早期療育の一環としての音楽療法 「音楽療法士の立場から」
(財)東京ミュージック・ボランティア協会
全米・全日本認定音楽療法士 井上 聡子
こどもの成長には、こどもの持っているすべての感覚=「五感」を刺激し活用を促すことが大切です。しかし、難聴児に対してどのように「音」を伝えるか、音楽を使うことで、どのような効果が見出せるかはほとんど分っていませんでした。1997年にAABRの登場により、新生児聴覚スクリーニングが可能となり、新生児聴覚スクリーニングが始まりました。医療の現場で早期発見が可能になったことにより、音楽療法士として音楽療法での、「早期療育」の大切さを論証することは意義があると考えております。
2000年6月より埼玉県立小児医療センター耳鼻咽喉科にて音楽療法の実施を始めました。音楽療法では、難聴と診断された子供に音の振動を使って刺激を与えます。私たち音楽療法士は、音楽を利用し脳への刺激や、模倣を促すことで視覚を利用し子供へ新しい事を学習する手助けをします。また、家族が増えた喜びと育児への不安の中、難聴と告知を受けたご家族はこの子をどのように育ててよいのかを悩まない方はいません。「早期療育」の中で、難聴児への療育のみならず、ご家族にどのようなアフターケアーが出来るのかを考えることも大きな課題です。「療育音楽(音楽療法の一つの手法)」は、グループで行います。家族同士で情報交換出来るように促し、お互いの悩みを聞く、話す、そして少しでも音楽で発散していただく環境を作ることで、これからがんばって育てていこうという意欲を持っていただけるように構成しています。子どもの成長は、親の大きな励みです。新生児聴覚スクリーニングで難聴を早期発見することは極めて意義の深いことですが、その後の療育について体制をきちんと整えることは大きな課題だといえるでしょう。
今回のシンポジウムでは、音楽療法士の立場から、音楽療法の概論を説明するとともに、音楽の特性を生かすことで、楽療法士ができることはどのようなことなのかを、映像を交えながら、現実に子育てをするご両親へ、音楽で楽しく発散してもらい、子ども達には、音楽を楽しんでもらえる「早期療育」の方法とあり方を共に考えていきました。
難聴ベビー外来における音楽療法プログラムの提案
先にも当財団会長赤星が述べたように「療育音楽」は、音楽療法の手法の一つで、能動的な音楽療法として心身のリハビリに有効的です。今までの高齢者難聴へのアプローチを元に、新生児聴覚スクリーニングで早期に難聴と発見された乳児へ音の振動を利用することで、音の存在に気づかせることを試みています。療育音楽では、音を気づかせる(聴覚に刺激すること)のみならず、視覚、触覚、をフルに使い親子のコミュニケーションを高め、少しでも育児の不安を改善できるよう、音楽を使って発散できるよう構成しています。
[障害児教育のための療育音楽について]
療育音楽(赤星式音楽療法)は、音楽を使って楽しく心身のリハビリテーション(機能回復)、健康維持、老化遅延を目指しています。音楽を上手にすることが目的ではありません。
療育音楽の中で、楽器を演奏したり、歌を歌ったりすることは、精神的にストレスの発散を促します。子供の療育においては、社会性を学ぶ、他者とのコミュニケーションを学ぶなど、それぞれの障害に応じた、個人に応じた目的を設定し、音楽を有効的に活用することは自然なリハビリにつながります。
[音楽と脳の関係]
脳は、右脳と左脳に分かれているのですが、両方を上手に刺激してあげることで豊かな人間形成が生まれるといわれています。
左脳は、「話す、書く、論理的思考、計算」、右脳は、「視覚情報の全体的な把握、空間内の操作機能」の働きを担います。音楽は右脳の分野に優位で、私達に情緒、感情を読み取る能力を発達させるのに役立ちます。言語表現は、左脳分野で処理をされたとしても右脳部分でイントネーションの変化をつけることを学ばなければ感情のない機械のような表現になってしまいます。
[脳を刺激する一つの方法としての音楽]
ただ脳を刺激するといってもどうしたらよいのでしょう?音楽療法では音楽を使って楽しく脳の刺激を促しています。療育音楽では指先を使って脳を活性化する方法をとっています。指先には第二の脳と言われ、脳につながる神経細胞がたくさんあります。音楽に合わせて手拍子をしたり、楽器を演奏することは脳を活発に刺激させていきます。
[療育音楽の特徴]
I 能動的であること
療育音楽では子ども達が主役です。子ども達が、自らの意思で体を動かすこと、発声すること他者とのコミュニケーションをとるようになるなど子供の意欲を引き出すように促します。
しかし、乳幼児にとっては、家族の支えが大変重要です。療育音楽では、ご両親が少しでも不安やストレスを解消できるように能動的に体を動かし、少しの時間でも発散していただけるように促しています。
II 人とのふれあいがあること
人間は、社会的動物と言われるように、仲間に囲まれながら安心して楽しく過ごし、発散できる場があることがとても大切です。最近医学の進歩によって色々なことが解明されるなか、日本人歴史を振り返ると、日本は村社会であり、日本人のDNAには、基本的に仲間を意識する感情が組み込まれていると言われています。療育音楽では、楽しい雰囲気の中、他人とのふれあいを大切にし、一緒にリズムをとり、楽しいときには、笑う・・・など音楽をきっかけにしてたくさんのコミュニケーションが生まれます。
III 音楽を通して、社会性(基本ルール)をまなぶ。
他者とコミュニケーションをとり、他者と共存するためには、お互いにルールを理解し、尊重しながら、生活をしていくことが必要です。音楽を通して、してはいけないこと、良いことなど基本的な社会のルールを学び、児童期には、数字、読み書きなど、教育と言う部分も自然な形で習得できるよう促します。
[難聴児(新生児聴覚スクリーニング後)と音楽]
体で音を感じ取りながら楽しく音に触れ合うことからはじめていきます。
