第1部 総論:グローバル貿易におけるセキュリティ強化と円滑化
1. はじめに
9.11同時多発テロ事件後、特にロンドンやマドリッドにおけるテロ事件、ドバイ港湾管理会社による米国主要港湾の管理等の発生により、国際サプライチェーンのセキュリティ強化、港湾施設に事故が発生した場合における復旧計画の見直しが行われ、さらにコンテナ・セキュリティ・イニシアティブ(CSI)及びテロ行為防止のための税関・産業界提携(C-TPAT)の法制化の必要性が高まってきました。
一方、貿易手続簡易化と標準化による国際物流の円滑・迅速な流れ、特に、わが国を含む海外の港における米国向け貨物の船積みに関連して、船積前24時間ルールの実施に伴うリードタイムとコストの増加が問題となり、国際貿易におけるセキュリティ強化と円滑化の調和が重要な課題となっています。その解決策の一つとして、国際サプライチェーンに携わる事業者のうちコンプライアンスの優れた者を「認定された経済関連業者」(Authorized Economic Operators: AEO)と認定し、当該AEOの扱う貨物をグリーン・レーンを通して迅速に通関させる方法が検討されてきました。世界税関機構(WCO)の「グローバル貿易の安全確保及び円滑化のための基準の枠組み」(Framework of Standards to Secure and Facilitate Global Trade; 以下、「SAFE枠組み」と略称)1やEUの改正関税法にAEOのコンセプトが導入されています。これは基本的に、米国のC-TPATプログラムに由来するものです。
米国のC-TPATは税関と民間企業の自由意志による提携ですが、昨年10月に署名されたSAFE Port Act of 2006によりC-TPAT及びCSIが法制化されました。WCOは2006年6月の総会で「SAFE枠組みに関する決議」および「認定された経済関連業者(AEO)ガイドライン」を採択しました。また、欧州委員会(European Commission: EC)も昨年、AEOに関する一連の文書を公表しました。2このような新しい動きがありましたので、総論では米国の「SAFE Port Act of 2006」、WCOの「認定された経済関連業者ガイドライン」およびECの「認定された経済関連業者;標準と基準のガイドライン」を取り上げました。
1 「平成17年度・セキュリティ強化の環境下における貿易手続簡易化特別委員会報告書」平成18年3月(JASTPRO刊 05-16)に全文の仮訳が掲載されています。
2 European Commission, Authorised Economic Operators, Guidelines on Standards and Criteria, Brussels,12 June 2006.European Commission, Authorised Economic Operators, the AEO Compact Model, Brussels, 13 June 2006.
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2. 米国の「SAFE Port Act of 2006」
2.1 SAFE Port Act of 2006に関するブッシュ大統領の演説
ブッシュ大統領は2006年10月13日、「2006年 全港湾の安全保障及び説明責任法」(Security and Accountability For Every Port Act of 2006〔SAFE Port Act of 2006と略称〕)3に署名しました。その際、ブッシュ大統領が行った演説の要旨は以下のとおりですが、その中で、(1)先端技術を用いた放射能探知装置の設置、(2)CSI及びC-TPATの法制化、(3)港湾がテロの攻撃を受けた場合、迅速な貿易再開を実現する事後処理対策の構築を強調しています。
「米国は2002年海事保安法(Maritime Transportation Security Act of 2002)を制定し、米国の港湾及び船舶に対するセキュリティ対策を講じてきた。また、海外の港湾にコンテナを絞り込み、貨物をスクリーニングする装置を設置してきた。
「SAFE Port Actは3つの主要な方法で米国の港湾の安全保障の向上に資するものである。
第1は、SAFE Port Actは先端技術を用いて港湾における物理的なセキュリティ対策を強化する。来年〔2007年〕末までに米国の22港湾に放射能探知装置を設置する。
第2は、SAFE Port Actは米国港湾のセキュリティ戦略の主要要因に法的権限を付与する。
・2002年に導入されたCSIを法制化する。
・官民協力によるセキュリティ強化プロジェクトであるC-TPATを法制化する。
・The Domestic Nuclear Detection Officeに追加権限を付与し、テロリストによる核装置などの密輸を防止する。
第3は、SAFE Port Actは、DHSに対して、米国の港湾及び水路がテロリストの攻撃を受けた場合、貿易再開を迅速に行う事後処理対策の策定を要請する。」
3 米国議会の第109回期に提出されたSAFE Port Act(H.R.4954)には次の6つのバージョンがあります。1. SAFE Port Act(Introduced in House)[H.R.4954. IH]、2. SAFE Port Act(Reported in House)[H.R.4954. RH]、3. SAFE Port Act(Engrossed as Agreed to or Passed by House)[H.R.4954. EH]、4. SAFE Port Act(Placed on Calendar in Senate)[H.R.4954. PCS]、5. Port Security Improvement Act of 2006 (Engrossed Amendment as Agreed to by Senate) [H.R.4954. EAS]、6. SAFE Port Act (Enrolled as Agreed to or Passed by Both House and Senate) [H.R.4954. ENS]. 本稿では、6番目のバージョンを用いました。
