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メープルシロップ,シラカンバの樹液,ヘチマ水
 まれに植物を切ると水が溢れ出てくるときがあります。たとえば春先の芽吹きの時期に木の枝先を折ると水がポタポタとたれてくることがあります(写真9.1)。有名な例はメイプルというカエデの樹液です。春先にメイプルの幹に孔をあけると,樹液が溢れ出てきます。メイプルの樹液には糖分があり,集めて煮詰めると甘いメープルシロップになります。同じようにシラカンバの幹からも樹液を集めることができます。ヘチマ水も,ヘチマの茎を切って,その切り口からでてくる水を集めたものです。昔はこれを化粧品として使っていました。また,早朝に葉の縁に水滴がついていることがあります(写真9.2)。これは葉の中の水が押し出されたものです。
 
 これらの例はいずれも,根や茎が水を押し上げているために起こったことです。水が植物の中をのぼるのは,このように根や茎が水を押し上げているからだと考えられたこともありました。しかし,木の枝先を切って水が出る時期は限られていて,春先(しかも主に午前中)だけです。葉が茂っているときには枝を切っても水は出ません。また,水が蒸散する速度に比べて,根が押し上げる水の速度はとても小さく,根が押し上げる水だけではとても葉が失う水を補うことができません。やはり,植物の中を水がのぼるのは,主に葉が吸い上げているからで,根による押し上げはほんの少し貢献しているだけだと考えられています。
すいすいぼく(水吸い木)(写真9.3)
 葉が水を吸い上げている様子を,テンシオメーター(「1-3 土」の節を参照)を使うことによって人為的に作り出すことができます。テンシオメーターの先にある白い素焼きのカップから水が蒸発すると,テンシオメーター内が陰圧になり,接続してあるチューブから水を吸い上げます(図9.3)。
 
図9.3 テンシオメーターによる水の吸い上げ
 
写真9.1 イヌシデの折った枝先から落ちる水滴(矢印)
春先の芽吹きの時期の午前中に,枝先を折るとポタポタと水がたれてくる。
 
写真9.2 ヤブガラシの葉の周囲についた水滴
早朝に葉の周囲に水滴がついていることがある。この水滴は葉の中の水が押し出されてできたもの。朝のうち蒸発して消えてしまう。
 
写真9.3 すいすいぼく(水吸い木)
植物の蒸散と吸水の仕組みを見せるための装置。6本のテンシオメーターをチューブでつなげてある。テンシオメーターから水が蒸発すると,下から水を吸い上げる。
 
Q 植物に水をやらないとなぜしおれるの(写真9.4)?
しおれた植物に水をやるとなぜまた元気になるの?
A 植物の細胞は水の入っている風船のように,普段はパンパンに膨らんでいます。ところが細胞の中の水がなくなると,細胞がしぼんできます。一つひとつの細胞がしぼむと全体的にしなびてきます。水を補充すると,細胞が水を吸ってまたふくらみます。
 
 土の中には水は無限にあるわけではなく,雨が長く降らないとだんだん土の中の水は減っていきます。もうこれ以上水が吸えないような状態に植物が置かれると,葉がしおれてきます。葉を植物から切り離しても葉はしおれます。
 植物の細胞は,細胞膜という水は通しますがタンパク質や糖分は通さない薄い膜で包まれています。このように,水のように小さい分子を通すが,タンパク質や糖のように大きな分子を通さない膜のことを半透膜と呼んでいます。細胞の膜のさらに外側を細胞壁という布のような物質が包んでいます。半透膜でできているチューブに,たとえば砂糖水を入れて密閉し,水にそのままつけておくと,半透膜のチューブは膨れます(写真9.5,写真では砂糖水の代わりにポリエチレングリコール溶液を使っています)。水は,半透膜を通って外から砂糖水のような濃い液体に入っていこうとするためです(水が入っていこうとする圧力を浸透圧と呼んでいます)。
 植物の細胞も同様に,水につけると水が細胞の中に入ろうとして膨れます。ちょうど風船に空気を入れたようになります。今度その細胞を水から出して空気中に置くと,出した直後は細胞壁が濡れていますので何も起こりませんが,細胞壁が乾いてくると,細胞の中の水が吸い出されて,細胞がしぼみます。植物に水をやらないと,葉の細胞の一つひとつが水を失ってしぼみます。すると葉っぱ全体がしなびてきます。このことをしおれと呼んでいます。しおれている植物に水をやると,葉の細胞に水が行き渡って再び膨れます。しおれた状態が長く続くと,こんどは枯れてしまいます。枯れると,葉の細胞の膜が穴だらけになり,半透膜でなくなります。そうなると水をいくらやっても細胞が膨れることはありません。
 
