日本における新生児聴覚スクリーニングの状況
言語聴覚士の立場から
埼玉県立小児医療センター 発達訓練 言語聴覚士 北 義子 先生
日本における新生児聴覚スクリーニングはまだ導入されて浅く、言語聴覚士(以下ST)側も対応に追われているところであります。全国的な動きとしては、2001年に日本言語聴覚士協会学術講演会にて新生児聴覚スクリーニング検査と療育についてセミナーが開催されたのを契機に国立リハビリテーションセンターにて研修会が開催されました。その後2002年に日本言語聴覚士協会に小児聴覚小委員会が発足し、2003年には全国アンケートを実施、2004年には「言語聴覚士のための新生児聴覚検査と早期リハビリテーションの手引き」が発行され、現在に至っております。日本における新生児聴覚スクリーニング検査の実施状況と療育について考えるためにアンケートの結果を振り返ってみましょう。アンケートは全国47都道府県54地域に対し各地域の言語聴覚士1名を代表とし、調査を依頼し、スクリーニング事業の実施実態、検査の実施実態、療育体制の実態や今後の課題を調査しました。回収率は95%でした。事業化計画の有無をグラフに表したものが表1です。
事業化計画
既に事業実施している地域は13地域に留まり、具体的事業化計画有り、事業化検討中は12地域でした。聴覚障害児の療育施設としてはろう学校がもっとも多く、ついで病院、療育センター、難聴児通園施設の順でした(表2)
聴覚障害児の療育施設数
(2003.小児聴覚小委員会)
療育経験のあるSTの数については4名以下がもっとも多くなっていました(表3)。
0.1.2歳児療育経験ありのST数
(2003 小児聴覚小委員会)
新生児聴覚スクリーニング後の療育体制がまだ整ってはいないことがわかります。さて、埼玉県では2002年より新生児聴覚スクリーニングの試行事業が始まりました。このことに呼応して埼玉県立小児医療センターでは(財)東京ミュージック・ボランティア協会のご協力を得て2000年より新生児聴覚スクリーニングによって難聴を発見された乳児に対しての集団外来を開始しました。この集団外来は月に1回の頻度で12回(当初は8回)行われ、難聴乳児を初めて育てる保護者向けに難聴乳児の育児や聞こえ、手話や指文字などのコミュニケーションモード、補聴器や人工内耳、また今後の教育・療育施設についてなどの情報提供を行うとともに、難聴乳幼児を継続的に耳鼻科にて診察し、聴力の変化や鼓膜の異常の有無等を確認しています。また、補聴器のフィッティングも行っています(表4)。
概要
・対象 難聴乳児親子
・頻度 1回〜2回/月
・期間 12カ月
・開始時期 ABRにて診断後2〜4週間以内
・スタッフ 耳鼻咽喉科医師、看護師、言語聴覚士、音楽療法士、聾学校教諭、小児科医、先輩
・内容 耳鼻科診察、聴力検査、難聴についての情報提供、音楽療法、育児相談、ベビーサイン、補聴器フィッティング、人工内耳
補聴器の装用については聴力の程度に応じて、高度難聴であればより早期に、軽・中等度難聴であれば聴力程度を確認しつつ補聴器装用を薦めています。聴力程度が軽く、耳掛け標準型の補聴器を勧めたもの、聴力が正常化したものや、軽度で聞こえが良いように観察されたため、補聴器を試さないで様子をみているうちに正常化してしまう例などがあり、乳児の補聴器のフィッティングには慎重さが要求されることがわかります。また、重度の難聴で、高度用の補聴器を装用した児は生後3から6カ月の間と早期に装用が開始されており、また、そのうちの6名は後に人工内耳の埋め込み手術を受けていました(白長丸印)(図1)。
補聴器装用月齢
補聴器の装用時間の延びを見てみると、多くの赤ちゃんは少しずつ装用時間が延びていきます。比較的早期に補聴器が常用できた例では、6から9カ月頃一時的に装用が困難になる傾向が認められました。これは赤ちゃん自身が手で取って、投げたり、舐めたりするようになる時期で、手と目の協応がすすみ、赤ちゃんの手指のコントロールと認知の高まりを示すと考えられます(図2)。
HA装用時間推移
音楽療法士の先生の指導により、親子で音楽療法を楽しむ時間もあります(図3)。
難聴乳児と音楽遊び
・聴覚補償
・多感覚の刺激
・ベビーサインの習得
・コミュニケーション
母子、家族、仲間
・リラックス
聾学校小学部や普通小学校に通う難聴児の親もボランティアとして参加しており、外来の時間は和やかな雰囲気で行われています(図4)。
先輩による育児ボランティア
・初診時はマンツーマンで付き添いをおこなう
・講義中は乳児を預かる
・外来終了時まで抱っこなど母親を手伝いながら、会話をする
・安心 信頼 子育ての自信
2004年6月現在、参加終了した難聴乳児は58人でした。これらの乳児の現在の在籍施設はろう学校21人、難聴通園施設6人、難聴児訓練施設10人、当センター5人、正常化6人、他5人でした(表5)。
終了後の療育(60名)
県内聾学校 |
20
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難聴児通園施設 |
7
|
難聴児訓練施設・リハセンター |
14
|
当センター |
6
|
県外聾学校 |
3
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正常化 |
5
|
転居・他院他 |
5
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保護者の精神的問題のために満足に教育・通園施設に通えず、難聴児に必要な教育に欠けている例はあり、当然ながら難聴児の家族にも現代の家族の問題が反映されています。人工内耳埋め込みを行っているものは6人でした。重複障害があるものは15人でした。言語発達については今後精査する予定ですが、軽中等度の難聴児で継続した言語指導が受けられていれば難聴によるハンディは大変軽減していることが予想されます。人工内耳の活用も言語獲得に大きく貢献をしていくと考えられます。また、視覚手段の活用による言語力の発達にも注目して行く必要があると考えております。
まとめ
・新生児聴覚スクリーニングでリファーとなった乳児では診断後1年以内は聴力閾値に変化のある症例が25%、ABR、ASSR、COR、行動観察を繰り返し、総合的に判断することが必要であった。
・補聴器装用の時期については個々に応じた対応が必要であった。
・25%の乳児に、発達に伴うと考えられる補聴器の装用困難な時期が認められた。
・人工内耳手術を受けた者は6人であった。
・重複障害をもつ児は15人約21%であった。
・修了児の言語発達経過等について療育・教育機関との更なる連携が必要である。
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