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2.2 SAFE Port Act of 2006の構成と概要
以下、SAFE Port Actの全条文を掲げ、主な条文の概要を説明します。
Sec.1. (a)法律の名称:The Security and Accountability For Every Port of 2006またはSAFE Port Act of 2006と称する。
(b)条文目次 (省略)
Sec.2. 定義 次の用語の定義を定めている。
(1)Appropriate Congressional Committee、(2)Commercial Operations Advisory Committee、(3)Commercial Seaport Personnel、(4)Commissioner、(5)Container、(6)Container Security Device、(7)Department、(8)Examination、(9)Inspection、(10)International Supply Chain、(11)Radiation Detection Equipment、(12)Scan、(13)Screening、(14)Search、(15)Secretary、(16)Transportation Disruption、(17)Transportation Security Incident.
若干の定義を以下に示します。
・「コンテナ」(Container)とは、1972年にジュネーブで調印された条約“International Convention for Safe Containers”に使用されている用語と同義のものをいう。
・「物品検査」(Examination)とは、非破壊イメージング・探知技術(non-intrusive imaging and detection technology)を使用して、不正申告、制限または禁止品目であるか否かを調べる貨物検査(inspection of cargo)をいう。
・「検査」(Inspection)とは、米国に入る貨物について、課税目的で評価し、制限または禁止品目であるか否かを調べ、すべての適用法規を遵守するために米国CBPによって行われる包括的手続(comprehensive process)をいう。
・「国際サプライチェーン」(International Supply Chain)とは、原産地点(point of origin)(製造業者、サプライヤーまたは売主を含む)から始まり、流通地点を通って仕向け地点(point of destination)まで、米国と海外との間の貨物輸送(shipping)の“end-to-end process”をいう。
・「スキャン」(Scan)とは、コンテナのイメージを含むデータを集積(capture)するため、非破壊イメージング機器(non-intrusive imaging equipment)、放射能探知機器(radiation detection equipment)、または両者を利用することをいう。
・「スクリーニング」(Screening)とは、不正申告、制限または禁止品目であるか否かを調べ、当該貨物の危険度(level of threat posed by such cargo)を判断するため、米国に輸入される船積貨物のマニフェストまたは入港書類を含めて、貨物に関する情報の視覚検査または自動的検査をいう。
・「開披検査」(Search)とは、不正申告、制限または禁止品目であるか否かを調べるため、コンテナを開梱し、その中味を取り出して視覚で検査することをいう。
2.2.2.1 A節 総則(General Provisions)
Sec.101. 海難救助対策計画を含む地域の海上輸送セキュリティ(Area Maritime Transportation Security Plan to include salvage response plan)
操業可能な通商能力の回復に要する海難救助装備を確認するため、海上輸送セキュリティ計画に海難救助対策を含めるよう要件を修正する。この変更は、海事事故発生後できるだけ速やかに、かつ効果的に水路が自由に通航可能となり、米国港湾を通過する貿易再開を確実にするものである。
Sec.102. 海事施設セキュリティ計画に関する要件(Requirements relating to maritime facility security plans)
2002年海事保安法(Maritime Transportation Security Act of 2002; MTSA)の施設の所有者または運営者に対し、後日、当該施設のセキュリティに影響を及ぼし、また一般に、資格を有する個人は米国市民とする所有者または運営者を変更する場合、セキュリティ計画の提出を要請する。
Sec.103. 海事施設の抜き打ち検査(Unannounced inspections of maritime facilities)
本条は、MTSA施設を少なくとも年2回検査し、そのうちの1回は抜き打ち検査とすることを規定しています。
Sec.104. 輸送セキュリティカード(Transportation security card)