音の振動を体で感じながら脳を刺激し、脳の神経回路(シナップス)を増やすよう促します。音を「振動」を通じて体で感じたら、きちんと補聴器がフィティングされる時期となり、少しずつ音を「聴く」という意識をもって音楽を感じ取るように促します。音楽は耳で聴くものとだけとらえず、音楽をとおして家族みんなでその瞬間(とき)を一緒に楽しむことがよい効果を生み出します。
[音楽療法をグループで行う利点]
療育・音楽療法では、グループでセッションを行います。グループになると色々なお子さんがいらっしゃいます。しかし、グループだからこそ子ども達同士の横のつながり生まれます。
人間同士の付き合いだからこそ、お互いに学び助け合うことができます。セッションの中では、できることを比較するのではなく、他の人のいいところを発見し合い、笑顔で楽しく過ごせるよう促します。療法士は音楽を上手になる為に指導するのではなく、音楽を道具として子ども達のニーズに合わせて使います。お医者さんが患者さんのニーズに合わせてお薬を調合するようなものです。グループセッションでは、1対1のつながりもありながら横のつながりを大切にできるように構成しています。
[続けることの利点]
脳は同じ事を繰り返して行うことにより回路を太くし記憶していくとされているといわれています。何度も同じことを繰り返すことによって学習し記憶していきます。ですから音楽療法も、目的に応じて毎週一回ずつでも続けていくことが望ましいのですが、乳幼児の音楽療法では、ご両親の負担のならない日程を組みながら、定期的に長い時間をかけて参加していただくことが重要です。これらのことを考慮し、難聴ベビー外来では、月1回の12回プログラムで日程が組まれています。また、プログラムは、先に赤星の述べた療育音楽基本プログラム(Aプログラム)を基本に障害児のプログラムは構成し、またそれを細かく目的に合わせて「早期発見された難聴児の為の音楽療法プログラム」を組み立てています。
心身障害児者のプログラムの流れ
障害のレベル、年齢、障害の程度によりプログラムの内容は大きく異なります。
所要時間60分
進行 |
目的 |
(1)導入
10分
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雰囲気作り、場所、かかわる人、音楽のある状況に慣れてもらうよう、自然に話をしたり歌に合わせてリズムをとる。
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(2)始まりのあいさつ
5分
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1人1人に呼びかけ、アイコンタクトを取りながら始まりの認識を促す。
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(3)発声
10分
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かけ声、応答形式の曲、発声用の曲を利用して、障害に応じて対応する。
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(4)基本動作
5分
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はう(例:うさぎとカメ)、転がる(例:どんぐりころころ)、歩く(例:線路は続くよどこまでも、さんぽ)、曲の静止と同時に止まる。座る・・・など簡単な動きでリズム感を養成し、身体機能を活性化する。
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(5)楽器の選択
5分
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自分の好きな楽器を選ぶ、また取りに行くなどから、自己主張を促し、合奏への興味を引き出す。
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(6)合奏
15分
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障害に応じて楽器の使い方を考慮しながら、リハビリテーションつなげる。
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(7)自由な動き
10分
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心身がほぐれているので、自分自身の持っている動きや、リズム感を引き出す。グループ同士で楽しめる全身の動きが出来るように促す。
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(8)終わりのあいさつ
5分
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終わりの認識を促す。
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*以下は、実際に使用している、セッションの流れとアンケート(一部)の紹介をいたします。
セッション案とアンケート
難聴児の療育・音楽療法は、前に表にしたプログラム(乳幼児/児童対象)の流れを基本に進めていきます。セッションの所要時間は、お子さんの様子を見ながら、40〜45分で進めていきます。
センターで参加された音楽療法の時間を思い出して、御家庭でも1日15〜30分でも続けてもらえることを理想としています。(難しい方は、週1回でも試して下さい。)
☆☆☆☆セッションを受けられる前の立楽療法に対するアンケート1☆☆☆☆
1. 音楽療法について聞いた事がありますか? ある ない
2. 音楽療法と聞いてどのような事だと思われましたか?
3. 子供と音楽療法をすると聞いてどのような事を思われましたか?
4. 御家族の好きな曲を教えてください。
家族の音楽的背景チェックリスト
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