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はしがき
1. 平成18年度事業計画として、当特別委員会は昨年度に引き続き「セキュリティ強化の環境下における貿易手続簡易化措置の調査研究」に取組み、8回の会合と「グローバル貿易におけるセキュリティ強化と円滑化」と題するセミナー(平成18年11月22日)を開催しました。以下、本年度の調査対象の背景と問題点の概要を述べさせていただきます。
 
2. さて、米国は1993年のワールド・トレード・センター地下爆破事件以来、過激派外国人によるテロに対抗するセキュリティ問題に積極的に取組んできました。当初のセキュリティ対策は主として海港、空港、国境検問所などを中心に外国から来る旅客やコンテナ貨物を検査するという、国境上のセキュリティ確保(border security)でした。しかし、2001年9月11日の同時多発テロ事件直後、米国のすべての港及び国境検問所が事実上閉鎖されたため、グローバルサプライチェーンは切断状態となり、米国経済が大打撃を蒙りました。この苦い経験から、グローバルサプライチェーンのできるだけ早い段階で、貨物に関する情報を収集・分析して、外国の港で船積みされる前にコンテナ貨物を絞り込み、さらに海上輸送の安全確保を行うという、国境・輸送セキュリティ確保(border and transportation security)に切り替えられ、これが米国の国土安全保障のコア・コンセプトになりました。
 
3. そこで、国家安全保障の構造的枠組みを構築するため「国土安全保障法」(Homeland Security Act of 2002)に基いて、既存の8省庁から22の政府機関・部門を統合して、国土安全保障省(Department of Homeland Security: DHS)が2003年3月に発足しました。従来の米国関税庁(US Customs Service: USCS)、移民帰化局(INS)、国境警備隊(USBP)、動植物検疫局(APHIS)等で構成された関税国境警備局(Bureau of Customs and Border Protection: CBP)がDHSに組み込まれ、また、沿岸警備隊(USCG)もDHSに統合されました。DHSの人員の約85%がCBPに配置され、DHS予算の約60%がCBPに配分されている事実を見ても、CBPが実質的に国土安全保障の重要な役割を担っていることがわかります。グローバルサプライチェーンにおける貨物の流れについて、何れの国でも税関だけがすべての輸出入貨物の情報を収集・分析・管理することのできる行政機関だからです。
 
4. 国境・輸送セキュリティの観点から、グローバルサプライチェーンにおける貨物の流れは、(1)物流チェーン、(2)商流チェーン及び(3)情報(書類)の流れという3つに分けて考察できます。物流チェーンでは、輸出国の工場またはターミナルで貨物がコンテナにバンニングされ、コンテナ船に船積みされ、米国へ海上輸送され、米国のコンテナ・ターミナルまたは内陸のユーザー倉庫等でデバンニングされるまで、どのような施設を経由するかを分析し、テロ攻撃に対するこれら施設の安全対策の確認が検討の対象になります。コンビナート、製油工場、発電所、鉄道ターミナル等のセキュリティ確保は円滑な経済活動にとって不可欠です。USCGは「2002年海事保安法」及び「同施行規則」に従って米国海域の港湾・諸施設のセキュリティ強化・取締りを担当します。商流チェーンでは、輸出国の売主から米国の買主の間に売買契約履行を代行するフォワーダー、倉庫業者、通関業者、運送人等が介入しますが、これらの関係者の信用度、セキュリティの関心度、コンプライアンス(法令遵守)などは、貨物の円滑・安全・迅速な供給を維持するための重要な判断基準になります。これらの関係者の手を経て手続が行われ、その際に各種の書類が作成され、貨物情報が売主から買主へと流れることは申すまでもありません。CBPは「2002年通商法ファイナル・ルール」に基いて船積24時間前マニフェスト提出ルールの執行を担当します。また、CBPは外国の政府機関と協定の交渉・締結、国際計画の実施、海外研修・支援プログラム等を担当します。CBPは2002年から、海外の主要貿易国の税関当局と協定を結びコンテナ・セキュリティ・イニシアティブ(CSI)を実施してきました。また、CBPの監督の下で、グローバルサプライチェーンに係わる国家安全保障を強化する目的で、テロ行為防止のための税関・産業界提携(C-TPAT)が整備されました。これは輸入者側のセキュリティ・プログラムで、CBPとサプライチェーン関係者(輸入者、運送人、通関業者、倉庫業者、製造業者)の自由意志による協力によってサプライチェーンのセキュリティ強化と円滑化を図るものです。
 