MTSA施設および船舶に、責任者の同行なしに接近する者に対して輸送作業員身分証明書(Transportation Worker Identification Credential [TWIC] Cards)を発行する制度を導入する期間を定める。2007年7月1日までに危険度の高いトップ10港、2008年1月1日までにこれに続く40港、そして、2009年1月1日までに残りすべての港についてファイナル・ルールを公示しなければならない。責任者の同行なしにMTSA施設に入り、そこで働く者はTWICカードを所持しなければならない。これに加えて、TWICカードの発行は、作業員が迅速にMTIC施設に入ることができるよう、遅滞なくTWICカードリーダーの開発を要する。SAFE Port Actは、パイロットプログラム開発後、カードリーダーに関する規則を公表するまで2年間を認めている。また、本条は、DHS長官がTWICカード導入計画を報告する予定表を定めている。
Sec.105. 過剰な調査資料の確認(Study to identify redundant background records checks)
本条は、会計検査院長に対して、国土安全保障省が不要かつ非効率的な調査を行っているか否かを検査することを要請し、SAFE Port Act施行後6ヵ月以内に議会に報告書を提出しなければならない。
Sec.106. 重罪を犯した者に対する輸送セキュリティカード発行禁止(Prohibition of issuance of transportation security cards to persons convicted of certain felonies)
本条は、DHS長官に対して、以下の重罪またはこれを行う共同謀議を犯した者が輸送セキュリティカードを取得する資格を有しない旨の規則を公示する義務を定めている。
(1)反逆罪(treason)4または反逆罪を行う共同謀議(conspiracy)5
(2)スパイ行為(espionage)6またはスパイ行為を行う共同謀議
(3)煽動罪(sedition)7または煽動罪を行う共同謀議
(4)合衆国法律集(US Code)、Title 18、第113 B章またはこれに該当する州法に列挙されている犯罪、またはかかる犯罪を行う共同謀議
Sec.107. 長距離航行船舶の追跡(Long-range vessel tracking)
DHS長官は、Global Maritime Distress and Safety Systemまたは類似するシステムを装備しているすべての船舶が米国の水域を航行する場合に、これらの船舶に用いる“long-range automated vessel tracking system”を2007年4月1日までに設置するよう現行法を改正することを定めている。
Sec.108. 港湾セキュリティに関する関連機関運営センターの設置(Establishment of interagency operational centers for port security)
本条は、DHS長官に対して、SAFE Port Act施行後3年以内に優先度の高いすべての港湾に港湾セキュリティに関する関連機関運営センターを設置することを要請する。本条は、DHS長官に対して、2007会計年度から2012会計年度までに、本課題を開発するため毎年6000万ドルの予算支出を認めている。本条は、港の沿岸警備隊隊長(captain)に対して、これらの運営センターの一つでセキュリティに関する事故が起きた場合、事故処理指揮官として行動することを定めている。
Sec.109. 米国の大陸棚外縁に到着した外国船舶の通報(Notice of arrival for foreign vessels on the Outer Continental Shelf)
本条は、SAFE Port Act施行後180日以内に、DHS長官に対して、外国船舶が米国の大陸棚外縁に到着した旨の通報をup-to-dateなものとする旨のファイナル・ルールを定めることを要請する。
Sec.110. 船舶乗組員の確認強化(Enhanced crewmember identification)
本条は、DHS長官に対して、米国の港湾に寄港する船舶乗組員が“Enhanced Crewmember I/D”を携帯し、要求がある場合、これを提示するよう、現行法の改正を要請しています。同長官は、SAFE Port Act施行後1年以内に本プログラムをファイナルにしなければなりません。
4 反逆罪(treason)とは、忠誠義務に反する行為をいい、high treason(大逆罪)とpetit treason(小反逆罪)があるが、連合王国では1828年に後者が廃止されたので、今日では単にtreasonという。合衆国では、憲法第3編3節1項が合衆国に対して戦いを起こす行為、または敵に援助および便宜を与えてこれに加担する行為に限定している。田中英夫「英米法辞典」(1995)から引用(以下、同じ)。
5 共同謀議(conspiracy)とは、2人以上の者による不法な行為を行う、または適法な行為を不法な方法で行う合意をいい、コモンロー上は合意が行われれば成立するが、外的行為(over act)を成立要件とする法域もある。
6 スパイ行為(espionage)とは、自国に損害を与えること、または他国を利することを目的に国家の秘密に関する情報を収集、漏洩すること。
7 煽動(sedition)とは、合法的手段によらずに政府を転覆することを主張し、またはその旨の主張を含む文書を出版、頒布する罪、あるいは合法的手段によらずに政府を転覆することを主張する組織であることを知りながら、その組織に加入する。
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