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戦時の天皇はヒコ、平時はヒメ
 話を戻しますが、西暦紀元ゼロ年、つまり二千年前あたりに、戦争の時代が来る。国内統一の時代で、天皇は逆らう豪族を征伐して歩く。ヤマトタケルノミコトです。このときは随分残酷なことも、インチキなこともやっています。決して正々堂々の戦いではない。たぶん、天皇は少数・外来勢力だったと思われます。
 ともあれ国内統一をする。やっと終わったところ、今度は中国で大陸動乱が起こって、中国から日本へ攻め込んでくる危険が生じた。そこで国づくりを急ぐ。攻めてくるときは北九州に攻めてきますから、瀬戸内海で迎撃しなければいけない。中国と韓国の連合軍が来たらというので、のろし台をずっとつくる。危険を知らせるためです。
 ということで、侵略に対する防衛をする時代になりました。そこで男は兵隊に戻る。今度は外敵が来るから、相当真剣に軍事力をつくらなければいけない。もうヒメの言うことは聞いていられない。それで「ヒコとヒメと、両方をおれはやるぞ」ということになって、これを天皇と称するのです。ヒコが天皇になって、これはヒメの仕事も両方やるというのが、千五百年前かどうかは正確にはわかりませんが、どうもそのころ起こった転換です。
 その後大陸が静かになりますと、この天皇は軍事力を手放し、昔ヒメがやっていたとおりのことをするようになる。ご承知だと思いますが、その後の天皇の仕事は、歌を詠むこと、儀式をすること、お祀りをすることで、軍事力は完全に手放してしまいました。
 軍事力は武士が持っていて、天皇は「あいつを討て」と命令だけをする。
 自分は兵隊を持っていない。こんな君主は世界中にありません。命令だけで千年も日本がもった。それだけ平和な国なのです。そのとき天皇はすっかり女になっていて、お化粧をしていた。もともとはヒメなのだから。ヒメらしくしていた。
 明治天皇が十四歳で即位し、イギリス公使やアメリカ公使と初めて対面をしたとき、向こうの公使が書いているのは「少年は我々外国人を怖がって何となくおどおどしているように見えた」と。当たり前ですね。その後へ続けて彼らが驚いているのは、お化粧をしていたということです。明治天皇はうっすらお化粧をしていた。お公家様ですからね。
 このように天皇は、戦争が来れば男性的になるが、戦争がなくなるとすぐ女性的になってしまいます。奥様の後をついて歩くようになる。
 
ヒメの仕事をヒコが継いだ正統性
 さて、こういうとき問題になるのが「正統性」です。権力を持っている人は、レジティマシーをみんなに見せなければいけない。
 例えばスターリンが革命を起こして、どこへ住むかというと昔ながらのクレムリン宮殿に入る。クレムリン宮殿に入ると、正統性が続いているように人が思うわけですね。ロマノフ王朝は親戚も全部集めて殺してしまった。しかし、その後の宮殿に入っていると国民が安心して、スターリン様と言ってくれるという現象があります。
 だから、明治天皇も江戸城から徳川を追い出して、そこを皇居にして入った。それ以前は、石垣があるところに天皇は住まなかったんです。京都では町の中にいました。神主の親分ですからね。それが石垣のあるところに入ったのだから、武家になったとは、ずいぶん身分が下がったはずなんです(笑)。ほんとうは格下げだと思います。けれど、国民は「ああ、徳川さんの後継ぎか」と思ったのでしょうね。そう思ってくれるだろうと思って江戸城を皇居にしたのでしょう。
 これについて思い出すことを言えば、一応全国が治まって廃藩置県をした頃は、大名はもう給料はなくなる。秩禄公債というインフレに弱い紙切れを渡しただけですから、いつ謀反を起こすかわからない。しかしまあ、その心配はもうなかろうという頃、華族制をつくります。一番偉いのは天皇、皇族である。その下に華族として、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵を置く。それから陸軍大将、海軍大将、あるいは東大総長とかですが、大名を華族にして、おまえたちは一般国民より偉い、天皇に忠義を尽くせという制度をつくる。
 そのとき徳川慶喜は一番上の公爵になる。公爵は三人いて、他が島津公爵と毛利公爵。島津と毛利は革命勢力です。しかし徳川も公爵にしたというのがまた日本精神ですね。中国では絶対あり得ない。韓国でも絶対あり得ない。政権交代したのですからね。前の政権はだめだから滅びたということを見せなければいけない。そうすると自分の正統性が生まれる。というのが、中国や韓国ですから、A級戦犯を祀ってはいけないと言うのです。
 それが日本では、水に流してしまう。まあいいじゃないか、大目に見てやろう。そういう変な日本語がいっぱいあります。変かどうかは、本当はわかりませんよ。これを「変だ」と言うのは欧米かぶれした合理主義、あるいはローマ法的に法律で縛っていくのがよいというのが近代の精神です。それから見ると日本人や日本語はまことにへんちくりんで、大目に見てやろうとか、水に流そうと言う。得体の知れない日本語があるが、それで通るのです。
 日本の場合、天皇の正統性は、先祖のお祀りを一生懸命してくださっている。おかげで稲が実ったとか、台風が来ないとかなんです。きちんとした人が一生懸命、天地神明にお祈りをしてくださっているというので、みんなが分を守り税金を払う。そこに正統性がある。昭和天皇は特別律儀にありとあらゆる先祖をお祀りした。それから天地自然にお祀りをなさったそうです。
 昔から乱世になると、聖徳太子が書かれた予言書とかが発見されるが、そのいくつかに共通している「日本の危機」は、神仏が日本列島を見捨てて退去するという予言です。もちろん偽書ですが、日本人の心が現れています。
 さて、自然現象に責任をもつ、これは昔はヒメの仕事だったわけですね。それをヒコが引き継いでやっている。こんなことが天皇の存在理由というか、存在価値になっておりまして、これを考えると一万年さかのぼることができるというのがこの『一万年の天皇』という本なんです。


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