5. しかし、2005年以降、イギリス、スペインなどで起きたテロ事件では、犯人は事前に絞り込んだ外国人でなく、隣近所の人たちが疑念を抱かなかった住人がテロに参加した点、バス、地下鉄、駅、百貨店など一般市民が日常利用する交通手段や公共施設などに爆発物が仕掛けられた点が、9.11同時多発テロ事件と異なり、安全保障対策の見直しを迫りました。善良な市民の仮面をかぶり、自室で爆発物を組み立てるテロリストや犯罪組織に対する新たな対策を構築する必要が生じました。すなわち、これまでは海港・空港などを通過して国内に入った外国人を絞り込んで、追跡したのですが、国内セキュリティ確保(domestic security)では、場所が不特定であり、疑わしい人・貨物の絞込みが難しいので、港湾・工場・倉庫・交通機関などの施設・敷地に警備員の配置、監視カメラの設置などのセキュリティ対策を講じ、事件が発生した場合の迅速な事後処理が重点になります。ターミナルや倉庫に蔵置中、または輸送途中における貨物の盗難事件が近年急増していることもサプライチェーンに対する新しい脅威です。工場を出てから輸出ターミナルに到着するまでの間、あるいは輸入ターミナルから搬出されて内陸仕向地に向かって輸送される間に起こる事故や盗難がグローバルサプライチェーンの関係業者にとって重要なセキュリティ対策になってきています。
 
6. 欧州諸国で起きた事件などから、テロ攻撃に対する交通・港湾関係施設の脆弱性が露呈したので、グローバルサプライチェーンのセキュリティ強化、港湾施設に事故が発生した場合の迅速な復旧計画の見直し、CSI及びC-TPATの法制化の必要性が高まりました。一方、船積24時間前マニフェスト提出ルールの実施に伴うリードタイムとコストの増加が問題となり、国際貿易におけるセキュリティ強化と円滑化の調和を解決する方策の一つとして、国際サプライチェーン関係業者のうちコンプライアンスに優れた業者を「認定された経済関係業者」(Authorized Economic Operators: AEO)と認定し、AEOのコンテナ貨物を迅速に通関させる方法が検討されてきました。2006年10月、米国議会で「2006年全港湾の安全保障及び説明責任法」(SAFE Port Act of 2006)が成立しました。9.11同時多発テロ事件後、米国は「2002年海事保安法」を制定して米国の港湾及び船舶のセキュリティ対策を講じ、また、海外の港湾においてコンテナを絞込み、貨物をスクリーニングする装置を設置してきましたが、新しい法律はDHS長官に対して、(1)国内の港湾に先端技術を用いた放射能探知装置の設置、(2)港湾施設の運営・警備の強化、(3)CSI及びC-TPATの法制化、(4)港湾がテロ攻撃を受けた場合の迅速な事後処理対策の構築、(5)携帯電話サービスを利用した警報システムの設置等を実施する権限及びその成果について議会に報告する責任を詳細に定めています。
 
7. また、世界税関機構(WCO)の「SAFE枠組み」(2005年6月)は、(1)事前電子貨物情報の提供、(2)税関相互間の国際協力によるリスク管理、(3)輸出国における大型X線検査装置等によるハイ・リスク・コンテナ貨物の検査、(4)税関がAEOに与えるベネフィットの明確化、という4つの主要要素から成っています。「SAFE枠組み」を採択することにより、国・政府、税関当局及び民間企業はベネフィットを享受します。特に、「SAFE枠組み」はAEOというコンセプトと一体なので、WCOは、グローバル貿易におけるセキュリティ強化と円滑化に係わるAEOに関する国際ルールの開発に取組みました。その成果が「認定された経済関連業者ガイドライン」(2006年6月)です。一方、欧州連合(EU)は、1990年代後半に米国と税関問題に関する相互支援協定を締結し、貨物のセキュリティ確保やCSIプロジェクトを欧州20港で導入しましたが、現行の共同体関税法(Community Customs Code)が時代遅れなので、EDIによる効率的な税関業務処理及びリスク管理業務に適応する関税法の近代化に取組みました。また、欧州委員会は2004年に関税法の近代化に関するビジョンとアクションプランを発表し、その中で、EUの統一基準に従って資格条件を満たす業者にAEOの地位を認定する制度を2008年までに導入するとしています。欧州委員会は、WCOの「SAFE枠組み」、国際標準化機構(ISO)のISO/PAS標準28001、その他を研究して、「認定された経済関連業者:標準と基準のガイドライン」を2006年6月に公表しました。
 