写真9.4 しおれたシロザ
植物に長く水をやらないと,このようにしおれてしまう。この程度のしおれだと,水をやると元のピンとした葉に戻る。
 
写真9.5 半透膜で包んだポリエチレングリコール溶液
ポリエチレングリコール溶液を半透膜のチューブに密閉して,水に浸けると左のようにパンパンに膨れるが,外に出しておくと中の水が蒸発して右のようにしぼんでしまう。
 
Q なぜ大きな木の下で雨宿りができるのですか?
A それは葉がある程度,雨を捕まえてくれるからです。とくに降り始めは,降ってくるほとんどの雨を葉が捕まえます。雨が続くと,葉からしずくが落ちてきますが,葉についた水の一部は,枝や幹を伝って土にまで降りていくので,雨が続くときでも木の下の方が濡れにくいです。
 
 植物は降ってくる雨をいくらか捕まえて大気へ直接返します。また植物は土の深いところからも,水を吸い上げ,たくさんの葉で大量の水分を空気中に蒸散させます。土の中の水は植物体内を通って大気とつながっています。このことを英語ではSPAC, Soil(土)-Plant(植吻)-Atmosphere(大気)Continuum(連続体)と呼んでいます。何も生えていない地面に比べると何倍もの速さで水を土から大気中に戻します。土の中の水は植物という太いパイプを通り,葉から水蒸気となって大気中へと旅立ちます。
(由良 浩)
 
コラム 高い木を水がのぼるわけ
 植物(樹木)が水を引っ張り上げる力は,葉の気孔からの水の蒸散と気孔における界面張力です。水がのぼっていけるのは,水が途切れないでいられる「凝集力」が働いているからです。気孔で1分子の水が蒸散した後の穴を1分子の水が埋めます。導管内の水が,100mのメタセコイアの根からてっぺんの葉にまで,連綿とつながっていることが,もっとも大切です。
 導管自身の化学構造は水に似ていて,導管内の水が下にずり落ちないように支えるのに役立っています。セルロースやヘミセルロースなどからできた導管は,水酸基(-OH)をたくさん持っていますので,同じく-OH(水酸基)を持っている水分子を水素結合やファンデルワールスカ(分子間引力)によって結合し,支えます。これを水と細胞壁の構成成分との「親和力」といいます。
 植物が,陸上で動力に逆らって直立できるのは,細胞壁にリグニンが存在し,あたかも鉄筋コンクリートのコンクリートの役割に似た働きによって,植物体の強度を維持する役割を果たしているからですが,このリグニンは,一方で導管から水が外に漏れないように,導管の壁中や導管と他の細胞との細胞間層を塗りつぶすように占めていて,防水加工の役目を果てしています。
 水が植物の導管中を上昇するのは,(1)葉からの水分子の蒸散,(2)界面張力による失った水分子の補充,(3)凝集力や親和力による水の管の維持,(4)根の浸透圧などが互いに働き合っていると説明されます。毛細管現象も関わっていますがこれ一種の界面張力によります。蒸散の激しい夏には,強い蒸散によって,樹幹内は減圧になるくらいです。
 その他に,(5)導管につながった導管随伴柔細胞などの生きた細胞が,種々の生化学反応を通じて,導管内の無機,有機質を補充することで,上下の水分中の濃度勾配を維持し,導管内の水の上昇に一役買っている可能性が指摘されています。蒸散は,葉における「光合成に必要な水の補給」を含めて,植物の細胞の分裂,生長など,生命維持活動に必須の生理現象です。
 水の上昇には二通りあって,一つは葉のある成長期の水の上昇です。これが,図の9.3の状態です。夏場,葉からの蒸散が主力ポンプになっています。葉からの蒸散が大きい時期に幹に穴を開けると,シューという音がすることがあります。空気が減圧状態の樹体内に入り込む時の音です。したがって,この時期,幹に穴をあけても樹液は溢出しません。
 他の一つは,葉がまだない早春の樹液の溢出現象です。葉がまだないので,葉の蒸散による主力ポンプは働きません。したがって,根の浸透圧による2次ポンプが働いていると考えられます。シラカンバは根圧の強い樹脂で,樹幹に穴をあけると,時間帯による増減はありますが24時間樹液が溢出します。
特別寄稿
寺沢 実(てらざわ・みのる 北海道大学大学院農学研究科)


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