うとともに、協力企業においても技能技術者の技量管理表を作成させ、生産性を評価できるプロの技能・技術訓練士、生産性鑑定士としての実力を身に着けねばならない。
 中小造船所の経営者も効率的に人を使っていくためには経営のプロとして、働く人を何に上手に採用し、育成し、動機付けることに努力すべきである。
 以上述べたとおり、技量管理とOJTのシステムの実践は、我が国の各種産業において、高賃金に対応した高生産性を維持するためには欠くことのできない方法である。
 表4に年次別に労務管理面での共用を含め個人別の能力管理表を掲載している。
 表1及び2の制度を短期間で充実させ、事務技術者を含め働く人全員の能力向上と公正な評価のためのこれらの方法を人事管理と労務管理の柱の一つとして定着を図ることが造船業生き残りのために必要な施策である。
(3) 求人用職務能力要求仕様としてのツール
 表2には表1を応用して参考用に求人用職務能力要求仕様書を記入したものである。これに企業側の雇用条件を入力し、活用すれば求職側の判断には十分に役立つ資料となる。
(4) 求職者業務能力記述仕様書としてのツール
 求職者が自分の能力を記述し、市場に対し採用を呼びかけるものとしては表2と同じ項目を用いできる限り共通化し呼びかけ問いかけに回答する形式をとることが誤解を防止し、素早い判断を下すのに好都合である。
 表3及び4には文献トヨタ自動車の「人作りもの作り」から引用した。
3.2 OJTと標準作業手順書
 目標管理的な技量評価とOJTのスキームにおいて、造船主要作業についての標準作業手順書が業界共通レベルのものでも確立されれば、一層有効なものとなる。
 我が国の造船業界で標準作業手順書が完備したところは見当たらない。しかし、以下に述べるケースには、かなり技能教育に役に立つ手順書が準備されている。
[1] 標準時間(Hour Standard)を作業標準に基づいて設定しているケース。
 これは当然の帰結であるが、資料4に見られるように設定された手順ごとにMOST手法により時間値が設定されており、手順を学びながら標準時間に収まるように技術技能者の工夫がなされ、技量の習得の度合が実働時間で計測されるので進歩の速度が速い。
[2] 標準手順書による新人の訓練が頻繁に実施され、早期養成のメリットが大きいことを体験しているケース。
 O造船所におけるNC切断機のオペレーター養成において、3日で通常運転を可能とし、2週間で2台持ちを可能とする手順書とOJTの訓練法は造船業では特筆すべきものでその手順書を参考として掲載する。
 上記した作業標準書の整備であるが、表5 造船工作における仕事毎の技量管理項目設定の概要に掲載されている職種については是非、業界標準としてでもよいので、記述を図ることを関係者にお願いする。
3.3 人材の確保
 雇用の流動化対策としての人材確保の原則は、以上申し述べたごとく、次の三者が一体となり、活用されてはじめて良い仕事をしてくれるものである。
[1] 企業内の人材訓練・戦力化のプログラムの策定(OJTのシステムと作業標準書の整備)
[2] 具体的定量的な求人・求職情報の迅速な交換と照合のシステムの確立
[3] 実力と生産性にリンクした公平な賃金評価制度の確立
 これ等の原則的前提条件を整備しつつ、本課題の人材情報提供システムの構築に取り組めば、各造船所の難題を少しでも軽減できるものと考える。
 それには生産性改善、システム化の道具として、表6に示す造船IE生産性向上マスタープランの実施を図りながら取り組むことも必要である。








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