8. 当特別委員会は、グローバル貿易におけるセキュリティ強化と円滑化に関する最近の動向について調査研究を行い、その成果を報告書に纏めました。本報告書の総論では、主として米国の「SAFE Port Act of 2006」、WCOの「認定された経済関連業者ガイドライン」およびEUの「認定された経済関連業者:標準と基準のガイドライン」を取り上げました。各論では、欧米におけるセキュリティ強化の取組み(第1章)、WCO「基準の枠組み」のその後(第2章)、日本におけるセキュリティ強化への取組み(第3章)、セキュリティ関連の各種規格と標準化動向(第4章)、サプライチェーンをめぐるリスクと保険の関係(第5章)及びサプライチェーンを勘案したセキュリティ対策のモデルと実証実験(第6章)が論じられています。日本におけるセキュリティ強化への取組み(第3章)では、セキュリティ強化とコンプライアンス問題と日本版24時間ルールの施行について報告されています。また、セキュリティ関連の各種規格と標準化動向(第4章)では、ISO/PAS28000シリーズ、WCO税関データモデル第2版、TAPA(米国の非営利団体である「技術資産保全協会」が実施しているセキュリティ認証制度)の調査報告が掲載されています。
 
9. 最近、わが国の貿易関係業界では、グローバルサプライチェーンにおけるセキュリティ強化と円滑化の調和に関する欧米諸国、WCO、IMO、ISO等の国際機関の取組みに対応して、わが国の貿易諸制度の抜本的改革を求める声が高まっています。本報告書の調査研究が、貿易・港湾関係業界に些かなりとも寄与することがあれば幸甚です。終わりになりましたが、日常業務に忙殺されているにもかかわらず、本特別委員会の委員・オブザーバー及び事務局の方々が、委員会の運営、資料の収集・作成、報告書の執筆などに献身的にご協力下さいましたことに対して心から感謝申し上げます。
 
平成19年3月
 
(財)日本貿易関係手続簡易化協会
セキュリティ強化の環境下における
貿易手続簡易化特別委員会
委員長 朝岡 良平
 
平成18年度 セキュリティ強化の環境下における貿易手続簡易化特別委員会
委員名簿
委員長 朝岡良平 早稲田大学名誉教授
委員 鬼頭吉雄 NECネクサソリューションズ(株)
ロジスティクスソリューション事業部
物流コンサルティング部 シニアマネージャー
委員 佐野勝俊 日本海運貨物取扱業会 常務理事
委員 佐野 久 三菱商事(株)物流サービス本部
戦略企画室関税担当 シニアマネージャー
委員 中垣俊平 日本電気(株)新IT戦略推進部 エキスパート
委員 満喜雅浩 (株)損害保険ジャパン 企業商品業務部
海上事務グループ 課長代理
委員 宮岸 章 丸全昭和運輸(株)ISO推進事務局 担当部長
委員 宮村 隆 NYK Line Japan(株)統轄本部 専任部長
委員 吉本隆一 (社)日本ロジスティクス システム協会
JILS総合研究所 主幹研究員
 
オブザーバ 小西幸治 財務省 関税局 業務課 調整係長
オブザーバ 小林革二 経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理課 課長補佐
オブザーバ 長谷川清次 国土交通省 総合政策局情報管理部 情報企画課 情報セキュリティ対策企画官
オブザーバ 伊東健治 (財)日本貿易関係手続簡易化協会 理事
 
事務局 治田 彰 (財)日本貿易関係手続簡易化協会 専務理事
事務局 長瀬 透 (財)日本貿易関係手続簡易化協会 常務理事
事務局 浜辺東一郎 (財)日本貿易関係手続簡易化協会 業務第二部長
事務局 平井一海 (財)日本貿易関係手続簡易化協会 業務第三部長


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